マイジュとエイル 2
エイルは悩んでいた。
完全に勢いで買ってしまったドレスは今までで一番、布面積が少ない。
どうも私はハルトの事になると、自制がおかしくなるようです。
昨日の夜に、ハルトを腕枕した事、自分でも信じられない行動だったと驚いたばかりなのに…
あの時、ハルトの体温が暖かくて寝てしまったのよね…
ほんと、不覚だったわ。
買い物から戻った私は、リビングで寛いでいるハルトとアイザさんに「ただいま。」と声をかける。
「おかえりなさい。何か良い物ありましたか?」
予想していたハルトからの質問に、私は躊躇する。
「ええ、旅行用の服と靴を買ってきたわよ。この先、好みの物が手に入るか判らないって聞いたからね。」
「そうでしたか。僕も買いに行くべきだったかな…アイザ、明日一緒に行く?」
ハルトがアイザさんのメイド服を真剣に眺めています。
「そうね。靴の換えが欲しいわね。あとは下着も少し欲しいかも。」
「下着の数足りなかった?」
「ううん。色々可愛いのが欲しいのよ。」
「そっか、なら明日は買い物に行こうか。」
ハルトとアイザさんのいちゃいちゃな会話に、私は割って入っていた。
「そうそう、ハルト。あと、パーティードレスも買ってきたわよ。見たい?」
「えっ?!」
ハルトは無言になって言葉を選んでいるみたいだったので、話を続ける。
「買っては見たのだけど、すこし大胆だったかなって思っているのよね。ハルトの感想を聞きたいのだけど。」
「えっと、僕の意見で良いなら是非。」
ハルトの、遠慮しているけど期待している感が出ている返事に私は嬉しくなっていた。
「じゃあ、お風呂上がったら着替えて来るね。」
「はい、待ってます。」
『待ってます。』だって!
ほんとハルトって、可愛いこと言うのよね。
私は、さっきまで恥ずかしいと思っていた、ドレスを見せることを嬉しく思っていた。
下着もドレスに合わせて買った物を着けて、準備万端。
ついでに髪も上げて髪留めで結ってみた。
バスルームの脱衣場にある大きな鏡の前で、私は自分の姿を確認していました。
これは、思った以上の恥ずかしさでした。
むねの上半分から布が無いです。人前に出るには勇気がいるドレスでした。
しかし、もう後には引けない。
ハルトのたじろぐ姿を見る為なのよ。
幸い、ハルト以外の男性は居ないのだから。大丈夫よ。
「おまたせ、ハルト。」
私は意を決して、リビングに入る。
私を見るハルトの視線が、思ってたのと違って真剣でした。
「凄く綺麗です。思ってた通りの美しさです。」
「そっ、そう? ハルトはこういうのが好きなの?」
私は、下心が感じられないハルトの賞賛の言葉に戸惑っていた。
「はい。でもそれは、エイルさんだからですよ。華があるっていうのか、品があるっていうのか、エイルさんが着てるから映えるのです。」
もう、当初の目的はどっかに行ってしまいました。
私の姿を見て、目を逸らしたり、戸惑ったりするハルトをからかいたかったけど、私が嬉しくて何も出来なくなっていました。
「ハルトさんは、どうして、そのように恥ずかしい台詞を簡単に言えるのですか?」
私と同じく、帰宅後にお風呂に行っていたマイジュさんがリビングに戻って来ていました。
「それは、エイルさんに失礼だからです。ちゃんと、思っている事を伝えるのが、僕にドレス姿を見せてくれた礼儀だと思うので。」
そういう所がハルトの良さで…可愛いところなのです。
そして、そう言ったハルトの恥ずかしそうに照れている姿に、私は満足してしまった。
「ハルト、ありがとう。嬉しい感想聞けて、満足よ。」
「ねぇ、ハルト。私もドレス欲しい。」
アイザさんが少し拗ねた声でハルトに強請っている。
「アイザには可愛いのが似合いそうだけど、ドレスも色々試着して決めようか。」
ほんとハルトは、アイザさんには甘いわね。
でも、私は気にならない。
ハルトの言葉には、私とアイザさんを天秤にかけていないのが判っていたから。
「それじゃあ、着替えてくるわね。」
「え?」
「ん?」
「いえ! なんでもないです。」
ハルトが慌てた言葉で、取り繕っていた。
「もう少し見ていたいの?」
私はハルトの思考を読み取って、そう聞き返す。
そして予想通りに、ハルトのたじろぐ姿が見れました。
忘れていた目的を、思いがけない形で達成出来た私は、ハルトの要望を叶えることにしました。
「じゃあ今日の夕食は、このドレスのままにします。」
アイザさんとマイジュさんから白い目で見られているハルトに、私は笑いを堪えるのでした。
私は、独りだけドレス姿でリビングにいる事に恥ずかしくなってきました。
「そうだ! せっかくのパーティードレスなんだから、ダンスの相手をしてくれない?」
私はハルトに視線を送りました。
「え?! 僕ですか? 踊れないですよ。マイジュさんのほうが適任なのでは?」
「そんなのは、判っているわよ。だから、ハルトのダンス練習をしようって話なの。本気で踊るつもりなんてないわよ。」
ハルトが躊躇しているので、私はさらに言葉を付ける。
「広い部屋もあるし、この先ダンスを強要される場面も出てくるかもでしょ。覚えておいて損はないから。それにアイザさんと踊る可能性もあるんだし。」
「そうね。私は踊れるから良いけど、ハルトも覚えて欲しいわね。」
アイザさんの言葉もあって、ハルトは恥ずかしそうに「はい。」と頷きました。
私達はハルトを連れて、ダイニングルームのテラス側の広い場所に移動しました。
「じゃ、基本からね。」
私は向かい合って照れているハルトの手を握りました。
「いち・にぃ・さん、のリズムで私の動きに合わせて右回りに回ればいいからね。背筋伸ばして、離れないように動けばだんだんと判ってくるから。」
ほぼ同じ身長のハルトととは、靴の高さで少し私の方が高くなっていた。
すこし見上げるハルトと目を合わせたまま、私はゆっくりとリズムを唱えていく。
ぎこちなく少し硬いハルトは、時々バランスを崩し、倒れそうになると私に抱きついていた。
その度に視線を外し、恥ずかしがっています。
でも、止める事はなかったので、徐々に合うようになって硬さも取れてきた。
集中し始めたハルトは私の目をしっかりと見て、呼吸も合わせ始めた。
人にダンスを教えるのが初めてだからなのか、私はハルトの事だけを考えて踊っていた。
一つ一つを丁寧に、目を合わせて足を運ぶ。
一歩一歩が綺麗に流れる度に、笑みが零れる。
握る手はいつしか、自分と繋がっているような感覚だった。
ただ、回っているだけのダンスなのに、楽しい気分になっていた。
「それじゃあ、最後のステップね。」
もう、リズムの掛け声は無くなっていたけど、私の動きに合わせるハルトは、体勢を崩すことなく綺麗にその足を止めた。
「ありがとうございました。」
「待って!」
手を離して頭を下げようとするハルトの動きを私は止める。
「左手を自分の胸に当てて、相手の目を見る。それから女性がスカートを掴んで挨拶をするから、合わせるように一礼をしてね。」
私が教えた挨拶を済ませると、さっきまで真剣だったハルトの顔が照れ顔になっていた。
「この挨拶までがダンスの作法だからね。」
そんなハルトを可愛いと思いながら、私は少し暑くなっていた。
「ハルト、次は私と踊るわよ。」
アイザさんが休もうとしていたハルトの手を掴んで、さっきまで踊っていた場所に連れていきました。
「ハルト、さっきの要領で大丈夫だから。」
私は、疲れた顔を見せずにアイザさんに付いていったハルトに、声援を送った。
私はマイジュさんが用意してくれた冷たいお茶で暑くなった体を冷やしました。
「お疲れ様でした。ハルトさんとの息が合ってましたね。」
マイジュさんから褒められて、また体が熱くなりました。
自分でも、驚くくらいだった。
学院生活で何度も踊っていたけど、初めての体験でした。
「ええ、教える立場だったから、私も集中していたのかも知れないです。」
もっと踊りたいと思ったのも、初めてだった。
私はアイザさんと踊っているハルトのダンスを眺めました。
そうよ! また練習をすればいいのよ。
そして、他の男性に見せるのはちょっと恥ずかしいから、このドレスはハルトと踊る時だけにしようと、心に誓いました。




