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伽耶子の言葉に、僕は彼女もまた、「いらない子」と言われたことがあるのだろうかと思った。
「一緒にいるとさ、どんだけ大事かわかんないんだよ。自分がすっきりしたくてひどいことも言っちゃうんだ。でもきっと、本気じゃないよ」
僕はつい先刻、自分自身もいじけていたくせにわかった風なことを言った。きれい事を言うな、と言われるかとも思ったが、伽耶子に何か言葉をかけてやりたかったのだ。
伽耶子はうつむき、
「そうかな……」と小さく応えた。
「お母さんやお父さんに、また会えるのかな……」
「会えるよ、きっと」
僕は答えた。そう信じなければ、この世界で狂ってしまう。
伽耶子に会えて良かった……と、僕は心底そう思っていた。伽耶子がいたから、今こうして絶望もせず正気でいられるのだ。ましてや好きだった女の子だ。そしてそう思うたびに、伽耶子のこれまでが思われて胸が締めつけられるのだった。
僕たちは歩きながら、あるいは土手に腰を下ろし、色んなことを話した。伽耶子は元々おとなしかったからあまり会話が弾む、という感じではなかったけど、それでも小学校の同じクラスにいた頃よりは、何倍も話したと思う。頼れるのはお互いだけ、という状況は否応なくふたりを結びつけ、僕はいつしか、伽耶子を苗字ではなく名前で呼ぶようになっていた。
僕たちは川を行く船も見た。流れに棹差し、ゆっくりと向こう岸へと渡る船は乗っている客も含めて白く光って見えた。
時折通り過ぎる亡者は相変わらず恐ろしかった。でも僕は次第に慣れ、最初の頃のようには驚かなくなった。彼らはたまさかに僕たちへその虚ろな目を向けることがあったけれど、言葉をかけてくることはなかったし、近づいて来ることもなかった。
「あの連中、なんであんな姿でここらをうろうろしてるんだろうな」
ある時僕は、訊ねるともなく伽耶子にそう言ってみた。
僕たちは川を見下ろす土手に座り、ぼんやりと休息を取っていた。この世界は常に凪いでいるように穏やかだった。空は明るく風はやわらかく、それなのにまどろんでいるような静けさがあった。
伽耶子は少し考え込んでいる風だったが、やがて言った。
「きっとあの人達にも、もうわからないんだよ。……どうして、自分たちがああしているのか……」
言葉の最後は小さく消えた。まだ何か、続きがあるのかと僕は待った。
「私も、ずっと待ってたけど……」
伽耶子が言葉を継いだ。
「あんまり長い間待ってると、何を待ってるのか、誰を待ってるのかもわかんなくなっちゃうんだよね……」
「…………」
「ただ待ってるだけ……理由も覚えてないのに……」
「もう、忘れちゃったんだ……?」
僕が笑ってそう訊ねると、伽耶子も笑顔を見せて
「でも思い出したの。竣介くんと会って」と言った。
「私、お祖母ちゃんが迎えに来てくれるんじゃないかなと思ってたの。お祖母ちゃんも、ずっと帰りたがってたから……」
「帰りたがってた、って、どこへ……?」
竣介くんを待ってた……なんてやっぱり言う訳ないか、と少しがっかりしながら、僕はそんな内心はおくびにも出さずに再び訊ねた。
「海の向こう……お祖母ちゃん、海の向こうから来たの」
伽耶子の口調はあっさりとしたものだった。伽耶子の名前の由来を知っていたから、僕にも特に驚きはなかった。
「お祖母ちゃんもきっとずっと待ってたと思う……誰か、海の向こうへ連れて帰ってくれる人を……」
「伽耶子が待ってたのも、『川の向こうへ連れて行ってくれる人』だったんだ……」
「だって……ひとりで行くのは怖いもの……」
腰を下ろした土手に生えている雑草に目を落とし、それを心許なくむしりながら伽耶子が言った。僕はそれを聞き、伽耶子がいなくなった時、まだ十歳の子供だったことを改めて思った。
伽耶子が顔を上げた。とても綺麗な、散る花のような笑顔だった。
「そしたら竣介くんが来てくれた。一緒に行こうって言ってくれた……だからわかったの。私が待ってたのは、本当は竣介くんだったんだって──」
「え……」
頬が熱くなり、顔が赤らむのが自分でわかった。僕は伽耶子と目を合わせていられず、顔を伏せた。
「私……嬉しかった……本当に……」
伽耶子の声は本当に嬉しそうだったけれど、最後はなぜだかかすれていた。こっそりと盗み見ると、伽耶子も顔を伏せていた。
「伽耶子」
啜り上げるように、伽耶子が小さく嗚咽を漏らした。
「泣くなよ…… もう、ひとりじゃないんだからさ……」
そう言うのが精一杯だった。伽耶子は
「うん……ごめんね……」と答えたが、顔を伏せたままだった。小さな肩がいつまでも震えていた。