第一話 旅の前に
1. 事前準備
この旅行は、はじめから母の透析のスケジュールを前提に設計することになった。
母の透析は、週三回、月水金。中二日が限界で、三日空けてはならないと言われている。
とはいえ国内であれば、「旅行透析」という選択肢もある。つまり、旅先の病院に事前予約並びに紹介状持参で、そちらでも約4時間の透析を受けてもらう、と。かといって旅先に透析設備があるとは限らない。例えば小笠原諸島の場合、全島に透析設備が無い、ということなので、週に一便の船便だけが唯一の交通手段である小笠原諸島への旅は、もう母は出来ない、ということになる。また伊豆諸島青ヶ島村も診療所はあるけど透析設備はないから、船(或いはヘリコプター)が欠航することが頻繁にある青ヶ島に行くことも現実的ではないということに。
また、海外旅行でも旅行透析を受けることは可能らしいけど、それこそ紹介状等の問題から一行程で三回が限界、更に日本の保険の適用対象外となる為に、一回30万円程度が必要になり、うちのような一般家庭ではもう現実的なものではなくなる。
では、国内旅行に限定するのなら、土日の一泊二日が旅行スケジュールの最長になる。……の、か?
母の、金曜日の透析が終わるのは、19時30分。そして翌月曜日の透析開始時間は、14時30分(送迎タクシー到着は、14時)。なら、金曜日の20時出発、(最も遅くて)月曜日13時帰還、のスケジュールなら、(随行介護の筆者が結構大変な思いをするだけで)最長一泊四日(車中泊二日)の旅行が可能になるということに(勿論金曜の透析を土曜に変更し、水曜日の夜から土曜日の朝まで、という選択肢もあるけれど)。
そのスケジュールになると、幾つかの選択肢が生まれる。
深夜便の高速バス、深夜(或いは早朝)出発の飛行機、深夜に筆者がハンドルを握って高速道路、そして夜行(寝台)列車。
◇◆◇ ◆◇◆
どれが現実的か。
高速バスの場合、母の年齢を考えると、普通の夜行バスは負担が大きい。なら、所謂「ラグジュアリーバス」一択になる。けどこれは、東京――大阪間が前提。この距離なら筆者がハンドルを握った方が、行動の自由度は増す。
飛行機の深夜便は、例えば新千歳空港行きの最終便は21時台。当然ながら、当日に札幌に着く。それから素泊まりして札幌観光、というのも選択肢だろうけれど、ビジネスホテルに素泊まり、というのも母はあまり歓ばない。それならむしろ早朝便で現地に降り立ち、その足で観光を始める、という方を選ぶだろう。
深夜の長距離ドライブ。まぁ筆者の負担を無視すれば、これはそれなりに選択肢が増す。単純に高速を8時間走るという前提だと本州全域はカバー出来る(経験済みだ)から。けれど青森まで13時間、山口まで14時間と考えると、現地の観光を考えるともうその時点で現実的ではなくなる。
実は、「夜間走行で新潟まで、朝のフェリーで佐渡まで、で土日フルに佐渡島観光(現地泊)して、日曜日の夕方佐渡を出て家に帰る」というプランも計画中である。
あと実現したいプランとしては、「フェリーあぜりあ ワンデークルーズ」。
船が好きな母の為に、下船上陸は出来ないけれど、伊豆諸島を巡って下田港に戻ってくるという、クルージングプラン。こちらはその気になれば、文字通り日帰りも可能だけど、さすがに筆者がつら過ぎるからこの場合、下田で前泊または後泊させてほしいけど。
だけど、この最長旅行スケジュールに思い至ったのは、ある交通機関の存在を確認したからだ。
JRの『サンライズ瀬戸・出雲』号。JR東京駅を21時50分に出て、岡山で切り離し、JR高松駅には7時27分着、JR出雲市駅には9時58分着。
上りは、JR高松駅を21時26分発、JR出雲市駅を18時53分発、岡山で連結し、JR東京駅には7時08分着。
つまり、金曜日の透析を終えてすぐJRに乗り東京駅に行けば、21時には東京駅に着く。そこで駅弁を買って『サンライズ』に乗れば、翌日朝に現地に着く。そして丸二日遊んで、日曜日の夜に『サンライズ』に乗れば、月曜日の朝に東京駅に戻ってこれる。その気になれば、月曜日を臨時休業せずに済むスケジュールだ、ということだ。これを使った旅をしよう、と思い立った。
◇◆◇ ◆◇◆
『サンライズ瀬戸・出雲』号。こちらは、寝台券を買わずに乗れる〝ノビノビ座席〟(フェリーで謂う「雑魚寝席」)もある。けど、やはり母の年齢を考えると、忌避したい。一方で、随行介護を考えると、ツイン寝台が理想。……だけど。
ちょっと調べて、絶望した。『サンライズ瀬戸・出雲』号って、予約が取れない列車なのだそうだ。否。取れない訳じゃなく、「発売開始後10分で売り切れる」乗車券。
JRの乗車券は、運行日の一ヶ月前の応当日(例えば6月10日なら5月10日)の午前10時から発売開始になるのだそうだ。そして昔は、みどりの窓口で「10時打ち」というテクニックもあったのだという。つまり、9時50分頃までに申し込み用紙に記入を終え、窓口まで持っていき、10時00分00秒で申し込みボタンを押下してもらえるように窓口スタッフにお願いする、という手法だ。が、これは今では禁止されているのだとか。
ネット購入なら、と思ったけど、実は制約が多く、ネットより窓口優先という、時代遅れの仕様になっていた。
なら、自分でやらなきゃならない。……歴戦の乗り鉄たちを相手に、しかも週末(金曜下り、日曜上りという、最も混雑度が高くなるスケジュールで)、競争率の高い(高過ぎる)『サンライズ瀬戸・出雲』号のツイン個室を勝ち取る。けれどその状況だと、ダメだった場合次点の「デラックス個室」を改めて申し込もうにも、もう出遅れる可能性がある。
そう考えると、諦めざるを得ない? ……否。他にも、選択肢がある。「旅行会社枠」の利用だ。
旅行会社枠。これは、こういうチケットに関し、旅行会社単位で一定数量割り振られていて、優先して予約出来るというものだ。当然ネットでの予約などに比べると割高になるけれど、母のような「障碍者割引」の利用を前提にすると、申し込みの手間ははるかに軽減される。それを考え、結局旅行会社に頼ることにした。
(2,517文字:2022/05/12初稿 2022/06/14投稿予約 2022/06/15 14:00掲載予定)
・ 本文中、「障碍者」という表記をしています。本来は「障害者」或いは「障がい者」とすべきなのかもしれませんが、これは筆者のこだわりということで、ひとつ。