温泉は最高ですね。 2
僕は露天風呂の心地よさに、気持ちを戻す事にした。
「アイザと一緒に露天風呂なんて、僕の人生いい感じかも。勇者にならなくてほんと良かったぁあ。」
「私も。ハルトと出会ってから、毎日楽しいんだからぁ~」
ん? アイザの口調が…
少しほっぺを赤くしているアイザの目が泳いでる?
「アイザ大丈夫?」
「うぅ~ん。ぜんぜんだいじょうぶぅ~」
お風呂に溶けていくようなアイザの姿に心配したけど、普段からこの状態でお風呂から出てきてるから、アイザが言うように大丈夫なのだろう。
「それじゃ、僕は先に出るね。」
アイザのいつものダラけた返事を聞いた僕は、脱衣部屋に戻って服に着替えた。
離れ部屋の食事は、コース料理のお弁当版のような感じで部屋で食べるのだけど、今日は宿の方のレストランでの食事になる。
レストランっていっても、休業中で従業員が誰もいないから、旦那さんとラーシルさんの手料理を皆で食べることになっている。
それにしても…マイジュさんがエイルさんとの同室に嫌な顔せずに同意したのは驚いたな。
それも、エイルさんが遠慮しているのを、収めるほどだったしな…
もしかして、マイジュさんの好みだったりして?
今頃一緒に、お風呂とか入ってたりして?
いやいや! 会って初日にそれはどうなのよ。でも大人同士だし…あるのか?
だあぁああ! 気にするな俺! 考えても無駄だ。 別の事を考えるんだ!
執事服に着替えた僕は寝室に行き、脱ぎ散らかしてあったアイザのメイド服と自分の服を干す作業に集中する。
そして僕は、寝室の窓際に干した服を眺める。
「よし! なんか落ち着く。」
ハルトとアイザと分かれたマイジュは、ラーシルさんに案内された部屋にエイルさんと入る。
「マイジュさん、今日からよろしくお願いします。」
丁寧なお辞儀でエイルさんが私に挨拶をしたので、私も返しの礼を返す。
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします。」
早速気になっていた場所に私は向かった。
リビングを抜けて脱衣室に入ると、仕切り板の向こうに湯気が見えている。
「え?! ほんとうに外にある…」
露天風呂という物を知らなかったので、その光景を見て驚いた。
立て板で周りからは見えないようにはなっているけど、岩で出来た浴槽に屋根は付いていなかった。
「どうかしましたか?」
エイルさんが私の後に入って来て、戸惑っている私を心配そうに見ている。
「いえ、外にあるお風呂って初めて見ましたので。」
「そうですよね。日本の文化を知っている私でも、実際に見ると壮観な景色で驚いています。」
「エイルさんは母親から色々と異世界の事を聞いているのですよね。少し羨ましいです。」
「ハルトに出会えたマイジュさんは、これから他の人達から羨まられる事になると思いますよ。」
エイルさんの笑みで私は「そうですね。」と笑みを返した。
「それじゃマイジュさん、先にお風呂を使ってください。」
エイルさんに「ありがとう。」と言って、私は寝室に行き、鎧を脱ぎ置く。
今は依頼中では無いので鎧をまとめて置くのだけど、『インベントリ』の腕輪を手に入れたので、収納した。
「まさか『インベントリ』を手に入れるなんて、思いもしなかった。これもハルトさんのおかげですね。」
私は着替えの入ったカバンを取り出し、ベットの上で広げる。
「便利だとは知っていましたけど、高額な品だし、剣や防具の方にお金を使うから諦めていたのですけどね。」
隣のベットでエイルさんも荷物の整理を始めていた。
「エイルさん。これはお願いなのですが、誰にも内緒にして欲しい話があるのですが、良いですか?」
私の突然に言葉にエイルさんが振り向き、顔を強張らせている。
「えっと…はい。大丈夫です。誰にも言いません。」
エイルさんとはまだ出会ったばかりだけど、アラガル家の人達から聞いた話で、信用してもいい人だと思った私は、自分が女性だと明かす事にした。
まあ、知っている人もいるので、最悪ハルトさんに知られるのが早いか遅いかの違いになるだろうとも、思った行動だった。
私は、シャツを脱いで下着姿になる。
「実は私は、女性なんです。」
「?! え?! えぇえええ!」
エイルさんの驚きが納まったので、私は話を続けた。
「国を出る時に、私には傭兵業しか思い付かなくて、その時に男装する事を選びました。何かと便利だったのと、女性としての面倒事を無くす為でした。なので、ハルトさん達は私を男性として見てくれています。私はこの関係が好きなので明かすつもりが無いのですが、エイルさんと同室になるにあたって、打ち明けた方が良いと判断しました。なにかと安心でしょ?」
私はエイルさんの緊張を取るために最後に笑みを浮かべる。
「えっ、ええ。そうですね。部屋でくつろぎ易くはなりました。」
「でしょ。ハルトさんと同室の時は、全然休めなくて大変でした。部屋でこんなふうに下着になるとか出来ませんでしたからね。」
私の笑みにエイルさんも合わせるように笑っていた。
「それじゃあ、お先にお風呂使わせてもらいますが、広いですし、一緒に入っても私は構いませんので、良かったら来て下さい。」
「あっ、はい。なら、そうさせて貰います。着替えの準備をしたら行きますね。」
傭兵時代からずっと、憧れみたいなものがあった。
友人や仕事仲間と一緒にお風呂に浸かりながら、他愛のない会話をする事。
エイルさんとは、ハルトさんの話でもしようかしら。
露天風呂に向かう私の足取りは軽く、そして、小さく歌も口すさんでいた。
ハルトは、レストランに向かう時間が近づいてきたので、お風呂からなかなか上がって来ないアイザを呼びに行くことにした。
「アイザぁ~。そろそろご飯行くよぉ~。」
「はぁあいぃぃ。いまぁでるぅ~。」
タオルを体に巻いて脱衣部屋に戻ってきたアイザの髪からは、当然ポタポタと水滴が落ちている。
「髪拭いてあげるから、リビングのソファに座ってよ。」
「はぁ~い。」と少し意識を取り戻したような返事をしたアイザがソファに寝転ぶ。
「いや、座らないと。」
やっぱり、グダグダだったアイザを起こして、ソファに座らせ髪を丁寧に拭いてあげた。
アイザの家族の基準ってこういうこと?
って、そんな訳ないか。アイザにとっても、兄みたいに思ってくれてるんだよな。
僕は意味もなく思い浮かんだ疑問を払拭した。
「はい、終わったよ。次は服を着てね。」
返事をしたアイザはフラフラと寝室に向かっていった。
そして少ししてから僕を呼ぶ声が聞こえる。
「ハルトぉ~。着させてぇ~。」
本館にある宿のロビーに僕達は集まっていた。
僕とアイザはいつもの執事とメイド服で、マイジュさんもいつものスーツ姿。
エイルさんはカジュアルなドレスっぽい服だったので、隣に立つマイジュさんと似合いのカップルに見えた。
心なしか、距離感も近いような気がする。(物理的な意味も含め)
「やっぱり、宿で着る服って要りますよね。手荷物を少なくする必要も無くなったから、明日にでも、探してみようかなって思ってます。」
「と、いうことは明日もこの街で一泊するのですか?」
マイジュさんの質問に僕は「はい。」と答えた。
「ラーシルさんに聞いてからですが、明日も出来ればこの宿に泊めて貰おうかと思っています。もちろん明日は、普通に宿代を払ってです。露天風呂をもう少し堪能したいってのが、本音ですけどね。」
マイジュさんも頷いている。
「そうですね。私も初めて露天風呂というものを体験しましたけど、心地良いですよね。」
それから露天風呂の話をしたり、服がどんなのが良いのかとか、話に夢中になっているとルーレルちゃんがレストランの入り口から出てきた。
「お食事の用意が出来ましたぁ~」
お母さんの手伝いですね。
背筋を伸ばして頭を下げる仕草も、その声も、何もかもが可愛いです。
僕はほんわかした気分で、ルーレルちゃんが待っているレストランの入り口に向かった。
ルーレルちゃんと一緒にレストランに入ると、旦那さんとラーシルさんが大きな丸テーブルの前で待っていた。
僕達はルーレルちゃんに案内されて、そのテーブルの席に座った。
テーブルの上には沢山の料理があり、氷で冷やされている飲み物が夫妻の席の隣の小さなテーブルの上に並んでいた。
改めて源泉の復活のお礼の言葉を3人から受けた僕達は、明日からの営業再開の祝いの言葉を贈った。
そして乾杯をする事になるが、当然、僕はワインが駄目だった事を話す。
「それでしたら、こちらのお酒などを試してみてはどうですか?」
旦那さんから勧められたのは3本のお酒だった。
「開けて、飲めなかったらどうしよう…」
「それなら、私が。」
「私が飲んであげる。」
ほぼ同時にマイジュさんとエイルさんが声を出していた。
マイジュさんとエイルさんが顔を見合わせて、笑っていた。
「お二人はお酒に強いみたいですね。じゃあ、せっかくなので、3本とも試してみます。」
旦那さんの乾杯の合図で、食事が始まった。
最初に注いで貰ったお酒は、透明でさっぱりした味のお酒『カシュラ』だった。独特の香りは甘いような花の香りのような感じで、小さなグラスだったこともあり、全部飲んでしまった。
「これは、飲みやすいです。」
「それは、カシュラミネスっていう果実から出来たお酒です。癖が無く、甘い香りで、女性に人気なんですよ。」
ラーシルさんが空になったコップに再度注いでくれる。
僕と同じお酒に付き合ってくれたアイザやマイジュさんとエイルさんも、美味しそうに飲んでいた。
テーブルには食べやすいように一口サイズに並べられた色とりどりの料理。
好きな物を、皿に取ってフォークひとつで口に入れられるので、お酒を飲みながらに最適だった。
ルーレルちゃんは大好きだと言った葡萄ジュースで楽しんでいた。
「どの料理も美味しいです。」
「ありがとうございます。料理も自慢の宿でして、主人が料理長をしていますので、普段と変わらない物を出させてもらっています。今日は、祝いの席なので、こういう形になりましたけど。」
それから旦那さんとの馴れ初めなど、ラーシルさんが嬉しそうに話してくれた。
宿の一人娘だったラーシルさんと幼馴染だった旦那さんは、料理の腕を磨いてプロポーズ。
ラーシルさんの両親を納得させたらしいです。
その両親は、営業停止になってから、知り合いの宿で働いてるので今日はいないけど、明日には戻ってくる。勇者の話を聞けると知ってエイルさんが喜んでいた。
2本目のお酒は『リーシュ』。少しアルコール度数が強く、炭酸が少し喉を刺激したけど、慣れてきたら美味しいと感じる刺激に変わっていた。
これも渋みとか全く無く、飲みやすかった。
「アイザ・・・大丈夫?」
アイザも僕と同じお酒に変えていたので少し心配になった。
「うん。これも美味しいね。お父様やお母様にも飲ませてあげたい。」
「ああ~お土産に買って行くのも良いかも。」
まだ飲んでいない次のお酒も含めて、3本ともリビエート王国の特産品と聞いていた。
そして、もう一つ気になっていたのが目の前にあった。
テーブルの真ん中に「どーん!」って感じで飾ってある大きな海老。
見た目はオマール海老のような感じだったけど、頭の大きさだけで30cmくらいはある。
もちろん料理の中に、その海老が使われているのが沢山あった。
これも、めっちゃ美味しいのです。
1匹まるごと食べたい気分です。
「この海老も、この地方の特産なのですか?」
少し酔いが回った旦那さんが、意気揚々と答えてくれる。
「ああ、もちろんだとも。」
そして、少し悔しそうに話す旦那さん。
「だけど、急遽買い付けた品だから、小さいんだ。この海老は大きいほど甘くて美味いんだ。」
「これで、小さいのですか? 僕の世界では、全長30cmあればすごい大きさですよ。」
「そうなのか。明日の朝市に行けばもっと大きい海老が手に入るはずだから、期待してくれ。」
僕達は、明日は客として宿泊させて貰える話を済ませていたので、旦那さんも気合が入っているらしいです。
自慢の料理を振舞えるからと。
今日のも十分過ぎるほどの振舞いだとおもうのだけどね。
「全長4メートルくらいの巨大海老もいるみたいですよ。」
「私も聞いたよ。洞窟の奥にいるんだよね。」
突然のラーシルさんの言葉に、娘のルレールちゃんが、口の周りに色々と付けたまま、笑顔で答える。
それをラーシルさんがハンカチで拭いてあげている。
「それって、どういう話なんですか?」
僕は気持ちの高鳴りを自覚するほど、興味が沸いていた。
ラシールさんと旦那さんの話によると、
ここから馬車で1時間くらいの場所、観光場所になっている鍾乳洞の奥にある大きな地底湖で見つかったその海老は、あまりの大きさと力で捕獲出来ず、危険な存在だということで、傭兵組合に依頼されているほどの難題になっている。
「鍾乳洞の観光ついでに捕獲してみたいです。」
僕がその言葉を言う事が判っていたアイザ達が「やれやれ」って顔で承諾してくれた。
3本目のお酒は琥珀色のお酒。『オージュン』これも甘い香りがした。
だけど度数がすごく高いので、少量ずつ飲むお酒だと教えてもらう。
僕が水で薄めたりはしないのかと尋ねたら、味が薄くなるからそれはしないとのこと。
お酒も料理も堪能した僕は結構酔っているアイザを連れて部屋に戻る事にした。
マイジュさんとエイルさんはまだ飲んでいます。
3本目のお酒も、ゴクゴク飲んでいます。
楽しく飲んでいる二人に、僕は何も言えなかったです。
明日、大丈夫なのだろうか…




