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26.帳簿の行方

 あれから二週間ほどが経過した。


 私はエリオに言われた通り、フレアの店で働いている。

 急に押し掛けた私を邪険にせず、店主は快く迎えてくれた。最初こそ、勝手がわからす戸惑っていたが、今ではもうすっかり接客業が板についていた。


 二週間もここにいれば客にも顔は覚えられる。顔なじみとなった常連客とは、


『いらっしゃいませ~。またいらしてくれたんですね!』

『ああ、セシル君、いつもの頼むよ。」

『また肉丼ですか?野菜も食べたほうがいいですよ?」

『いいじゃないか。あれがお気に入りなんだよ……』


 などとまで話せる仲になった人もいる。

 看板娘であるフレアがいなくなって客足が落ちると思いきや、なぜか落ちるどころか増えているらしい。


 なぜ野郎()を目当てにやってくるのだろう?


(もちろん、セシルからにじみ出る普通の平民とは違う凛とした雰囲気や、綺麗なたたずまいに惹かれているなどと、セシルには知る由もなかった)


 無邪気な笑顔の裏で、???を浮かべていることなど悟られずに仕事をこなす傍ら、本命である情報収集も欠かさずに行っていた。


 社交術をマスターしている私にとって、初対面の人と打ち解けることなど朝飯前。人の善い笑みを浮かべれば情報はすんなり入ってくる。


 情報を取捨選択してエリオたちに伝えていたが、しばらく彼らとは会っていなかった。



 ――それをいいことに、私は胸の内に燃やす灯のために、着々と準備を進めていることも併せて伝えておこう。



 ドアベルの音に、テーブルを拭いていた手を止めて、ドアの方へ向きつつ、声をかける。


「いらしゃいま……せ。――エリオ様。」


 そこには二週間ぶりに見る、雇い主の姿があった。


「やあ、久しぶり、セシル。」


 ここに彼が来た、ということは……


「準備が整った。さあ、害虫を駆除しに行こうか。」


 エリオがきれいな笑みを浮かべた。




 数時間後、エリオたちと共にシルコアーレへとやってきた。

 理由はただ一つ――犯人を捕まえるため。


『犯人はシルコアーレ領主の代官エンベズル・ワーヘイツだということが分かった。』


『悪夢の一夜』後、属国となったフォルトゥーナ王国であるが、特に反抗的な貴族でなければそれまでに治めていた領地や爵位はそのままとなっている。

 が、唯一違うことが、アガートラーム王国からの代官の派遣――つまり監視が派遣されていることだった。エンベズル・ワーヘイツもその一人。敗戦国となったフォルトゥーナの領主たちはアガートラーム王国の人間にはどうしても弱い。領主はその権限を奪われ、どこかに追いやられているのだろう。


 エンベズル・ワーヘイツは野心のある男らしく、大方誰かに買収されたか、脅されているのだろうと言っていた。有力貴族であるわけでもない貴族の端くれのような男がこんな大層なことを一人で実行するわけがないとのこと。


 それを聞いた私に与えられた命令はただ一つ――エンベズル・ワーヘイツの横領した金の流れが記されている帳簿の捜索だ。


 もし、こちらの動きを読まれて証拠品である帳簿を燃やされてしまうものならこちらの正当性が証明できない。

 捕まえることは不可能となってしまう。


 だから、証拠品を消される前に私が何としても探し出さなければいけないのだ。


 チャド達盗賊のアジトに潜入したときのように、エリオがついてくるのかと心配していたのだが。


『前回でセシルの隠密行動のすごさを知ったからね……僕では足手まといだ。』


 と、言っていた。

 私は女で力がないから自分に合っている隠密を極めただけで、普通貴族がやらないような特殊技能を身に着けている私が特別なだけなのだ。だからと言って正面からの戦いは弱いのかと言われると、そうではないのだが。正面切っての戦闘の方がどうしても多いので、ルイスには厳しくしごかれた。


 普通は正面からの切り合うということを想定して、剣の重みや技を磨いていくのが一般的である。あまり活用できない隠密重視の戦いに慣れていないのは仕方のないことだ。


 逆に言えば、


 エリオはそんな私の得意不得意をこの短い間にしっかりと見抜いていたらしい。

 だからこそ、今回の意外と重要な任務に、私ならできると確信したうえで任せてくれたのだ。


 なら、私はその信頼に応えなければ。


 フォルトゥーナの民のためにも。




 ちょうど手紙を届けに来た配達員から受け取る使用人を見つけたので、


「ごめんね。」


 素早く気絶させて、服を借りる。


 あなたに恨みはないんだけど……許して。

 っと。これでよし。


 女物であったが、仕方がない。この方が敵も油断してくれるだろう。


 一度アリアナのお仕着せを着てみたいと思ったことがあったが、こんなときに着ることになろうとは……

 一瞬そんな気持ちがよぎるが、すぐに振り払う。


 人目を気にしながらも、怪しまれないように堂々と館の中を歩いているが、そのおかげなのかうまくやれている。


 今までこんなに堂々と潜入したことはなかったけど……案外うまくやれてる!

 表にはもちろん出していないが。心の中では満足げに笑っていた。


 しばらく歩いてみるが、多少目線を感じるものの、怪しまれてはいないようだ。


 これなら、大丈夫そう。


 ちょうど通りかかった人に声をかける。


「すみません、代官様にお手紙を渡すよう言われたのですが……代官様のお部屋はどちろでしょうか?」


 久しぶりに声を低くしないで、素の声で話す。


「あ、ああ。それなら……三階の突き当りだ。」

「そうでしたか。ありがとうございます。」


 ふふ、ちょろいわね。全然怪しまれてなかったわ。


 あんな可愛い子いなかな……新人ちゃん?、とかなんとか言われているから、問題ないだろう。


 あそこの部屋ね。

 ここからは気を引き締めましょう。


 ふう、と息を吐いて、緊張感を取り戻す。


 ドアを二回ノックする。


「代官様、お手紙をお届けに参りました。」


 許しを得て中に入ると、手紙を取り出す。

 その瞬間、カッっと目が見開かれる。――ばれた!?と思ったがそうではないらしい。


 慌てたように私から手紙をひったくるように受け取ると、すぐに出ていくよう言われた。

 何か嫌な予感がしたので、すぐに部屋を出る。


 い、いったいなんだったの?


 気になるが、今は任務に集中だ。


 さっきの部屋の様子を見る限り、大事なものをしまっておくところはなさそうだ。人の出入りも多いようだった。

 となるとやはり――


 ――――寝室か。




 ここでもない――あそこも違った……


 なら、残りは……


 寝室内に侵入し、ものを隠せそうなところを探し回り、まだ探していない箇所を探しに行こうと、足を向けたその時……


 バンッと音を立てて誰かが入ってきた。私は間一髪物陰に隠れられた。


 急に何なの?!まさかバレた!?


 そんな私の心など露ほども知らず、代官が絨毯が敷いてあるにもかかわらず、どしどしと音が聞こえるのではないかという慌てぶりを見せていた。


 こちらのことなど全く気付いていない様子に安堵するが、それはすぐに霧散することとなった。


 うそでしょ!?なんでこのタイミングで……!?


 彼はベッドの方――私がまだ調べていない、恐らく帳簿が隠されているであろうところへ向かったのだ。


 固唾をのんで見守っていると、案の定彼は一冊の本を腕で隠すようにして、慌ただしく出ていった。


 予想外の事態に、私はそれを見ているしかできなかった。が、そんな場合ではない。


 急いで彼の執務室へと向かった――ただし、窓の方から。気づかれないよう、息を殺して中を覗く。


 中には帳簿を手に、部屋の中を右往左往する代官の姿があった。


 決して馬鹿にしているわけではないのだが、何をしているんだ?という思いがわいてきた。

 しかし、彼の次の行動に凍り付いた。


 まさかあの男……帳簿を燃やすつもり!?


 なんと、帳簿片手に煌々と輝く暖炉へと近づき、躊躇いつつもその中へ帳簿を入れるモーションをした。


 ここまでうまく潜入できたのだ。最後の最後で騒ぎを起こすつもりはなかったが、仕方がない。


 私もまだまだだな……と頭の片隅で考えつつ、素早く太腿に着けた短剣を抜くと、その勢いのまま室内――いや、帳簿に向かって投げつける。


 ガシャーーンッとガラスの割れる派手な音とともに、突然現れた短剣に代官は驚いたのだろう。尻もちをつく。まあ、短剣だと気づいたかは不明だが。


 短剣の割ったガラス窓から私も侵入する。あ、もちろん外にいたときにはまず先に帳簿を回収する。短剣を代官に向けて投げつけてもよかったのだが、それだとその拍子に帳簿が暖炉に落ちてしまう可能性もあったため、帳簿を狙った。


 帳簿を壁に縫い付けている短剣を引き抜き、本の状態を確認する。

 これでずたずたになっていたらどうしようかと思っていたのだが、コントロールがうまく働き、隅の方を貫くだけにとどまっていたので無事だった。


 よし、任務達成。


 一つ満足げに頷いたところで、怒鳴り声が響く。


「お、お、お前はだれだあ!?」


 さあ、代官(こいつ)をどうしようか。






お読みいただきありがとうございました!


次回はエリオたちと再び合流します!

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