成れの果て 2
オルザの言葉に、僕は『ミラージュ・ハンド』の握る力を思わず緩めてしまった。
「お前、いや、ハルトだったか…最初からこの力を使えば済むはずだったのに、試していただろ。」
そうだった。最初から感じていた違和感。僕はこの人の斧を見たかったんだ。
「自首しませんか?」
「盗賊に向かって、自首か…そんな事を言うやつがいたとはな。」
「ハルトうえぇ!」
なぜか、エイルさんの声が聞こえた。僕はその声が切羽詰った叫びに聞こえたので、上を見た。
と、同時にエイルさんが僕の隣に立って魔法の盾を上に向けて発動していた。
そして、眩しい光が盾に弾かれて四散する。
魔法攻撃が崖の上からきた事を、僕は瞬時に判断した。
「ドサッ」っという音が聞こえた場所に僕は視線を移す。
オルザさんが倒れていた。焦げた皮膚と髪が落雷だと教える。
僕は周囲を確認した。
マイジュさんは無事。巨漢の相手も何が起きたのか判ってないようで、立ち尽くしている。
「アイザは?!」
僕の言葉にエイルさんが「馬車に連れて来てって言ってました。」
馬車を見ると、アイザがこっちを見ていた。
「マイジュさぁーん! アイザの所まで走ってくださいー!」
「エイルさん、マイジュさんと合流します。」
僕は、駆け出しマイジュさんに当たりそうな落雷を『ミラージュ・ハンド』で受け止める。
そして、走っているマイジュさんを抱きかかえて、一気にアイザの所までジャンプした。
「えぇえええええ!」
マイジュさんの、悲鳴に似た声が聞こえたけど、まあ、後で謝ろう…
エイルさんも僕から離れる事なくピッタリと追尾していた。さすが勇者の娘です。
「滅亡の理と破滅の業を抱く闇の女神ウォルザディーラ。これから起こる悲劇の傍観者となる慈悲を。」
「まもってぇ!」
アイザの防御魔法が馬車ごと包み込みました。
「アイザ、ありがとう。」
アイザが作った魔法壁に次々に落雷が落ちてくる中、僕はアイザの頭を撫でていた。
「当然でしょ。」
アイザの誇らしげな笑顔は、やっぱり可愛かったです。
「さてと…この状況はどう判断すればいいのかな?」
立ち往生していた馬車の馬がパニックで隣の馬車にぶつかったりして横転したり、その場で暴れていたりしているけど、直撃は受けてないようだった。
だけど、盗賊と傭兵は全滅しているようです。
「新手の盗賊とか? いや、仲間割れの方が辻褄が合うのかな…」
最初見た黒雲が、魔法士の魔法だと二人が言った事。
だけど、魔法士らしい盗賊は居なかった。
一番怖い存在だったし、気にしていたから、最初にそれだけは確認していたからね。
「渓谷の上で待機していたけど、劣勢になったから?」
エイルさんが首を横に振る。
「それだったら、仲間には当てないはずです。あの魔法は目標に向かって真っ直ぐに落ちる魔法なので、目を閉じて乱発していたのなら別ですが・・・私達を狙っている事。馬車には当てていない事を考えると、違うと思います。」
その言葉通りに、今は僕達の馬車だけに落雷が集中していた。
「アイザ、この魔法っていつまで、もつの?」
「私が止めるまでよ。」
予想はしていたけど、理想の返事に僕は思わず笑みを浮かべていた。
「じゃあ、相手が降りてくるまで少し待ってみましょうか。」
僕の提案にマイジュさんとエイルさんが驚いていたけど、それもありだと認識したみたいで、すぐに「そうですね。」と二人の返事が返ってきた。
そして僕は『インベントリ』からお弁当を取り出した。
温泉宿『イストエトリア』の特製弁当です。 もう、美味しいに決まっています!
「え?! 今から昼食ですか!」
マイジュさんが驚いています。もちろん、エイルさんもです。
「もちろんです。挑発にもってこいでしょ。」
二人共、呆れ顔で、納得しました。
「こうなると、テーブルと椅子が欲しくなりますね。次の『ラッツ』で買おうかな。とりあえず…今日は屋根の上でいいかな。」
僕はアイザを抱き寄せて、屋根に飛び乗った。
「じゃあ、私は騎手席で食べます。」
「なら、私もマイジュさんの隣にします。」
「マイジュさん、魔戦士ってどういう職なんですか?」
美味しいお弁当を食べながら、僕は気になっていた事を忘れないうちに聞くことにした。
「そうですね。魔法の資質があるけど、遠距離魔法などの攻撃魔法を覚えられず、武術を主体に戦う人、ですかね。」
「なるほど、じゃあ、魔戦士との戦いで魔力切れってのは?」
この問いに答えてくれたのはエイルさんだった。
「それは、あれね。術者の魔力を空にする事よ。どんな魔法も効果を維持するのには魔力を消費し続けるから、防御魔法ならダメージを与える事で、強化魔法でも結局、それ以上の攻撃力や行動で、消費量を増やさせるって感じかな。」
「ん? じゃあ、アイザも魔力を消費し続けてるの?」
目の前で美味しそうにお弁当を食べていたアイザが、首を横に振る。
「私のは、神様にお願いしてるから、祈りを伝える時だけよ。」
「神星魔法ですって!」
エイルさんが立ち上がり、アイザを見た。すっごく、驚いています。
僕はそんなエイルさんに、気になる事を聞いてみた。
「エイルさん。」
「なに?」
「お弁当どこいきました?」
「あっ…うあぁああ!」
盛大にぶちまけていたようです。
せっかくジグレさんの力作だったのに…僕は無残に地面に落ちているお弁当に、手を合わせました。
うな垂れるエイルさんが、気持ちを切り替えたようです。
「アイザさんって、魔道師でしたよね? どこでその知識を得たのですか?」
「内緒です。」
アイザの魔法の事を聞かれた時の対応も、決めてありました。
まあ、教えないって事なんですけどね。
エイルさんも、同行を許されている身分としてだろう、それ以上の追求はありませんでした。
そして…アイザが作っている球体の魔法壁の外には、4人の傭兵がずっと立っています。
5分ほど前から、色々とちょっかいを出してきてますが、ご飯中だったので放置してました。
音まで遮断しているので、何を言っているのか聞こえません。
武器で攻撃したり、魔法を撃ったりもしてましたが、今は諦めて突っ立ってます。
「それじゃあ、そろそろ行きましょうか。」
僕は空になったお弁当箱集めて、『インベントリ』に片付けた。
相手は男4人。
これまでの行動を見て判った事は、魔法士は一人。フルアーマーの戦士が二人で、大剣使いと盾使い。軽装備の弓士だった。
僕が魔法士と弓士を開幕と同時にぶっ飛ばし、盾をエイルさんが魔法で、大剣をマイジュさんが相手をすると決めていた。
アイザは屋根の上で、終わるまで避難してもらう。
「アイザ、魔法解除よろしく。」
馬車を囲んでいた魔法障壁が消えた瞬間、僕は一気に跳躍し、魔法士を『ミラージュ・ハンド』でぶん殴る。
渓谷の壁に向かって飛んでいったのを確認した瞬間、弓士の懐に飛び込み、軽くみぞおちを拳で突き上げ、呻き声を上げる時には魔法士が崩れ倒れている壁に思いっきり投げていた。
そして、一気に魔法士と弓士がいる壁まで跳躍する。
呻き声をあげる弓士と、ほぼ死にかけている魔法士を確認する。
僕は、弓士の手を足で踏んで砕いた。
人を殺す事はやっぱり嫌だと思う。
だけど、この世界に来て分かった事がある。
罪のない人達を守る為なら、僕は人を殺せるという事を。
だけど、血が噴出すような光景は見たくない。
だから、僕は殴り飛ばしているのだ。
ほんのちょっとだけでも、僕の理性を守りたいと思っているのだと思う…
人を殺した感触を直接感じたら、僕の理性は耐えられるのだろうか…
マイジュさんとエイルさんの加勢に僕は戻る。が、こっちもすでに終わっていたようです。
鎧を着ている相手には、殺傷攻撃はほとんど効かない。
関節部分や、顔などを狙うしかないのだけど、そんなことは双方が判っている事なので、よっぽどの実力差がなければ無理な事だった。
だから、実力が拮抗している相手には衝撃を与えて隙を作ることが前提になる。
ようは、武器を使った叩き合いから、転ばせた方の勝ちです。
そしてマイジュさんは、大剣使いの肩と足に剣を突き刺して、勝利していた。
エイルさんは全然余裕です。
僕達を狙った落雷のように、直接肉体を攻撃する魔法を当てれば勝ちなのだから。
だから、僕みたいな魔法を使えない戦士は、魔法を避けながら魔法士を攻撃しなければならない。
だけど、エイルさんは運動能力がAランク傭兵並みなので、相手の盾使いは何も出来ないまま倒されていたと思う。
鎧からなにから全身が焦げていたからね…
会話が出来そうなのは、大剣使いの人と弓士だったから、リーダーっぽい大剣使いの人に聞くことにしました。
これは、マイジュさんの役目です。
どうやら、彼らは傭兵かもしれないとの事で、マイジュさんが尋問することになりました。
「あなた達はオルザ達とは別の盗賊ですか? それとも、まだ傭兵ですか?」
苦痛を堪えている男は黙ったままだった。
「この世界のルールで、盗賊行為をした者は、誰であろうと処刑だと知っていますよね。別に私はこのまま殺しても構わないですが。」
マイジュは剣を男の首に添える。
「傭兵として、死んだ事にしてあげると言っているのですよ? 家族に渡したい物は無いのですか?」
男は、動く片手を使って懐からネームプレートを地面に投げ置く。
「ああ、俺たちは傭兵だ。他のやつらも、パーティーを組んでいる仲間だ。」
「そうですか、なら全員を傭兵として死んだ事にしてあげる代わりに、今回の行動理由を教えてくれませんか?」
男は、ゆっくりと口を開いた。
男の話はこうだった。
傭兵としての収入に、不満を溜めていた時、『ロドリーサの幻夜蝶』の観覧に、貴族の娘達が護衛を募集していると聞いて、それを餌に賞金首のオルザとカルザを誘き出し、襲撃後に倒す事を思い付く。
そして、貴族の娘を拉致したのを盗賊の仕業にして、身代金を得る。
これが今回の経緯だった。
だから、僕達も邪魔だったって事です。
もともとリビエート国は、リビエート軍の兵士が定期便の馬車に合わせて巡回をしているので、盗賊被害はほとんど無い。そんな時に、貴族の娘達が定期便以外の時間に街道を走る。
狙われて当然です。鴨がネギを背負ってます。
盗賊の話を聞き終わったマイジュさんは、介錯をするように男の首を落とした。
僕は目を逸らしていた。もちろん、アイザは馬車の中に入って貰っていた。
その後、僕が残りの男達からネームプレートを取り出し、マイジュさんが介錯をしていった。
魔法士は既に死んでいたから、そのままにしておいた。
そして僕達は、ずっと事の成り行きを見ている貴族達の所に行く。
ここもマイジュさんが、先頭に立って話を始める。
「盗賊達は倒しました。 あとは、貴方達が出発するだけですので、なにか困り事があるなら、言ってみて下さい。」
と、マイジュが形式的な言葉を言ってはいますが、横転した馬車と、岩で塞がれた道で動けない事は分かっています。
これも、傭兵業のルールらしいです。
依頼された事に対して行動し、報酬を得る。
慈善事業じゃないって事ですね…
思っていた通りに、馬車の事と大岩の事を言われたので、僕の出番です。
まずは、横転した馬車を元に戻し、それから大岩を斧で粉砕しました。
もちろん、見ていた人達からは、驚きの声が上がっていました。
幸い、馬も無事で、乗客も軽症程度の怪我人だけで済んでいたので、貴族達の馬車は僕達にお礼を言いながら出発していった。
盗賊の討伐と、その後の復旧の報酬の金貨30枚がマイジュさん宛てに振り込まれる事になりました。
あれだけ苦労したり、命のやり取りしたのに…金貨45枚。
割が合わないような気がします。
「ハルトさん、金額に少し不満そうですね。」
僕の不服顔にマイジュさんが気付きました。
「ええ、まあ、人助けだと思っての行動だから別に報酬は無くても気にしないのですが、いざ傭兵として報酬を貰うってなったら…」
だけどその金貨45枚は、元々雇っていた15人の傭兵に払う予定だった金額だとマイジュさんから教えられた時は、さらに驚きました。
「え?! 一人金貨3枚なのですか?」
「少し、ハルトさんに傭兵について伝えておきますね。」
マイジュさんの顔は真剣で、そして悲しそうな顔をしていた。
「盗賊のほとんどが、元傭兵なのです。」
僕はその言葉に、驚きよりも「ああ…」と、納得していた。
「だから、盗賊を装ったり、仕立て上げたりする傭兵も少なからずいる事から、盗賊討伐に関する全てに依頼は無く、討伐しても報酬は無いのです。ただし、傭兵組合が、野放しだと被害が大きくなると判断した者を、賞金首として懸賞金をかけるのはありますが。」
そして、今の傭兵という仕事は魔物や魔獣の討伐がほとんどで、報酬も銀貨が数枚程度。
貴族の護衛で金貨数枚が一般的だけど、これは信用されていないと依頼が来ない事だとマイジュさんが言葉を続けた。
護衛が盗賊行為をする可能性が高いって事だからね。当然だと思う。
「魔獣討伐に満足出来なくなった者や、力を悪用して大金を得ようと心変わりした傭兵の成れの果てが盗賊なのです。」
マイジュさんが言ったその言葉には、悲しみや憤りが入っているように僕には聞こえた。
僕は倒れているオルザさんのところに行きました。当然、もう死んでいます。
マイジュさんが、オルザとカルザは賞金首なので、首を持っていくと言いました。
一人金貨30枚。一般人には危害を加えていない事から、二人の額は他の懸賞金よりも低い。
マイジュさんがオルザさんの首を落としている間に、僕は崖に刺さっている2本の斧を取りにいっていた。
「マイジュさん、この斧は僕が貰ってもいいのでしょうか?」
少し驚いたマイジュさんだったけど、すぐに「はい、問題ないです。」と答える。
「でも、どうしてそう思ったのですか?」
マイジュさんの疑問に、僕はオルザさんとのやり取りを話した。
「そうでしたか。生き方は間違っていましたが、生き様は認めてしまいますね。」
マイジュさんの笑みに、僕も笑みを浮かべていた。
少し発光しているような白銀の斧。
僕が持っている物より2回りほど大きいけど、重さはほぼ同じだった。
「その斧は『リージュ・ミスリル』製ですね。」
僕はマイジュさんの言葉に、オウム返しで聞き返していた。
「リージュ・ミスリルとは『魔法無効のミスリル』という金属の一種で、私の剣や防具も『リージュ・ミスリル』なんですよ。」
思っていた物以上の話に、僕の心は高揚していた。
「それじゃあ、マイジュさんって魔法が効かないって事ですか?!」
「いえ、エイルさんがやったような、包み込む炎などは、直接肉体に当たるので無理ですね。あくまで、ミスリルの部分に当たった魔法を打ち消すだけなのです。」
なるほど、それでも魔法士相手に心強いことには変わらない。
「希少な金属なんですよね?」
「そうですね。斧1本で、最低でも金貨100枚はすると思いますよ。」
おお! 鼓動の高鳴りが止まらないです。
そして僕は、首だけになったオルザさんに手を合わせた。
「大切に使わせて貰います。」
「盗賊に感謝って…ほんと、ハルトって変わっているわね。ううん、それが異世界の考え方なのね。」
ずっと僕達のやりとりを見ていたエイルさんが笑っていた。
「ん~どうなんだろう…『罪を憎んで人を憎まず』とか? いや、違うか。単純にオルザさんの生き方に否定的じゃ無かったからかな。」
平和な世界で生きてきたけど、心の汚い人達を沢山見てきた。
暇潰しだと言って人を傷つける人、面白いからと言って人を騙す人、自分さえ良ければそれでいいと嘘を付く人。
そんな人間よりは、絶対に良い生き方だと思ったから。
「ハルトさん、エイルさん、それでは行きましょうか。」
二つの賞金首を、布に包んで持っているマイジュさんが僕達を呼んだ。
やっぱり、この世界に生きている人達って凄いな…
これが日常なんだろうだけど。
まだ僕には、人の首を持ち歩く度胸はありません。
「エイルさんって、生首って持てます?」
「持てる訳ないでしょ! 正直、ずっと心臓バクバクしてたんだから!」
あっ…傭兵歴が長い、マイジュさんだからって事なのね。
「マイジュさんって、ほんとナイト様って感じですよね。」
「…あっ、うん。ほんとそうよね。」




