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2-2

 町はオレンジ色に染まっている。空はまだ青かったが、もうじきに茜色に変わるだろう。そして──気づいて不安になり、僕は再び口を開いた。

「なあ……ここ、夜とかどうしてんの? 木村の家とかあるの?」

「私の家じゃないけど……」

 今度は答えてくれた。伽耶子は立ち上がり表に回ると僕を手招きし、玄関の引き戸を開けた。

 中は土間になっていた。祖母の家もたいがい古いと思っていたが、農家以外で土間がある家なんて初めて見た。

「……おい」

「空き屋なんだよ、ここの家はみんな、基本的に。開いてる家は自由に使っていいの」

 そう言うと、伽耶子はそこが自分の家であるかのような自然さで上がり込み、奥から声をかけてきた。

「食べ物もあるよ。お腹空いてる?」

「……あ、いや」

 僕は慌てて否定した。実際身に起こったことで頭がいっぱいで空腹は感じてなかったし、それに……

 どこかで心に引っかかっていた。多分幼い頃に読んだ絵本だ。

 祖母がくれた本だった。日本の神話をわかりやすく子供向けに書いたもので、その中に黄泉の国へ妻を探しに行く話があった。夫は確か、「黄泉の国の食べ物を食べたから戻れない」と言われるのではなかったか……

 そこまで思い出し、僕は考え込んだ。もうひとつ、何かあった気がする。あの話の中には、思い出しておかねばならない何か、大事なことが──

「でもちょっとびっくりした」

 伽耶子の声に、僕は我に返った。

「竣介くん……もっと驚くかと思ってたから…… あんまり恐がらなかったよね、あの人達のこと」

 やっぱり男だからかなあ、というのを、僕は気恥ずかしく聞いていた。本当にあまり恐がってないように見えたのだろうか。僕は腰を抜かしそうだったのに。

「……うち、お祖母ちゃんがちょっと変わってるからかな」

 そう言うと、伽耶子がぽつんと応えた。

「拝み屋さんだっけ……」

「もう廃業したけどね」

 僕はそっけなく言った。言ってから、思い当たった。

 祖母が加持祈祷をやらなくなったのは伽耶子がいなくなった頃だ。既に引っ越して古神の町を離れていたけれど、しょっちゅう祖母に電話をしては伽耶子が見つかったかどうかを訊ねていたあの頃、祖母が一度、「どこにもおらんものは見つけようがない」と言ったことがあった。僕はその時、祖母にひどく失望したのだった。

 母は元々、祖母のしていることには批判的だった。いつも「胡散臭い」「拝んでどうにかなるなら人間は苦労しない」などと言っていた。

 僕は母と違い祖母のことは好きだったし、その生業なりわいをどうこう感じたこともなかったけど、この時祖母の言葉を聞いて、母が正しかったのだと思った。徐々に電話をしなくなったのは、そうした失望も原因のひとつだったのだけど、今この異世界で伽耶子に再会してみると、祖母の言葉の意味がわかった気がしたのだ。

 ここは多分、あの世でもこの世でもないところなんだろう。そんなバカげたことを当たり前に考えてしまう僕は、やはり祖母の孫なんだろうとも思った。

 窓の外はまだ明るかったが、部屋の中はすっかり暗くなってきた。伽耶子がどこからかランプを持ってきて、それに灯を点した。


 明るくもなく、テレビもラジオもない夜は、もう寝るしかなかった。だが僕はなかなか寝付けなかった。当たり前だ。これから自分がどうなるのか、それを考えると叫び出しそうになる。

 また伽耶子がすぐ横にいるのも理由のひとつだった。どんな状況であれ、否、こんな状況だからこそ、かも知れない。好ましく思っている女の子と夜を共に過ごしているというのに、のんびり寝ていられる訳がなかった。

 ランプの光はひどく心許なかったが、それでも暗闇ではないというだけで僕に安心をくれた。窓も戸口も全て鍵をかけた。壊されればひとたまりもないのだろうけど、外界と隔てられ、守られていると感じる。普段家にいても、到底持ち得ない感覚だ。それはキャンプの時の、テントの中で夜を過ごす気持ちとよく似ていた。

 僕たちは同じ部屋にそれぞれ布団を敷き、背を向け合って横になっていた。死者の国の、誰が使ったかわからない布団で寝るなんて気持ち悪い、とは思ったが、僕のやわな背中は畳の上ではとうてい我慢できなかったし、体ひとつで寝っ転がるのも無防備な感じで心細かったのだ。予想と違い、布団はよく膨らんでいて清潔な感じがした。

 僕は寝返りを打った。薄明るいランプの灯に、伽耶子の黒髪が目に入った。

「木村……」

 僕は小さな声で話しかけた。

「一緒に、帰ろうな……」

 返事はなかった。僕もそんなもの、最初から期待していない。再び寝返りを打つと、伽耶子のこれも小さな声が聞こえた。

「私……」

 僕は待った。その言葉の続きを。だがそれっきりだった。僕はいつしか眠りに落ちた。



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