再出発です。 1
ハルトはエイルさんの同行の話をするため、アラガル家の泊まっている部屋に向かった。
「という事なんですが、どうしますか? まあ、報告程度の話なので、断っても大丈夫です。どっちにしても、王都まで追いかけて来るでしょうし。」
「そうですね。まったくの他人という訳でもないですから、いいと思いますよ。」
エーシャル婦人の許可が下りました。
「お手数かけました。エーイルさんに伝えてきます。」
僕が戻ろうとすると、アルーシャさんが僕を呼び止める。
「今から、顔合わせはしなくていいの?」
僕は悩んだ…
誰かに話すような人では無いと思うけど…
「誰かに広めるような人では無いと思いますが、念の為に。それと夜も遅いですし、馬車の中で話せば良いかと思います。」
アルーシャさんが僕の提案に頷いたので、「おやすみなさい。」と挨拶をして部屋を出た。
そして、エイラさんに明日の朝、ロビーで待ち合わせと言って僕は自分の部屋に戻る。
「やっと終わったぁ~。」
僕はマイジュさんが寛いでいる対面のソファに深く座った。
「何かありましたか? 」
冷蔵庫から持ってきた冷茶を飲みながら、エイルさんが同行する事になった事を話した。
「そうでしたか。まあ、そんな気はしてましたけどね。」
なぜか、冷やかな目で僕を見るマイジュさん。
冷茶で僕の背中が少し寒くなったんだよね? だよね?
「王都に戻ってからが、どうしようかなぁ…」
僕はアイザと会わせる事すら不安になっているのに、一緒に旅なんて…
頭が痛いです。
『魔王の娘』と『勇者の娘』
駄目だろこれ。
エイルを納得させる案を王都に着くまでに、なんとしても考えないと。
「はぁ…どうしてこうなった…」
僕の独り言にマイジュさんが笑い声を漏らしていた。
「どうしてでしょうね。」
朝食を済ませた僕とマイジュさんは、昨日預けた武器を傭兵組合に取りに行っていた。
「私は馬車の準備をしてきます。」
「はい。僕はロビーでエイルさんを待ちます。」
宿の裏手にある馬車小屋に向かったマイジュさんを見送った後、宿のロビーにあるソファに僕は座って待っている。
『待ち合わせの時間より10分前に着く。』
僕のこだわりだった。
人を待たす事が嫌だったのと、自分が遅れる事が許せなかったからです。
待ち合わせ時刻数分前に、エイルさんが受付でチェックアウトの手続きをしているのが見えた。
僕は席を立ち、エイルさんの視界に入る位置で待っていた。
「ハルト、お待たせしました。」
「エイルさん、おはようございます。それじゃあ、馬車に行きましょうか。」
宿の前で待っている馬車に案内し、車内に入ってもらう。
「あれ? わたしだけ?」
「いえ、これから護衛する家族が着ますので、先に待っていてください。」
僕はそう言って、エイルさんを押し込むように席に座らせる。
そして、数分後にアラガル家の人達がやってくる。
「それじゃ、僕はマイジュさんの隣に座りますので、護衛の方達と一緒にいて下さいね。」
「え?! ちょっと、一緒じゃないの?」
僕は扉を開けて、エーシャル婦人と入れ替わるように外に出る。
「あっ。初めまして、エーイル・ラミナスです。この度は私の要望を聞き入れて下さってありがとうございまぁああ! えぇええ!」
うん。エイルさんの驚きの声が聞こえました。
子供達も速やかに車内に入って貰って、僕は扉を閉める。
「マイジュさん。出発しましょう。」
馬車は車内の状況などお構いなしに、走り出しました。
後は、アラガルさん達が説明してくれるでしょう。
僕は、エイルさんの慌てぶりが、予想通りだった事に笑みを浮かべていた。
「ハルトさん…仕組みましたね。」
「えっ? そんなことないですって。」
僕は小窓から漏れてくるエイルさんの声に、また笑みを浮かべてしまった。
馬車は予定通りに次の街に着いた。
この街は風呂付きの宿が一軒しかないので、部屋割りがアラガル家で一部屋、僕とマイジュさんとエイルさんが一緒の部屋になった。
「エイルさん、相部屋になってしまってすみません。」
「いえ、同行をお願いした立場として、我侭は言えませんから。それに、お二人は紳士的な男性だと思っていますので。」
そう言っているエイルさんの顔は戦場に向かうような緊張感が溢れていた。
「そうですよ。僕はだらしない格好でウロウロしますけど、マイジュさんは凄く紳士ですから、安心してください。」
「いや、ハルトも紳士的にしてくれないと。」
「部屋着を持ってこなかったから、無理なんですよ。」
「そう、それなら仕方がないわね…ってそういう話だった?」
エイルさんの砕けてた表情を見た僕は、寝室に入ってブレザーを脱ぐ。
4人部屋なので寝室に4つのベットがあり、僕はマイジュさんの隣を選んだ。
鎧を綺麗に並べ終わったマイジュさんにお風呂を勧めて、僕はリビングのソファに座る。
少しするとエイルさんも荷物を置き終わって、対面のソファに座る。
「護衛の人達とは、面識あって良かったです。もちろん、他言無用でお願いします。」
「ええ、もちろん。あの方達には何の罪もないですし、守るべき人達ですから。」
そう言いながら、エイルさんが乗り出すように僕に近づく。
「だけどハルト、何をしたらこんな依頼を受ける事になったのよ。」
「リビエート国の王妃様と、知り合いになったからかな。」
はぐらかす僕の答えに、エイルさんがソファに座り直す。
「まあ、詳しい経緯は、また聞くからね。」
「それでアラガル家の人達とは、どんな話をしたのですか?」
今度は僕から質問を返す。
「私のお母様の話や、学院生活。ハルトに出会った時と追いかけてきた理由とかね。これは、事前にハルトと打ち合わせした通りに話したわよ。」
モーリストとの騒動中に、僕が異世界人だと知ったので、荷物を急いで準備して捕まえた。
という作り話を昨日の夜に決めていたのでした。
僕はその時に、『勇者の娘』を隠しているのは母親の配慮だった事を聞いて納得していた。
普通の生活を送れなくなるのは必然で、不幸になる不安も当然、大きくなるからね。
生涯隠した方が良いと、僕も思いました。
何事もなくアラガル家を乗せた馬車はリビエート王国の王都まで戻ってきました。
エイルさんを宿の前で下ろして、明日の朝に同行出来るかどうかの結果を伝える事にしました。
僕はまだ、エイルさんをアイザとの旅に同行させない案を思い付いていません。
二人きりになった時、スマホで教えられる事はほとんど教えたし、異世界の話も随分したけど、満足してくれません。
魔王討伐に向かった両親と同じ景色を見たいと言っていたから、それを『独りで行ってください』と薄情な台詞は言いたくないし、今年の魔王討伐に参加なんて事は、それこそ言うつもりなんてない。
生きて帰って来れないと判っているのに、仮にエイルさんが、魔王討伐隊に参加したいと言ったら、僕はそれを全力で阻止する。
最初、勇者は魔王に倒されたのだと思っていたけど、死因は病気だったと聞いたとき、魔王が親の仇だと思ってもいないとも知ったので、アイザと合わせる事はさほど問題では無くなってはいるのだけど。
もう、なるようになるしかないのかな…
馬車は王宮の門を通っていく。
僕達を出迎えたのはリビエート国王のトーラスさんと王妃のサラティーアさんだった。
サラティーアさんとエーシャルさんとの再会を喜び合う姿を見て、僕は嬉しさと、安堵感と達成感を感じていた。
来賓室に皆で向かうと、ルシャーラさんとサーリアちゃんに王妃の娘のラミナちゃん、そしてアイザが待っていた。
「ハルト、おかえり。」
「ただいま、アイザ。」
たった四日間なのに、僕は懐かしい安堵感を感じていた。
アラガル家の末子のサイラ君が、嬉しそうにサーリアちゃんに駆け寄っていた。
そういや、王妃の娘のラミナちゃんとは親しくないのかな?
そう思って見ていると、ラミナちゃんは長男のオルイズ君に視線を送っていた。
あっ、そっちなのね。
「ハルトさん、マイジュさん、お疲れ様でした。そしてありがとうございました。」
サラティーア王妃からの感謝の言葉に、その場にいるリビエート家とアラガル家の人達から頭を下げられたので、直ぐに頭を上げてもらった。
僕とマイジュさんは、顔を見合わせて笑みを浮かべる。
「ただの護衛でしたし、難しいことはしていないから、そこまで感謝されるのはちょっと恥ずかしいです。」
「そういえば、ハルトさんは、絶対に成功すると確信していましたし、私が関与していることも隠せると断言していましたけど、どうしてですか?」
僕の言葉に、直ぐに反応したマイジュさんの問いに僕は少し驚く。
「えっと、馬車の床下を見られなければ、国外避難させている事なんて判らないじゃないですか。だから、それさえ守ればいいから、もしそういう場面になったら、気絶させるなり、別の騒動起こしたりとかで、なんとでもなりますから。」
「なんとでもなるって…」
「最悪、僕が囮になれば済む話だったので、僕一人なら、あの壁を越えるのは簡単ですからね。」
呆れ顔なのか困惑しているのか判らない視線を僕はマイジュさんだけじゃなく、王妃さん達からも向けられていた。
「まあ今回は、まったくそういうのは無かったですからね。モーリストさんの騒動以外は全然余裕でしたし。」
僕は忘れていた疑問を尋ねる。
「そうでした。そもそも、国外出るのって凄く簡単でしたけど、緩和されたのですか? エイルさんも普通に出国してましたし。」
僕の疑問に答えてくれたのはエーシャル婦人でした。
「出国が制限されているのは、魔法付与の工房勤めの人や役人ですね。あとは純潔のファルザ民も制限されてます。まあ、例外的に出国できますので昔ほど厳重ではなくなりました。」
「なるほど、だから家の前には警備兵がいたけど、出国ゲートは甘かったのですね。」
「はい。商業の利益だけが収入源なので、出国ゲートを厳しくすると収益が下がりますからね。」
ってことは僕が出しゃばらなくても、良かったんじゃ…
「ハルト君が動いたからこそ、楽に事が進められたと思っている。」
え? 僕は顔を上げてトーラスさんを見る。
笑みを返すトーラスさんは、僕の表情から、思っていた事が伝わっていたようです。
「まさか15歳の執事見習いが、離国の手助けをするなんて思ってもいないだろう。」
「え?! あの偽造カードって15歳になってたのですか?」
「ハルト君なら、違和感ない年齢だと思ってな。」
まあ…たしかに、この世界の人から見たら、幼い容姿ですけどね。
来賓室の場が和んだので、僕は部屋に戻って夕食まで寛ぐことにしました。
エイルさんの事は後回しです。
隣を歩いているアイザにどう説明しようか悩んではみたけど、やっぱりそのまま言う以外の選択がありませんでした。
まあ、その話は夕食後にしよう。まずはこれを渡さないとな。
僕は、胸ポケットから、ペンダントの入った箱をアイザに見せる。
「これ、アイザによさそうなやつがあったから買ってきた。心の中で魔法詠唱が唱える事が出来るから、不意打ちに使えるんじゃないかとって思って。見た目とか気に入らなかったり、別に必要でも無かったら着けなくてもいいからね。」
「今から開けてもいいの?」
「今すぐ感想聞きたい気持ちもあるけど、今はお風呂で疲れを流したいから、あとで部屋行ってもいいかな?その時に感想聞かせてほしいな。」
リボンで包装された箱を見ながら「うん、わかった。」とアイザが答えたので、僕は部屋の扉を開けてアイザに「またあとで。」と言った。
「お帰りなさいませ、ハルト様。」
部屋ではライエさんが僕を出迎えてくれていた。
「ライエさん、ただいまです。今からお風呂に入りたいのですがいいですか?」
「はい。今からご準備させて頂きます。」
冷静を装う僕だけど、ちょっと胸がドキドキしている。
今は諦めて貰ってるはずだし、何もないよね…
「準備が整いました。ハルト様、どうぞこちらに。」
ここからはライエさんの姿が見えないので、意を決して僕は脱衣室に入った。
そこには、メイド服を着ているライエさんが待っていた。
「上着とズボンをお預かりします。」
僕の脱衣を手伝ってくれたライエさんはシャツとパンツになった時に、脱衣部屋から出て行った。
「はぅ…」
僕は、期待と不安と安堵と残念とかの気持ちが混ざり合った溜息を深くついていた。
だめだな。ライエさんは僕の約束をちゃんと守ってるのに、肝心の僕がうろたえてたら失礼だろ。
しっかりしろよ、俺!
依頼の疲れを洗い流すと同時に、僕は煩悩も流そうと、湯船に長く浸かっていた。
緊張も解けたのかな…なんか眠くなってきた…




