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勇者を譲った僕の異世界生活。  作者: 紅花翁草
5/38

旅は道連れですよ。 1

 僕は7時過ぎに目覚める。

 馬車の出発時間は9時。あと2時間です。

「アイザぁ~朝だぞ。」

 丸まっていたアイザが、もそもそと動き出す。

「んぅ~ぁあ~…もうちょっと。」

 改めて確認するけど、アイザと出会ったのは1日前の深夜です。

 なにこの余裕。

 アイザもアイザだけど、僕も僕だなって、色んな意味で感心する。

「傭兵組合にちょっと寄りたいから、そろそろ出ないと、朝ごはん食べる時間なくなるぞぉ~。」

「起きるぉ~今起きるぅ~」


 荷物をカバンに積めた僕達は、早めのチェックアウトで街に出る。

 そして昨日の朝と同じ飲食店で朝食を済ませ、組合に僕達は向かっていた。

 

 隣を歩いているアイザの顔が、ショックで呆けている。 

 原因は、朝食を食べた飲食店で聞こえてきた会話だった。

 内容は、「昨日の23時くらいから1時間くらい、銀色に輝く巨大な竜が王都の上空を旋回していた。勇者パーティーが討伐に挑んだけど、魔王も一緒だったらしく、返り討ちにあって、勇者は瀕死になって負けたと。そして、魔王は街や城を攻撃するとこなく、帰って行ったらしい。」


 僕は、アイザを連れて、通り道にあった公園のベンチに座る。

 早朝の公園は僕達だけだったので、会話するのに丁度いいと思ったからだ。

「話から推測すると、迎えに来てたみたいだね。」

 頷くアイザは、今にも泣きそうになっている。

 昨日、お酒を飲まなければ、騒動で起きたかもしれない。僕もやり切れない思いが、込み上げてくる。

 魔王が娘を迎えに来る。

 普通なら考えられないけど、アイザの言動を見てきた、今なら判る。

「そうだよなぁ~。良い人っぽいんだよなぁ~」

 僕は後悔を言葉にして、次に進む気力を作る。

「アイザ、ちゃんと送っていくから。約束する。」

「絶対だよ。絶対だからね。」

「アイザ、僕みたいに小指を出してくれる?」

 アイザの小指と重ねる。

「ゆびきりげんまん、嘘ついたら針千本のぉ~ます。」

 アイザがクスッと笑う。

「なにそれ?」

「僕の生まれた国の、約束の誓いの言葉。」

「ものすごく、怖いわよ。」

 僕は笑顔で答えた。

「僕もそう思う。」

 

 傭兵組合に着いても、会話は当然、魔王の話ばかりだった。

「魔王ってほんとに居たんだな。」

「勇者、ボロ負けだったじゃないか。毎年の遠征で倒されてるって本当だったんだな。」

「あんな化け物、誰が勝てるんだよ。」

「俺たちとは縁のない話だろ。」

「魔王討伐の遠征隊行ったやつらが帰って来ない理由判るわ。」

「あんなの見たら、もう誰も志願しないんじゃないか?」

「なあ、魔王はどうして、街とか城とか攻撃しなかったんだ?」

「魔王、なにしに来たんだ?」

 など、耳に入った話から、魔王に対する現状を少し理解できた。


「アイザ、行くよ。」

 ロビーを抜けて、武器と防具が売っている店に入る。

 護身用の剣、いや剣じゃなくてもいいのか。どれにしようか悩む。

 実際に剣を持ってみるが、剣道の経験もない僕には、違和感しかなく、まともに扱えそうに無い事だけは、直感で理解できた。

「しっくりこないな~。チャンバラ程度でもいいのかな?」

 命の奪い合いに? いやいや、駄目だろ。

 ふと、斧のコーナーが視界に入り、気になった。

 片手用の、ほぼL字型に三日月型の刃が大きく付いている、ごっつい斧がその中でも気になる。

 僕は手に取って、ブンブンと振り回す。

「これ、良いんじゃないか?」

 鎌とか、かなづちを振り回す感覚と同じだし、相手の攻撃を受けるにも、受けやすそうだ。

「これなら、持ち運びも邪魔にならなそうかな。」

 刃は鋭利じゃないから、鞘とかに収めなくていいし、刃こぼれもしないし、折れるとか皆無だろうし。

「うん、これにしようかな。」

 僕は同じような斧の中から、柄の部分まで鉄で出来ている一番頑丈そうな斧に決める。

 あとは、アイザにも、何か持たせた方がいいよな。

 そういや…アイザの戦闘力ってどれくらいあるんだ?


「ちょっとアイザ、来てくれる。」

 僕は店員や客が居ない店の端に、アイザを呼ぶ。

「アイザって、お父さんみたいに強かったりするの?」

 小声で付け足す。「魔王って単語は使ったら駄目だからね。」

「魔法に関しては、同じくらいよ。でも、体力とか力とか、そっちはまだ無いの。今から段々と魔族の体になっていくんだけど、150歳から段々と、200歳くらいでそうなるって聞いてる。」

 なんとなくは予想はしていた。

 初めて会った時の扉を押す時とか、トランクケースを持っている時とか、普通に重そうだったからな。

「じゃあ、護身用に杖とか、あった方がいいの? 魔法使うのに。」

「ううん。何も要らないわよ。それに、私の魔法は、めったに使えないから。」

「なんで?」

「全部、広範囲攻撃魔法だから。」

 そりゃ、使えない。剣持った相手に、ミサイル打ち込む話だからな。

「剣とか使えたりは?」

「使えないわ。」

 下手に短剣とか持たせても、奪われたりとかしたら…

「アイザは何も持たなくてもいいかな。もし襲われそうな事があれば、トランクケース振り回す方がいいかもな。」

「そうね。その時はそうするわね。」


 斧は背中に背負うって装備するのが一般的なので、それ用の皮ベルトはあったけど、執事服に似たブレザーに、それは似合うはずもなく、さらに僕はリュックを背負っているから、どうしても無理があった。

「この斧を持って旅行に行きたいのですが、なにか良い方法ありませんか?」

 支払いの為、レジに斧を持って行った僕は店員に尋ねる。

「そうですね。装備状態でなくてもいいのでしたら、ケースに入れて運ぶのがありますよ。武器の固定用バンドはその場で付けますので、好きなケースを選んでもらって結構です。」


 ケースを選びに行くと、アタッシュケース程度の大きさから、ビリヤードのキューを入れるような長方形とか、トランクケースと同じような物まで多様なケースがあった。

「結構大きいのもあるのですね。」

「数本や、数種の武器を入れたり、防具と武器を一式入れたりしますから。」

 なるほど、複数武器や鎧入れか。

 鎧か~、いずれは必要になってくるのかな。まあ、その時考えよう。

 斧が丁度入るケースを選んで、店員さんに斧と一緒に渡す。

「お預かりします。少しお待ちください。」

 レジの横にある作業台で、手馴れた動きで斧の止め具をケースに付けていく。

「お待たせしました。お会計は合計で、銀貨6枚です。」

 なんだかんだで、結構いい買い物出来たかも。

 財布の残金は、金貨6枚、銀貨12枚、銀板4枚、銅貨3枚になっていた。

 一通り揃ったし、ここからはそんなに使うことはないかな。

「アイザ、おまたせ。それじゃあ、馬車乗り場に行こうか。」


 時刻は8時半。予定通りだった。

 王都からの馬車は6路線あり、それぞれ次の町までの切符しか買うことは出来ない。

 天候や馬の調子で、その日にならないと出発できるか分からないので、1日分の移動しか販売しないとの事だった。

 魔王島までの路線を受付で聞いたら、港町『ファルザン』に向かう路線と途中まで同じで、山頂の町『コルトン』で路線が分かれると知る。

「ファルザンか…アイザを送り届けたら、絶対に行くぞ。」

「ハルト、お弁当どれにするのよ?」

 僕達が乗る馬車は『モーザン』行き、9時発、15時着。昼ごはんは各自持参になっている。

 なので、馬車乗り場には、お弁当屋さんも当然居る訳です。

「そうだな、食べ易いサンドイッチにしようかな。アイザは?」

「私は、鳥串焼きセットにするわ。」

 また肉のみか。

 そう思ってアイザの選んだお弁当を見るとちゃんと野菜も刺さっていた。

 うん。偉いぞアイザ。

 鳥串焼きセット1個とサンドイッチセット(大)を買って、馬車の騎手に切符を見せる。

 僕たちの乗る馬車は、アーチ型の幌が付いている馬車で、その奥に、扉付きの豪華な馬車が停まっている。

 いかにも、『貴族です。』って服装の女の子と母親。

 それを護衛すると思われる兵士が数人いた。


「出発10分前です。お忘れ物のないように、ご乗車お願いします。」

 僕はアイザと一緒に、『モーザン』行きの馬車に乗り込む。

 馬車には、奥に親子らしい夫婦と女の子。

 その対面に紳士と淑女のようなカップル。

 カップルの隣に傭兵らしい男性が2名座っていた。

 僕たちは、親子が座っている列に座ることにした。

 緊張した空気を感じるが、僕も気を張っているのは確かだし、こういうものだろうと認識する。


「君は、落選勇者君じゃないか。」

 突然の発言は、前に座っている傭兵の一人から、僕に向けての言葉だった。

 『らくせんゆうしゃ』ってどんな、呼び名だよ! だれが考えたんだよ!

 と、思いながらも、上手いなって思った。


「昨日の今日で、その呼び名って、間違っては無いですけど、悲しいですね。」

「ああ、すまんすまん。組合の受付の子が言ってたんだ。勇者に成れなかった異世界人が、次の日に女の子を従者にしているって、大騒動になって、その時に誰かが口にしたらしい。」

「ああ、あの時の視線は、それだったかぁ…」

 まあ、なんとなくは、察していたけど。

「彼女は従者ではないですよ。知り合いになって、一緒に旅に出る事になった友人です。」

 僕は背筋を正して、

「僕の名前は、ハルト。彼女はアイザ。」

「俺の名前は、デバルド。で、こっちの仲間がイザルだ。よろしくな。傭兵業で聞きたい事があれば聞いてくれ。旅の雑談にはなるだろうよ。」

「はい。ありがとうございます。」

「でも、どうして、僕だと?」

「神官と傭兵登録しに来てた時に、俺はロビーに居てな、その服に、そのカバンだろ。他には居ないからな。」

「ですね。」


 一人の剣士が馬車に入ってくる。

 また緊張の空気が流れる。


「それでは、時刻となりましたので、出発いたします。危ないですので、立ち上がらずに座っていてください。」

 騎手が馬車の外から挨拶をして、運転座席に向かった。


 最後に乗った剣士は、細身の長身で、美形な顔。この世界にエルフがいるのかと、疑問が浮かぶほどの美男子だった。

 彼は丁寧に頭を下げて、最後尾に座る。


「まさか、『残念マイジュ』まで、相乗りするとは。」

 デバルドさんの言葉に最後尾の美男子が苦笑いを浮かべて頭を下げている。

 いやいや、なにこの、呼び名。

 傭兵業界では、当たり前なの?


「デバルドさん。」

「ん? なんだ?」

「もしかして、呼び名って皆さん付いているのですか? えっと・・・かっこ悪い系、統一とかの。」

 僕とアイザと隣の親子3人以外の人達が一斉に笑い出す。

「いやいや、かっこいい系もちゃんとあるぞ。それと、呼び名が付くのは一部の有名人だけだ。」

 笑いが収まった車内は、一変して緊張感ゼロの空気に変わっていた。

「呼び名があるって事は、実力的に認めているって事と同じなんだ。卑下するために付けられた呼び名は一つも無い。お前の『落選勇者』も、あいつの『残念』も、その言葉の頭には『強い』ってのが付けられているんだ。言わないけどな。」


 なんとなくは、納得したような、理解したような。


「デバルドさんには『軍神』って呼び名が付いているのですよ。」

 そう言ったのは、デバルドさんの隣に座っているイザルさんだった。

「なにその、すごい呼び名。僕も出来ればそっちが良かったですよ。」

 また笑いが起こり、その後は、デバルドさんの武勇伝の話とか、他の有名人の話を聞いたり、この世界の事を聞いたり、魔王の事を聞いたり、僕とアイザは有意義な時間を過ごしていた。



 昼休憩の為に、馬車が小さな村に停まる。

 村といっても実際は、水飲み場として、街道に井戸水を掘ったところに馬車関係の業者が建てた倉庫があるだけだと、教えてもらう。

 馬車から降りた僕とアイザは、休憩所になっている小屋で昼食を摂っている。同乗者で同じように休憩所で昼食を摂っているのは、マイジュさんだけだった。

 他は車内で食べているようだった。


 食事を終えて、景色を眺めていると、タライアス行きの荷車から呻き声のような、鳥の声のようなものが聞こえてくる。

 僕はアイザに伝えると、アイザも気になって、二人で見に行こうって話になった。

「行かない方がいい。」

 僕の仕草に気付いたマイジュさんが、呼び止める。

「あれは、ハーピーだね。たぶん子供だろう。」

 アイザが聞き返す。

「どうして、ハーピーの子供を?」

「貴族の道楽だよ。ペットとして買う輩がいるんだ。」

「ハーピーって魔物ですよね? 魔物って飼ってもいいんですか?」

「魔物って言っても、ただの鳥と大差ないからね。人を襲う事も無い、畑を荒らす程度の魔物さ。」

「そうなんですか。」

 魔王にしても、魔物にしても、ちょっと僕の思っていたのとは違うみたいだ。

「人を襲う魔物も、いるんですよね?」

「もちろんだ。昨晩のドラゴンもそうだが、森には魔熊や魔虎、巨大蛇や蜘蛛とか、結構いるぞ。」

 僕は、ある疑問が浮かぶ。

「ゴブリンとか、リザードマンとか人型や知能がある魔物とかって、いないのですか?」

「ああ~そういうのは、魔王島と、島に近い地域にいるとか、聞いたことある。私はまだ見たことないけど。」

 これ、大半の魔物は、僕の世界でいうところの、猛獣や害獣程度ってことになりそうだな。

「そうですか。ありがとうございます。」

 今度アイザにそこら辺の事を、聞いてみよう。


「そろそろ、時間だし、馬車に戻ろうか。」

 アイザはハーピーの事が気になっているようだったけど、僕の言葉で視線を戻す。

「わかったわ。」

 僕も、なんとかしたい気持ちはあったけど、色々と悩みながら、結局は傍観するしかない事に辿り着く。


 馬車は休憩所を出て、順調に街道を進んでいく。

 あと1時間ほどで、目的地の『モーザン』に到着する頃、最後尾のマイジュさんが声をあげる。

「後ろの馬車が、盗賊に襲われている。」

 車内がざわめく。

 イザルさんがマイジュさんを押しのける勢いで後方の確認をする。

「人数は20人以上。馬車は止められました。」

「仕方がない。我々は、ここを離脱するしかないようだ。」

 デバルドさんの言葉に僕は耳を疑った。

 後ろを走っていた馬車は、貴族の親子が乗っている馬車だったはず。

 見捨てるのか?


「なにを言っているのです。助けないのですか?!」

「そうですよ。あの馬車には子供が乗っていたのですよ!」

 マイジュさんが僕の声と合わせる。

 僕は、言葉を出したあと、車内の人達の顔が目に入る。


 声を殺して泣いている少女を抱きしめる母親。

 苦しい顔をしている父親に、紳士と淑女のカップル。

 それと、悔しさを拳に溜めているデバルドさん達。


 ああ、そういうことか。


「この後の、シナリオは?! 身代わりのあの人達はどうなるんですか!」


 一瞬の無言と、車内の全ての視線が僕に向けられる。

 答えたのはデバルドさんだった。

「囮として、死ぬことになるだろう。」

 その言葉に、怒りと憤りが入っていたのは、誰もが判っていた。

「なら、あなた達が捨てた命、僕が貰ってもいいですよね。」

「何を言っている。」

 デバルドさんの言葉を制止、

「返事は?!」

 僕の強い言葉に、母親が涙を流しながら、懇願するように「はい。」と頷く。

「王妃様!」

 隣の父親だと思ったのは、父親役の家来だと理解する。


「アイザ、すまない。危なくなったら戻るから、ここで待っててくれ。」

「いやよ!」

 即答するアイザの目が、説得に応じない事は直ぐに分かった。

 ここで、独りにするよりもいいか。

「よし! 行こう。」

 荷物をすばやく持って、アイザと手を繋ぐ。

 速度を上げた馬車から僕は大きく飛び出し、アイザを片手で抱き上げて、地面に着地する。

 馬車から飛び出す時、デバルドさんが何かを言っていたけど、聞くことは出来なかった。

「私も行きます。」

 僕とアイザが立ち上がった時、隣を見るとマイジュさんが立っていた。

「どうして?」

「それを、私に聞くのですか?」

 笑顔で答え、真剣な目で先を見るマイジュさんに、

「そうですね。」と僕も笑みを見せ、1kmくらい先に見える貴族の馬車に視線を向けた。


「アイザはここで待っていて。なにかあったら、大声で呼んで。」

「わかったわ。」

 僕はリュックを渡して、ケースから斧を取り出す。

「では、僕は先に行ってますね。」

「先にとは?」

 マイジュさんの問いに答える前に僕はもう走り出していた。

 全速力で加速した僕は、兵士を追い詰めようと武器を振り回している盗賊の一人を思いっきり、蹴り飛ばす。

 助走をつけてのライダーキックです。

 軽く吹っ飛んでいきました。

 そのまま、着地と同時に、周囲にいる盗賊を、次々に斧をテニスラケットを振るように、横で叩き殴る。

 もちろん吹っ飛びます。

 即死にはならないので、地面でのたうちまわってたり、林の木に激突して倒れたりしています。


 走り出してから、到着するまでの時間、約30秒の間に、戦闘の素人が、無傷で勝つ方法を考えていた。

 不意を付く。

 攻撃させない。

 囲まれない。

 と、いう感じでまとまったので、僕は使える力を全部使って実行しているところだった。

 僕は左利きなので、右手は『ミラージュ・ハンド』を常に発動して、相手の武器を事前に動かないように掴み、その動揺中に、斧で吹っ飛ばす。

 止まっていると、襲われる危険があるので、飛び跳ねるように次から次に、盗賊に襲いかかり、武器を掴んで、斧で吹っ飛ばす。をひたすら繰り返している。

 斧で切りつけるのは、まだ僕には出来ない。

 盗賊といえど、人を殺める度胸はまだ無かったから。


 9人を吹っ飛ばした頃、やっと僕に向けて声を出す盗賊達。

「なんだ!? どうなってやがる! ボスー!」

 盗賊達の視線が林の中に向く。

 馬車が止まっているのは、林と川の間の林道。

 隠れて襲う事に適している場所でもあり、逃げるのにも適している。


 馬車周りの盗賊を斧で殴り倒し、止めを兵士達に任せて僕は林の中に逃げていく盗賊達を追いかける。

 『ミラージュ・ハンド』で足を掴み、そのまま街道に向けて投げる。

 子供がぬいぐるみを投げるように、盗賊は空を飛び、高所から地面に叩きつけられる。

 僕は、手を緩めない。

 誰一人、逃がすつもりは無い。

 逃げ回る盗賊の足音は無くなり、林の中は静かになる。そして、ボスらしい人物を見つける。

「あなたが主犯ですか?」

 50は超えていそうな男は、苦笑いを浮かべている。


「まさか、お前みたいなやつを雇っていたとはな。情報が違っていたようだ。というか、お前人間か?」

「自分では、人間だと思っていますよ。」

 男と対峙しながら、僕は距離を詰めていく。

「まあ、今回は失敗したが、お前の命は貰うぞ!」

 眩しい光が男から放たれる。

 目を庇った僕は斧を落としてしまった。

 咄嗟に後方に飛びあがり、視力が回復する数秒をなんとか稼ぐ。

 視力が戻りかけた時、火の玉が僕を直撃する。

 実際には、両手に重ねた『ミラージュ・ハンド』が盾になって防いでいた。

「ざまあないな。」

 そういった男の顔が苦痛に歪んでいく。

 油断した男に僕は、12メートルの所まで詰め寄っていた。

 

『ミラージュ・ハンド』

 僕に出来ないことは出来ないけど、ミラージュ・ハンドだから出来る事もいくつかある。

 半径12メートルの中なら、どこでも発現出来る。

 それは土の中でも、壁の向こうでも、人の体内でも。

 実際に検証したのは動物までだったけど、出来る事は判っていた。

 幸いなのは詳細な感触が無い事。

 もし、『ミラージュ・ハンド』にリアルと同じ感覚があれば、生き物の動いている心臓を直に触るなんて事、気持ち悪くて出来ません。


「なぁ! あぁああ、うぅああ」

 僕は心臓を握ったまま、ゆっくりと近づき、男の胸ぐらを掴んで街道に向けて投げる。

 悲鳴に近い声を上げながら、林の外に落ちた音を聞く。

「よし! これで全部かな。」


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