07話 グループ
昼食を終えた柿谷は自分の席で再び資料を読んでいた。
技術棟に向かうにはまだ早く、かといって他にやることもなかったための行動だった。それに緊張してのんきにスマホなどをいじる精神的余裕がないというのもあった。
「ねえみんな、ちょっといいかな?」
皆が思い思いに教室で時間を潰しているなか、クラスの中心人物の1人となりつつある蛍火航輔が教卓の前に立った。
委員会決めはまだやっていないが、既に実質学級委員長的なポジションにいる蛍火。俗に言う仕切りたがり屋のようなタイプだが、自分の意見を押し付けるようなことはしないため嫌な印象は全く受けない。口調も優しげで好感のもてる爽やかイケメンだ。
クラス中の視線が自分に向けられるのを確認し、蛍火は親しげに軽く微笑む。
「これからいよいよ通常試練が始まるわけだけどさ、僕としては誰一人欠けることなくこの試練を乗り越えたいと思ってるんだ。だからクラスで協力し合って挑みたいんだけどみんなはどうかな?」
よく通る声で発された内容はこのタイミングと蛍火の性格を考えれば予想通りのものだった。
「なあなあ、柿谷はどう思うよ?」
増渕が口元を手で隠し、柿谷にだけ聞こえる声量で囁いてくる。
柿谷もそれに倣って声をひそめる。
「いい提案だと思うよ。クリア条件に人数制限はないみたいだからわざわざ潰し合う必要がないわけだし、お昼前に話したような情報交換をクラス全体でできるのは相当魅力的だよ」
「でも確かこの試練は個人戦だみたいなこと書いてなかったか?」
「これは勝手な想像だけど、別に協力を否定しているんじゃなくて、他人に依存してサポート役に徹するようなことは危険だって言いたいだけじゃないかな。1人でも戦える力は最低限必要だっていう助言的な。あくまでって付いてるし」
「なるほどな、確かに複数人行動の時は効率を求めるなら1人に〈重量〉とか〈製作効率〉を上げさせて荷物持ち兼生産係にした方がいいもんな」
「だけどそんな奴に俺は魅力を感じない、って言いそうじゃない?」
柿谷は眉をひそめて神室理事長の口調を真似た。
「ちょっと似てるしめっちゃ言いそうだな。じゃあひとまず共闘に賛成ってことでいいんだな?」
「うん」
柿谷達が会話をしていたように他のクラスメイトも各々の友人と話し合いをしていたようだが、ちらほらと「いいと思う」などの賛同の声が上がっており、増渕も「いいぜー」と声を張った。
続く声はどれも肯定的なもので、蛍火が嬉しそうに話を進めようとすると、
「おい、具体的な方針も言わずにどうかなも何もないだろ。賛同するかはそれを聞いた後だ」
そう高圧的に言い放ったのは近寄り難い雰囲気のある、一匹狼タイプの刈谷燈覇だ。
そんな刈谷に対しても蛍火は穏やかに応じる。
「僕としてはみんなに納得して欲しいから具体的な内容も含めてみんなで話し合えたらなって思ってたんだけど、一応僕の考えではクラス内で4から6人グループを作ってグループ行動したらどうかなって思ってる。できればステータスのことも考慮して男女混合グループにしたらなおいいかな、ともね。あとはクラス内で情報の共有とかかな」
「あぁそうか、なら俺はパスさせてもらう。仲良しごっこなら勝手にやってろ」
割といい案に思えたのだが、刈谷ははっきりと拒絶を示した。
「えっとー、刈谷くんも協力そのものを否定するわけじゃないんだよね? それならどこが気に入らないのか教えてくれないかな。僕だって当然至らない部分があるだろうから、ぜひ君の知恵も貸してほしいんだ」
「現状それも分かんねぇ奴らと協力する気はねぇ、そんだけだ」
刈谷はそれだけ言い残し、席を立ったかと思えばそのまま教室を出ていってしまう。
「わ、私ちょっと彼の様子見てくるね〜。みんなは先にグループ分けとかしちゃっていいよ〜。私は後でどこかに入れてくれれば大丈夫だから〜」
刈谷の後を追いかけていったのは望月環だった。
彼女はクラスの上位グループにいる人物で、鎖骨辺りまであるベージュ色のミディアムヘアを外ハネさせており、オシャレにも気を遣っているのがよく分かる風貌だ。上位グループにいるだけあって当然顔も整っている。
ただ一匹狼の刈谷と話しているところなんて柿谷は見たことがなかったし、明るい性格のようだが同じ上位グループの人とばかり話している印象をもっていたため意外な行動だった。
そう思ったのは望月の友人達も同じだったようで、きょとんとした顔で彼女のことを見送っていた。
「アイツあーゆうのがカッコイイと思っちゃってるタイプか?」
増渕が再びひそひそ声で柿谷に話しかけてくる。
「どうだろうね。だけど蛍火くんも言ってたけど刈谷くんは最初から独りで臨むことを決めてたわけではないっぽいから、彼には何が見えているのか気になるところではあるよね」
「でも柿谷は蛍火の考えに不備はないと思ってるんだろ?」
「うん、グループ組むのが安全の面から考えても一番手っ取り早くていいと思ってる」
柿谷と増渕が刈谷の言動について考えていると、蛍火が困ったような表情で再び口を開いた。
「僕個人の思いとしては彼一人を仲間外れにして、他の29人で協力するっていうのはなんか違う気がするんだけどみんなはどう思うかな?」
「仲間外れにしたっつーかアイツが自分の意思で独りを選んだんだろうが。アイツはアイツなりの生き残るための選択をしたように、俺らは俺らなりの生き残るための協力をすればいいだろ」
クラスの誰かの言葉を皮切りに、皆は口々に刈谷のことは無視して他の皆で協力しようと言った。それを蛍火なだめつつ、
「みんなの意見は分かったよ、とりあえずは今教室にいる僕達だけで協力体制を固めよう。でもこれだけは約束してくれないかな、もし今後刈谷くんが協力したいって言ってきた時は快く受け入れてあげるって」
刈谷の相手を見下したような言い方に反感を抱いている人もいるだろうが、蛍火が刈谷のことを責めないと言ってしまえば他の人もそれに従うしかなかった。
蛍火は皆が頷くのを確認し、
「それじゃあ早速どう協力していくかだけど、僕がさっき言った4から6人の男女混合グループを組んで行動して、情報もみんなで共有するっていう方針に何か意見がある人はいるかな? 疑問でも反対意見でもなんでもいいよ」
1人の女子生徒が手を挙げる。
「あのー、1つ聞きたいんですけど、どうして全員で行動しないんですか? 全員で一緒になった方が心強いと思うんですけど……」
「うん、確かに数は多ければ多いほど死亡するリスクは下がると思う。僕も最初だけでも全員で行動するのはありかなって考えたけど、そうなると問題になってくるのが食料問題なんだ。具体的な〈食料値〉の減りは分からないけど、その項目が設定されている以上は何日も何も食べずには生きていけないと思う。だから少人数グループを複数作ることで食料を奪い合わないようにしたいと思ったんだ」
「な、なるほど、よく分かりました。ありがとうございます」
蛍火は今の質問は想定していたのか、スラスラと答えが出てきた。
柿谷も聞いてて根拠も含められたいい回答だと思ったが、何か引っかかるものがあった。しかしそれが一体なんなのかはっきりと言葉にできない。分かりそうで分からないその何かがもどかしかった。
「蛍火ってなんか頼りになるな」
「本当だよね、周りに気配りができて優しくてちゃんと考えてる。まさに理想のまとめ役って感じだよ」
しかし増渕は特に気になることはないようで、柿谷も一旦その引っかかりは頭の隅に追いやることにした。
「それって柿谷の上位互換っぽいな」
「本人の前で普通それ言うかい?」
「いやでも俺からすりゃ身内贔屓で柿谷の方がいいと思うぜ?」
フォローになっていそうで全くなっていない増渕の発言に柿谷は微妙な表情を浮かべる。
「それだと客観的に見たら蛍火くんの方が断然いいってことになっちゃうんだけど?」
「あれ? そうとも言えちまうのか? まあ細かいことは置いといて、どっちもいい奴ってことで万事解決よ」
いろいろと適当だなぁ、と柿谷は嘆息するのだった。
クラス全体では先程の質問以外には誰も発言せず、時間もたくさんあるわけではないためグループ作りをする雰囲気へと移っていた。
「それじゃあ反対意見もないみたいだしグループ分けしちゃおうか。これから文字通り命を預け合うことになるわけだから僕から誰が誰と組むべきかとかは言わないよ。みんな思い思い上手くやっていけそうな人達と組んでくれて構わないと思う。4から6人組でできれば男女混合がいいけどそうじゃなくても全然いいからね」
こうして蛍火の号令でグループ作りが始まったわけだが、これがまた柿谷にとっては難題だった。
クラスメイトの人柄が分かっているならともかく、まだ話したことのない人も多くいて、話したことのある人ですら表面的なことしか知らないのだ。誰と組めばいいのかなんて分かるわけがなかった。
柿谷がひとまず組みたいと思えるクラスメイトと言えば、
「ねえます……」
「よっしゃ柿谷! お前は俺と組んでくれるよな?」
どうやら相手も同じことを考えていたらしい。
「勿論だよ」
柿谷は二つ返事で誘いを受けた。
「あとはやっぱ女子が欲しいよなー。柿谷ってこのクラスに話せる女子いるか?」
「誰にでも挨拶してくれるような子と挨拶したっていうのは……ノーカウントだよね。となると残念ながら……。増渕くんの方こそどうなんだい?」
増渕は気さくで誰とでも打ち解けている印象だったため期待して尋ねたのだが、増渕の反応は芳しくない。
「いやーぶっちゃけると俺も実は女子とは全然話せてないんだよな」
「そうなのかい? 初めて会った時僕に話しかけてくれたみたいに女子にも声かけてるもんだと思ってたんだけど」
「自分で言うのはなんか恥ずいんだけどよ、女子と何を話せばいいのか分かんねーんだよな。俺のこのノリが通用するのは男子相手だけでさ、女子相手だと反応が悪いっつーか微妙に噛み合わねーんだよ」
まさかのカミングアウトにより、柿谷の他力本願プランは潰えてしまう。
周りでは皆案外簡単に組む相手を見つけており、6人グループが形成されているところもあった。
これは早めに蛍火に助けを求めた方がいいかもと考えていると、
「君達が増渕弓影と柿谷一希で間違いないか?」
背後から声をかけられ、振り返ってみれば1人の男子生徒が立っていた。柿谷が言えたことではないがクラスで目立つような生徒ではなく、「えーと君は確か……」と言い淀んでいると、
「俺は源悟だ。単刀直入に言う、俺を君達のグループに入れてくれないか?」
源の発言に柿谷は目を見張る。
申し出た内容自体は話しかけてきたタイミングを考えて察しがついていた。ゆえに柿谷が驚いたのはそこではなかった。
「あー悪いんだけど俺達い……ん?」
増渕が女子を探しているからと断ろうとしたので、柿谷は増渕の椅子の足を蹴って黙らせた。それから改めて源と目を合わせる。
「勿論大歓迎だよ。でもどうして君みたいな人がわざわざ僕達なんかに? たぶん話したこともなかったよね?」
「グループを組むなら自分とは違うタイプの人間と組みたいと思ったからだ。君達の体力テストと実力考査の成績を配られた資料で見たが、運動が得意な増渕とオールマイティな柿谷、そんな君達と一緒に行動すれば俺にも得られるものがあると考えた」
「そういうことだったんだね。そんな風に感じてくれたのは素直に嬉しいし、僕としても君から学べることは多そうだよ。これからよろしく、源くん」
「ああよろしく柿谷、それから増渕」
「ちょっと待った! なんか俺の知らないところでどんどん話が進んでんだけどどういうことだ? 源、お前はなにもんなんだよ」
話に置いてけぼりを食らい、口を挟むタイミングを失っていた増渕がようやく会話に参加した。
「増渕くん、源くんはこの前の実力考査で学年10位、クラスだと2番目の成績の人だよ」
そう、柿谷が驚いていた理由は声をかけてきたのが学力が非常に高い人物だったからだ。
「いやそんな大仰そうに言わなくていい。学力があるだけなんて大した魅力ではない。実際俺は誰からも声をかけてもらえなかったからな」
少しだけ寂しそうな雰囲気を漂わせる源。
「いやいやマジかよ、源ってそんなすげー奴だったのか。そうならそうと名乗る時に学年10位ですって言ってくれよ」
「自己紹介でそれは流石に嫌味にしか聞こえないだろう」
「ははっ、それもそうか。俺も歓迎するぜ、よろしく」
「ああ」
握手を交わし、晴れてグループメンバーが3人になったが、肝心の女子がまだ見つかっていなかった。
蛍火も必ず4~6人の男女混合にしなければいけないとは言ってないので、いっそのことこの3人で通常試練に挑もうかと柿谷は考え始めてさえいた。
そんななかふと増渕が髪の毛を気にして前髪を弄りだす。
何事かと尋ねようとすると視線だけで左を向けと訴えかけてくる。
訝しみながらも指示通り左を向くと、明らかにこちらを目指して近寄ってくる女子生徒が2人。
1人は髪を後ろで束ねてポニーテールにし、前髪は目の少し上で切りそろえられたぱっつんに触覚を生やした安栗未桜。黒髪で巻いていないのが女子の中でも低めな身長と相まって中学生感が否めない。
しかし目が大きく澄んだ瞳が印象的で、思わず守ってあげたくなるような可愛らしさがあった。クラスの中でもトップクラスに可愛い女子生徒だ。
もう1人は耳が隠れるぐらいの暗いベージュ系のショートヘアの楓井波美香。安栗とは対照的にカッコイイ印象を与え、安栗と並ぶと面倒見の良さそうな姉のような感じだった。
勿論源も含めて彼女達との接点なんてクラスメイトであるということ以外にない。
しかし確実に柿谷達の元に向かっており、背後は壁のため実は違う人だったみたいなオチもありえない。
ついに向かい合う形で安栗と楓井は柿谷達の前に来た。
「ねぇ、あたし達を混ぜてよ」
「勿論!」
「ああ、構わない」
楓井の申し出もさることながら、増渕と源の返答の速さにも柿谷は驚かされた。
増渕が可愛い子に目がないのはなんとなく知っていたが、あまり恋愛に興味なさそうな印象を勝手に抱いていた源までそうだったとは、と若干引いていると、
「お前達は女子の中では身体能力が高いし学力に関しても平均以上。仲間として不足はない」
やっぱりイメージ通りだったと感じつつも、本人達の前でその言い方はまずいのではと楓井達の表情を窺う。
安栗はどう反応すればいいのか分からず戸惑っているようだったが、楓井は特に気にした様子はなかった。
「そう、こちらとしても能力的に認めてもらえて良かったわ。外見だけで仲間にしようとしてくる人達に比べたら何倍もマシだもの。それにあたし達だって源くんの学力と増渕くんの運動神経を利用したくて声を掛けたわけだしね」
「わ、私は柿谷くん優しそうだし上手く協力していけそうだなーって思ったからだよ」
安栗が楓井の後ろでピョンと跳ねて顔を見せながら付け加える。
クラストップクラスの美少女にそう言ってもらえるなんて男子として冥利に尽きることだが、柿谷は知っている。女子が男子に対して言う優しいは都合がいいという意味であると。
さらに慌てて付け加えたようなその優しさが逆に柿谷の心にダメージを負わせていた。
「それで柿谷くんだっけ? あなたはあたし達が加わることをどう思ってるのかしら」
「あ、うん、大歓迎だよ」
楓井には名前すら覚えられていなかったことに内心傷つきつつも、柿谷自身は何もしていないのにこの結果は上出来過ぎで、柿谷は断れるような立場にはなかった。
「そう、それならこの5人がグループってことで」
こうして仲がいいとかではなく、利害によって結ばれたグループが結成された。……柿谷は不安で仕方なかったが。