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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

ホラーの箱。

【ホラー小話】秋彼岸

掲載日:2021/09/23

秋風のような涼しさを。



 秋彼岸。


 秋分の日の前後3日を含んだ7日間。


 昼と夜が同じ長さ。

  


 秋彼岸。





『明日は秋分の日です。一日の昼と夜の時間が同じ長さなんですよ。』


 報道番組の最後に流れるお天気キャスターの映像を風呂上がりのぼうっとした頭で眺める。


 明日は彼女と初めてのデートだ。


 思いがけず、昨日今日と残業が続いたが、明日は休みだ。


 アプローチして半年以上。


 ようやくこぎつけた初デートだ。


「先月から残業が多かったからなぁ。来月支給の残業代は凄いだろうなぁ。

 クリスマスデートに奮発しちゃおうかなぁ。」


 にやにやと3ヶ月先の彼女とのお泊まりを想像しながら、ドライヤーで髪を乾かした。


 布団に入っても、疲れと楽しみと期待と興奮で中々眠れない。

 もぞもぞと布団の中で何度も寝返りを打ちながら、眠りに落ちる。





 ふと、(まぶた)に光が眩しい。



 時計を見ると、「5:30」の表示。


 彼女とは、11時待ち合わせだ。


 いくらなんでも早すぎるな、と二度寝する。

 疲れていたせいか、あっという間に深い眠りに。







 ふっと、目が覚める。


 朝の光が部屋に満ちている。


 時計を見ると、「5:29」の表示。


 一瞬だけの寝落ちか。

 布団に潜ってしばらく。


 勢いよく起きる。






 スマホを見る。

「17:30」の画面表示。







 それと、複数の不在着信の表示。



 その下に彼女からのメッセージ。


『もう誘わないで』




 呆然とする部屋に、刻々と夕暮れの陽射し。




 その夜は眠れなかった。





 秋彼岸。



 墓参りをする。



 彼岸に逝った人に会いに行く。





 秋彼岸。







 父の一周忌に合わせて、秋彼岸に納骨することになった。


 最期を自宅で迎えられたのは、父にとっても、母にとっても幸運だった。


 秋の昼下がり、静かな夫婦だけの寝室で、年老いた両親が黙って、両手を握り合っていた姿を私は忘れないだろう。

 誰も見ていないと思っている両親が、何も話すことなく、ただ手を握り合っていただけの姿。


 薄く開いた扉から、見えてしまったその光景は、今でも私を涙もろくさせる。

 

 じわりと涙が滲む。

 ぐすっ、と(はな)をすする。


 残された母もようやく納骨することを受け入れてくれた。

 一緒に墓まで来られないのは残念だが、山の高低差のある墓地に、足が不自由な母を連れてくるのは、危険だった。


 母は、さっき読経をあげてもらった寺で、妻と二人で待っている。


 杉林がざあっと鳴る。


 夏よりも薄くなった空の色。


 カラスが旋回している。


 墓の供物を狙っているのだろうか。

 坂を歩く途中に、目に入るのは花の供えられた墓石たち。


 今日は静かに(いろど)られる墓地。


 父方の伯父叔母も一緒に、コンクリートで固められた斜面をゆっくり進む。


「先日の豪雨でだいぶ水が流れたわね。」

「墓は大丈夫だったか。」

「樹木が近いせいか、ウチの方は大丈夫でしたよ。」


 ハアハアと息を乱しながらも、ゆっくりと坂を歩く。

 80近い伯父の足が一番早いのは、何でだ。


 メタボリックな自分の腹に抱えた骨壷が、やけに重く感じる。

 ようやく墓に辿り着くと、息子夫婦と孫が仏花を供えていた。


 5歳になったばかりの孫娘は、可愛らしく花を持って立っている。


「おじいちゃん、お花。」

「うん、おじいちゃんは骨壷を持っているから、代わりに頼むよ。」

「ひいじいちゃんをしまっちゃうの?」

「ううん、土に還るんだ。」


 墓石下の納骨扉を(ひら)けば、底は土のままだ。

 そこに父の遺骨を混ぜて、祖父母と同じように土に還す。


 祖父母の時に、父から教えられた事を今、自分が孫に教える。


 感傷に浸りながら、骨壷を包んでいた風呂敷を解いていると、もう一人の孫の勇介の声が響いた。


「おじいちゃん!見てよ!これ、すごくない?」


 墓場の雑木林で拾ったのか、篠竹(しのだけ)を振り回して、高い木の枝を叩いている。


 花粉の季節でもないから、大丈夫かと上を見ると、ボーリングの球ほどのスズメバチの巣。


 騒然とする墓場。


「やめなさい!勇介!蜂に刺されたらどうする!」

「叩いちゃダメよ!お義父さんが刺されたら、死んじゃうのよ!」


 スギ花粉症でもある私は、二度スズメバチに刺された事がある。


 二度目の時は、アナフィラキシーショックで血圧も下がり、一時危篤状態になった。


 医者には、

「アンタ、もっかい刺されたら、死ぬよ。」

 と、軽やかに死亡宣告をされている。


 父の一周忌に死ぬのは、嫌だ。


 ぞっとしながら、骨壷を抱えて後ずさった。

 その間に、息子夫婦が孫の勇介から篠竹を取り上げた。


 伯父が巣に近付いて確認したところ、営巣していない古い巣のようだった。


 ほっとしながら、骨壷を墓前に運び、伯父叔母、息子と共に納骨扉の前に(ひざまず)く。


 不貞腐れた顔の勇介も一緒に、線香に火をつける。



 線香の煙を漂わせながら、父を偲んだ。



 火葬場で母と共に挟んだ骨は、もう冷えていて熱も何もない。



 ただの真っ白い塊りになった。




 ぐすっ、と洟をすする。



 納骨扉を開く。




 黒い塊りが目に入る。


 私の黒い喪服にそれが飛んできた。





 伯父が(おごそ)かに言った。



「クロスズメバチだ。」



 納骨場所の土の中に、巣が出来ていた。







 私は父に再会した。







 その後、父に戻された。




「お前にゃ、まだ早い。」


 三途の川の向こうで父は笑っていたと、私は病院のベットの上で、母に伝えた。





 秋彼岸。



 赫赫と、



 彼岸花(ヒガンバナ)が咲く頃。





 秋彼岸。







 今年も彼岸花が咲き乱れている。


 茅葺き屋根だった家をリフォームしても、毎年変わりなく正面に並び咲く曼珠沙華。


 江戸時代から続く建物と同じだけの歴史の長さを誇る群生地。


『悪いものが入らないように』


 嫁に来たばかりの時に、隠居でお茶をいただきながら聞いた話。

 野ネズミやモグラの事かと聞けば、違うと言う。


 老婆の話は、語り口から既に恐ろしい。

『悪いものが入らないように、ご先祖様が植えたんだ』


 結局、その「悪いもの」とは何なのか、教えてくれなかった。


「……あなたは、悪いもの、なのね。」


 赫赫(あかあか)と咲き誇る花の向こう側にいるのは、夫の兄。


 由緒正しい家柄の長子に生まれながら、賭け事に女性問題、暴力沙汰を繰り返して絶縁された挙句、去年の盆の夜に殺されて死んだ男。


 その亡霊が、彼岸花の向こうにいる。


 嫁の私にだけ見えると気付いたのは、去年の秋彼岸。


 死してなお、家から拒絶されたままとは。


「……亡くなってからも、あなたは許されないのね。」


 細く伸びる雄蕊(おしべ)雌蕊(めしべ)がトンボに揺らされる。


 しゃがみ込んだままの私は、小さな声で話し続けた。


「まだ半年だから、この子には見えないわ。今の内だけよ。」


 胸元からは、甘い赤ん坊の匂い。


 むせかえるように香るのは、生者の匂い。


 目の前の赫い花が境界。


 花咲く彼岸の時だけ、男は姿を見せる。

 何も言わず、ただ境に立っている。


「いつまでもそこにいるつもり?」


 男は何も言わない。


 私も本当の事は、決して言わない。


 言わずに彼岸まで逝く。


 けれど、その時私はーー


「おーい、叔母さんたちの土産のケーキ食べようぜ〜」


 この家の跡継ぎで、私の夫である男がのんびりと玄関から声を掛けてきた。


 私の()()()()は、今、声を掛けてくるこの夫だ。


「はーい。今行く。あ、起きちゃったか、ごめんねぇ。」


 腕に抱いた可愛い息子の顔を覗き込む。


 曼珠沙華に照らされたような頬の紅さ。


 私はぬくぬくとした息子を抱え直すと、彼岸の向こうにいる男へ、小さな声で話しかけた。


「あなたの息子は、ちゃんとこちら側にいるわ。」


 たとえ、私が死んだ後は、あなたと同じ場所に立つとしても。


 私は彼岸花の向こう側に微笑みかけると、夫の待つ玄関へと向かった。





【 秋彼岸 】


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― 新着の感想 ―
[一言] それぞれ別の怖さがあって、面白かったです! 蜂の話が好きです。 咲いている彼岸花を見て、もしかしたら…と思うこの頃です。 素敵なホラーありがとうございました!
[一言] これまた怖い!!www 特に一つ目www
[良い点] うわぁ、どの話も別の怖さがあってすごい。ぞくぞくしました。 蜂も怖いですよね! 無事で良かった~!
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