イストマイジール・エトラシア 2
私はハルトさんが座っている対のソファに座って話を聞かされる。
「それは判りますが、ハルトさん独りでするには負担がかかりすぎのでは…」
私はハルトさんの正論に返す言葉がなかった。
私の事を何も聞かずに、私の立場を感じた少年に何も言えなかった。
もう、全てを明かすべきなのだろうか…
私はイストマイジール・エトラシア。
エトラシア王国の第一皇女だった。
いや、今もその地位は残っている。私が勝手に捨てただけで、弟のギルミアが王位を継がなければ私は戻らなくてはならない。
弟は、よくできた子で、国民も王族も次期王様として期待しているから暗殺とかそういうのは心配しなくてもいいけど、病気や怪我だけが心配だった。
その弟は、来月に戴冠式が執り行われて、正式な跡継ぎになる。
エトラシア王国。
バルディオ帝国に隣接する小さな国の一つ。
バルディオ帝国の北側に位置し標高の高い山を越えた先にある。
沢山の湖と、森を開拓した畑で、食料には不自由しなかったけど、冬には気温が下がり雪が少し積もる事もある。
春になれば花が咲き誇り、夏は涼しく、秋になれば山々が色付く。
私はそんなエトラシア王国が大好きだった。
私の父と母は、国王と王妃。
長女として生まれた私を、国の人達はとても優しくしてくれた。
母の妹になる叔母様の、長女のミリティーラは二つ年下。弟のギルミアと同い年でもあって、小さい頃は3人で遊ぶ事が多かった。
私が15歳くらいになると、弟は勉学に興味を持ったのと思春期が重なって、ミリティーラと二人だけで遊ぶようになっていた。
丁度その頃から、体を動かすのが好きだった私は剣術を習い始める。
「ミリティラも一緒に習えばいいのに。」
「私は運動得意じゃないですから。それにお姉さまを見ている方が楽しいです。」
弟も武術は全然駄目で、将来が心配だと騎士団長のロックさんが嘆いていたけど、私が生まれる前に結ばれた平和協定で、これからは経済力が大事だとお父様やお母様が言っていた。
気候的に魔獣が少ない国だったことも、その気持ちを強くしたのだと思う。
「マイジール姫は本当に剣が好きなのですね。」
いつも剣術の稽古をしてくれるロックさんは、50代のがっしりとしたおじ様でした。
「はい。弟が国を豊かにする為に頑張っているのだから、私はこれで国を守るのよ。」
「私としては、この上なく嬉しい限りですが、そろそろ恋愛にも興味を持たれたりしてくれると良いのですが。国王様や王妃様から、少しお叱りを頂きました。」
私はもうすぐ20歳になり、戴冠式を受ける事になっていた。
「私を惚れさせる人が居ないのがいけないのです。」
「その通りだと、私も思っていましたが、私の口からそれを国王様達に言えるはずなどないですからね。」
私もそうだったけど、騎士団長のロックさんも本気で私の結婚を勧めるつもりが無いのは普段からの付き合いで判っていた。
「戴冠式は弟に譲るつもりなのです。私は国を出て外を見てこようと思っています。」
私の突然の告白にロックさんは固まるほどの驚きを見せていた。
「マイジール姫! それは、どうしてですか?!」
「色々と、思うところがあるのよ。頑張っている弟の方が、今の国の方針に合っているし、私はこの国以外の事を知りたいとも思っているし、剣士として、もっと高みを目指したいとか色々とね。」
嘘ではなかったけど、本当の理由は別の所にあった。
絶対に、それだけは誰にも言えなかった。
そして私は、お母様だけに本当の理由も打ち明けて、この国を出た。
身分を隠し最低限のお金と荷物を持って旅立った冬。
それからもう2年の歳月が流れていた。
傭兵としての生活にも慣れ、実力も認められ、私は今の自分が気に入っている。
だから私は、今の生活を続けていく為にも、素性を明かす事は出来ない。
私の素性を知っているのは、誰もいない。
男装している女性だとは一部の傭兵達には知れ渡っているが、彼らは私を一人の剣士として扱ってくれている。
ハルト君とは、今の関係を続けたいと願っているから…女性だと明かす事すら躊躇っている。
ハルト君の性格からだと、女性だと知れば、さらに気を使ってくるだろう…
私は剣士として対等に彼と接したい。
これは私の我侭だ。
いつかは、彼に伝えなければならない日が来るかもしれない。
今、素性を明かしたところで、私が亡命の手伝いを出来ない事には変わらない。
マイジュという傭兵が、イストマイジール・エトラシアだと世間に広まった時、私の行ってきた行動の全てが、国に返ってしまう。
私はハルト君の提案を黙って頷くしかなかった。
「すみません。私の家族に迷惑をかける可能性は否定できませんから、ハルトさんの厚意を素直に受け取ります。」
「いいえ。僕は全然構いませんよ。それに、亡命を強行するのは僕の身勝手な判断ですから。」
私は真っ直ぐな笑みを見せる彼に頭を下げた。
ハルト君に感謝の気持ちを示した私は、もうひとつの懸念に頭を悩ます。
それはミリティーラの事だった。
ミリティーラがどうして私が王女を捨てた理由を知っているのよ。
誰にも言えなかった理由…
胸が無い女性を、女性として認めない国の男達。
そのせいで、別の国に移住する女性も沢山いる。
そんな国の王女なんて、私に勤まるはずなんてないじゃない。
私も同じように、国を出た。
幸い私は剣術を習っていた事と、魔気で身体能力を高める事が出来たから、傭兵としての生活を選んだ。
髪も短くしてたのに、傭兵になっているとも、誰も知らないはずなのに…
私を知っている者達には、見破られてしまうという事なのでしょうね。
これじゃあ、エトラシア王国には絶対に近づけない。
はあぁ…後でもう一度、ミリティーラに釘を刺しておかないと。
ロビーで声を掛けられた後、ハルトさんに部屋で待って居て下さいと言った私は、彼女の部屋で話を聞くことにした。
何を聞かれるのか判らなかったので、私はミリティーラの連れている執事達を部屋の外で待ってもらう事にしてもらった。
「お姉さま。お元気そうで良かったです。」
ミリティーラは私の従姉妹で、いつも一緒で、姉妹のように過ごしてきた大切な妹。
「ええ、ミリティアも元気そうで、私もうれしいですよ。」
「それで、お姉さま! さっきの執事の子は誰ですの?」
目を輝かせながら、座っているソファから立ち上がりそうなほど身を乗り出すミリティーラに私はハルトさんの事を話した。
出会ってから共に行動している経緯を。
当然、今回の極秘任務の事を伏せて、ランクSのアクセサリーを見に来たとだけと。
話が終わるとミリティーラの表情が何故か暗くなっていた。
「お姉さまの事を男性だと思っていらっしゃるのですね。少し残念です。」
ミリティーラは何を期待していたのか少し判ったけど、彼とはそういう感情にはならない。
「外の国なら、お姉さまを女性として大切にしてくれる方に出会えると思っていましたのに…」
な! なにを言い出すのだ。
私はそんな理由で国を出たのでは無いのよ!
って、なんで私の胸の事を知っているのよ!!
「ミリティラ…もしかして、私の胸の事を知っていたのですか?」
「はい。何度も抱きついていたじゃないですか。だからそうなんだろうと思っていました。」
誤魔化し用にパットを入れていたけど、流石に感触までは再現できてなかったのね…
「その事は、誰かに言っては無いですよね? 」
「もちろん、私の胸の内に秘めていました。」
ミリティーラの嘘の無い笑顔に、私は胸を撫で下ろす。
「それでですね。私はある情報を確かめる為に、ファルザ公国に行くのです。」
真剣な顔つきになったミリティラに、私は今回の任務と関係する事なのかと、少し肩の力が入る。
「それはどんな情報なのですか?」
声の質を下げてゆっくりと話し始めるミリティーラ。
「それはですね…着けるだけで、胸が大きくなるアクセサリーが開発されたというのです。」
はい? え! もしかしてミリティーラも胸が小さいのか?
「ミリティラも、胸が小さいのですか?」
私も声を落として、聞いてみる。
見た目的には十分あるように見えるけど、私と同じようにパットなのだろうか?
「いえ、もちろん。お姉さまの為です。」
「わ! 私の為って!!」
思わず声が大きくなってしまった。
「だって、もしそれで、お姉さまの胸が大きくなれば国に戻ってきてくれるでしょ?」
いや…まあ…その可能性は…あるとおもうけど…
結構、傭兵しているのも楽しいと思っているのだけど…
にしても! 私のことでそこまで思い詰めてたの?!
鎧を着ていなければ、抱きしめる程の衝撃だった。
「ありがとう。ミリティラがそんな気持ちでいたのに、私はミリティラに黙って国を出てしまって。」
「いえ、それはもういいです。こうやってお姉さまに会えたのですから。」
今すぐに鎧を脱ぐべきなのでしょうか。
久しぶりに会った妹に、私は昔の感情が呼び起こされていた。
「もしよろしければ、ご一緒にアクセサリー店回りをしませんか?」
ミリティーラの提案はごく自然な事だった。
だけど、私達の任務は『アラガル伯爵家の現状確認からの亡命も』なので、断る事しか出来ない。
期待の目で見るミリティーラに告げる言葉に私の胸は締め付けられていく。
「ごめんなさい。少し面倒事になる依頼も実は受けていて、ミリティラを巻き込みたいくないの。今回は諦めてください。」
「そうですか…」
悲しく俯くミリティーラに言葉を続ける。
「この依頼が終われば、会うことも出来るから、その約束をしましょう。」
私はミリティラと会う約束をして、部屋を出た。
ハルトさんが待つ部屋に戻った私は、普段通りのハルトさんに促されお風呂に入り、どう説明しようか悩みながらリビングに戻ると、ハルトさんらしい提案を聞かされて受け入れた。
「では、少し段取りを変えますね。」
そう言ったハルトさんは、ゆっくりとした口調で話始める。
「そうですね。まずは最初の入国審査を済ませた後は直ぐに別行動しましょう。僕は徒歩で、目的のアクセサリー店に向かいます。マイジュさんはそのまま馬車で『草原の息吹』を購入してから店に来て下さい。」
私は、「判りました。」と答える。
「僕は商人さんの安否を確認してから、アラガル伯爵家に向かって、亡命の準備をさせて連れて来ますので、その店で待っていて下さい。亡命方法は、確定でないですが、その時に色々と考えながら、進めていきましょう。」
「と、言うと?」
「基本は、『馬車の床下に隠れて門を出る。』ですから、それを確実にするための追加要素的なことかな。」
「なるほど、そうですね。何が起きるか判りませんからね。」
亡命も失敗する可能性は十分にある。
だけど、ハルトさんからはその懸念がまったく感じられないのは何故だろう…
私には理解出来ない事だった。
「それじゃあ、ご飯に行きましょうか。いえ…」
話を止め、考え事を始めたハルトさんに私は声をかける。
「どうかしましたか?」
「えっと、先ほどの知り合いの方と食事に行きますか? 僕は一人で済ませますので遠慮しなくていいですよ。」
そんな事まで考えてくれたのですか。ハルトさんは本当によく見ているのですね。
「いえ、大丈夫ですよ。彼女とは、次に会う約束をしてきましたし、それに今は一緒に居ない方が良いと思います。明日の任務の関係者だと思われたら。」
「そっか! そうですよね。マイジュさんが亡命の加担者だと最悪知られる可能性も考えておかないと駄目でしたね。すみません。」
ハルトさんは私を加担者にさせない案でも隠しているのでしょうか?
まあ、車内の底上げに気付かなければ、床下を調べる事なんてしないでしょうし…
出国を何事も無く抜けられる自信があるという事なのでしょう。
「そういう訳で、いつも通りに食事に行きましょうか。」
ミリティラにも、今日は私達に近づかないように伝えてある。
理由は、今話していた懸念の事なんてその時は思ってもいなく、ただ単にハルトさんに私の素性を知られたくないだけでしたが、結果同じことなので良いのです。
食事を終えて部屋に戻るとハルトさんは服を脱いで寛いでいます。
そして、私は今日もシャツと下着だけのハルトさんの姿を気にしないようにベットに入りました。
「僕はもう少し、地図の確認をしてから寝ます。」
「はい。お先に寝させてもらいます。」
いつもはこんなに早くに寝たりはしません。
ですが、落ち着かないのです。
傭兵業で普段から男性の下着姿を見慣れていましたが、何故かハルトさんだけは気になって仕方がないのです。
あれです。理由は同じ部屋に居るということなのでしょう。
あと、いつも見慣れている筋肉隆々のオジサン達じゃないですし、自慢するように脱いでいる訳でもないからでしょう。
正直、私も服を脱いで寝たいです。
私もゆっくりと寛ぎたいのです。




