二話
面倒だ、人生とはこの一言に尽きる。
仕事、人間関係、税金、その他諸々面倒ごとのオンパレード。
楽しいことなど少ないことが常で交友関係も就職を機に減っていき同僚とはうまく付き合えず、休みの日は一人で映画やゲーム、アニメを見る他になく。オタクになってしまうのも仕方のないことだろう。いや、必然というべきか。
仕事だって生きるために仕事をするのか仕事をするために生きるのかだって最近は区別がつかない。
ただ費用対効果を考え、業績を上げるのを考え、リストラされないよう精一杯仕事をする。面倒なことこの上ない。最近では働き方改革なんて言葉を聞くがそれは余裕がある人間だけがやれることであって、仕事に忙殺されている人間は改革なんてする余裕がない。ブラック万歳。全く笑えてくる。
事実、ブラック企業は少々減っているがそれだけ。堂々とのさばりそこで働いている自分が格好いいと思うナルシストが幅を利かせ、自分たちのせいですぐに辞めていく人間を根性なしとレッテルを貼る。生まれた年代によってもレッテルを貼るのだから人間というものはまったくもって面白い。死を選ぶものが多いのも頷けるというもの。
その死を選んだものを自己責任という言葉で片付ける人間がいるのだから更に笑える。つまらない芸人よりもよっぽど面白い。
労基なんてものも当てにならない。定時が17時という時点でお察しだ。もし連絡できて監督官が来ても口裏を合わせて問題ないように見せかけるだけ。後で犯人探しが始まって窓際に。まるでコメディでも見ているかのようだ。
まあ、自分が視野狭窄で考え方が捻くれているという自覚はあるが、早々自分なんてものは変えられるはずもなく、さっきのようなくだらない思考を脳内でこねくり回し、ナルシスト共を内心で見下すことでしか生きていけないのだ。
「……定時なんで上がります」
「まだ仕事が残ってるだろ」
俺のは早々に終わらせて、無言でおかれた仕事もすぐに終わらせた。
自分が終わっていないだけだろうに、自分が少しでも先輩だからと先に帰る後輩を面白くないと思い引き止める。それか残業が当たり前と考えている輩。まあこいつは前者のナルシスト野郎だ。無能めが。
「先輩が終わってないだけじゃないですか。もう少し手を動かす時間を増やせば終わりますよ」
「俺のほうが仕事多いから終わんねんだよ! お前が社交性を持って手伝うなりなんなりすれば終わるだろうが! 第一、先に帰るとか先輩に申し訳ないとか思わねえのか!?」
ほら、反論したら顔を真赤にして仕事が終わらない原因を自分ではなく他人に押し付ける。
そして社交性と先輩後輩というやつで此方の有限な時間をさも当たり前のように縛る。
ほら、面倒しかない。
いつもは定時で上がらず遅くまで仕事をし、定時で上がる際も反論せずにさっさと立ち去るのだが今日は特別な用事――魔法少女ゆかりんゴールデンスペシャル――があるので反論してやっている。ありがたく思うがいい無能ナルシスト。
おっと、もう行かなくては。
酒とつまみを買って見る体勢を整えるため時間があまりない。
「それでは失礼します」
「この……!」
後ろからなにか聞こえてくるが知ったことではない。
ナルシストの話は右から左へ聞き流すのが相場となっている。
コンビニで酒とつまみを買った後、家路へと辿る足を早める。
そして交差点に差し掛かったところで、ながら運転の車に盛大に轢かれた。
気がつけば、ボロい天井を見上げていた。
最後の記憶を辿るが何度辿ってみてもながら運転の車に轢かれたこと以外は覚えていない。
はて、ここは病院なのだろうかと混乱した頭で考えるがそれはない。こんなボロい天井の病院などあってたまるものか。
ふい、と右手を顔の前に差し出してみればそこにはぷにぷにの手があった。
いや、まさか転生でもしたというのか? そんなバカな。魔法少女ゆかりんゴールデンは消え去ったというのか。
と、急に目の前に出てきたのはスラブ人的な顔をし、サラファンと呼ばれる民族衣装を着た女性とルパシカと呼ぶ伝統衣装を着た男性。
まさかここはあの広大な面積を誇る不毛地帯? そんなバカな。おそろしあ。
しかも母と父と思われる二人は確実に昔の服装であるため現代ではない。しかも木造の小汚え部屋も見えるものだから金も持っていないものと見える。
「милый」
「да」
日本語でお願いしてもよろしいだろうか。
どうも、ミール・ソコロフです。
男の子で7歳です。立派なショタっ子に成長したぞ。
そしてこのミールという名前は、世界、平和という意味らしい。
キラキラネームも甚だしいと思うのは俺だけなのだろう。将来絶対笑われるぞ。まあ、顔は中々に良いのでそこは良しとする。
どうにか覚えた新しい言語で両親に色々聞いてみたところここはあの北方の大地で間違いない。
ツァーリとか赤いのとか色々聞き出せたので間違いはないだろう。
そして、パパはバリバリの帝国軍人! かっこいい! 内戦とかで死にそうだけど。生き残っても粛清とかされそうだけど。
とは言え、今の所赤いのは見えずラジオからの情報でもパパ上からの情報でも、少しだけ台頭したようだがツァーリのウルトラCにより赤いのは消え去っている。
具体的に言えば、素直に身を引いて立憲君主制にして議会民主主義に切り替えた。ここまでは大体一緒なのだが、この時代には珍しい男女平等の基礎である女性参政権を取り入れた。それによって一旦赤いのは国外に。
更には物的連合になるなど訳のわからないことになっている。
そしてバルカ湖という所の北方にある金鉱で運命の分かれ道であるストライキ。
そこから帝室は破滅していくはずなのだが、ウルトラCを決めたツァーリは金鉱に突撃し、身を引いたくせに待遇改善を約束。見事に通した。立憲君主とは?
まあ、その御蔭で帝政の破滅はかなり遠のいた。
その後は俺が15になる頃に色々あって赤いのが帰ってきて革命とかふざけたこと抜かしてクーデターを起こして内戦突入。
そのせいでうちのパパンが帰らぬ人になって、ママンが目の前で殺されました。
どうやって生き残ったかについては察してくれると嬉しい。
この世界の両親のおかげで前世よりはマシな精神構造となったはずなのに、あの糞どもに復讐したくてたまらない。
あの笑顔も笑い声も手の温もりも帰ってこない。初めて知った愛しいという感情は憎悪に塗りつぶされた。
しかし、復讐心のまま家にあるまさかり担いで突撃しても殺されるだけなのは目に見えているので軍に入ろうと心に決めた。
それから俺は寝る間も惜しんで情報収集を開始し、今は俺が襲われたところよりさらに南にまだ反乱軍はいるらしいという事と。お飾りとは言え市民に大人気なツァーリが負傷させられ、その残党は匿われていると来ている。
政府や市民が怒り狂うのも無理はないのかも知れない。
だから今が好機だった。
幸い俺には最新技術の魔導鎧を動かせるだけの魔力がある。
それは貴重な才能で、実戦で魔導鎧の有用性も見せつけられ今は猫の手もほしい帝国は俺を受け入れた。そして士官学校は実力主義でもあったので丁度良かった。上は年齢を気にしないようだ。
寝る間も惜しんだ代償と士官学校までの道のりで目が死んだが問題ないだろう。
必ず殺し尽くす。
視点:面接官
その日、士官学校の面接官は多忙であった。
とは言えこの日に限らずクーデター以降は毎日が忙しく、大人数の面接が終われば書類を書き、一日を終える。
上は嬉しい悲鳴と言っていたが現場からしてみればとんでもない。悲鳴は悲鳴だから聞き届けてくれと上官の前で叫びそうになった。
だからその日も半ば事務的に面接をこなしていると、魔力試験担当の同僚が休憩時間に難しい顔をして話しかけてきた。
煙草を吹かしながらどうかしたかと聞くと
「魔力が高い少年が来てな。高いと言ってもそこまで高いというわけではないが、これから伸びるだろうことも考えるとな……筆記試験でもトップだ」
では悩むこともなく合格だろう。
成長するまで士官学校に入れておけばいい。
「訳ありでな。どうやら先の内戦で父と母を亡くしたようだ。父の方は、ほれ、お前の元上官の」
まさか、と思った。
元上官は優しく面倒見が良い理想の上官で、俺が撃たれそうになったところをかばってくれた。そのせいで死んでしまった。その上官の今際の際の言葉が蘇る。
助けたお返しに、息子と嫁を頼む。
そう、託されたはずだった。
だがいざ家の場所を調べてみるとそこは南部のリハコフ、内戦地だ。反乱軍を制圧した後、住所の場所に駆けつけると無残な死体があった。
だから俺は頼まれたように上官の妻を丁寧に埋葬した。しかし息子が見つからなかった。どこを探しても、後方に退いて探してみても見つからなかった。それが士官学校に? そんな馬鹿な。
「ま、そういう事だ。お前には伝えておこうと思ってな。次の面接でお前の所に行く……覚悟だけは決めておけ」
反乱軍共が、と吐き捨てた同僚は煙草を灰皿に押し付け去っていく。
その後姿を呆然と見ることしか出来ず、結局休憩時間が終わり、呼ばれるまで俺はそのままだった。
「ミール・ソコロフです」
その少年を見た時、俺は愕然とした。
その目には光はなく、表情は一つも変わらない。緊張しているのだろうかとも思ったが違うだろうということは面接官としての長年の経験でわかった。
だから、何故志願したのかと問うた。我らがロマノ帝国は徴兵制ではなく志願制だ。昔は徴兵制であったが我らがツァーリが志願制へと変えてくれた。よしんば徴兵制でもその年齢であれば徴兵などされないだろう。だからわざわざこんな所に来なくとも孤児院でいい暮らしができるはずだ。
「国のため、家族のためです」
どうしてか、そう聞いた瞬間目に光が戻った。
その光も明るい光ではなく昏い光。復讐を願うものの目であり、戦場で腐るほど見てきた。
俺はこの子を引き取るべきだと即座に思い至ったが、臆病さに口をつぐんでしまった。
今更この子を引き取って善人ぶるつもりか? すべてを話したとしてもこの子は変わらないだろうというのに?
「年齢のことでご心配なことでもありましたか。敵を目の前に、死体を目の前に立ち止まるとお思いで? それならば心配はご無用であります。国のため、家族のため目の前に立ちはだかるものはすべてなぎ倒します。必要とあらば首を切り取り杭に打ち付けましょう。必要とあらばその場で臓物を引き裂きましょう。その覚悟はあるつもりです」
その後、口ではなんとも言えますが、と笑いを浮かべたミールくんを見て俺は自分自身を殴りたくなった。さらに言えば、自分を殺したくなった。
何故あの時もっと探さなかったのか。上官に掛け合わなかったのか、勝手に死んだと決めつけてしまったのか。
後悔が山のように押し寄せる。
目は復讐の炎でギラギラと光り、口は犬歯を剥き出しにして笑うミール君は、率直に言って、化け物であった。復讐に駆り立てられた狼、復讐することでしかもう自分を満たせない餓狼。それとも、魔女という共産主義者共に狼へと変えられた哀れな人狼か、化け物以外の何物でもありはしない。
気迫もそこらの大人が出せるものではない。実際に首を切り取れるのだろう。臓物を引きずり出せるのだろう。今はいない家族のためと言う言葉が信憑性に拍車をかける。
俺が、俺がこの子を、化け物にしてしまった。
であるならば、復讐の一助となることが俺の、この子を任された大人としての責任ではないだろうか。ミール君の気迫が、俺をそう思わせた。
退出させる前、どこで暮らしているのかと聞き、当たり前のように野宿だと答えられてその場で合格とし、すぐに兵舎へと入るようにと告げたことを俺の人生で一度も後悔しなかったことなどなかった。すべてを話し、保護するべきだったのだ。
家族のためと言いつつ、野宿と簡単に言ってのける。彼は、どこまでも狂っていて、壊れていた。
平和を意味するミールとは、神は随分と皮肉屋なようだ。
視点:ソコロフ
やあ皆の衆。テレビを見ながら心にもないことを言って安全な環境で食べる食事は美味しいだろうか。
まあ美味しいだろう。飯は飯なのだから、どんな環境であっても作られた味は変わらん。まして出来たてなら尚の事。
俺はあの手この手で遠い場所から士官学校へとやってきたんだ。少しの八つ当たりは許してほしい。
いやぁ、随分と無口で俺を睨んでくるから圧迫面接かと思って色々と喋りすぎた。圧迫面接で大事なのは負けない心だからつい前世を思い出したよ。
圧迫面接はやめてほしいところである。何の効果もなく就活生をただ悪戯に緊張させいい面を引き出せない。面接官が否定や怒鳴ると言ったことは言語道断。面接というものを履き違えている。是非その凝り固まった脳を粉砕し柔らかくしてから出直してきてほしい。百害あって一利なしということだ。
ということで行った内容は一部を除き口からでまかせ。愛国なんてものは微塵も考えていないし、首を切り取って杭に打ち付けたりもしないしその場で臓物を引き裂くなんて絶対にやらない。面接で本音を言うやつがいるほうが珍しい。
俺は文明人であって蛮族ではないのだから。
入る理由は唯一つ、赤いのを殺し尽くすためだ。
しかし、その場で合格を出されるとは思わなかったから驚いたがある意味助かった。飯もろくに食べてないし風呂にも入ってないしで。
すぐに合格通知を受け取って寮舎へと行き、奇異の視線を向けられる中、採寸を図られた後に風呂に入れられた。
そして部屋を割り振られベッドサイドにおいてあるガイドを見てみると、完全な実力主義であることが分かった。
この士官学校は予備二等兵を最初とし、最高が予備大尉である。それを決めるのは座学や訓練においての成績であり、良い成績を収めれば収めるほど繰り上がっていく。卒業までに二年間に、最低でも予備少尉にはなっておかなければ下士官へと割り振られ、出世コースからは外れることになる。
できれば怒鳴りたくないし赤いのを殺し尽くした後は後方勤務で安全に過ごしたいので頑張りたいところだ。
前世でとある友人から、軍隊はめちゃくちゃ怖いところと聞いていたので、上には媚びへつらうこととしよう。下もよく扱わないと後で怖いというのも色々な歴史が証明しているので下へもなるべく優しくし。そして上へと有用性をも見せつける。
今からやることが多い。俺が入るであろう新学期まで色々とやっておこう。
少年にするか青年にするか未だに迷ってます。