表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者を譲った僕の異世界生活。  作者: 紅花翁草
9/38

世も情けですね。 3

 王妃の護衛も終わり、僕とアイザはこの町で数日ゆっくりする予定なので、マイジュさんとの晩御飯も最後になる。

 マイジュさんの目的地は、リビエート王国の北にある魔術師の国『ファルザ公国』。

 魔法を使える人が多く生まれている人種らしく、他国との交易もあまり積極的ではない鎖国的な国。

 魔術的なアイテムや武具などの独自の生産品があり、マイジュさんは『草原の息吹』っていうネックレスを買いに行くと教えてくれていた。

 効果は『自身の周囲のガスを無毒化し、すべて爽やかな草原の空気に変える。』

 名前からもそうだけど、消臭剤だよね。

 毒ガスまで消臭!凄いです。


「僕達は、王妃さんが言っていた『火の竜』を見に行ってから、王都によって、次の国ですね。」

「竜を見に行くのですか? まさか退治をする気で?」

 食事の手が止まったマイジュさんが、僕の顔を見る。

「それは、見てからですね。その時に決めます。」

「そうか、なら私も同行してもいいですか?」

 今度は僕の手が止まり、マイジュさんを見る。

「え? でも、『オガリ村』には観光しながらなので、いつになるか判りませんよ?」

「私の用事自体が、急ぎではないから、問題ない。君達の日程に合わせる。空いた時間は傭兵の依頼でもやっているから、気にしなくていいし。」

 なぜ、マイジュさんが僕達に合わせるのかは見当もつかないけど、断る理由も無かったので、マイジュさんの申し出を受け取った。

「じゃあ、明日からも、よろしくお願いします。」

「こちらこそ、よろしく。」


 久しぶりの、時間を気にしない、のんびりとした起床になった。

 それでも、時刻は9時前。早起きの習慣がついていたようです。

 アイザはまだ、熟睡中。

「よし!二度寝しよう。」

 

「ハルトぉおお。おなかすいたぁああ。」

 アイザに揺り起こされた。

 なんだ? この心地良い気分…妹に起こされる兄ってこんな感じなのだろうか?

 と、僕は感動に浸りながら体を起こす。

「おはよう、アイザ。今何時?」

「もう12時回ってるわよ。」

 そりゃ、お腹空くよね。

「着替えて、町に出ようか。」

「はぁあい。」

 

 観光地として栄えている町なので、街中には色々な屋台が数多くあり、食べ歩きながら、町の賑わいを感じていた。

 渓谷観光の馬車時刻は宿で教えて貰っていたので、その時間に合わせて僕達は街の観光をしている。

「観光って言っても、お土産とか無いんだよな。」

 まあ、冷凍保存や、高速移動手段とかない世界で、饅頭とかが、あるわけがないよね。

 干物系はあるけど、そんなのは要らないです。

 露天売りのアクセサリーは、この世界でもあるけど、マイジュさんが話していた『ファルザ公国』の魔法付与アクセサリーを知ったら、もうガラクタにしか見えません。


「お土産ってなに?」

「旅行の記念になる物かな。自分用か、帰って人にあげる用とかね。」

「ふぅう~ん、記念かぁ~。」

 アイザの視線が、露天のアクセサリーを眺めていた。

 王都なら魔法付与アクセサリー売ってるかな? 夜にマイジュさんに聞いてみよう。

「馬車乗り場いこっか。」

「はぁあい。」


 15時発の渓谷観光馬車。

 落差400メートルの大滝まで移動時間15分。現地30分の観光で、所要時間1時間。

 持ち物検査があり、武器の所持は禁止されている。

 見晴らしの良い渓谷の上を行く短いルートで、城砦の見張り台が今も使われているので、盗賊の心配もしなくていいとの事。 

 おやつと飲み物をリュックに積めて、僕達は馬車に乗り込んだ。

 馬車の乗客は、カップルや親子達の、楽しそうな笑顔ばかりです。


 渓谷の底まで落ちる滝を身近に見るのって、想像以上でテンションがめちゃくちゃ上がる。

「こんな滝みたの初めてだよ。アイザはどうなの?」

「私も初めてよ。」

 アイザの住んでいる場所の話も、少しづつだけど聞いていた。

 黒い霧や、陰湿な森なんてものは無く、こっちと同じように、空気もきれいだし、太陽も眩しく、空も青い。

 ただ、陰湿な森ではないけど、毒沼や毒ガス地帯はあり、聞く話をまとめると、火山地帯の温泉が湧き出てる池とか、ガスが吹き出ているとかと、大差ない状況みたい。

 なので、綺麗な水が流れる川もあるし、果樹が沢山ある山もあったりと、自然豊かな世界らしいです。

 こっちと違う所は、ドラゴンとかの恐竜系の魔物や、熊みたいな猛獣系の魔物などが、沢山いるだけみたいです。


 滝を見るアイザの表情が笑顔になっていたので、僕は満足していた。

「こうやって、色々な観光しながら、帰ろうね。」

「うん。もう馬車だけの生活は嫌よ。」

「僕もだよ。」

 二人で、滝を眺めながら過ごした時間は『旅行』をしていると、初めて実感した時間だった。


 滝観光を終えて宿に戻った僕たちは、晩御飯までの時間を部屋で過ごす事にした。

「この町のメイン観光は終わったし、明日は次の町に進む?」

「うん、そうする。」

「じゃあ、お風呂にしよっか。」

「はぁあい。」


 いつものように宿1階にあるレストランで、マイジュさんと晩御飯。

「観光は楽しめましたか?」

「はい。昼まで寝てましたけど、街の散歩と大滝も見てきました。」

「それは良かった。」

 僕とアイザの笑みに、マイジュさんも納得の笑みを返す。

 僕は明日は次の町に進みたいと伝えると、

「判りました。『オガリ村まで』進むのですか?」


 次の町の『タルーサ』まで、3時間。そこから南に1時間で『オガリ村』なので、時間的には行けるのだけど、村には宿が無いのです。

「いえ、明日は『タルーサ』で宿泊して、朝一で『オガリ村』に行こうかと。」

「そうですね。それがいいと思います。『火の竜』の情報も組合で聞けると思うので、ここでは有力な情報が無かったですから。ただ、死傷者の被害が出ていないので、組合の重要度は低くみているようです。」


 王妃さんからの教えて貰った話と同じです。

小さな鉱山を棲家にしていて、人的被害がまったくないから討伐依頼も頼む事も出来ないし、危険を冒してまで、兵士を出す訳にもいかないと。


 それと、王妃さんの言っていた『火の竜』の生態と、アイザが教えてくれた『火竜』とは、少し違っていたのも気になっていた。

「実際、タライアスで見たのと同等だとしたら、流石に討伐は無理ですよね。」

「そうですね。Aランクの傭兵が10人。魔道師クラスが数名欲しいところです。」


 もし、『火竜』だったら、アイザが家に帰るのに使うから、この国からも居なくなって、両方が得するんだけどね。

 

「3人で倒せそうにない魔物だったら、その時は諦めるしかないですね。」


 それから食事を終えた僕たちは、明日の馬車の時刻を確認して、部屋に戻った。

「火竜だったら、アイザとの旅行も終わりになるね。」

「うん…」

 ベットに下着姿で寝転がっているアイザの返事は静かだった。

 僕は、正直寂しいです。だけど、それを口に出す訳には、いかないのも判っていた。

「ドラゴンって凄いよね。30日の距離を数時間なんだよね。」

「そうよ。ドドちゃんは凄いんだから。乗り心地も比べ物にならないんだから…」

 アイザの言葉の最後は、やっぱり静かになっていく。

「アイザと別れたら、『ファルザン』って港町で当分住もうかと思っているんだけど、アイザがよければ遊びにおいでよ。」

「うん、行く。」

「じゃあ、地図をもう一つ買わないとか。待ってるからね。」

「うん、絶対行く。」

 ちょっと声に元気が戻ってきた。


 鍛冶の町『タルーサ』、北と南に大きな鉱山がある地区で、交通の便から、鉱石の取引所として発展した町。

 そのため鍛冶屋も多く存在し、『リビエート王国』の軍事産業の中心地でもある。


 10時に到着した僕達は、その足で直ぐに傭兵組合に向かった。

 マイジュさんが、受付嬢から『火の竜』の情報を聞きに行っているので、僕とアイザは適当なテーブル席に座る。

 ここの組合は、20人程度の席があるだけの、小さな建物で、今も傭兵らしい人は数人しか居なかった。


「ここは子供の遊び場じゃねぇんだよ!」

 お決まりのイベントが発生しました。

 僕とアイザの格好から、予想はしていたし、想定内です。

「そうですね。連れが戻って来たら出ますので気にしないで下さい。」

 テーブルに詰め寄るおじさんが、さらに声を荒げる。

「ねぇ、うるさいんだけど? 殺していい?」

 アイザが邪魔くさそうな態度で僕を見る。

「駄目だよ。アイザが悪者になってしまうから。」


「なんだ、このガキは!」

 アイザに手を出す素振りを見せたので、僕はその腕を払い飛ばす。

 軽く弾いただけのつもりだったけど、男は体を捻りながら数メートル飛ぶ。


 運よく、テーブルの間の床に落ちたので、家具は壊れなかったので、良かったです。


 男が腕を抑えて呻き声を出している。

 周りの傭兵達は、笑い声と、下卑た言葉を男に向けていた。


 その光景を見た僕は、同じような仲間が居ない事を確認し、

「少し、お騒がせしました。」

 と、周りに頭を下げた。


「ハルトさん、お待たせしました。ここでの情報も、変わりなかったです。」

 何事も無く、マイジュさんがテーブルに着く。

 男がまだ、呻いているんだけどね。完全に無視ですよ。

「マイジュさん、さっきの、助ける気が無かったでしょ。」

「助ける必要が無かったですからね。それに、ハルト君の力を見せた方が早いと思いまして。」


 その通りで、呻いている男は腕を押さえながら立ち上がると、黙って組合を出て行った。


「すみませんでした。」

 組合の受付嬢と同じ制服を着ている女性が、飲み物を持って僕達に頭を下げている。

「冷たいお茶ですが、よかったら飲んでいってください。」

「ありがとうございます。」

 僕は素直に受け取り、僕達は自己紹介を彼女にして、『オガリ村』の話を聞いてみた。

 彼女の話から色々分かった事は、

 リビエート王国は街道の警備などを国の兵士達が行っているため、傭兵依頼が少なく『タルーサ』の依頼のほとんどは、鉱山採掘の護衛と運搬の護衛。

 7つある採掘村の依頼は全てここに集まり、傭兵達は朝に依頼主の村に向かい、夕刻に採掘した鉱石を持って戻って来る。

 ほとんどが、長期契約の依頼なので、新規者が受けることがほぼ無い中で、『オガリ村』の依頼を受けていた、さっきの男が『火の竜』騒ぎで、仕事が無くなった事。

 それで、場を乱す行動をするようになった事。


「そうですか。あの人も、災難だったという事ですか。だからと言って、許される行為では無いです。」

 マイジュさんの言葉に僕達は同意する。

「はい。私達も最初は、他の地域に移って、新しい依頼を受ける事を勧めたりはしたのですが…」

「本人の意思が最優先なのが傭兵組合のルールですからね。」


「あの?…」

 組合の彼女の問いに、僕とマイジュさんは「はい。」と、応える。

「『火の竜』を討伐に行くのですか?」

 マイジュさんが僕を見る。

「倒せそうなら、倒すつもりですが、見に行ってからですね。」

「そうですか、無理はしないでください。」

 僕は、心配してくれた彼女に笑みを返して、組合を出た。


 そして、次の朝、『オガリ村』に3人で向かった。


 オガリ村は10軒ほどの小さな村で、民家以外の施設は一つも無い。

 『火の竜』が住み着いている炭鉱に案内してくれたのは、現役を引退した村長のナタガさん。

 進入禁止の立て看板がある炭鉱の入り口に着いた僕達は、炭鉱用のランタンを借りて中に入っていく。


「マイジュさん? 洞窟って大丈夫なのですか?」

 密閉空間ではないけど、近い環境の洞窟内を僕達は進んで行く。

「大丈夫ですよ。狭くないので、部屋にいるのと同じ感覚ですし。」


 『火の竜』は、最初の目撃から、ほぼ移動することなく一箇所の大部屋に居ると聞いている。

 その場所までの地図を見ながら、僕は先頭を歩く。すぐ後ろをアイザが、最後尾にマイジュさんが並ぶ。

 静かに歩き、目的の場所の入り口に着く。

 僕が中を覗くと、暗闇の中で赤く光っている確かに赤い恐竜のような生き物が居るのが見える。

 が、翼らしい物が見えない。

 小声で隣のアイザに聞く。

「アイザ、あれってドラゴン?」

 僕の脇から顔を出すように部屋を覗き込むアイザ。

「違う、あれはトカゲだよ。」

 トカゲかぁ…

「火のトカゲ?」

「そうだよ。岩しか食べない、おとなしいやつ。ドラゴンみたいに知能もないから、ただの動物ね。」

 なるほど、『サラマンダー』ですね。


 僕達は、一つ手前の小さな部屋のような場所に戻った。

「何か判りましたか?」

 マイジュさんに『火のトカゲ』だと説明した。


「アイザ、あのトカゲの生態ってなにか知ってる?」

 アイザは訳ありの魔道師って設定なので、魔物の知識を持っていてもおかしくないだろう。

 って、ことでマイジュさんの前で、普通に聞く。

「さっきも言ったけど、あれは石しか食べなくて、おとなしい生き物ね。だけど、なんでこんな所にいるのかな?」

 火トカゲの体長は、通路以上の大きさで、大部屋からはどこにも移動出来ない感じだった。

「あの大きさになる前に、ここに入った。ってところかな…」

 僕の予想にアイザが、

「そうね。半年くらいで、あれくらいの大きさになるから、卵か子供の時にこの場所に来たって考えるのが妥当ね。」

「誰かが、連れて来た。ってことなのでしょうか?」

「でしょうね。」「だと思います。」

 マイジュさんの言葉に、僕とアイザは同意する。


「討伐はどうしよう?」

 石しか食べない。大人しい。この場所から外に出ることも無さそう。

「害は無さそうだし、王妃さんにも説明すれば安心すると思うんですよね。」

「そうそう、あのトカゲは縄張りがあって、そこに生き物が来たら、攻撃してくるから。」

 アイザの言葉に僕は驚く。

「え?! そうなの?近づくと危ないの?」

「そうよ。体から炎出して、突進してくるから、危険よ。」

「そうなんだ。それなら、このまま、放置して帰ろうか。」

 そう僕が言った瞬間に、持っていたランタンが割れて、地面に落ちる。


「きゃあぁああ。」

 落ちたランタンに視線が取られていた、ほんの数秒の間に、男がアイザを羽交い絞めにしていた。

 襲って来た男は5人。

 足元で燃えているランタンの揺れる火で照らされた部屋で、アイザを捕まえている男の顔は、昨日、組合で揉めた男だった。

「いい話を聞いた。まずはお前からだ!」

 男はアイザを連れて、トカゲの居る部屋に走ると、アイザをトカゲに向けて投げていた。

 ランタンを落としてから、ここまでの時間は数秒。

 迷いも躊躇もない行動に、マイジュさんは動けず、僕も後手の動きになってしまった。

「いやぁあああ!」

 投げられたアイザの悲鳴が僕の心を締め付ける。

 もちろん、アイザは男から離れた瞬間に、僕の『ミラージュ・ハンド』で受け止め、そのまま、僕の所まで移動させた。

 その光景を見た男は、目の前の出来事を理解出来ず動きが止まっている。

 投げた女の子が、弧を描くように空中を移動して、後ろに飛んでいったのだから当然です。

 僕は、目を閉じて強張っているアイザを強く抱きしめる。

「大丈夫。ちゃんと守るって約束したから。」


 僕はアイザを投げた男を、『ミラージュ・ハンド』で掴み、投げる。もちろんトカゲに向けて。

 後ろでは、マイジュさんが数人と交戦しているようで、小部屋から抜け出した一人が僕に襲いかかる。

 僕は、もちろん『ミラージュ・ハンド』で顔を掴み、そのまま、トカゲに向けて投げる。

 アイザを怖い目に合わせた罪は大きい。

 一秒でも早く、安心して欲しいと思った僕は、抱きしめた手を離さず、近付く事すら許さない。

 その思いから、『ミラージュ・ハンド』を全開で使った。


 目を開けたアイザが、涙目で僕に抱きつく。

「こわかぁったぁああ。」


 熱風が突如、僕達を襲う。

 投げた男達が、トカゲに襲われて火だるまになっていた。

「あ”っつ!」

 僕は咄嗟にアイザを庇うように、背中で壁になる。

「アイザ、大丈夫?」

「うん、平気。ちょっと暑いけど。」


 マイジュさんに押し出されるように、残りの3人が大部屋に来た。

 僕は、容赦なく掴んで、トカゲに向かって投げる。

 男達の悲鳴と断末魔。そして、熱風に乗った焦げた臭いが鼻を刺激する。


「ハルト君…さっきのって君がやったのかい?」

 男達が勝手に飛んでいく様子を見たら、誰でも疑問を持つよね。

「ええ、まあ、裏技的なものなので、出来れば公言しないで欲しいです。」

「判った。約束しよう。」

「ありがとうございます。」


 僕は、炎を上げて威嚇体制になっている火トカゲを見る。

「驚かせてしまって、ごめんね。僕達は、もう戻るから。」

 僕は、アイザを抱き上げて、大部屋から出た。

「もう、自分で歩けるから。暑いから!」

 アイザを降ろして、僕は額の汗を拭いた。

「そうだね。暑いね。」

 涼しいくらいだった鉱山の中は今、サウナ状態になっている。


 通路を歩いていると、なにか懐かしい匂いがした。

 ん? これって…

 納豆の臭いじゃないのか?!

 え? どこから?

 僕は、久しぶりの大好きな納豆の臭いに、心の中で歓喜する。

 岩壁とかに付いている何かなのか?

 マイジュさんが先頭を歩き、襲って来た男達が持っていたランタンが壁を照らしているけど、岩からは匂いは無かった。

 でも、匂いは、さっきから消えない。

「ハルト…何か臭わない? なんか凄い臭いなんだけど…毒は無いけど、初めての臭い。」

「臭うよね。でもどこからだろう…」


 何故かマイジュさんの足取りが速くなっている。

「マイジュさん? 少し早いですよ。何かありました?」

「いや、暑いから早く外に出たほうがいいと思って。」

 ん? マイジュさんから臭ってないか?

 僕はマイジュさんに近付く。

 さらに加速して離れていくマイジュさん。

 ん? 逃げてる?

「マイジュさん~。そんなに急がなくていいですよ~」

 アイザが置いてけぼりになりそうになっていた。

「ちょっと、待ちなさいよ。」

 マイジュさんが、やっと足を止める。

「すまない、私が汗をかくと、その…臭いが、きついので…少しでも離れていたほうが…」


 納豆の臭いは、マイジュさんの体臭でした。

 そりゃ、逃げるよね。

 もしかして、密閉空間がダメな理由って、これのせいなのかな?


「ああ~、この臭いですか? 僕は大好きですよ。」

 アイザとマイジュさんが、ヘンタイでも見るような顔になっている。

「いやっ!。僕の世界に、同じ臭いがする料理があるんですよ。それが大好きで、ほぼ毎日食べてるくらい大好きなやつで!」

 弁解に力が入る。このままでは、好感度が下がってしまう。ヘンタイ扱いされてしまう。


「ハルトの世界って、そんな食べ物あるの? よく食べれるわね。」

「僕の世界でも臭い料理ランキングの上位に位置するから、嫌いな人の方が多いけど、慣れると美味しいんだよ。」

 また、変人を見る目になっている。

 ヘンタイから変人に格上げにはなった。


「僕の国では、国民食と言ってもいいくらいだし、健康にもいいんだよ。」

 僕は熱弁する。


「分かったわ。そういう文化なのだから、そうなんでしょうね。」

 アイザは納得してくれたみたいです。

 マイジュさんは…何故か困惑している様子。

「マイジュさん? どうしました?」

「この臭いを気にしない人にあったのは、初めてだから、どういう態度を示せばいいのか…さらに好きとか言われてしまって。」

 そうでした。汗の臭いを好きだと言う人は、そうそう居ないです。

 思っていても、口に出す人は居ないです。

 やっぱりヘンタイでした。


 鉱山を出た僕達は、外で待っていた村長に、『火の竜』の事と、中で起きた事を話した。

 後から来た男達が、僕達を襲ってきて、火トカゲの縄張りに入って、焼け死んだ事を。

「そうでしたか。以前依頼していた傭兵の方が、怖い形相で入って行ったから、不安だったのですが、そんな事が…すみません。」

「昨日、組合で一方的に揉め事をかけられましたから、それの報復だったのでしょう。あなたが謝る事ではないですよ。」

 マイジュさんが、謝る村長さんに言葉をかける。


「火トカゲは、縄張りにさえ入らなければ、大人しいですから、安心していいと思います。」 

 僕の言葉にアイザが付け加える。

「火トカゲの出した糞は、良質の鉱石って聞いた事があるの。糞は縄張りの外にする習性だから、探してみるといいわよ。」

 初耳だった僕達は驚く。

「なら、今後も討伐する理由、無くなったんじゃ?」


 村長さんに、『火トカゲ』の習性を伝え、それを秘密にしておく事も勧めた。

 悪用されたり、妬みの対象になったりする可能性もあるからと説明すると、納得してくれた。

「じゃ、王妃様が、気にかけていた事でもあるので、僕達から、伝えておきます。」


 僕達は『タルーサ』に戻り、その足で傭兵組合に行き、受付嬢に、

「『火の竜』は『火トカゲ』で縄張りの鉱山から出ないと判ったので、そのままにしてきました。」

 と、だけ伝えて宿に戻った。


「明日は、『エルコン』で昼食とって、昼からの馬車でリビエート王都まで行きます。」

 晩御飯後に、マイジュさんに伝えると、

「了解した。それじゃあ、また明日。」

「はい、また明日。」

 明後日には、別々になるかも知れないと思いながら、僕は何度も言っていた「また明日』を笑顔で返した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ