27.あなたに心を許してもいいですか?
今回は筆がどんどん進みました!
2人がいい雰囲気になる予感!
廊下の方がバタバタと慌ただしい。この部屋の異変に気付いた誰かが屈強な男でも呼びに行っているのだろう。
当たり前だが。
一人一人はなんてことなくても、やはり数の有利を取られるとまずい。
私の任務は代官をひっ捕らえることでも、この屋敷を引っ掻き回すよう言われたわけでもない。
だからこのまま逃げるかというと、それは敵前逃亡するようで気が進まない。
いや、でも……と考えあぐねていると、先に代官の方が動く。
「お前は誰だっ!こんなとこ――うぐっ……こんなところになぜ賊が――っっ!――い、いるんだ!」
……急に大声を出したりしたから、体調が悪くなったんだろうか?やれやれ、老化っていうものは恐ろしいね。
「俺を誰だと思ってい――っっ、るんだっ!」
さて、私も考えも決まった。
すなわち――うるさい代官を気絶させて、窓から脱出大作戦!!である。
もちろん、逃げるわけではない。あくまで戦略的撤退なのだ。
廊下の足音の数もだいぶ増えてきている。早く脱出しなければ。
だがここで、代官に新たな変化が訪れた。
「う……うぐ、うあ、あ、あああああガァァーーー!」
――そのまま倒れて、起き上がることは二度となかった……
……い、今のはいったい……
慌てて駆け寄ると、彼はもうこと切れていた。私は目の前で突如起こった事態に心臓がバクバクしていた。
なんてことっ!?これでは何もわからない……!
――まさか……!
私はこの時に部屋の異変に初めて気が付いた。
――室内が薄い煙で包まれていることに。
暖炉を使っているとはいえ、よほど変な使い方をしない限りこうなることはないだろう。
私は飛びつくように暖炉へ駆け寄った。持っていた短剣で灰の中を引っ掻き回す。そして、私の予想が当たってしまったことを悟った。
灰の中から、ほとんど燃えてなくなってしまったものの欠片――代官の死因となったそれを取り出す。
――手紙の欠片だ。先ほど私が届けたもの。
まさかこれが使われるなんて……
この手紙……というか、紙の材料が問題なのだ。これは燃やすと人体に有害な物質、つまり毒を出す性質をもつ。
燃やされないといけないという欠点はあるが、本人に悟られることなく、しかも近くにいる人までも巻き込んで殺害できるという恐ろしいものだ。
その危険性から、材料となる植物の栽培は禁止され、代官が安易に燃やしてしまったように、使われることすら失念してしまうほどマイナーなものだ。
代官はこの手紙を見たとき、相当取り乱していた。恐らくこれの送り主は相当権力があり、切り捨てることにためらいを持たないらしい。
恐らく私たちの計画をなぜか知った黒幕と言える人物が、代官に帳簿を燃やすこと、手紙自体も燃やす指示をしたのだろう。
まったく、この国は一体どうなっているのよ!?うちとの戦いも癒えていない段階なのに……
私の思考はそこで中断されることとなった。
いよいよ外にいた屋敷の者たちが、一向に返事をしない代官にしびれを切らしたらしい。鍵のついた扉を破って大勢の人がなだれ込んできたのだ。
すぐさま持っていた帳簿と欠片を懐にしまい、立ち上がる……が、一瞬頭痛を感じる。
しまった……私にも毒の影響が!
これでも王女だった私は、毒物の耐性を幼いころから付けさせられている。安価ですぐに手に入るようなものならば効かないのだが、今回の毒のように認知の低いものには耐性がない。耐性を付けるということは、毒を飲んで体を慣らすということで、たくさんの毒を飲むことはできないからだ。
恐らく今回の場合、今まで身に着けた他の毒物の耐性のおかげで死ぬことはないだろうが、頭痛ごときでは済まないだろう。
だが今はそれどころではない。急いでここを離れないければ。本来なら窓からひらりと飛び出し、機動力を駆使して逃げるのが一番良いのだろうが、残念ながら毒の影響で足取りがおぼつかなくなっている。このまま飛び出してもすぐ追いつかれてしまうだろうし、それ以前に着地を失敗するなどの醜態を晒すことになってしまうかもしれない。
だから、仕方なく……
「あいつを捕まえろーー!」
「逃がすな!代官様を殺した犯人だーー!」
そう叫ぶ人の合間を縫って一気に屋敷を駆け、外に通ずる場所を探す。
走って、走って、とにかく走る。
いちいち相手などしていられない。代官が死亡した今、私の持っている証拠品、そして私自身が唯一の黒幕の手がかりなのだ。
ここで捕まるわけにはいかない!!
その一心で何とか逃げ延びていた。一階への階段を発見し、すぐさま向かうが最悪なことに、騒ぎを聞きつけた兵が中にやってきてしまった。
その光景に一瞬足を止めたのがいけなかった。後ろからも追手が来ていることをすっかり失念してしまっていたのだ。
気づいたときにはすでに遅し。後ろから走ってきたままの勢いで思いっきり蹴られた。
キャアァァー!
声にならない悲鳴を上げ、窓に叩きつけられ……
え……
ガシャーーンッ
――私の目の前には青空が広がっていた
いつしかも感じた、時が止まったような感覚を覚えた。
あの時はアリアナが助けてくれたっけ……
でも、そんな彼女はもういない
彼女だけではない
父、母、兄、ルイス、学園の友達、町のみんな
もう私の味方は誰一人いないのだから
だから……今……
――誰も私を助けてはくれない――
浮遊感に抗うことなく、私の体は下へ落ちていく
――……ル!
――……シル!!
誰かが呼んでる……
――セシルッッッ!
はっきりとその声が聞こえたとき、私の体は力強い腕に収まっていた。
――エ、リオ、さま……
「大丈夫かっ!?怪我はっ!?」
いつもの微笑みが消え、言葉の端には余裕がみられない、彼の姿に目を見開く。
もしかして、心配してくれてる?
こんな素性も分からない私を……?
「ごめん!君を一人で行かせたりしてっ!」
……どうしてそんなに心配してくれるのですか?
私は……彼を騙しているというのに……
浮遊感に体がこわばっているのか、毒が回り始めているのか、返事ができないでいた。
唯一動かせる首を動かすと、そこにはディランやフレディーはもちろん、普段は王都にいる騎士団の姿まであった。
ディラン様とフレディー様は分かるけど、騎士団まで引き連れてやってくるなんて……
そんな私をしばらく見つめていたが、エリオはやってくる屋敷の兵士に向かって、剣を掲げた。
その紋章はっ……
「私はアガートラーム王国第一王子エリオスティード・アガートラーム!この者は私の従者だ!これ以上傷つけることは許さない!」
アガートラーム王国第一王子!
まさか、エリオがっ!?
そんな人と行動を共にしていたなんて……
少し前の私なら、確実に憎しみを彼に向けたことだろう。だが今は……
――安心感
それはあなたには決して宿してはならない感情だ。
けれど、相手を威圧しているわけではないが、声に威厳がある、堂々とした態度。それは、今の不安定な私の拠り所となっていた。
――あなたはアガートラーム王国の王子、私はフォルトゥーナ王国の王女
相容れない存在だとはわかっているし、フォルトゥーナを裏切る行為だとは知っている。
でも彼には……いや、エリオだけでない。ディランからもフレディーからも、サイラスたちや町のみんな。
これまで一緒に過ごしてきて、彼らからフォルトゥーナ王国に仇なす心は感じなかった。
おそらく、『悪夢の一夜』には途方もない大きな真相があるのだ
真の黒幕だけが私の憎しむべき相手。彼らのような良い人たちに向けるべきではないのだ
国を離れてからずっと弱みを見せないように頑張ってきた。しかし、もう自分を偽り切れなくなってしまった
――これは私の言い訳なのかもしれない……
それでも……
「ッッエリオ様!」
――この時初めて心を許した……
お読みいただきありがとうございました。
次回は裏舞台の方になります。




