古都『ノワロ』 1
「すみません。ワインを1本追加で、それとオードブルも5種類ほどお願いします。」
『ロドリーサの幻夜蝶』を存分に堪能した僕は今、部屋でマイジュさんとエイルさんの晩酌に付き合っています。
アイザもさっきまで居たのだけど、眠そうだったので部屋に運んで寝かしつけました。
部屋専属の執事さんに追加注文を済ませた僕は、リビングから冷たい水を持ってきて席に戻る。
「僕はこれ以上飲むと、気持ち悪くなりそうなので冷水で付き合います。」
「まあ、仕方が無いわね。許してあげる。」
エイルさん、目が半分据わってます。
「で、アイザさんとは、どういう関係なのよ! 本当は付き合ってるんじゃないの!」
絡んで来ました…
「いや、本当に護衛役として一緒にいるだけですって。まあ、アイザが家族だと言って、慕ってくれてるのは確かだし、僕も妹みたいに思ってるから、そう見えますが、付き合っては無いです。」
「ほんとぉうにぃ~?」
執事さんがオードブルを持って来たので、静かになって食べ始めたエイルさんは、グラスのワインを飲み干して『注げ!』と、いう感じに突き出した。
僕はグラスにワインを注ぎながらマイジュさんに助けを求める。
「まあ腕枕はどうかと思いますけど、愛情表現として見るのか、家族のスキンシップとして見るのかで違いますね。ですが…あれは腕枕ではなく、抱き寄せですけどね。」
「でしょ! ハルトから抱き寄せてたわよね。」
マイジュさんに助けを求めたら、二人からの追い討ちになりました…
「いや、腕枕って初めてだったから、腕が痛かったのですよ。だから痛くない肩にして貰っただけですから! マイジュさんもエイルさんも腕枕の経験って無いのですか?」
「あるわけないでしょ!」
「私もありませんよ。」
「じゃあ、試しに腕枕してみてくださいよ。痛くて、我慢しようものなら絶対、痺れますから!」
と、自分でも何を言っているのか判らない発言で、エイルさんの火に油を注いだようで、
「判ったわ! ちょっとリビングに来なさい。」
え? 僕が行くの?
あれ? この流れで言ったら…マイジュさんがエイルさんを腕枕するのでは?
「いや、僕がエイルさんを腕枕するのは違うのでは?」
目が据わっているエイルさんの口から出た言葉は、僕の予想の軽く超えていました。
「何言ってるの。私がハルトを腕枕するのよ!」
えぇ…
僕は、救いの目をマイジュさんに向けると、『諦めろ。』と目で返ってきました…
「まあ、まだ晩酌中だし後にしましょうよ。食事中に席を立つのはマナー的にあれですし。」
僕は、時間を稼いで忘れさせる作戦を思い付きました。
「そうね。まだ飲み足らないし、後で良いわよ。」
よし! あとは話題を変えて、忘れさせれば完璧だ。
「マイジュさんは明日、デバルドさんの娘さんの結婚披露宴を見に行くのですよね。エイルさんは、僕とアイザと昼を過ぎた頃から神殿を見に行くので、良かったですよね。」
「ええ、お母様も見に行ってたみたいだからね。」
あの貴族達の団体旅行の一番の理由は、デバルドさんの娘さんの結婚披露宴の招待者で、娘さんの学友達でした。
なにかと遭遇する貴族の男性は、婿入りする新郎の友人だそうです。
デバルドさんが、その話を僕達にした本当の理由は、 イデリアス・サイズン伯爵に、是非、孫の祝いの席に来て欲しいとの誘いでした。
だけど、面識ない僕が顔を出すのは場違いなので断りました。
でも、マイジュさんはデバルドさんに世話になった事もあるので結婚式だけ見に行くことになったのです。
そもそも、こっちの結婚式って僕の思ってるのと違うかも知れないし、失礼な行動をしてしまう可能性もあるわけで…
怖くて行けません。
「そういえば、マイジュさんとエイルさんは、どんな人と結婚したいのですか?」
二人とも、ワインを溢しそうなほど、うろたえてました。
「なぜ、その話になるのですか?」
あの貴族の男で思い出した事でした。
「ロドリーサの所で揉めてた女性が、自分を幸せにする人を選んでたみたいじゃないですか? あれって、金銭的に裕福な生活を選んだって事なのかなって。で、あの貴族は、好きな女性よりも、好いてくれる女性を大切にするような事を言っていたような気がして。」
「なるほど。そうですね…」
マイジュさんはワインを一口飲んで、考え込んでいた。
「私は、背中を預けられる相手が良いですね。」
どこの主人公ですか! まさか、そんなセリフを聞けるとは!
「エイルさんは?」
僕は真面目に答えたマイジュさんにカッコいい主人公像を感じつつ、エイルさんに移した。
「そうね…裕福な生活も大事だと思うけど、やっぱり好きになった人を幸せにしたいかな。もちろん相手も、同じくらい私を幸せにする努力をしてくれる人ね。」
やっぱり、それだよねぇ~
お互いが好きになって、一緒に幸せを作っていく。
それが結婚の理想だよね。
「僕も、エイルさんと同じですね。」
「それって、私のは駄目って事ですか?」
あっ、今度はマイジュさんが絡んできた…
これ、両方立てないと駄目なやつだったぁあー
「いえ、マイジュさんのも憧れますけど、実際に同等の力を持った異性ってそんなにいないじゃないですか。…ん? あれ? エイルさんみたいな人でいいのか。」
ようは、パーティー組んで信頼出来る相手って事だし、傭兵業界なら結構いるのかも。
「みたいって何よ!」
エイルさんが僕を睨んでいます。
またやってしまったぁー!
これは話題を間違えた僕のミスです。はい…
「言葉を間違えました、すみません。エイルさんのように魔法士としても信頼出来る人なら、結婚相手として申し分ないって事です。」
「えっ…そう? そうよね。私だったら、ハルトの背中くらい守れるからね。」
機嫌が直ったエイルさんに、僕はワインを注ぎなおす。
「もう、そろそろ寝る時間なので、お開きにしましょうか。」
調理室にいる料理人と執事さんは、僕達の食事が終わるまでは帰れないので、ずっと気になっていたのです。
「そうですね。寝過ごさないようにしないとですからね。」
マイジュさんの言葉に、エイルさんが納得するかたちで晩酌の時間は終わりました。
執事さん達が部屋から出て行くのを見届けてから、リビングに戻る僕達。
「じゃ、おやすみなさいです。」
「ハルト、待ちなさい。」
エイルさんは忘れていなかったようです…
翌朝、エイルさんは何も無かったように、いつも通りでした。
リビングで僕を腕枕した時、腕が痛いと言って結局僕を抱き寄せて納得した後、エイルさんはそのまま寝てしまいました。
マイジュさんが呆れてましたけど、エイルさんを寝室に運んでくれました。
昨日の事、覚えてないのかな?
でもアイザが隣にいるし、腕枕の事は聞けないです。
まあ、普段どおりだし、下手に思い出すよりはいいと僕は判断して、腕枕の事は聞かない事にしました。
朝食を済ませた僕達はマイジュさんを見送った後、2度寝に戻るアイザと分かれてリビングでエイルさんと過ごす事になりました。
「神殿って古代遺跡なんですよね?」
「ええ。『フォロニア遺跡』って言って数千年前の文明の遺跡らしく、女神アリシュの石像があるらしいわよ。」
エイルさんの話では、水の女神アリシュが祭られている神殿で、水の神星魔法に関する伝承があるらしく、今も研究されているということです。
「はっきり言うわね。アイザさんが神星魔法を使っている事って、とんでもない事なのよ。」
「そうなのですか?」
「ハルトは異世界人だから知らないけど、神星魔法って誰も使えないの。その存在は知られているけど、ファルザ公国の魔法学院ですら、お手上げ状態なの。」
僕はアイザの魔法の凄さと、希少どころじゃない魔法だったことに驚く。
「もし、アイザさんの存在が世界に知れ渡ると、彼女を拉致しようとする人は必ずいるわよ。だからハルト、ちゃんと守りなさいよ。」
僕は今まで以上の警戒心と、アイザの魔法に頼らない覚悟を胸に、「はい。」とエイルさんに答えました。
アイザとエイルさんと3人で、白馬車に乗って『フォロニア遺跡』にやってきました。
見た目はギリシャの神殿のように、白い石で出来た大きな建物でした。
その建物の中に入ると、神殿の高さの半分くらいある大きな女神アリシュの石像がありました。
「すごい大きい。これを昔の人は作ったのですか?」
「そうみたいですね。 この街が出来る前からこの神殿と石像はあったみたいですから。」
エイルさんが、観光客用のパンフレットみたいな紙を見ながら教えてくれています。
「これが、水の女神アリシュ様なのね。」
アイザが興味を示しているけど、神星魔法に関することを発言しないように釘を刺していたので、それ以上の言葉は無かった。
どこで誰が聞いているか判らないからね。
「ちょっと、祈りを捧げてくる。」
アイザが、ゆっくりとした動作で石像に向かって歩き出したので僕は一緒に付いていく。
そして、正面の位置に着いたら、頭を上げて両手を差し出すように伸ばし、聞いた事のない言葉を小さく唱えている。
「さきほどは、素晴らしい祈りでしたね。その若さで正式な参拝を行えるなんて、感心しました。」
僕達が神殿から出ようとしたところに、白いローブ姿の神官らしい制服を着た60代くらいの男性が声を掛けてきました。
僕は、少し警戒心を見せていたようで、
「失礼しました、私はここの神官長を勤めているデネジと申します。」
僕達は足を止めてお辞儀を返す。
「形だけの作法なら、私の部下達は数日で覚えることは出来ますが、そちらのお嬢さんのように古代語での祈りを正確に言えるまでには数ヶ月はかかります。なので、興味本位という気持ちで声をかけさせてもらいました。」
「私のお母様から教わりました。神に感謝する言葉だから覚えなさいと。」
アイザの言葉は本当の事みたいで、嘘を言っているようには聞こえなかった。
「そうですか。それは素晴らしいお母様ですね。奇跡を願う為ではなく、ただ感謝を表すために祈りを捧げる。本来、それが善であり。真なのです。」
素性を聞かれたので、タライアス王国からの旅行者だと伝えると「良き旅になることをでしょう。」と見送られました。
それにしても、声なんて聞こえないはずなのに、なんで判ったのだろう…
時刻は14時半を過ぎた頃だったので、マイジュさんがいる大聖堂を覗いてみることにしました。
時間的には、すでに式は終わっているはずです。
大聖堂も観光名所として人気があると言っていました。
この街を建設し始めた頃に建てた聖堂で、役所的な施設も一緒になっていたので、外見は宮殿らしいです。
今は、結婚式と披露宴の会場。そして観光名所として使われています。
白馬車が大聖堂付近の街道で停止する。
「なんだろう?」
僕は馬車の扉を開けて外に出ると、前方の建物の塀から、何か炎のようなものが見えていた。
まだ距離はあるけど、悲鳴のような声も微かに聞こえる。
「お客様、避難したほうが良さそうです。」
白馬車の騎手さんが馬をUターンさせる準備を始めていた。
「そうですね。まだ距離はあるけど、僕達はここで降ります。アイザ、エイルさん良いですか?」
頷く二人が馬車から降りる。
「エイルさん。アイザをお願いします。」
「駄目よ! 私が行くから、ハルトはアイザさんを守りなさい。」
走り出そうとした僕の腕を、エイルさんが掴んでいた。
「誰かが戦っているようだし、ハルトが前に出る必要ないでしょ。私が見てくるから。」
エイルさんの言うとおりだった。
たぶん、あの塀で囲まれた中が大聖堂なのだろう。そこから何かが外に出ることはなく、中で暴れているようだった。
「はい。エイルさん気をつけてください。僕とアイザは後から行きます。」
「任せて!」
エイルさんの疾走する姿を見送った僕はアイザと並んで歩く事にした。




