17.元王女と貴族様(前)
お待たせいたしました!
ん?なぜ私まで?
成り行きに任せてここまで来てしまったが、これはどういう状況なんだろう?
この人たち......おそらく貴族だろう。それもかなり位が高い方の。
執事的な振る舞いをしていたフレディーと呼ばれていた青年は、そう簡単に身に着けられるものではない。それにエリオとディランと呼ばれていた二人は相当な剣の使い手。多分だけど、エリオは二人の主といったところか。
そんな人たちがどうしてここに?
いや、それよりもこの状況から抜け出そう。話してぼろを出してしまったら困るし。
しかし困ったな。
王族と貴族の付き合い方ならわかるが、貴族と平民のかかわり方を知らないのだ。
まあ、とにかく戸惑っている風を装って、丁寧すぎるくらいに話せばいいか?
......うん、それでいこう。
さっそく実行すべく、まずはエリオの腕をつかんで立ち止まる。
「どうかした?」
振り返って訪ねてくるが、それには答えず、サッと跪く。
下の者、まして敵国の貴族に跪くなんて、私からすれば屈辱的なことだったが、今は平民、今は平民なのだと言い聞かせる。
「貴族様とは知らず、無礼な言動をしてしまい、申し訳ありません!大変ご無礼をいたしました......これ以上あなた様方にご迷惑をおかけするわけにはいかないので、僕はこれで失礼いたし.......っ!」
とりあえず勢いでなんとかしようと、一気にまくしたてるように言葉を紡いだのだが、途中でまたもや腕をつかまれ、私を強引に立ち上がらせると、そのまま彼らの部屋に転がり込むように入った。
バタンッ
無情にもドアは閉まり、私は部屋の中で所存なさげに立っていた。
............。
「その、どうして貴族だと思ったの?」
少し間をあけてエリオが尋ねた。
しかし、この質問の意図がわからない。誰がみても貴族だと思うんじゃないだろうか?
頭の中では、?を浮かべながらも少し緊張しているような雰囲気を出して答える。
「そちらの方の立ち振る舞いは、貴族様のものでしたし、お二人が持っていらっしゃる剣はかなりの業物だとお見受けいたしました。他にもお召し物や容姿から、そのように思っていたのですが......」
「「「......」」」
何か変ことを言ったかな?
私の言葉を聞いて驚いているようだから、最後の方は声が小さくなってしまった。
「あの......」
「......とりあえず自己紹介をしようか。俺のことはエリオと呼んでくれ。君が言った通り俺たちは貴族だ。貴族としての名前はあるんだけど、身分を伏せて行動しているときは『エリオ』として行動しているから。まあ、よろしく。」
思いがけず自己紹介がはじまってしまった。続いて、
「ディランと呼べ。俺も貴族で、エリオの護衛だ。」
と、短く言い、
「私のことはフレディーと呼んでください。私も貴族で、エリオの侍従をしております。本名を名乗れなくてすみません。」
と、三人がそれぞれ言った。
この流れは私も言わないといけないやつだよね?
はあ~、あんまり私の存在を知られたくないのだけど......こうなってしまったものは仕方がない。
一度姿勢を正し、右手を胸に当て、左手を後ろに回して、深く頭を下げ、礼の姿勢をとる。
「......セシルと申します。僕のようなものが、高貴な方々にお目にかかることができ、光栄でございます。.......先程助けていただいたにもかかわらず、無礼を働いてしまい、申し訳ありませんでした。」
そしてもう一度前を向くと、苦笑しながらエリオが言った。
「そんなに堅くならなくていいよ......それじゃあ、早速本題に入ろうか。」
一旦私たちは椅子に座り、話をする体勢をとる。フレディーだけはお茶を入れるためにここにはいないが。
それから彼らから聞いた話はこうだった。
「実は、君と会ったのはこれが初めてじゃないんだ。まあ、話したわけじゃないから見たってだけなんだけど......」
どうやら、私が女性を助けているところに居合わせたらしい。彼らも女性を助けようとしたが、私の方が先に首を突っ込む形となったので、一部始終を見ていたらしい。その時は暴力沙汰になることなく一応平和的に終わったので、その場の流れとともに立ち去ったらしいのだが......
「もう俺たちがそんな出来事は忘れかけてた時......まあ、君が襲われる前かな。あの男が武器を手に仲間を引き連れて、走っていくのを見たんだ。」
そろそろ宿に帰ろうか~なんて話していた時、前からどこかで見たことのある男が仲間とともにすさまじい形相で走っていくのを目撃したらしい。
すぐにあの男だということに気付いた彼らは、私の身が危ないと考えたらしい。
とりあえず、フレディーを宿に向かわせ、私がけがをしていた場合やかくまう必要がある場合に備えて準備をさせ、残った二人で手分けして私のことを探したのだという。
「でもまさか君が、あそこまで出来るやつだとはね。」
エリオが肩をすくめて言う。
最初に私の元へたどり着いたのは、ちょうど私が戦っている時だったらしい。
「......ずっと見ていたのですか?(*どうして加勢してくれなかった?)」
「変に入っていくのも邪魔だと思ったから。でも、最後は助けられたでしょ?」
私の心の声が聞こえたのか、望む答えを返してくれた。
「そのことについてはなんとお礼を言ったらよいか......」
「それからは君の知っての通りさ。」
話の気切りを見計らって、お盆を持ったフレディーが戻ってきた。ふわっとしたお茶のいい匂いが漂ってくる。エリオ、ディラン、私、自分自身の前にそれぞれカップを置く。お礼を言うと、軽く微笑んで返事とした。
彼らが一口飲むのをみて、私もカップを持ち上げる。もちろん、変なものが入っていないかというのは気がかりだったが、ここまでの人となりを見て、そんなことをする人には見えなかったし、万が一毒が入っていたとしても、私のご先祖様、歴代の王たちが昔の戦乱の最中に身に着けていた毒の耐性は私の体の中にも流れている。恐らくある程度の毒は無効とまではいかなくとも少しは薄くしてくれるはずだ、と思っていた。
口をつけようとしたその時だった。
「で、お前はいったい何者なんだ?」
唐突に、今まで黙っていたディランから告げられた。その言葉に、表情にこそ出していないものの思わずカップを持ったまま手を止めてしまった。お茶の水面に映る自分の顔を見ながら、どういう意味でしょう?と尋ねる。
「そのままの意味だが?」
「......ただのしがない平民ですよ。」
平静を装って、一口飲んでから答える。私がカップを置くのを見て、さらにディランが言う。
「普通の平民はそんなに丁寧な言葉は話せないし、俺たちを見てどこかのお金持ちだとは思うかもしれないが、お前は迷うことなく俺たちのことを貴族だと見抜いた。それに剣、しかもシンプルな剣でなく、扱いにくい双剣を使える。そんな人間を怪しく思わないはずはないだろう?」
私のウィークポイントをズバズバ言ってくれるわね。
でもまあ、言い訳はある。
「......僕の両親は旅商人でした。ですから、そんな両親を見て育った僕もお客さんの前に出ても恥ずかしくないように言葉を矯正されましたので、言葉遣いに関してはそのおかげでしょう。貴族様だとお見受けしたのは、商人に必要な技能である、相手を見定めることを自然としているからではないでしょうか。武術に関しては、危険も伴う旅ですので、自分の身を守れるように父から教わったからです。父も双剣使いでしたから、僕も必然的に双剣を使っています。」
サイラスさんたちに言ったことをもとにして、私なりに違和感のない設定を作り上げていたのだ。
こんなこともあろうかと、ね。
「過去形ってことは......」
「お察しの通り、両親は盗賊に襲われて亡くなりました。僕だけが生き残りました。」
「そうか......」
静かに私の話を聞いていたフレディーが言った。
「彼に、協力してもらうのはいかがでしょう、エリオ。」
......はい?
お読みいただきありがとうございました。