魔王の娘です。 1
「ドン!」
僕はベットから伝わる振動で、眠りが浅くなっていた。
「あれ? 鍵外したのに、なんで?」
外から声が聞こえてくる?
僕はまだ、半分寝ている状態のままだった。
「ギィギィッ」
入り口の木の扉とベッドの枠が擦り合う音がしている。
「ちょっ、なんで開かないのよ。」
微かに開いた扉の向こうから、女の子の声が確かに聞こえてきた。
さすがに僕は目を覚ます。そして静かに、侵入を試みる誰かの様子を伺う。
「あっ、ベッドね。なんて用心深い勇者なのよ。これじゃ、入れないじゃない。」
ん? 勇者って言ったよね。
傭兵組合で知ったとかなら、勇者じゃないと知ってるはずだし…
僕は、時計を確認する。
深夜の1時を過ぎたところだった。
ゆっくりと起き上がり、ベッドに上に乗ったまま、扉に近づき、隙間から外を覗いてみる。
そこには、フード付の黒のコートを着ている、女の子が立っていた。
「あ! 居た。この卑怯者。ここを開けなさいよ!」
僕の視線に気付いた女の子が、扉をドンドンと叩く。
「えっと、夜遅いですし、回りのお客さんにも迷惑なので、明日にしてくれませんか?」
僕は、丁重にお断りの台詞を伝える。
「ふっざぁけぇないでよぉおお。」
扉を押しているのだろうか? 踏ん張っている声が聞こえた。
「なんで、魔王の娘が勇者の言うことを聞かないとならないのよ! いいから、ここをあけろぉおお。」
魔王の娘?
おいおい、そんな自己紹介をそこでしていいのかよっ!?
って心のツッコミが入る。
そして、勇者を譲った僕には、たぶん関係ない話になるだろうと思い、
「魔王の娘さんでしたか、それは失礼しました。ですが、僕は勇者じゃないんです。勇者は別の人が成りましたから。」
「そんな話がぁああ!しんじぃい、られるかぁああああ。」
まだ、諦めずに頑張って扉を押している魔王の娘さん。
なんか、可笑しくなってきた。
なんで魔王の娘が扉から入ろうとするの?
ぶち壊すとか、炎で燃やすとか、窓を蹴破るとか、しないの?
「えっと、魔王の娘さんですよね?」
「そだよ!」
「扉壊したり、窓から突撃侵入したりとか、火を放って燃やしたりとかしないの?」
「ちょっ! おまえ、なんて酷い事考えてるんだ。勇者ってほんと非道だなっ!」
なんか、心外な答えが返ってきたぞ。
「いやいや、魔王とか魔族ってそういう性格じゃないの?」
「んなわけあるかぁああ! 無関係な人間を巻き込むなんて、非道極まりないだろ。建物にしたって、ここはお前の家じゃないだろうぉお。」
あれ? この世界の魔王系っていい人系って設定なのか?
最近のアニメ傾向として、増えてきているジャンルです。
「そこで、騒いでるのって、他の宿泊客に迷惑かけてません?」
「だぁ~かぁ~らぁ~!開けろっていってんだろうが!」
「開けたら、僕はどうなります?」
「殺す!」
「帰れ!」
僕は即答する。
勇者として殺されるならまだしも、勇者じゃないのに殺される理由はない。
「じゃあ、勇者じゃない人間だったら、殺さないんだよね?」
「ああ、無関係な人間は殺したらダメだろ。」
「それじゃあ、僕が勇者じゃないと証明出来たら、このまま帰ってくださいよ。」
「分かった。一応話を聞いてやる。私も間違いで殺したくないし。」
やっと、扉を押す事を止めた魔王の娘さんに、僕はどうすれば証明出来るかを考えてみる。
「そもそも、どうして僕を勇者だと決めたの?」
扉の向こうから、落ちついた声が聞こえてくる。
「えっと、今日、城で勇者召喚されたってパパが言ってたから、急いで見に来たら、城から神官と、一緒に出てきた変な格好したやつがいたからな。ずっと見てたんだ。」
「それだけで?」
「勇者は異世界の人間だって聞いてたからな。変な格好してるって事は、そういうことだろ。あと、何も知らない田舎者感が、出てたからな。」
うわ…そんなの出てたのか。
僕は唐突な攻撃に、結構なダメージを受けた。
「今回、その神官の彼女が初めての勇者召喚をして、ちょっと失敗して、2名呼んでしまったんだよ。で、僕じゃなくて、もう一人の人が勇者になったの。だから、彼女は罪悪感から、僕に色々と面倒みてくれたの。」
うん、自分で言ってて、なんか寂しくなった。
「そもそも、見てたなら判るとおもうけど、なんで勇者が傭兵組合行って登録しなくちゃならないの? なんで城に帰らなくて、ここに独りで泊まってるの?」
扉の向こうは静かになり、無言の時間が少し流れる。
「そうですね。ごめんなさい。」
おっ! 理解も早いし、素直に謝ってくれた。結構いい子じゃないか。
「分かってくれてありがとう。それじゃ、そういう事で、お引取りください。」
「はい。ご迷惑をお掛けしました。」
隙間が開いていた扉が、静かに閉まる。
廊下を歩く音が小さく消えていくのを確認した僕は、もう一度鍵を掛けて、ベットに戻った。
はぁあ…いきなり魔王の娘って…
だけど、この世界の魔王は残虐非道な化け物って事じゃなさそうだ。
勇者か~なんか色々とありそうだなぁ。
勇者に、ならなくて正解だったかも。
なにか外が騒がしくなってきた。なんだろ?
窓の扉を開けてみるが、向かいの建物で何も判らないから、音と叫び声を頼りに、何が起きているのかを探る。
そして理解したのは、城の周辺の森が燃えて、城をドラゴンが襲っている。って事らしい。
まさか、さっきの女の子の仕業?
僕は、ブレザーに急いで着替え、リュックを背負って慌しくなった宿を飛び出した。
城が見える通りまで出ると、森は炎を上げて、城の上空に赤いドラゴンが火を吐きながら暴れているのが見えた。
うわ! 凄いな。映画みたいだ。
僕は、ラニューラさんが心配になり、城に向かって走り出す。
鎧を着た人達も、武器を持って城に向かっている。
丁度、ラニューラさんと別れた場所に、見たことのあるコート姿の人物が立っているのに僕は気付く。
「おい! こんな所で何をしている?」
僕は少し乱暴に肩を掴み、振り向かせる。
そう、魔王の娘さんだった。
フードを被ったまま、僕を見る少女の顔は、今にも泣きそうだった。
「どうした? 何かあったのか?」
僕だと気付いた少女は、時が動き出したように、涙を流す。
「ドドちゃんが…ドドちゃんが…」
ドドちゃん? たぶん、赤いドラゴンの事だろうと推測した。
「あのドラゴンの事か?」
頷く少女は言葉を続けて、
「街の外で待っててって、言ってたのに、お腹空いたって、怒って城を襲ってるの。」
はい?
え?
どゆこと?
「なんで、お腹空いたら城襲うんだ?」
「ドドちゃんは、鎧着た人間が大好物なの。」
ああ~それで、街の人を襲わなかったのね。ってなんでだよ!
だめだ、想定の斜め上すぎて、僕の思考もおかしくなっている。
僕は冷静になる為に、大きく深呼吸をした。
「ちょっと、冷静に話そう。」
少女が泣き止むのを待って、僕は、人が居ない場所に少女を連れていく。
「あのドラゴンは君のだよね? 言う事聞かないの?」
僕達は、小声で会話を続けた。
「ううん。ここまで来るのに、乗せて貰ったの。勇者殺したら、すぐ帰るつもりだったから、街の外で待ってもらってたんだけど、遅くなりすぎて、怒っちゃって…」
なるほど、タクシー代わりに頼んだって事か。
「じゃあ、今から止めさせる、事が出来ないから泣いていたのか…」
「うん。」
「お腹一杯になれば、収まるかな?」
「たぶん…」
「じゃあ、それまで待ってようか。」
って、それでいいのか俺!?
現実問題、僕にはどうする事も出来ないだろうし、少女も、不本意の結果だし、被害も城だけで済みそうだし、天災みたいな物だしな。
そういう事です。
ラニューラさんだけが心配だったけど、それはもう、運を神に任せるしかなく、祈るだけしか今の僕には出来なかった。
が、状況が一変する。
勇者が現れたのだ。
そういや、お兄さんが居たね。勇者としての見せ場だねこれ。
遠目なので、はっきりとは見えていないけど、空を飛ぶドラゴンに光を放ちながら飛んでいく人型は、誰もが勇者だと判る。
叫んでるしね。
「俺の名はソウジ!勇者ソウジだぁあ!」
自分だったら、そんな台詞は死んでも言わない。
勇者パーティーの人達だろうか?
魔法攻撃や、勇者を支援するような動きをしている数人の人達と連携を取りながら、ドラゴンを痛めつけていく。
まだ初日なのに、凄いと関心していると、隣の魔王の娘から、もの凄い殺気を感じた。
「いや、ここは我慢しようよ。独りで行ったら、君が死んじゃうよ?」
「ドドちゃんが居る! ドドちゃんを助けないと。」
また涙を流し始めた少女を、僕は抱きしめて動きを封じる。
「だめだ! もう、手遅れだよ。」
城を襲っていた赤い竜は、地面に落とされて集中攻撃を受けていた。
そして、断末魔の叫びのような咆哮を最後に動かなくなる。
僕はその間、震えている少女を放さないようにずっと抱きしめていた。
「ドドちゃん…ごめん。ごめんなさい。」
落ち着いた少女から僕は腕を離して、頭を撫でる。
「うん、頑張ったよ。よく我慢したね。」
「どうしよう…」
「ん? なにが?」
「家に帰れなくなった…」
「あっ! そうだった。ドドちゃんに乗って来てたんだよね。」
「どうしよう…」
また、泣きそうになる少女を、僕は見捨てる事など出来ない。
例え、魔王の娘でも、この子は悪い子じゃないし。
「取り合えず、僕の泊まってる宿に戻る? 戻る方法を一緒に考えようよ。」
「うん、ありがとう。」
僕は手を差し出す。
「僕はハルト、歳は18歳。勇者を譲った異世界人。よろしく。」
僕の手を握る少女。
「私は、魔王の娘。アイザリトシアン・ベルフォーランド。歳は152歳。よろしくね。」
「え? 152? めっちゃ年上じゃないか。っとアイザリ…」
「アイザでいいわよ。人間の寿命が100なら、私達は1000年なの。」
「なるほど、だから見た目が女の子なのか。」
僕は、まだざわついている城門が気になっていた。
「ごめん、アイザ。ちょっとここで待っててくれないかな。今日、世話になった神官の事が気掛かりなんだ。」
「すぐ戻って来てよ。独りじゃ…」
それ以上の言葉は恥ずかしいのか、黙って僕から視線を外すアイザ。
「ああ、判ってる。すぐ戻るから。」
そう言った僕は、全力で山道を駆け上がる。
めっちゃ速いんですけど!
明らかに、流れる景色が違うんですけど!
まだ全力を出し切ってない僕の走る速度は、片道20分の徒歩の道を3分もかからなかった。
「わぁっ! とっっと、っつ。」
僕は車が急ブレーキを掛けて停まるような砂煙を上げながら、城門の手前に着く。
常人離れした僕の行動に、周囲の目が刺さるが、それ以上の関わりをする人は居ない。
勇者になったお兄さんの姿は、全身を覆う銀の鎧でちょっとカッコイイと思った。
まあ、向こうは僕に気付いてないようだったので、門番をしていた守衛さんの所に顔を出す。
「守衛さん達、無事だったのですね。良かった。」
「おお、君か。ああ、死ぬかと諦めそうになったけどな、命拾いしたわ。なんだ、心配で見に来てくれたのか?」
「あっはい。えっと、それと、ラニューラさんは?」
「なんだ、そっちが本命か。」
守衛のおじさんは、笑いながら答えてくれた。
「無事だよ。ほら、あそこに居るぞ。」
おじさんが、門の中で負傷している兵士達を忙しく診ている彼女を指差す。
「良かった。」
「声かけていくか?」
「いえ、無事ならそれでいいですので。忙しそうですしね。」
「そっか、君がそれで良いなら。」
「じゃ、僕は人を待たせているので街に戻ります。」
僕は忙しく人を助けている彼女をもう一度、目に焼き付けて、その場から静かに離れた。
少し城から離れるまでは、常人らしい速度で走り、人がいなくなったのを見計らって、今度は全力で走ってみた。
なんだこれ。すっごく楽しい!
流れる景色は残像になって、視野は前方のみ、空気の音が世界を遮断している。
2分ほどで、僕はアイザが待っている林に着いた。
「おまたせ、アイザ。」
「おかえり。」
アイザの機嫌は、さっきよりは良くなっているみたいで、落ち着いているよう見えた。
「それじゃあ、宿に戻ろうか。」
「そうなんだけど…お腹空いた。」
僕の服の端を掴む女の子に、そんな事言われたら、即答ですよね。
「何食べる? 好きなの食べに行こう。」
時刻は朝の2時過ぎだけど、街の灯りは消えてなかった。
都会の街は、世界が違っても一緒って事です。
フードを下ろしたアイザは、思ったとおりの黒髪の可愛い女の子だった。
「アイザ、どの店にする?」
「判らない。私、字読めないし。人間の世界も始めてだし。」
僕の思考が一瞬止まる。
「え? まじで?」
「まじめよ?」
多少なりとも、アイザの知識を期待していた僕は、落胆の顔を見せていた。
「なに? 何か問題あるの?」
「いや、僕も異世界から初日だから、文字読めない。」
「だから? 人間に聞けばいいんじゃないの?」
アイザの答えは当然だった。
そうだよ。なにも問題ないじゃないか。
「だよね。聞けばいいだけの話だった。」
「ほんと、しっかりしてよね。」
ごもっともなんだけど、なんかアイザに言われるのは、腹が立つぞ。
僕は人で賑わっている店を選んで、適当な席にアイザと座る。
飲食店のルールと、ある程度の料理名は夕方に学んでいた。
テーブルに置かれたメニュー表には、料理名と金額が書いてあり、料理名は読めないけど、こっちの銅貨・銀版・銀貨・金貨の文字と、パンとかライスとか基本的な文字などは、メモ帳に写してある。
僕は注文を聞きに来た店員に、
「果実ジュースで、お勧めはありますか?」
「はい。今の季節だと、梨の炭酸がお勧めです。」
「じゃあ、それを二つお願いします。あとは、肉料理と魚料理のお勧めありますか?」
僕はメニュー帳を開いた状態で店員に見せると、
「こちらと、こちらがお勧めです。」
よし! 上手くいった。
僕は、指された場所の金額を確かめながら頷く。
「じゃ、ライス二人分と、それでお願いします。」
運ばれて来た料理は、焼肉の野菜入り炒め。青魚1本揚げの野菜あんかけ。って感じだった。
「どう? これで足りる?」
「うん。足りるかも。」
それぞれの料理を半分ずつ取り分ける。
美味しそうに食べるアイザを見ながら、僕も料理に手を伸ばす。
「アイザ、野菜も食べなさいって言われてなかったの?」
「うっぅ…」
アイザのフォークが止まる。
「だって、美味しくないんだよ。」
「じゃあ、一口だけでも食べて欲しいな。そしたら後は僕が食べるから。」
頑張って野菜を一口食べたアイザを、僕は褒める。
素直な笑顔って凄いな。ほんと、凄いな。
宿の部屋に戻った僕は、アイザと狭い部屋で、ベットを椅子代わりにして座る。
「さて、この世界の事をほぼ、知らないだろう二人で何を話そう!」
「何その言い方。」
「色々と浅はかだったと、僕は反省しているところです。まさか、アイザも無知だったとは…」
「失礼ね。私の住んでいる所は、文字なんて必要ないの。」
「じゃあ、聞くけど。自分の住んでいる場所の名前は?」
「ないわよ。」
「場所は? 地図は読めるの? どうやって人に聞くの?」
「は? そんなの『魔王の住んでいる場所ってどこ?』でいいでしょ!」
「あ…」
「ばっかじゃないの!」
ぐうの音も出ない。
そうだよ、こいつは魔王の娘だったんだよ。あまりに言動があれだったから忘れてたんだよ”!
僕は、アイザにこのまま負けるのが嫌だった。
「アイザが可愛いくて、素直な子だから、魔王の娘って忘れてたんだよ。」
「なぁあっ! 何いってるのよ。」
顔が赤くなっているのを僕は見逃さない。
よし! 形勢的に優位に立ったんじゃないか?
僕は、恥ずかしくて、人生で一度も言った事ないセリフを追加する。
「アイザの笑顔はもっと可愛い。」
僕は、恥ずかしさを我慢しながら、笑みを作る。
「あっ…ありがとう。家族以外で言われたの初めてだから…暑いわね。」
アイザがコートを脱ぐと、可愛い顔には似合わない素肌が露になっているエロい姿を見せる。
「ちょっ、どうしたの? 服は?」
「着てるわよ。ママが『魔王の娘らしい服』って作ってくれたのよ。」
黒い水着か下着にしか見えない。
確かに今の姿からは、『魔王の娘』か『サキュバス』の2択になるな、絶対に。
「それで、コートを着てたのか。」
「目立つし、恥ずかしいじゃない。」
恥ずかしいって感情は、ちゃんとあるのか。
「僕には恥ずかしくないの?」
「かわいいって言ってくれたから、ちょっと恥ずかしいけど、暑いんだからしょうがないのよ。」
僕はリュックからジャージの上着を取り出し、アイザに渡す。
「これを羽織るといいよ。そのコートで昼は、流石に暑いだろうし。」
身長が僕よりだいぶ低いアイザには、お尻の下まで丁度隠れていい感じだった。
学校指定のジャージは白に紺のラインが入ったやつ。
入学当初から思っていた事がある。
可愛い女の子が着ている姿は、さらに可愛く見える。
アイザの姿に満足したけど、さすがにこの格好も目立ちそうだった。
「服も買い揃えないとか。」
アイザが嬉しそうに聞き返す。
「え! いいの?」
「季節感ないコートを着た女の子を連れている僕が、怪しい人に見られるから。」
「ああぁ…。」
「だろ!」
二人で笑い合った。