最後の戦場で巫女は別れを告げる──ここに最大の死亡フラグあり!〜1年後にまた会いましょう〜
︎︎ ︎︎ 1月某日。
朝を迎えた焼け焦げた廃墟街にはしんしんと降り積もる雪の静けさだけが佇み、この仄暗い鉄クズの上を純白の光がチカチカと反射して輝いていた。
いわゆるダイヤモンドダストだ。
(宝石の欠片……ミレニイにふさわしい朝だ)
特に冷え込む早朝に、呆然と冬景色を堪能しながらはぁーっと白い息を吐く者が一人。
袴姿の美しい巫女だった。
初雪のように白い羽織物に紫の小振袖を纏う姿はまさに清純の二文字が似合う。特に振袖に施された金色の一輪の花の刺繍はより優美さを引き立てている。
「巫女様」
新雪を踏み歩く足音に振り返ると、軍服の見慣れた兵隊が敬礼していた。
「堅苦しいですよ、煙流さん」
「いえ、この国の救世主様には相応の態度が必要でしょうってな?」
と、口では言っているものの、煙流は人懐っこくにっこりと笑っている。
「そんなこと言って、私の本当の名前も忘れているんじゃないですか?」
「ハハハ、どうだかなー」
煙流は笑って誤魔化す。後ろめたいことがあるとすぐにこういう笑い方をする。彼の癖のようなものだった。
「とはいえ、その救世主様のお役目も今日で最後じゃないですか。ほら、もう間もなくあれが平和のシンボルになるんですから」
ちょうど朝日が上っている方向には、純正の銀で作られた真新しい門が堂々とそびえ立つ。端正な銀細工はまるで芸術作品のように豪華絢爛で、いかにも堅牢な雰囲気を醸し出している。
「魔界と人間界の自動防衛境界──デーモンダイク、ね……。あー、もっと早く出来てれば俺らも楽できたってのにな」
「そうですね。ここは対魔界勢力の防衛前線ですから特に……」
「お話の途中失礼します!」
煙流と同じ軍服を着た青年が息を荒らげながら駆けてきた。彼の緊迫した様子から察するにどうやら有事らしい。
「敵襲です!」
その一言で和やかな空気は一瞬で殺伐とした冷たいものへと変貌した。
「見張りの鐘は鳴っていないようですが?」
「お恥ずかしながらデーモンダイクの試験運用のためメンテナンスに駆り出されておりまして……」
青年兵は気まずそうに目を逸らす。
「それで、その肝心の新兵器も不調で動かなかったって?」
「申し上げる言葉もありません……」
「ハハハ! そりゃあ一大事だ。あそこの管轄は第1番隊だっけ? 隊長は今頃メンテと説教で忙しいだろうなぁ」
こんな状況でさえ煙流は呑気に笑っていた。幼い頃から戦場入りしていたという話も聞く。ベテラン故の余裕だろうか。
「状況は把握しました。すぐに祈祷を開始します」
「ご協力感謝致します!」
「それにしても残念だったな。もう少しで巫女様もご退役だっただろうに。これが最後の戦いってヤツか?」
「仕方がないことです」
「これが終わったらどうするんだ? ってこれ、死亡フラグみたいじゃん」
「縁起でもないですよ」
むすっとする巫女を揶揄うように笑みを浮かべる煙流。
「さて俺も持ち場に戻りますかー。別隊の世話焼くほど暇でもないんでね」
去り際に煙流は巫女の頭をわしゃわしゃとかき撫でた。
「頑張って来な」
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「ああもう! ホントになんで死亡フラグなんて立てるかな!?」
清楚な巫女様はどこへやら。半ば乱れた精神状態で止めどなく現れてくる悪魔を愛刀で両断していく。これが戦乙女というより戦闘狂に近い。
戦況は言うまでもなく最悪であった。
人間界と魔界の間には『狭間』と呼ばれる荒地の亜空間が広がっている。しかし、その空間を埋め尽くすほどの黒い怪物共が侵攻してきているのだった。
しかし人間は負けじと反撃する。
「『クリアランス』!」
「『ウォーターフロント』!」
人間の隣には必ず1匹の『妖精』が羽ばたいていた。この妖精たちは『花』と呼ばれる。契約することで超常的な戦技──『スキル』を習得することができる。
この『スキル』こそが人間が悪魔の【魔法】に対抗するための唯一の手段だった。
戦場には幾度となく『スキル』と【魔法】が交差する。その中でも一際目立つ『スキル』があった。
「『毒閃』っ!!」
巫女が真紅の瞳を輝かせると、周囲の悪魔は力尽きたように倒れ伏す。その数は三百体を超える。かろうじて立っている者も含めると千は軽々と超すだろう。
しかし、弱っているのは巫女も同様だった。
「くっ!!」
大規模な『スキル』を何度も発動したためその反動を受けているのだ。心なしか剣筋も鈍り始めている。
(しまった……!!)
前衛の魔法剣士に気を取られていたところに、後衛に潜んでいた速攻型魔法術士の【サンダー】が繰り出される。他にも【付与魔法】が発動されていたため、捌ききれず、巫女に直撃する。
相手の連携攻撃にまんまと嵌ってしまったのだ。
周囲に人間の姿はない。巫女の『毒閃』の影響を恐れて常に距離をとっているためだ。
巫女の体は地面に伏したまま、動く気配を見せない。
「ど、どくせ……」
『スキル』を発動しようにもその体力がすでに底ついてしまった。
悪魔はすぐさま巫女を踏みつけ、【フリーズ】で巫女の動きを封じる。
(ああ、あともう少しだったのに……)
巫女の瞳はすっかり光を失っていた。大量の血と汗で暑くなった体を荒い地面がじんと冷やす。
あんなに激しかった心臓の鼓動が耳に入らなくなると巫女はすっと目を閉じた。
「津ケ谷!!」
その声で目が覚めると、突然目の前の悪魔が爆発した。一瞬目の前が真っ白になり、耳鳴りが頭中に鳴り響いたが、なんとか意識を取り戻す。
「……火力強すぎですよ、煙流さん」
「バカ。無駄口叩けるなら死んだフリするな」
「ありがとうございます。……名前、覚えてたんですね」
先の煙流の爆撃で巫女の心臓は飛び跳ねそうになったが、幸いまだ生きているらしい。それを異常に速い心臓の拍動が物語っていた。
「戦況はご覧の通りです。はじめよりはだいぶ削れたと思うんですが、さすがの煙流さんの爆撃でもこの数は無理があると思います」
「そこは心配いらない」
煙流は戦場のど真ん中で自慢げに微笑んだ。
「新人のアイツの初陣だ」
間もなく、戦場に鉛の流星群が降り注いだ。
一面に広がる禍々しい【魔力】の光が一つ、二つ、三つ……と次々に消えていく。
「待たせたな! 新型自動防衛境界『デーモンダイク』が完成した! 前線の者はただちに帰還するように! 俺の新兵器が誤射なんてするはずないから安心して帰って来たまえ!」
耳元の通信機からは第1番隊隊長のハツラツとした声が聞こえてくる。
「何が”俺の”だ。アイツは『スキル』開発のモデルになっただけだろ」
「まぁ、隊長さんらしいじゃないですか」
人間側の新兵器の脅威の攻撃力に怖気づいたのか、魔界側は撤退を始めた。
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「……終わったな。今までお疲れ様、巫女様」
満身創痍の巫女をそのまま置いていくこともできず、背中におぶって一緒に帰還することになった。
その姿はまるで血の繋がった兄と妹のようだった。
「ありがとうございます。煙流さんのおかげで無事任務を全う出来ました」
「だからって最後まで冷や冷やさせるなよ」
「それも含めて、全部煙流さんのおかげですね」
煙流は照れくさそうに顔を赤らめる。
「そ、そういえばこれから引っ越すんだっけ?」
「はい。ミレニイの中心街にある学生寮にお世話になります。”あやめ”という寮で1番隊の隊長さんもそこに住んでいらっしゃるそうです」
「何度か行ったことあるな。あそこ、かなり個性派なヤツが勢揃いしてるぞ?」
「楽しみにしておきますね」
フフフと愉快に笑う巫女。その笑顔に煙流もほっとした。
「で、これからどうするんだ? お前は賢そうだからどこでもやっていけるだろ?」
「そんなことはないです。巫女やめたらただの男子高校生になるだけですよ」
「ん!?」
ピタリと煙流は足を止めた。
「お前、男だったっけ!??」
「あれ? 知りませんでした? 結構有名な話だと思うんですけど」
巫女服はもちろん、華奢な体つきやまるまるとした目からは到底男のものとは想定できない。
「なんか俺の背中に胸の膨らみを感じる気がするんだがこれは幻覚か!?」
「いえ……パッドです」
「あ、悪い……」
なんだか気まずい空気になってしまった。
「あ、でも『擬態』っていうスキル使ってるのでそれの影響かと……」
「それを早く言え!!」
「なら今『擬態』解きますね」
「うわっ! ちょっと待て待て!?」
煙流はこう予想した。
(男に戻ったらコイツは体がぐんぐん大きくなって背負いきれないほど重くなるんじゃないか!?)
(それ以前に服は巫女服のままでいいのか!?)
結局煙流は巫女(♂)をおぶったままで、巫女の『擬態』が解かれてしまった。
巫女はひょいっと煙流の背中から降りてにこっと笑った。
「どうです? 本当の俺の性別わかってくれました?」
煙流は驚愕した。
──そりゃあもう別人だった。
あどけない童顔の女の子はやや筋肉質な体つきの雄に変貌し、背も30センチほど大きくなった。その割にはだいぶ身体は軽かったが……。
「ちょっと……変わりすぎてないか?」
「この『擬態』の女装は別に俺の趣味ではないんですよ。こういう立ち位置の子が欲しいって、前の隊長が」
「その隊長どうかしてるぞ!??」
「煙流さんだって満更でもなかったんじゃないですか?」
「そ、そんなわけあるか!」
少年はつんつんと煙流をつついてからかった。容姿だけでなく性格まで別人のようだ。
「おっと、と……」
「まだ傷が癒えてないのにそういうことするからだ」
『擬態』を解いたとはいえ、体には多くの傷が残り、なけなしの消毒薬と根性でなんとか意識を保っている状態にあった。
見ていられない煙流はフラフラと足元が覚束ない少年の手を取る。
「すみません。……よろしければ引き続き俺を運んでいってくれませんか」
「……当たり前だろ。お前は弟みたいなもんだ」
「女の子じゃなくてがっかりしたんじゃないですか?」
「もうこの話はいいだろ!」
イヒヒヒと少年はイタズラっぽく笑った。
「ほらもう見えてきたぞ」
「……そうですね」
少年の声のトーンが少し下がった。傷が悪化したかという思考もよぎったがそうではないようだ。
「煙流さん、改めて自己紹介してもいいですか?」
「なんで今なんだよ」
「煙流さん、俺のこと勘違いしてたんじゃないですか。それに……もう会えなくなるかもしれないからせめてちゃんと名前だけでも忘れてほしくないんです」
少年にとって煙流は兄同然の存在だった。孤独の多い日々を送る中、唯一少年に会いに来て、時には戦場で助けにまで駆けつけてくれたのは煙流だった。
少年はぎゅっと煙流の肩を抱き寄せて言った。
「津ケ谷〇〇です。今までありがとうございました」
津ヶ谷の手は震えていた。
──先の見えない将来に不安を感じていたのだ。
悪魔の大群を前にしても決して挫けなかった彼が、一体他の何に怯えてそうなっているのかは煙流にはわからない。
だから煙流はこう声をかけた。
「お前の誕生日は11月2日だよな? 来年の誕生日プレゼントにはいいモノをやる。だからその時に絶対会おう。話したいことがあったらなんでも聞くから、な?」
「え、いいんですか?」
「おう、期待しとけ!」
「はい! 1年後にまた会いましょう!」
津ヶ谷はすっかり笑顔になり、いつの間にか震えも止まっていた。
──そして津ヶ谷は退役後の1年が過ぎる前に、この国を去ることになる。
いかがでしたか?
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