29.”被害者”を救え
長らくお待たせいたしました!
――その日の夜――
「ああ、やっぱり熱が出てしまいましたね。」
私の体が限界を迎えてしまったらしい。つもりに積もった疲れが一気にあふれてしまった。
「医者によると摂取した毒の影響が大きいとのことでしたから、一晩ゆっくり休めばよくなると言っていました。」
「そうか、だが困ったな……」
エリオスティードたちはもう一度領主邸へ行き、そのまま泊まることになっている。あんな大乱闘を起こしてしまったので当然である。
今まで代官にしかよく触れてこなかったが、あの館には領主やただ雇われているだけの人がたくさんいるのだ。このまま事情説明もせずに立ち去るわけにもいかず、それを先延ばしにするわけにはいかない。
「僕は大丈夫です。皆さんは早くいってください。領主様や他の皆さんが不安がっていると思いますし。」
自分が引き起こしたことなので、後始末を押し付けてしまう形となり、少々後ろめたいのだが……
ここで誰かに残られても正直困るのだ。
「お医者様には休めば大丈夫と言われましたし、何かあれば宿の人を呼びますから。」
「……はあ。わかったよ。確かにいかないわけにはいかないしね。だけど、何かあったらすぐに声をかけるんだよ?」
「わかりましたから、安心していってください。」
最後まで行くことをためらっていたエリオスティードだが、渋々といった風ではあったが向かってくれた。
………………
…………
……
「さて、と。」
私もそろそろ動かないと。寝ていたいところではあるが、今日を逃せばもう機会は失われてしまう。
体調が悪いまま向かうのは正直危険であるのだが仕方がない。
頭の中で行動プランを組み立てながら、準備をする。
「――もう一仕事といきますか。」
――辺りは黒色に染まり、冷たい風が吹き抜ける暗闇が広がっている。
私は体の動きを阻害しない服、暗器を隠せるジャケット、顔を隠すスカーフまでもすべて闇夜に紛れる色を纏っていた。
ただ……黒い顔料を落とした私の白菫色の髪だけが月灯りを受けていた。
黒髪の”セシル”は知られてしまっているので、あえて元の色にしたのだ。
”セシル”であると知られるわけにはいかないので、それなら反対の色にしてしまおうと思ったのだった。
なら逆に”王女セレーネフィア”が連想されてしまうのでは?とも考えたのだが、まさか王女がこんなことをしているとは思わないだろう。
温室育ちのお姫様がこんなところに平民として、しかも男として、武器を振り回しているなんて誰が考えるだろう。まして今の私は死んでいるかもわからない行方不明の身なのだからなおさらだ。
……っと、見えてきた。
目的地は……”獄舎”――
もちろん、フレアとチャドを救出するためだ。
私のことをあんなにも心配してくれたエリオたちを早速裏切るような真似をしてしまうことに、胸が締め付けられる思いがした。
元から計画していたとはいえ、だいぶエリオに心を開いてしまったのでなおさらだ。
だけど……
個人的な私の感情で、妨げてしまってはいけないもの……
公私はきちんとわきまえないと……でしょう?
平民生活にどっぷりとつかってしまったせいで、自分の立場を忘れてしまったの?
自分の責務を忘れないで……
――自己暗示をするように自分に言い聞かせた
やっと目的地に着いた。
走っていた時には忘れていた体のだるさを感じるが、気力で抑える。
これからが本番なんだから……私はスカーフを深く付け直した。
見張りが何人かいるが問題ない。彼らの死角を通ってなんとか滑り込む。
まず鍵を探さないと――
流石の私も鍵開けスキルまでは習得していない。だからどうしても鍵が必要なのだ。
けれど、ばっちり対策済み。ここへ二人を連れてきたときに鍵の場所はきちんと確認済みだ。鍵はまとまって一か所においてあるのだ。
そっと、その場所をのぞき込む。1,2,3人か。まさか脱獄を企てるものがいるとは思っていないようで、見張りと言っても、カードゲームをしながら雑談を楽しんでいたが。
いいのかそれで……と、思わず突っ込みたくなるのはさておき……
「……それでよ、あいつが……ぐへぇ!」
「な、な、ぐはっ!」
「だ、誰か……うっ!」
「……ちゃんとお仕事しないとダメでしょう?」
あっ、思わず突っ込んじゃった。
さっさと気絶させて、鍵を取る。
念のため彼らを両手両足縛り、猿轡をつけておく。これで少しは発見されないだろう。
これで第一関門突破。ここまでは拍子抜けするほどうまく進んでいる。
こうもうまくいくと……なんだか不安に思えてくる……
考えても仕方ない、か。
気配を殺し、ようやく牢へと向かう。幸いにも二人は一緒のところにいるので助かる。
確かあそこ……いた!
2人を驚かせないように、そっと壁を叩く。
「……うはぁ~あ。誰だよ……こんな時間に……ってうぉっ!誰だ……」
「しっ!声を出さないでくださいっ!」
寝ていたらしい二人のうちチャドが先に起きた。私を見るなり声をあげようとしたので慌てて遮る。
チャドは警戒しながらも、私に合わせてできるだけ小声で聞いてきた。
ちなみにこの姿の時は、素の声を使っている。”セシル”だって気づかれたらまずいからね。
「お前……誰だ?兵士じゃないよな……女……?」
「あなたを助けに着ました。ここから出ますよ。」
「……は?」
時間がないので要件を伝えてしまう。
案の定チャドは混乱してしまったが。
だが、今は暢気におしゃべりしているわけにはいかない。こうしている間にも危機は迫っているかもしれないのだから。
「とにかく、今は時間がありません。信じてついてきてくれませんか?それに、あなたたちを害すつもりならとっくにしています。」
「…………わかったよ。どうせこのままここにいてもろくな未来はねえからな。……おい、フレア、起きろ……」
よかった、チャドがまっすぐな性格で。
「……う~ん、どうしたの、兄さん。…………え、なに、どういう状況?」
チャドに起こされたフレアは兄から事情を聞いて戸惑っていたが、兄の決断を聞いて、脱獄の決意を固めてくれた。
「何が何だかさっぱりだけど……やるしかないでしょ!」
とのこと。
私は手早く鍵を開けた。
「馬車を用意しているので、そこを目指します。兵士に遭遇したら私が対処するので、その間に……っ!」
その瞬間、私は人のやってくる気配を感じた。
もう鍵は開けてしまっているから隠しようがない。応援を呼ばれる前に倒さないと……そう思っていつでも動けるように構えていた。
しかし、その相手が誰なのかを認識した私は、動揺を隠せないでいた。
どうしてこちらにいらっしゃるんですか……
――エリオ様――
お読みいただきありがとうございました。
次回の投稿日は一週間程度先です。




