世も情けですね。 2
僕達は王妃達がいる部屋に入り、何が起きているのか聞いた。
「この町の領主が王妃達を招待してきたんだ。」
デバルドさんの怒りの混じった声で、それが好ましくない事だと、僕は理解した。
「ここの領主は、戦争時には残虐な指導者として有名で、捕虜も容赦なく切り捨てていた。そもそも、リビエート国の王妃と姫という素性は、誰にも明かしていないのに、名指しで呼ぶ事自体がおかしいのだよ。」
デバルドさんの声はさらに上がっていた。
王妃様の顔色は明らかに沈んでいる。
「それでも、招待を受けないと、今後の公益に影響が出る可能性もあります。」
僕は結論だけを取り合えず言葉にした。
「罠ですよね。」
沈黙の同意だった。
僕は何が最適なのかを、考えてみる。
「行かなくていいじゃない。」
アイザの言葉だった。皆がアイザを見る。
「王妃って言えば、国の一番でしょ? なんで、領主程度の誘いに乗らなければならないの? 向こうから出向くのが筋でしょ?」
アイザの言葉は間違っていない。
「それに、名を隠しているんだから、他人の振りすればいいじゃない。ここにいるのは、王妃じゃないんだから。」
正論というかなんというか…ただ説得力はあった。
僕もアイザに賛同する。
「そうですよ。他人の振りしましょう。構う事ないですよ。」
「ほんとうに、それでいいのでしょうか?」
王妃様の懸念は拭えないようだった。
僕は、色々と思考してみる。
明らかに、王妃達を殺害するのが目的だと思う。
だから、王妃達を行かせないのは大前提。
だけど、行かなければ、今後の公益が心配だし、ここの王様がどう出るか判らない。
身代わりなんて、以ての外。妹さん達を助けた意味が無くなる。
誰か、代わりに…
ん?
「妹さん達が身代わりになってたって事は、この国の人達って、王妃さん達の姿って知らないのですか?」
「はい、私達は公にほとんど出ていませんので、知らないと思います。」
なら…
僕はマイジュさんを見る。
「マイジュさん、女装して王妃のふりをしてくれませんか?!」
「えっ! ちょっと待て! なんでそうなる?!」
慌てるマイジュさんに僕は説明する。
「王妃が招待に応じたという結果だけあれば、公益に支障は出ないと思うんですよ。それで、この場でリビエート王妃が滞在している事を公表してから、向かえば領主の屋敷内での殺害は出来なくなります。もちろん変装したマイジュさんを王妃だと宿中に広めてからです。そうすると、領主の屋敷に向かう道中か、帰り道に賊に襲わせる事しか出来ないでしょう。」
「それで?」
デバルドさんが興味を示してくれた。
「娘さんは、夜遅いので宿で寝ている事にして、護衛は精鋭だけのメンバーで、賊を打ち倒さなくても逃げ切ればいいので。」
「それだと、宿のお姫様達の護衛が疎かになるのでは?」
デバルドさんの意見はもっともだった。
ん~どうしよう…
「私が姫役で行くわ。」
アイザの突然の申し出。
「はい?!」
僕の返事は、言っているセリフを理解出来ないから、聞き直す返事だった。
周りの人達も当然驚く。
僕は言っている意味を理解する。
「え? アイザ、どういうつもりなの?」
「私の腹の虫が収まらないから、ぶっ飛ばすのよ!」
えぇ~。おなか空いてるから怒ってるの?
「いや、ご飯ならもうすぐ、食べれるから、ね。落ち着こうよ。」
アイザの目がすわっている。
「それもあるけど、違うわよ!」
「ちょっと、まってくださいね。」
王妃達に頭を下げて、僕はアイザを連れて、部屋の端っこで小声で話す。
「ぶっ飛ばすって、魔法で?」
「そうよ。道中なら盗賊以外居ないでしょ? だから、纏めて殺す。」
さすが魔王の娘、やることが効率いいな。いや、そうじゃないだろ。
「魔王の娘って、ばれたらどうするの。」
「それは、「訳ありの魔道師の少女を極秘で護衛している。」って言えば誤魔化せるでしょ。」
そんなので良いのかな~?
まあ…なくはない設定だけど。
僕は悩むが、本人が行くって行ってるから、いいのかなぁ…
二人で王妃様達の所に戻り、アイザの事を話す。
「詳しくは、話せないのですが、彼女は魔道師で、身を隠しているのです。なので、戦力的にも参加出来るから、行くっていってます。」
「だとしても、君が行く理由には、ならないだろう。」
デバルドさんの言う通りだった。
「それが、一番安全で、確実な方法だからよ。なので、王妃役のマイジュさんと、護衛役のハルトに馬車の騎手に誰か一人で十分よ。」
「そうは、言ってもだな…」
デバルドさんの言葉に王妃達も不安の声を漏らす。
「私が良いって言ってるのだから、それでいいのよ。ほら、早く準備するわよ。」
アイザの引かない態度に、僕は諦める。
「と、言ってますので、皆さん承諾してくれませんか?」
「私の女装については…拒否権はないのか?」
マイジュさんの困惑した顔にアイザは、
「大丈夫よ。盗賊とかに、負けるはずないでしょ。ちょっと行って、お茶一杯飲んで、帰ればいいのよ。」
マイジュさんも、アイザの押しに負けそうになっている。
「そうだな。『残念マイジュ』の女装は俺も見てみたい物だ。」
デバルドさんは笑い声を漏らしている。
「デバルドさん、面白がってますよね、絶対に。」
「まあ、ハルト君の提案だ。俺もそれが一番、いい作戦だと思うぞ。騎手はイザルで良いだろう。」
話が進みだしたので僕は最終確認のためにもう一度尋ねた。
「じゃあ、王妃役にマイジュさん。姫役にアイザ。護衛は僕とイザルさんで、イザルさんには馬車の騎手もお願いします。で、宿から王妃と姫が領主宅に訪問すると広めて出発。これで良いですか?」
「ああ、了解した。」
デバルドさんの言葉に、王妃達もマイジュさんも渋々としていたが、承諾の返事をする。
「それじゃあ、マイジュさんの女装と、アイザの衣装をお願いできますか。」
付き人のメイドさんと、王妃の妹のルシャーラさんがマイジュさんを別室に連れて行く。
王妃の娘は10歳の女の子。身長が130cmくらいの年齢以上のしっかりした、美人顔の子。
アイザは見た目13歳くらいで、身長が150cmくらいの童顔の可愛い子。
これだと、スカートは誤魔化せても、腕周りに無理がある。
なので、王妃の身長170cmくらいの上着を少し修正して着せる事にした。
アイザの衣装選びと着付けを、王妃自らすることになり、僕達は一度部屋から出る。
「おまたせしました。」
付き人のメイドさんが扉を開けると、どこから見ても女性にしか見えないマイジュさんと、お姫様に見えるアイザが立っていた。
おお~! 想像通りの出来だ。
王妃と同じ色の、淡い金色の鬘を着けたマイジュさんは、とても綺麗だった。
胸もちゃんと盛ってある。
アイザの金髪も似合っていて、別人だった。
「さすが、マイジュさん。似合いますね。アイザも凄く綺麗になっている。」
アイザの自慢する笑顔が、さらに可愛さをプラスする。
「そうだな。二人とも、遜色ない出来だ。品格もある。これなら宿の人達も、疑わないだろう。」
デバルドさんの今にも笑い出しそうな顔に、マイジュさんは呆れなのか諦めなのか、よくわからない表情を返している。
そして段取り通り、宿のロビーで堂々と『リビエート国』の王妃と姫を演じ、僕達は先導する使者の馬車についていった。
マイジュさんは、開けられた窓から入る風を、全身で受けている。
箱型の馬車の中で、なんとか我慢できる策がこれだった。
流石に王妃様が、箱乗りしてたら色々と問題が出るからね。
案内された部屋には、60歳は超えていそうな男性がテーブルの奥に座っていた。
所謂、これもよく見る長テーブルの食卓だ。
領主と対面する席にマイジュさんが座り、僕は、アイザが座った席の後ろに立つ。
イザルさんが王妃役の護衛なので、マイジュさんの後ろに立っている。
領主と名乗った男が、旅の安全うんぬんと両国の交友うんぬんのテンプレ挨拶を終えると、食事が運ばれてきた。
これ…毒とか入ってないよな…流石に…
僕は小声でアイザに話しかける。
「どう? 毒は入ってそう?」
「なさそうよ。睡眠剤系も、麻痺系の類もないみたい。」
馬車の中で、食事に毒が入っている可能性も大いにあるから、食事には手を付けない話をしていたら、アイザが僕だけに聞こえるように、
「私には、毒とかまったく効かないから大丈夫よ。匂いだけでも判るし、私は食べるからね。」
魔族の体質らしいです。
ガッツリ食事をする気のアイザに、ダメとは言えなかった。
アイザは気にせず食べ始めるが、やっぱり不安なので、マイジュさんは手を付けなかった。
マイジュさんとイザルさんは、アイザの本質を知らないから、物凄く不安な顔になっていた。
「どうしました? サラティーア王妃どの、食が進んでいないようですが、食事はお気に召しませんでしたか?」
「すみません。こちらに招待される前に済ませてしまいまして、」
「そうでしたか、急な申し出でしたから、仕方がありませんね。」
アイザの完食を見届けた僕達は、帰りの挨拶をして領主宅を出る。
「さて、このまま何事も無く、宿まで帰れるだろうか。」
馬車に乗り込んだ僕の言葉にアイザが、
「だと良いわね。でもそれだと、少しつまらない。」
つまらないって…アイザは襲ってきて欲しいみたいだな。
ここで僕は、アイザのこれまでの行動を思い出す。
… … …
まさか、憂さ晴らしなのか!?
それは流石に…ありえる…否定出来ない。
僕はアイザに耳打ちする。
「もしかして、ずっと暇だったから、賊相手に、魔法撃ちたいの?」
「もちろんよ。それ以外に私がこんな事に手を貸す訳ないでしょ。」
ですよねぇ…
領主宅を出てから、10分くらいのところで馬車が止まる。
道を塞ぐ様に、兵士らしい人影が数十人見えた。
左右から逃げれないように囲むように、さらに数十人の人影を確認する。
イザルさんが車内に伝える為の小窓を開け、現状を伝える。
「100人以上はいると思う。どうする。このまま突っ切るか?」
馬を斬られたらそこで終わりだし、100人以上の相手となると、ちょっと疲れそうだ。
ここは、アイザに任せてみる。
「アイザ、どう?」
「楽勝よ。ちょっと屋根に連れてって。」
扉を開けて、僕はアイザを抱いて屋根の上に跳んだ。
囲んでいる賊達は、先陣で死ぬのが怖いようで、じわじわと近づくばかりだった。
「じゃあ、いくわよ!」
「滅亡の理と破滅の業を抱く闇の女神ウォルザディーラ。これから起こる悲劇の傍観者に感涙となる慈悲を。」
「まもってぇ!」
黒いガラスのような球体が馬車を包む。
「大地を灼熱の華で染めよ。天を焦がす大樹となりて、全てを灰に。狂喜の叫びを神に届けよ!」
「どっかぁあああんっ!」
地面が揺れ、大地が赤く染まる。そして、周囲一面が赤く燃え上がり、溶岩となった大地が空に吹き上がる。
黒い球体に護られた馬車以外は溶岩に飲み込まれていく。
うわ…これは酷いな。凄いと言う単語を軽く超えている。
周囲500メートルくらいの大地は溶岩と化し、その中にいる全てが、黒く焼かれていく。
思っていた魔法と違った。
生生しいと言うか、リアルと言うか…天災だよこれ。
数分も経っていないだろう、辺り一面、黒こげになった地面に馬車が一台残っている。
「ふうぅ、爽快! どう凄いでしょ。」
満面の笑みのアイザに僕は頭を撫でて褒め称えた。そして、
「詠唱の最後の掛け声みたいなのって、なに?」
そう、「まもってぇ!」と「どっかぁああんっ!」です。
めっちゃ可愛いんですけど。
「え? ママが発動しやすくなるって、教えてくれた言葉よ。」
ちょくちょく出てくる、アイザのママって何者ですか?
「そうなんだ、アイザらしさが出てて良かったよ。」
「ありがと。」
黒いガラスのような魔法壁が消えると、暖かい風を感じた。
「これ、地面まだ熱いよね?」
「そうね。あと30分くらいすれば、下がると思うわよ。」
うん。僕もそう思う。
馬車の中に戻った僕達は、一歩も進めないから、30分ほど休憩した。
お腹空いた…
宿に戻った僕達は、王妃の泊まっている部屋で、晩御飯をご馳走になっていた。
僕はあまりにお腹が空いていたから、手の勢いが止まらず、数皿を一気に空にしてしまった。
「良い食べっぷりだ。追加の料理も頼んだから、存分に食べてくれよ。」
デバルドさんの言葉に僕は素直に「はい。」と答える。
マイジュさんは着替えを先に済ませると言って、別室で着替え中。
アイザも王妃様の部屋で着替えに行っている。
イザルさんは馬車を置きにいってる。
なので僕一人で、ほぼ食べ尽くしてしまっていた。
着替えが済んだマイジュさんとアイザもテーブルに着き、少ししてイザルさんが戻って来たので、食事は賑やかになっていた。
アイザは2度目の晩御飯なんだけどね。普通に食べてます。
食事を終えて、領主との会話や、帰り道の賊討伐の話を王妃さん達に話して、僕とアイザは自分達の部屋に戻った。
「アイザ、今日はありがとう。本当助かったよ。」
アイザが居なければ、誰かが命を落としていたかもしれない。
あの人数は、予想外だった。
「ハルトが居なくなったら、私が困るからね。」
帰る為の事だと理解していても、女の子から言われると嬉しいものです。
「明日で、護衛も終わりだし、約束通り、観光とかしていこうね。」
「楽しみにしてる。」
アイザの嬉しそうな笑顔は、ストレス発散したからなのだろうか?
観光を楽しみにしているのだろうか?
僕には判らなかったけど、可愛いと思ったのは確かでした。
タライアス王国とリビエート王国の境界は、断崖絶壁の大地の壁だった。
リビエート国の大地は絶壁の上にあり、壁を切り開いた山道をひたすら登って行く。
傾いたままの車内を1時間ほど耐え、登りきった大地は、南北に伸びる渓谷になっていた。
「うわぁああ。」
僕は、見たことのない絶景と、はるか下に見える谷底の恐怖に、変な声が出ていた。
「どうだ、壮大だろ。景色もそうだが、この渓谷は国境を守る要としても、国の宝とも言える。」
デバルドさんが、自慢げに語る。
馬車は、登りで疲労した馬の為にある山頂の休憩所に入る。
時刻はまだ11時前。
僕は、アイザと一緒に、草原になっている広場で寝そべっていた。
ここはもう、『リビエート王国』の領土。
自国に居る安心感なのか、草原を走り回っている二人の女の子は、心から楽しそうだった。
王妃の娘の『ラミナ』、王妃の妹の娘で同い年の『サーリア』。
10歳の女の子に、この旅は酷過ぎると思う。
良い思い出なんて、一つも無いかもしれない。
彼女達と、あまり話す事は無かったけど、あの笑顔を見たのは初めてだと思った。
馬車は渓谷を越えたところにある大きな町に入る。
戦争時からリビエート王国の軍事施設として発展してきた町『ハリメット』。
今は渓谷観光の宿泊地として賑わっている。
町に入ると、馬車は、強固な要塞のような建物に入って行く。
戦争が終わってからも、軍事施設の大半はそのまま機能していて、王妃の帰りを待っていた『リビエート国軍』の兵士達が出迎える。
「それじゃ、僕達はここまでですね。」
城塞のような建物の前で降りた僕は、デバルドさんに別れの挨拶をする。
「もう行くのか? 君の功績を称えたいと王妃様が言っているのだが。」
「もう、十分に感謝の言葉を貰っていますから。それに、僕達はただの同乗者ですからね。」
「君ならそう言うと思っていたよ。だから王妃様からの言葉を伝えておく。」
『妹の娘サーリアはあなたの物ですから、王都に来た時には、必ず王宮に来て下さい。サーリアの父親に伝えておきますから。』
「え?! ちょっとそれって、どういう意味ですか?!」
僕はもちろん、慌てている。
「君はサーリアとルシャーラを助ける時に、言ったじゃないか。」
あぁぁぁ…なんか、恥ずかしいセリフ言ってました…たしかに。
「いやそれは、言葉のあやですから、本当に貰うつもりなんて無いですから!」
デバルドさんの笑みが僕を追い詰める。
「サーリアの父親が、娘を溺愛してるのは周知されているほどだ。君の口から、ちゃんと言わないと、最悪、拘束されるかもしれないぞ。」
城塞に入っていく王妃様とルシャーラさんが、明らかに僕に笑みを向けている。
「デバルドさん。」
「ん? なんだ?」
「必ず、寄らさせて貰います。って伝えて置いてください。」
「ああ、伝えておく。」
バン! っとデバルドさんは僕の背中を叩き、王妃さん達を追うように城塞に入っていった。
馬車の前に残ったのは、僕とアイザとマイジュさんの3人だった。
「ハルトさん、まああれです。君達を祝いたいと思っている口実ですから。」
「ですよね。…でも、本当だったらと思うと…」
「その時は、贈り返して逃げればいいだけでしょ。」
アイザの言葉は適当のようで、的確だった。
「そうだな。それでいいか。」
マイジュさんも交えて、僕達は笑い合っていた。