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勇者を譲った僕の異世界生活。  作者: 紅花翁草


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マイジュとエイル 1

 私はエイルさんと一緒に、『ノワロ』の商業区に来ました。

 理由は、エイルさんに買い物を頼んだからです。

「エイルさん、ありがとうございます。独りの時は自分で買えるのですが、今はハルトさん達と旅行中なので、本当に助かりました。」


 私が欲しい物は、下着です。

 独りの時は、カツラを付けて女性の姿で買っていましたが、数時間とはいえ、今は女性の姿になるのはリスクが大き過ぎます。

 ハルトさんに見られる可能性があるからです。

 普段でも、下着の買い物は年1回で済ませるように買い揃えてはいましたが、ミリティーアから受け取ったネックレスの効果で少し胸が膨らんできた為、厚手の生地に買い替えする事にしたのです。

 

 半信半疑で就寝時だけ付けたネックレスの効果は『女性としての性を活性化させる』というもので、そのひとつに胸が大きくなる。

 まさか本当に効果があるなんて…

 嬉しいのは確かなのだけど、少し複雑な気分でもあります。


 店は婦人服のみを扱う店があったので、その店にしました。

「では、私は店の外で待っていますので、お願いします。」

 そう言って足を止めると、エイルさんが私の腕に手を回して引っ張りました。

「まあ、ここなら恋人同士で入れる店だし一緒に行きましょう。私が選んだのを見てくれればいいから。それの方が私も安心します。」


 まあ確かにその通りなので、私は素直に腕組をしながら店内に入りました。


「この服ってハルト好きそうよね。」

 エイルさんが手にとって見せているのは、真っ黒なパーティードレスでした。

「ハルトさんも男ですからね。男性なら皆さん好きだと思いますよ。」

 薄地で胸元と肩が大きく露出するドレスは、女性らしさを最大限に見せる服で、男性の視線を釘付けするための服。


「まあ、そうなのだけどハルトって年上の色香に弱そうなのよね。」

「そうかも知れませんね。アイザさんの事は判っていないようですし。」

「でしょ! あれ、絶対に判ってないわよね。」


 たぶん、アイザさんの中では、ハルトさんと婚約している事になっている。

 きっかけは左手の指輪でしょう。

 指輪を送るのという事は、『貴女を愛しています。』ですからね。


「ハルトさんの異世界は、指輪を送るのは日常的なのでしょうか?」

 ドレスを戻したエイルさんが首を横に振っています。

「いえ、私のお母様から聞いた話では、こっちの世界と意味合いはほぼ同じでした。」

「なら、ハルトさんはどういう意図で送ったのでしょうね。」

「家族愛的なものとか?」


 まあ、そうなるのでしょうね。

 普段の行動や本人の言葉から、アイザさんのことを妹のように想っているようですし、女性として見ていないようですからね。


「わたしは面白いから放置してるのだけど、マイジュさんは言ってあげないのですか?」

 エイルさんが私を不思議そうに見ています。

「そうですね。二人の関係を私の口から言うのは駄目だと判断しました。それに、ハルトさんがその時にどう対処するのか気になりますからね。」

「じゃあ、わたしと意見は同じって事ですね。」


 エイルさんの悪戯をした子供のような笑みに、私は同じ笑みを返していた。


「そういえば、マイジュさんはどうしてハルトに付いて来たのですか?」

 私とエイルさんは下着が並んでいる売り場に来ていた。


「それは、ハルトさんがどこか放って置けない感情があったというか…心配になったというか…」


 戦闘に関しては私よりも強いのだけど、純粋で無垢というか、楽天的な思考というか、見た目通りの子供みたいな言動をする事が多かったからかもしれない。

 私は改めて聞かれて、自分の感情に一つの疑問を浮かべた。


 これって、母性本能?


「やっぱり、そう思いますよね。危なっかしいというか、なんというか…心配する姉のような気分にすぐなりましたから。」

 エイルさんの言葉に私は頷く。

「私もそうですね。私の場合は少し旅をしてからですが。」


 ただ最初は、傭兵の先輩として心配だった。…そう思っていた。

 だけど最近は良く判らない。

 この旅が終わったら、私はどうするのだろう…

 

「これなんてどうかな?」

 胸用の下着を選んだエイルさんが、私に見せたのは白い生地に花の刺繍が施された物でした。              

 さすがに女性物だと判る下着なので断りました。

 上着を脱ぐ状況になることが、極稀に起こってきたこともあり、無地のみしか着用ないことにしているのです。

 男性が着ける肌着と似ているので、誤魔化してやり過ごせる事が出来るから。


「やっぱり無地しか着けないのですね。もう、十分に強いのですから女性剣士として公表しても大丈夫なのでは?」


 エイルさんの言っている事は正しい。

 新人の頃だと、女性差別や性的目的で近づく男性から身を守る為に、男装する女性も少なからずいる。

 だから、傭兵登録には性別記載が無い。

 だけど、私はそれだけの理由で男装しているわけでは無いから、まだ公表する事は出来ません。

 もしするとするならば、弟のギルミアが王位を継承した後です。

 何事も無ければ、一ヶ月後の誕生日に王位継承の儀が行われる。


「そうですね。でも、この旅の間は男性としてハルトさんと接したいので、それに傭兵仲間に今更、女性でしたと言うのは恥ずかしいものですよ。」

「それも、そうですね。」


 そして、エイルさんは無地の下着を選び私に見せる。

「じゃ、こっちの下着で良いですか?」

「はい。それを5枚、お願いします。」


「じゃあ、あとはわたしの下着もついでに買いますね。長期旅行になるなんて思って見なかったし、ハルトに買い物の成果を聞かれるかもしれないですからね。」

 楽しそうにエイルさんが下着を選んでいます。


「確かに、ハルトさんなら聞きそうですね。」


 だからとって、下着を見せるのはどうなのでしょう?

 それなら服の方が良いのでは?


「それなら、ドレスとかどうですか? さすがに下着を見せるのは…」

「え? だって、ハルトの戸惑う姿を見てみたいからですよ。あっ! じゃあ、さっきの黒のドレスの方が良いのか。ドレス姿みたいって言ってたし。」


 ハルトさん、そんな事を言ってたのですか…


「エイルさんは、ハルトさんの事を異性としてどう思っているのですか?」

「えっ?! 突然どうしたのですか?」

 そう逆に聞かれて、私はどうして聞いたのか考えてみた。


 エイルさんが、ハルトさんを弟のようだと言ってはいるけど、それとは違う好意を持っていると感じたから?

 今も、ハルトさんを女性として見させようとしているように感じたから?

 昨日の腕枕もそうだったし、ハルトさんとアイザさんの仲を気にしているようですし…


「いえ、弟のようだと言っても、ハルトさんは男性ですし、女性としてハルトさんの視線をどう思っているのかと思いまして。」


「ん~…胸とか見てますよね。」

 そう言ったエイルさんは嬉しそうに笑っていた。


「男性からの視線は、嫌というほど受けてきたけど、ハルトからの視線は嫌じゃないのよね。むしろ可愛いと思えるくらいかも…悪意が無いからなのかな?」


 それは認めます。

 ハルトさんって女性に対して免疫がないというか、弱いというか、襲われるような害を感じないのですよね。

 女性に興味はあるけど、自分から声をかけたりも出来ないようですし、異世界の常識がそういう世界なのでしょうか…

 普段から謙虚なのも、そういう事なのでしょうか。


「このままだと、ハルトさんはアイザさんの言いなりでは無いですが、悲しませない為に結婚しそうですよね。」

 私は、この旅の最後に来ると思われる状況を思い浮かべた。


「そうなりそうよね。でもそれがハルトらしいし、私は全然良いと思う。」


 エイルさんの笑みは変わらずに、本心から言っている言葉だと私は聞こえました。

 本当に姉としてハルトさんを見ているようでした。


「そうですね。その時は、笑顔で祝ってあげましょう。」


 私とエイルさんは、その状況になった時の、ハルトさんの戸惑う姿を想像し合い、笑い合いました。



「この後、どうしますか?」

 結局、私の下着以外に、黒のドレスと、それに合う下着も購入したエイルさんが訪ねました。


「そうですね。エイルさんが他に必要な物があれば、それを買いに行きましょう。実際、次の『バラージュ国』は治安が悪いと聞いてますから、この街である程度買い溜めしたほうがいいかもしれません。」


 『バラージュ国』は魔王島に一番近い国で、魔物や魔獣の種類と多さは段違いだと傭兵組合で聞いていた。

 なので、魔物討伐の多さで傭兵の数も多くなり、それに伴い、国が傭兵に支払う報酬の為の税金の徴収と、傭兵ありきの生活をしている国民達の立場は低い。

 これは皇女時代に教えられた話だった。


「じゃあ、旅用の服や靴。石鹸や香水なども買っておこうかな。好みのが無いかもしれないから。」

「それが良いですね。」


 私には無縁の香水…このまま胸が大きくなって、女性としての日々に戻ったとしても、香水をつける事は無いでしょう。

 汗の匂いを消せた事だけで、満足しなくてはなりません。


 ふと、ハルトさんが私の匂いを好きだと言ってくれた事を思い出しました。

 あの時は、本当に恥ずかしくて逃げ出したい程でしたけど…

 凄く嬉しそうに、匂いについて語るハルトさんに、少し救われた気がしました。


 自分のありのままを受け入れてくれる人が居た事。

 私の匂いを好きだと言ってくれた事。

 建前でも、社交辞令でもない、本当の言葉だった事。


 あの時からかもしれない。

 一緒に居たいと思ったのは…

 でも、あの後アイザさんがハルトに言った言葉はその通りだと思いました。

「匂いが好きとか、相手に言うのどうなのよ!」

 あの時の、ハルトさんの謝る姿は忘れられないですね。



「マイジュさん? 何か嬉しい事でもあったのですか?」

 エイルさんの覗き込む視線に、私が下を向いて笑っていた事に気付いた。

「いえ、なんでもないです。少し昔の事を思い出しただけですよ。」



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