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氷の華と海の少年  作者: 広木すみれ
4月 : まじわった
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ひとりのほうかご

 放課後。今日は僕が所属する水泳部はない。7限が終わって時間は4時過ぎ。このまま真っ直ぐ帰っても良いのだけれど、僕の足は昇降口とは逆方向へと動いていた。行き先は、南校舎4階の西端にある、小さな物置部屋だ。もうほとんど使われていないため、生徒はもちろん、先生たちも滅多に来ない。

 軽くノックをしてから、ゆっくりと扉を開ける。どうせ人がいないことは知っているけど、いつもドアを叩く。そのわずかな風圧に煽られ、部屋の埃が舞う。ドアの先にあるのは、何の変哲も無い、ただのこじんまりとした部屋だ。窓から綺麗な海が見える以外、特に特筆すべきものはない。

 でも、ここは僕のお気に入りの場所なのだ。

 電気もつけずにゆっくりと腰を下ろす。ここでは特に何もしない。他の人は大半が帰るか部活に行っているから、学校の隅のこの部屋は静かだ。遠くから、うっすらとだが吹奏楽部の楽器の音や、外の部活の掛け声が聞こえてくるのみだ。普段の賑やかな日常とは違う、また別の日常に入ったように感じる。心地よい静寂の中で、ぼんやりと、のんびりと、時間が過ぎていくのをじっと待つ。

 そうして、いくらか経った頃、部屋がぼんやりと輝き出す。


 日没だ。


 西側の窓から斜めに光が差し込む。朝昼のまぶしいほどの光とは全く違う、暖かな光。景色がやわらかな金色に染まっていく。部屋のすみに残った埃さえもきらりきらりと輝いていく。窓から見える海は、今までの透き通った青から、夕焼けの空をそのまま溶かし込んだような橙色に染まる。ありふれたものたち全てがこれ以上ないほど美しく彩られていくのだ。


 これが、至福の時間。


 誰もいない静かな場所で、暖かな光を浴びて、何気無い時間を、ゆっくりと堪能する。明るくて賑やかなところも大好きだけれども、やっぱりこういう落ち着いたところも大好きだ。普段の賑やかさが元気を与えてくれるものなら、この時間は安らぎを与えてくれるものだろうか。普段の僕からは考えられないほど、ゆったりとした落ち着いた気分になれる。


 ぼんやりとそんなことを考えているうちに、部屋はどんどんと暗くなっていく。はっと気が付いた時、部屋は濃紺へと染まりつつあった。

「あ、まずい下校時刻になっちゃう!」

 慌てて鞄をひっつかみ、部屋の外へと駆け出す。人気の少ない廊下はひんやりとしていて、ちょっぴり寒い。春とはいえ、中々に堪える。

 よし、このまま海までひとっ走りしよう。体を動かせば、ゆっくりとでも温まるだろう。

「よーい、どん」

 昇降口で一度足を止めた僕は、口の中で小さく呟き、群青色に染まりつつある外へと飛び出した。

読んでいただき、ありがとうございました。一応は続きました。

よろしければ評価をいただけると大変嬉しいです。

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