ロドリーサの幻夜蝶 1
助けた貴族達は、無事に『ラッツ』に到着していました。
僕達が渓谷を出発した数分後にすれ違った、『タラス』行きの定期便を護衛していたリビエート兵の数人が、貴族達の事情を聞いて護衛に付いた事を『ラッツ』の傭兵組合所で聞きました。
マイジュさんが4人のネームプレートを受付のカウンターに置き、「盗賊に襲われて死んでいた。」と伝えると、「分かりました。」と言ってプレートを受け取った。
事務的な会話。これも日常的なのだろう…
そして、契約通りに金貨45枚がマイジュさんに支払われて、オルザとカルザの懸賞金を合わせた金貨105枚を受け取る。
今回はマイジュさんと僕との、二人の手柄って事になりました。
そして残念な事に…
助けた貴族の中に元騎士の執事がいて、僕がオルザさんと対等に戦っていた事を証言した事で、ランクがBになりました。
これで、緊急クエスト的な依頼が発生したら、ほぼ強制的に参加しなくてはなりません。
例え、誰かの護衛任務中だとしてもです。
まあ、断った時のペナルティーは金貨10枚程度の罰金だけなので、今の僕にはそれほど痛くはないですけどね。
だけど、普通の傭兵だと、これは痛い。どう考えても理不尽なルールな気がします。
マイジュさんが金貨の入った袋を『インベントリ』に入れると、声をかけられています。
ここでもマイジュさんは有名人的な扱いを受けていたけど、それ以上に僕達に向けられた視線の方が痛いくらいに刺さっていた。
黒髪の少女メイドに、銀髪で美人の女性に、執事服を着た子供のような傭兵が一緒にいるのだから仕方がないけどね…
傭兵組合から出た僕達は、宿屋に入る前に洋服店に寄り、僕とアイザの服をクリーニングに出していた。
「私も、メイド服って似合うかな?」
一緒に店内に入って来たエイルさんが、興味深くメイド服を見ています。
「もちろん、似合うと思ういますよ。」
僕は、メイド服を着ているお姉さん系の画像を思い出していた。
そして、ライエさんの姿が最後に現れました。
いや…もう否定は出来ません。はい、すみませんでした!
「でも、無駄遣いは出来ないわよね。」
今回の金貨105枚の報酬は4人で公平に分けました。みんな活躍したからね。
と言っても、余った金貨1枚は騎手をしてくれているマイジュさんに進呈したので、一人の取り分は金貨26枚です。
「そうですね。それに、エイルさんはメイド服より、ドレスの方が似合うと思いますよ。」
今は、一般的な庶民が着ているような旅服の姿だけど、宿で着ていたドレス姿を思い出す。
あれよりも、もっと本格的な、パーティー用のドレス姿を見てみたいです。
こう…胸元とか背中とか!
あっ、またそっちの方向の画像が出てきた。はぁ、俺ってやつは…
「ドレスは結構持ってるのよね。旅行には邪魔だと思ったから持って来なかったけど」
「そうなんですか。じゃあ、メイド服だと尚更邪魔になりそうですよね。」
ドレスより断然、メイド服の方が生地の量も多いし、フリル沢山付いてるからね。
「それは、ハルトに預かって貰うから大丈夫。」
そこはマイジュさんでも良いので? と思ったけど、
「まあ、僕は構いませんよ。」
正直、エイルさんのメイド服姿も見てみたいと思ってたりします。
で結局、今から買うことになったので、外で待っているマイジュさんに話をしてから、試着する事になりました。
「エイルさん、凄く似合ってますよ。」
エイルさんが選んだ服は、ドレス風の黒に、白のフリルが沢山付いていて、胸元が開いていた。
そういうデザインなのかしれないけど、普段より胸が大きく見えてます。目が離せません!
「ふぅ~ん。ハルトってメイド服着てたら誰でもいいのね。」
僕の隣で、試着に付き合っているアイザの言葉が胸に刺さりました。
確かにそうかもしれない…
だけど、僕は学校の文化祭の事を思い出す。
「いや! それは違うよ。アイザみたいに可愛い子や、エイルさんみたいに綺麗な女性だから、凄く似合ってるって話だからね。普通の人には、似合ってるだけになるから!」
そうでない人の事もちゃんとフォローしてこその、紳士的態度です。
実際、似合わない人も居るわけですよ。だけどそれを口に出したら駄目です。
女性を敵にまわしたら・・・恐ろしい仕打ちが帰ってくるのだから…
エイルさんの買ったメイド服は、衣装ケースにいれて僕の『インベントリ』に入れた。
クリーニングの仕上がりが明日の昼12時なので、この街には2泊することにしました。
まあ、次の街『ノワロ』までは3時間なので、それから出発しても良いのだけど、この街に泊まる理由は別にあります。
宿でチェックインを済ませた僕達は、夕食を4人一緒のテーブルに着き、明日の話題をしました。
「僕は、観光地になっているカシュラの酒造農園に行こうと思ってます。」
「じゃあ、私もそれに付き合うわ。」
エイルさんの同行意思に僕は「はい。」と返事を返すと「私も行きますよ。」とマイジュさん。
まあ、二人の飲みっぷりから、想定はしていましたけどね。
今も、ガッツリ飲んでいます。
そんな二人を置いて、僕とアイザは先に部屋に戻ります。
部屋に戻るなり、来ていた服を脱いだアイザが下着姿でベットに入る。
宿服として買った服はワンピースのドレスだったので、背中のファスナーを外す事なく頭から脱いでいたので、僕の手助けは要りません。
脱いだ服を僕がハンガーに掛けて干すのは、変わらないけどね。
酒造農園は、宿からタクシー代わりの白馬車に乗って20分ほどの所にあった。
朝10時からの、のんびり観光です。
今日のマイジュさんは、宿で着ているスーツ姿です。そしてエイルさんは早速のメイド服を着ています。
なので、マイジュさんが主人で執事1名とメイドが2名の構図になりました。
ご主人様! とか言って笑いを取るべきなのか悩んだけど、そういう冗談を言うほどの仲でもないし、そもそも、僕がそういうキャラじゃないからね。
それにしても、エイルさんがエロい…
そんな目で見ては駄目なのは判っているのだけど、視線を外せません。
「今日はアイザの好きな『カシュラ』を色々買う予定だから。」
僕は自分の思考をエイルさんから無理やり剥がす為の会話を始める。
「カシュラは、熟成期間で味が変わるらしいから、楽しみだよね。」
「そうね。お母様やお父様に良いお土産になるわね。」
アイザは僕と二人きりの時と、外にいる時の態度が変わります。
今も、その状態だと思いたいのだけど…目が怖いのです。
うん。今日は、アイザだけを見る努力を頑張ります!
酒造農園に着いた僕たちは、他の観光客に混じって見学コースを回っていく。
『カシュラ』の原材料のカシュラミネスの果実は青りんごのような姿をしていた。
熟すと黄金色に変わり、果物として食されるが、その状態からはお酒にする事は出来ない。
その黄金色に熟した果実を試食で食べさせてもらったら、桃のような味でした。
これはこれで美味しい。
青い状態のまま、巨大な木の樽で1年寝かせると『カシュラ』になるけど、3年・5年と期間が長くなると甘みとアルコール度数が上がるので、好みの味を探すといいみたいです。
ちなみに、5年以上寝かしつけても、味の変化が舌で判断出来ないレベルらしく、最長でも5年になっている。
あと、樽の素材で味が変わる事も知りました。
そして最後は、もちろん試飲です。
マイジュさんとエイルさんは、その二人の姿から、ずっと注目の的でした。
もちろんアイザも負けてはいません。
そんな僕達が試飲を楽しんでいる時、声をかけられました。
「みなさん、先日はありがとうございました。」
声をかけて来たのは20代の男性でした。
マイジュさんほどの美男子ではなかったけど、人気俳優くらいの美形な顔立ちだった。
周りにいる4名の女性は、従者に見えなかったから恋人なのだろうか?
他の観光客の事を気にかけていなかったから気付かなかったけど、昨日の盗賊に襲われていた貴族の中にいた人だった。
マイジュさんが、社交辞令的な返事を返している。
そして案の定、次の街『ノワロ』までの護衛依頼を持ち掛けてきました。
「ハルトさん、どうしますか?」
マイジュさんが、僕がこの旅行の主導権を持っている人物だと伝えたら、相手の男性は怪訝な顔をしてました。
まあ、当然の反応なのだけど、ポーカーフェイスくらい身に着けた方が良いのでは? と要らない心配をしてしまった。
「お断りします。」
相手が男性だからではないですよ。もちろん、気に入らないからでもないです。
僕達にしか頼めない内容じゃない事。僕達以外に依頼すれば済む話だったからです。
僕はその事を、相手の男性に伝えてました。
「そうですか。残念です。」
と言った貴族の男の顔は、誰が見ても不機嫌だった。
まあ、ここまで表情を隠せない人は、ある意味、信用できるタイプだよね。
仕方がないです。
「僕達は明日の…そうですね、朝10時にノワロに向かって出発します。もし道中で見かけたら気にはかけると思います。そちらは『ロドリーサの幻夜蝶』の観光でしたよね。お互いに良い旅行になると良いですね。」
『ロドリーサの幻夜蝶』
助けた貴族達の旅の理由だったそれは、僕達も事前に聞いていた。
温泉宿『イストエトリア』の初日の夕食時です。
僕達が魔王島の観覧目的だと話した時、この街の次の『ノワロ』には、この季節だけの観光名所がある事を教えて貰いました。
ロドリーサという希少な樹木が、その土地だけに生えていて、花を咲かせるのが2週間ほど。
その花の散り方がまた特殊で、必ず深夜に起こり、空を飛んでいく。
その空を舞う花ビラの姿が蝶のように見える事から、『ロドリーサの幻夜蝶』と呼ばれるようになった。
「ああ。お互いの旅が、良き旅になる事を願いましょう。」
貴族の男性が持っていたグラスを少し掲げての挨拶をしたので、僕達もグラスを上げて返した。
「また、面倒事に巻き込んでしまいましたね。すみません。」
大量の『カシュラ』を買い込んだ後、白馬車で街に戻る馬車の中で、僕はみんなに謝った。
「まあ、ハルトさんの性格なのでしょうね。続けて盗賊に襲われるなんて事は滅多に無いですから、私は構いませんよ。」
マイジュさんはいつも通りの笑顔で笑っていた。
こういうのが、イケメン! って事なんだろうな~。
「なるほどね。そうやってハルトは人助けをしていたのね。私も全然問題ないわよ。」
エイルさんには、感心されてしまいました。
いや、参考にならないですから…
「ハルトの一番が私だったら、別に気にしてないから。」
もちろん! アイザが一番です!
僕は改めて「ありがとう。」と3人に返した。
翌朝、僕達は宣言どおりの時間に『ラッツ』を出発すると、町の外に並んで止まっている馬車の列が見えた。
今日の僕はマイジュさんの隣の騎手席に座ってます。
実質、護衛する事にしてしまった僕のささやかな誠意。じゃなくて、もしもの時に僕が一番に動く為の心持ちからの行動です。
僕達は、彼らの後ろを少し離れて付いていくつもりだったので、町を出たすぐに馬車を止めると、新しく雇ったと思われる護衛者達の一人が馬に跨ったまま近付いてくる。
僕はその鎧姿の男性を知っていた。
「デバルドさんじゃないですか! お久しぶりです。」
「ああ、ハルト君もマイジュも元気そうだな。」
僕達を挨拶を交わしたデバルドさんは、前に待機している馬車に向かって手を振る。
すると、馬車が動き出したので、僕達も出発する。
デバルドさんは僕達の隣を並走する形で、経緯を話し始めた。
デバルドさんは、この辺りの街を管轄している領主の娘さんと結婚して『ノワロ』に家族と住んでいる。
で、デバルドさんの娘さんの友人(前を走る貴族の中にいる)が賊に襲われ、護衛が全滅した事を昨日の昼に聞いたのこと。
あの時にいた元騎士の執事さんが、一人で『ノワロ』に向かってデバルドさん宅に護衛の救援要請に向かったのが本当の理由だったけど、その時に僕達の事を知ったデバルドさんが、名乗りを上げたという事です。
今は、ロドリーサの周辺の警備仕事をしていて忙しいのだけど、イザルさんに任せてきたらしいです。
魔獣が出るのは夜だから、それまでに戻ればいいとの事です。
「俺はあれからすぐに、こっちに戻ったから判らないが、サーリアの事やオルザの事など、色々と話を聞かせてくれないか? と言っても、夜は忙しいから着いてすぐか、明日の昼辺りになるけど、どうだ?」
僕とマイジュさんは顔を見合わせて考えてみた。
で、話合った結果、明日の予定がまったく決めてないので、『ノワロ』に着いてすぐの宿で話す事にしました。
「すまないな。本当なら屋敷に招待したいのだが、娘の客人達で落ち着かないだろうからな。」
「全然、気にしないでください。僕的には、宿の方が気が楽なので。」
流石に、王宮ほどの堅苦しさは無いかもしれないけど、気を使う事にはなるだろうし。
「そうか。あとは街に着いてからだな。じゃあ、俺は護衛役に戻る。」
そう言ったデバルドさんは馬を走らせ、前を走る馬車隊に戻っていった。
『ノワロ』に着いた僕達は、貴族の馬車と別れて、デバルドさんに連れられて宿に向かった。
この街で、一番いい宿との事です。
『ロドリーサの幻夜蝶』目当てで、この時期の宿は満室になることが多く、僕達も覚悟だけはしていたのだけど、デバルドさんが昨日のうちに確保してくれていました。
もちろん、支払いはデバルドさんが済ませてました。
最上階のロイヤルルームとか言う、階のフロアまるごとの部屋でした。
ベットルーム4つに、備え付けのバスルーム。リビングが2つに、大きなダイニングルーム。 そして、ガラス張りのテラスまであった。
スイートルームぐらいと思っていたところに、この部屋です。
デバルドさん、やり過ぎです。
これも善意なのだから、喜んで受けるべきなのですが、正直、持て余します。
幸いなことは、この街には一泊だけの予定だったことだな。
この部屋で2日間の滞在とか…庶民には無理!
金銭感覚は、まだそこまで壊れてませんから!
「ハルト、すごい部屋ね。せっかくだし、もう一泊しない?」
エイルさんが、とんでもない事を発言してますけど!
「いや、そこまでお世話になるのはどうなのかと。それに一泊の予定だったし。」
「そうなのか? まあ、この街は『幻夜蝶』が有名だけど、それ以外の観光も結構あるぞ。それに、その日によって『幻夜蝶』の数とか変わるから、数日ゆっくりしていけばどうだ?」
この世界の暦で、僕が召喚された日が6月1日。
アイザの誕生日が8月12日。
で、今日が6月の23日だから、まだ60日あるから余裕はまだあるんだけどなぁ~
「アイザはどうしたい?」
テラスに出て外を眺めていたアイザに僕は声をかけた。
「そうね。数日泊まっても、いいんじゃない。」
なんか、アイザも泊まりたそうに見えるし、日数増えてるし、うん、泊まることにしよう。
「デバルドさん、お言葉に甘えさせて貰います。えっと、3、4日くらいになるかもですが、良いですか?」
「もちろんだ。親父が喜ぶ事だしな。」




