成れの果て 1
翌朝も僕とアイザは、朝から露天風呂を堪能していた。
「マイジュさん達、朝風呂してるのかなぁ~」
僕はアイザと一緒に岩風呂に入っていた。
「朝からお風呂って、こんなに気持ちいいのに。」
見慣れたアイザの姿に、僕は見慣れていた…
自分で言うのも、なんですけど…
おかしくない? 女の子と一緒にお風呂ですよ? タオルとかで隠してないんですよ?
そりゃ、妹のように思っているのは確かだけど…普段から裸同然で部屋で過ごしていたのも見てきたけども!
んぅうう… … …あぁ~、考えるはやめよう!
部屋での朝食を済ませた僕とアイザは、宿のラーシルさんからの要望で、10時まで部屋で待っている。
次の街の『ラッツ』までが3時間だったので、それに合わせての時間だった。
「おはようございます。今、宜しいでしょうか?」
ラーシルさんの声に、僕は「はい、どうぞ。」と返事を返す。
マイジュさんとエイルさんがまず部屋に入ってきたので、ソファに座って貰い、その後、ラーシルさんの両親と旦那さんと、ルレールちゃんが並ぶように僕達に挨拶をしていた。
宿屋の家族みんなが集まっていた。
仕事いいのか?
「お時間を頂きまして、ありがとうございます。」
深いお辞儀をするラーシルさん家族に僕は、心苦しくなる。
「いえ、全然大丈夫ですから。それよりも、畏まった対応されると…なんだか落ち着かないので、昨日と同じようにお願いできませんか。」
マイジュさんとエイルさんの笑い声が聞こえる。
「だって初対面じゃないし、一緒にお酒飲んだりしたのですよ。」
マイジュさんが笑いながら、ソファから立つ。
「そうですね。私からも普通に接して欲しいと、皆様にお願いします。」
「判りました。ですがその前に、このような対応になったのかを、私からご説明させてください。」
そう言って一歩前に出たのは、元女将で、ラーシルさんのお母さんだった。
僕は「はい。」と返す。
「ハルト様から頂いた海老ですが、無料で配ることが出来なかったのです。」
話はまだ終わってないとは分かっていたけど、僕は「え?!」っと小さな声を出してしまった。
「泊り客だけに配るのは納得いかないと、宿泊出来なかった人達からの声で、それ相応の価値で提供する話になりまして、昨日の4品で金貨1枚の値段をつけることになりました。なので、その謝罪をするために、このような態度になってしまいました。」
「わかりました。また僕は、間違った行動をしてしまったようで、僕からも謝らせて下さい。」
「いえ! ハルトさんは何も悪くはないです。」
ラーシルさんの言葉に僕は笑みを返す。
「いや、これはハルトさんが悪いですね。」
と、言ったのはマイジュさん。
「たぶん、ハルトが悪いわね。」
と、アイザも言った。
「まあ、私もそれに同意ですね。」
と、エイルさんが言う。
「ですよねぇ~…はぁ…ほんとごめんなさい。」
3人の笑い声で場の雰囲気が軟らかくなった。
その後は、普通の会話に戻り、どうしてそうなったのかを教えてもらった。
温泉協会の会長や街の商会の会長などの、付き合い絡みで断れない人達が、『一生に一度食べれるか判らない食材をタダで配るなんて事は、今後の商売に影響する。』と、『俺にも食わせろ!』の話になって、公平に提供する事になって、宿泊者も食べたければお金を出す事になったと。もちろん、予約的な優先権は宿泊者にあったけど、実際90人分になった料理だったので、28人分が宿泊者外に提供されたと。
この旅館の人達の分と僕達の分は、僕の意向通りに無料にしたって事なので、僕的には全然良かった。
「ほら、やっぱり僕が悪かったですね。そりゃ、権力者が黙っているはずがないですよね。貴重な食材に対する認知度が低かった結果です。ほんと、すみませんでした。」
「いや、私も調理する事に夢中で、そういう事まで考えられなかったですから。」
旦那さんのジグレさんも僕と同じように頭を下げていた。
僕は頭を上げて照れ笑いを返す。
「でも、そのおかげで最高の海老料理を食べれましたから、結果的に良かったって事にしましょう。」
「うん! すごくおいしかったぁ~」
みんなの笑い声が零れる。
ルレールちゃんの言葉が、最高の締めの言葉になった。
で、巨大海老の売り上げ金額が、金貨76枚になり、その内20枚を報酬として受け取った。
またここで断るのは、今後の付き合いに影響が出る事になると、僕自身が気付いたので受け取る事にして、金額は鍾乳洞の出口で交渉に来た商人の提示金額が金貨20枚だったので、その事を伝えたのです。
過剰な恩を受けると、対等な関係を保てない。
今まで、人付き合いを深く考えて無かった僕が、この世界で覚えたことの一つです。
『イストエトリア』には、これからも泊まりに来るつもりだったので、過剰な気遣いとか受けたくないと、僕は心底思った。
昨夜の宿泊者達は、皆チェックアウトを済ませていたので、従業員総出の見送りで僕達は『イストエトリア』を出た。
次の目的地は『ラッツ』。カシュミネスと葡萄の農園が広がる街。
『カシュラ』と『ワイン』の生産地です。
色々な銘柄があると聞いたので、アイザのお土産と、自分用に大量購入しようと思っています。
『インベントリ』様様です。
アイザの荷物も収納してるし、手ぶらで旅行出来るのと同じだからね。
まあ、旅行カバンを持ったメイド姿を見れないのが残念だけど…
馬車が温泉街の『タラス』を出てから1時間ほど経った頃、騎手をしてくれているマイジュさんと小窓を挟んで会話していると、突然重い声に変わって、僕に告げた言葉は、
「雲行きが怪しくなってきました。」
僕は馬車の窓から顔を出して確認する。
次の目的地まであと2時間ほどだけど、進む前方には真っ黒の雲がありました。
場所はこれから入る渓谷の中だった。
アイザとエイルさんに見えたものを伝える。
「これ確実に雨の中に入りますよね。」
小窓からマイジュさんとの会話に戻った僕は、馬車を一度止めて貰う事にした。
馬車から降りた僕は、マイジュさんと一緒に黒い雲の動きを見ている。
「あれって通り雨かな?」
どうも動きが変だった。
風に乗って動いてるような感じではなく、その場所をぐるぐると回っているような・・・そんなふうに見えていた。
「違うわ。」「違うわよ。」
ほぼ同時にアイザとエイルさんが僕の質問に答えていた。
「あれは魔法師が作った雲です。」
そう答えたのはエイルさんだった。
「それなりの魔力を感じるわよ。あの雲から」
アイザの言葉が付け足される。
僕とマイジュさんが怪訝な顔を見せ合う。
誰が何の為に…
そんな事は現地に行かなければ判らない事だった。
「そのうち消えるから、確かめるしかないわね。」
エイルさんの言葉に頷き、僕たちは馬車に乗り込んだ。
馬車を進めて20分ほどが過ぎ、徐々に黒い雲があった場所が見えてくる。
目の前の黒い雲は、とうに消えている。
馬車は渓谷の谷の部分が道になっている場所を走っていた。
僕はマイジュさんの隣の騎手席に座って状況を確かめる。
7台…いや8台かな。
馬車が列を作って立ち往生していて、その奥に、大きな岩が道を塞いでいた。
馬車の周囲を激しく動き回る人達に気付き、そして、さらに近付くと、人が争っている声が届いてきた。
「盗賊に襲われている。」
声を上げたマイジュさんが馬車を止める。
そして、馬車から飛び降りると同時に走り出し、片手剣とバックラーを『インベントリ』か取り出して装備していた。
僕はアイザに「馬車の中で待っていて」と声をかけ、エイルさんに「ここを任せていいですか?」とアイザの護衛をお願いする。
エイルさんの「任せて!」と言葉を聞き、僕は斧を取り出しマイジュさんを追いかけた。
まあ、マイジュさんが到着する前に、追い抜いてしまうんだけどね。
馬車の護衛をしていた傭兵と剣を交えている盗賊。
僕には、どっちが盗賊なんて判りません。
リビエートの時は、護衛役の人達の鎧姿を事前に見ていたのと、馬車を背に守っていたからすぐ判ったけど、今は乱戦状態で判断が難しかった。
なので、大声で叫びました。
「馬車の乗客を襲う盗賊ども! 僕が相手になってやる!」
突然乱入してきた僕に、周りの視線が集まった。
当然、この挑発に乗るのが盗賊側。
「ガキが!」とか、「うるせぇ!」などの声を発して、僕に武器を向ける人達をロックオンです。
斧を構え、大きく踏み込む。
一人目は油断していたので、反撃の構えをする前に斧で吹き飛ばしました。
そのまま二人目にステップを踏む。
自分の中に染み付いた流れるような動き…そうこれは、なぜか中学校まで流行っていた『しっぽ取り』の動き!
意識は常に周りを視る。そして相手を撹乱、または背後を取る為の動き。
まさか、こんな場面で活躍するとは思いもしなかった。
二人目も、慌てふためいている間に殴り飛ばす。
そして3人目。初めて僕を警戒する動きを見せた盗賊の剣を弾き落とし殴り飛ばす。
と、同時にマイジュさんが到着しました。
マイジュさんの装備は、明らかに高ランク者だと判るようで、すぐに盗賊達は仕切り直すように一つの集団になって身構えていた。
残っている盗賊は20人ほど。対する馬車の護衛組は、僕とマイジュさんを入れて8人ほど。
数だけ見れば、圧倒的不利な状況だったけど、盗賊のリーダーは僕とマイジュさんの参加で、その考えを改めているようだった。
「そこの執事服のガキ! お前は何者だ? そして、お前はマイジュだな。」
全身フルアーマーの鎧を着ている、長身で細マッチョ的な体格の男が盗賊の一番前にいた。
盗賊のリーダーのようです。そして、僕とマイジュさんを睨んでいる。
「僕は、ハルト。まあ、傭兵ですね。」
「ランクは?」
盗賊のリーダーが何故そんな事を聞くのか疑問だったけど、僕は「まだなったばかりなので、Fです。」と答えた。
「Fか…だが、その実力はAだな。 お前は運がいい。」
目をギラつかせ、玩具を見つけた子供のような笑みを浮かべていていた。
「運がいい?」
僕がその問いを返すと、盗賊のリーダーは誇らしげに語りだした。
「俺の名はオルザ。元傭兵だった。強い者と命を懸けた戦いは最高だった! だが戦争が終わり、俺の相手は知能の無い獣ばかりになった…つまらない。俺は、強いやつと戦いたい! それだけが望みだった。だから、傭兵を襲う側になった。」
オルザが僕を指差す。
「お前はこれから、命を奪い合う最高の気分を味わうのさ。存分に味わえよ。」
「それなら、魔王討伐に参加したら良かったのでは?」
僕の疑問に、オルザは苦笑いのような顔になっていた。
「一度、討伐に参加したが…魔獣を大勢で襲う、狩猟みたいな仕事だった。あれに俺の命を掛ける価値はない! 話はもう良いだろう。お前は俺が相手する。カルザ、お前はマイジュの方を任せる。」
「ああ、まかせろ。」
リーダーの隣にいる男が返事をしている。身長2メートル越えの巨漢で、アメフト選手のような男が持つ武器は、分厚い刀身の大型の剣だった。
「オルザとカルザ…なるほど、『狂気のオルザ』に『豪気のカルザ』ですか。」
マイジュさんが二人の素性を知っているようです。
だけど、今ゆっくりと聞いている暇はなさそうです。
「マイジュさん、あれの相手は出来そうですか?」
「問題ないです。魔熊と大差ないでしょう。」
心強い返事が返ってきました。
「それじゃ、僕はリーダーを返り討ちにしてみます。」
ん? 「返り討ち」ってこの場合…合ってるのかな? 時代劇とかで、よく聞くけどあれって…悪役が言ってたような…まあ、いいか。
僕はどうでもいい思考を振り払い、斧を構えてリーダーを睨み返す。
「さあ、始めよう!」
オルザの歓喜のような叫びが終わった直後、僕は全力で踏み込む。
先手必勝!
オルザの武器は片手斧。しかも両手持ちの二刀流なので相手の攻撃を避けるのは難しいと判断した僕は、斧を盾代わりにして、懐に飛び込む。
半歩下がって、僕が振り抜いた斧をオルザの2本の斧が受け止める。
体ごと吹き飛ばすつもりだったけど、受け止められてしまった。
僕は体を捻り、2連撃を入れようと思ったけど、オルザの突きの方が早かったので、後ろに飛び退いた。
強い! やっぱり不意打ちしないと、僕は弱いな。
『ミラージュ・ハンド』無しでどこまでやれるのか…試してみたけど、思っていた通りだった。
「どうした? 来ないのか? なら次は俺の番だな。」
オルザが一気に斧が届く間合いまで詰め寄り、斧を振り下ろす。
左手の斧を盾のように、右手の斧を飛び込み前から振りかぶって、接近と同時に振り抜いている。
突然視界に現れる斧を『ミラージュ・ハンド』で受け止める。
頭部から肩に向かっての攻撃が頭の上で弾かれたオルザが迷いも無く左の斧を突き刺す。
僕はそれを斧で受け止めた。
衝撃で僕は後ろに押されたので、体勢を取り直すために左に飛ぶ。
「お前は、魔法士だったか! いや、その動き・・・魔戦士か。ああ、いいぞ! この緊張感こそが俺が求めている物だぁああ!」
魔戦士? 『ミラージュ・ハンド』で弾かれた事を、バリア的な魔法で防いでいるのだと思っているのだろう。
だから、驚く事も無く次の攻撃に移っていたのか。
僕は身構えて、オルザの次の攻撃に備える。
「なら、魔力切れを起こさせるまでだ!」
そこからのオルザの攻撃は、惚れ惚れするほどの連撃だった。
距離を取れば瞬時に詰め、僕が反撃する間を作らない。
僕はオルザの攻撃をすべて『ミラージュ・ハンド』で止めていた。
振り抜く前の斧を掴むように、その軌道に『ミラージュ・ハンド』を動かす。
一撃でも当たれば僕は戦闘不能になるだろう。即死かもしれない。
だから、これ以上は続けられなかった…
「なっ!? くっ!」
オルザが攻撃を止めて、後ろに下がった。
正確には、斧が固定されて攻撃が出来なくなり、僕の蹴りを鎧に受けて少し後ろに飛ばされる。
僕は『ミラージュ・ハンド』で斧を掴み、思いっきり蹴りを入れたのだった。
そして、オルザの2本の斧を後方の崖の壁に向けて投げ飛ばす。
2本とも綺麗に刺さった。
そして、僕はオルザの心臓を鷲掴む。
苦痛をあげるオルザに僕は、罪悪感で一杯になっていた…
思えば、最初からだった。
盗賊達は、乗客達を一人も襲ってはいなかった。
今も、タイマンしている僕達の邪魔をしないし、やっと回りを見る事が出来たから判る。
マイジュさんもタイマン中で、他の盗賊達は、残った護衛傭兵達を牽制しているだけだった。
オルザの攻撃も、邪気を含んだ殺気が無かった。純粋に戦いが好きなのが伝わっていた。
日本で見ていたチンピラのカツアゲや無抵抗の人間をいたぶっている時の、嫌な感じが全く無かった。
そんな相手に、僕は反則的な事をしている…
だから今、僕は呻き声をあげて苦しんでいるオルザに、敗北者の顔を向けていたと思う。
「オルザさん、僕はあなた程の強さはありません。純粋な武術は敵いませんでした。もし、別の形であなたに合っていたら、斧使いとして弟子入りを願っていたかもしれません。」
「なっ…ら…俺のっ斧を…くっ…やる。」




