リビエート王国 2
馬車はアクセサリー店に到着する。
王妃様直々に来店されているのです、それはもう大慌てですよね。
王族の馬車が着いたのを見た店員さんが驚きながらも、丁寧に挨拶をしたまでは良かったのだけど、降りた人物が王妃様だと判ると否や、硬直からの、言葉を詰らせからの、扉に足を強打して、涙目で扉を開けている。
ここで、声をかけるのは更に可愛そうになる気がして、僕は見なかった事にして王妃様の後をついていった。
店員総出で、お迎えです。
この短時間でこの対応は凄いと思ったけど、扉で強打した彼が、時間稼ぎになったようで、結果的に、好プレイでした。
「いらっしゃいませ。」
一同が声を揃えて王妃様を迎える。
僕は、場違いな気分で眺めていたが、アイザは何も気にもしていないようだった。
「彼に、魔法付与アクセサリーを色々と見せてあげてください。」
店員の視線が僕に移る。
すっごい、見られているんですが…まあ、そうですよね。王妃直々に世話をする人物ですからね。そりゃ、そんな視線になりますよね。
「どういう効果をお望みですか?」
年配の男性、たぶん店長か支配人クラスの人が僕に訊ねる。
魔法付与品に関しての知識は、当然教えて貰っている。
付与効果は、大まかに分けると、『保護系』『魔力上量系』『魔法付加系』に分かれ、ランクが上がると、もちろん効果が上がる。
アクセサリーの種類である程度の基本があり、指輪はアクティブ発動(魔力を流した時に発動)で、ネックレスはバッシブ発動(身に付けると発動)、アクティブ発動は魔力が必要だけど、バッシブ発動は魔力を持たない人でも効果がある。
魔法付与技術は、ファルザ公国だけの機密産業で、最高品質のAランク品の相場は金貨20枚から50枚。
そして、Sランクと呼ばれる品は金貨100枚以上の値段で、直接買いに行かなければならない。
「アイザ、欲しい効果ってある?」
「えっ? 私?」
「そう、旅の記念になる物って思ってね。アイザの欲しい物がなければ『保護系』でもいいかな?」
「そうね。それでいいわよ。」
男性が、Aランク品の『保護系』アクセサリーを、全て僕たちの前に並べる。
「アイザ、見た目で欲しいのは、どれ? いくつか選んでみてよ。」
付与効果よりも、まずは好きなアクセサリーを選んで欲しかった。
「えっとね。これと、これと…」
指輪が3つに、ネックレスが4つ。僕はそれぞれの効果を聞く。
アクティブ発動の方が効果が高いと知り、魔法攻撃も物理攻撃も弾く盾を具現する指輪、『エイラの盾』を選んだ。
理由は、アイザの魔法は、全て詠唱時間がいる魔法なので、即時に身を守るのに適しているから。
見た目は幅広で、12角の銀の指輪には、模様のような柄があり、これが、銀の内部まで続き、ひとつの魔法紋章になっていると説明を受けた。
金貨35枚を支払い、僕はアイザに差し出す。
「付けてくれるんでしょ。」
「もちろん。」
そう言ってから、サイズの事を、まったく考慮していないことに気付く。
「どの指に合うかな?」
盾は付けている手に発現するので、必然的に左手になる。
で、薬指になってしまった。
この世界にも、指輪の付ける場所に意味はあるのだろうか…
よし、ここは、何も言わずに付けます。
「どう?」
「うん。ありがと。」
うつむいたまま、静かに笑顔を見せるアイザでした。
なにも言わないし、店員さん達の態度も普通だし、意味は無さそうかな。
「付与の効果を、お試しください。」
男性店員の言葉にアイザは頷く。
すっと、掌を前に出すと、半透明なガラスのような盾がアイザの前に現れている。
アイザを全て隠すほどの大きな盾だった。
「素晴らしいです。魔力が少ない方だと、盾が小さくなってしまうのですが、完璧です。問題ありません。」
「まあ、当然よね。」
僕に見せたアイザのドヤ顔も、可愛いです。
「ハルトさんは、アイザさんの事が、本当に大切なのですね。」
サラティーアさんの優しい笑みに、僕は素直に、
「この世界に来て、独りになると思っていた不安を、消してくれましたからね。毎日楽しいと思えているのは、アイザのおかげです。」
それを聞いていたアイザが、指輪を眺めなら、
「私もハルトで良かったって思ってるから。」
アイザの不意打ちに、僕は嬉しさと恥ずかしさから、耳が熱くなっているのが判った。
王宮に戻った僕達は、来賓者が寛ぐための部屋に案内される。
部屋には、僕達の戻りを待っていたマイジュさんが一人、テラスでお茶を飲んでいた。
「ただいまです、マイジュさん。」
「おかえりなさい。良い物ありましたか?」
僕はアイザの手を見せて、効果も伝えた。
「なるほど、ハルトさんらしい選択ですね。」
マイジュさんの笑みがアイザに向けられている。
「マイジュさんのは、Sランク品なのですよね? ファルザ公国かぁ~見に行ってみたいけど、寄り道になるしなぁあ。」
「ファルザ公国経由でも、目的地への日数はさほど変わらないと思いますよ。」
サラティーアさんからの回答で、僕は少し行ってみたくなる。
「ですが、今の内政があまり良くないと聞いていますので、観光には不向きだと思われます。」
これには、僕だけじゃなくマイジュさんも驚いたようで、
「そうなのですか?」
「はい。ですが、アクセサリーの買い付けだけでしたら、係わりになる事もないでしょうし、大丈夫だと思います。」
僕は、『ファルザ公国』の内政が気になっていた。
たしか、戦争中はリビエート王国と同盟していて、友好的な相手だと聞いていたのに、サラティーアさんの寂しそうな表情が、僕の心を締め付ける。
「ファルザ公国になにかあったのですか?」
「そうですね…」
少し、躊躇いを見せたサラティーアさんは、ゆっくりと口を開いた。
「1年ほど前でしょうか、それまで公国の君主だった『アムド・アラガル伯爵』が、他国に機密産業の魔法付与の製法を教えたという罪で、その地位を剥奪され、新しい君主に変わりました。その君主の政策が、『魔術産業の拡大で国を豊かにする。』なのですが、実際の中身は、倫理的に禁術とされていた製法を使って、新しい兵器を作り出し、他国に売っている。という話です。」
「そして、その政策に反対している人達を反逆者扱いで排除しているとも、聞いています。『アムド・アラガル伯爵』の人達は、今は無事みたいですが、いずれは…」
「サラティーアさんは、アラガル伯爵は無実だと思っているのですよね?」
「はい。そういう事をする人ではないと、確信していますから。」
今の君主の策略で、失脚させられたと、思っていいのだろうか?…
片方の情報だけで判断してはダメだから、実際に見てみないとだなぁ…
でも、実際に行ったところで、何が出来るわけでもないし…
アイザも居るからなぁ…
「実は、密書のやりとりをしていた者が、期日になっても戻って来てないのです。アラガル伯爵の夫人と子供3人を、内密に移住させる段取りをしていたのですが。」
数秒の沈黙だったのだろうか?数分経っていたのかもしれない。
僕の思考を一番に理解していたアイザが、
「私は、ここで待っていても良いわよ。」
僕は思考を止め、アイザを見る。
強がっているけど、不安と寂しさが滲み出ている顔に僕は、どう答えたら良いのか迷っていた。
「助けたいと思ってるんでしょ? 私の事で、後悔するのは嫌よ。」
「だけど…」
「絶対に、私との約束は守ってよ。」
アイザの目が、うっすらと潤んでいるのが判った。
「ごめん、ありがとう。ちゃんと、戻ってくるから。」
それからすぐに、ラミナ姫とサーリアちゃん以外のリビエート家の人達と、朝の応接室で詳しい話と、すべき事を話し合った。
ファルザ公国は、鎖国制度の名残から、国境に高い壁が建てられていて、入国するには、ゲートのある街で入国審査を受けなければならない。
公国内には、傭兵組合も存在しないので、入国の許可が下りるのは、買い付け人かマイジュさんのように直に買いに来る人なので、僕の入国理由もそれにする。
商業区画以外への立ち入りも禁止されているので、密書の受け渡しは、一軒のアクセサリー店で行われているので、今回もその店に行って、戻らない買い付け人を探す事から始める。
その店自体が、もう使えない状態になっている可能性も十分あり、その時の対応も色々と話し合い、出た答えが、『僕が直接アムド・アラガル家に潜入し、国外に家族を連れ出す。』になった。
魔術産業の国内秘事を守る為、国民のほとんどは国から出ることが出来ないので、脱出用に改造した馬車で今回は入国する。
入国ゲートの街までは2日かかり、3日目の朝に審査と入国をして、同日の夕刻までにリビエート国に戻る。
そして、今回の作戦は、リビエート国の人間が係わると今後の情勢にも影響するので、僕とマイジュさんの二人だけでの任務になる。
応接室を出た僕は、夕食までの時間をアイザの部屋で過ごす事にした。
二人でゆっくりと、話し合う為に。
「そうだ。Sランクのアクセサリーを買ってくるから、指のサイズを教えてくれる?」
「どの指?」
「今付けている指以外全部かな。どこかに合えば買えるからね。」
「判った。」
僕は、急いで自分の部屋にあるリュックを取りに走る。
アイザの指に紐を巻き、ペンケースに入っていた定規で長さを測る。
それを、メモ帳にすべて書き込んでいった。
ゆっくりと測ったので、それだけするのに20分近くかかってしまった。
僕は、最後の指のサイズを書き込み、メモ帳から剥がす。
「このリュック、アイザが預かってくれる?」
「うん。預かっておく。」
「ありがとう。5日後には戻ってくるからね。」
それから、色々と話そうと思ったけど、結局、何かをすることもなく、話すこともないまま、夕食までの時間を過ごした。
夕食後は、サーリアちゃんと少し話す事にした。
明日の1日は、サーリアちゃんと街の観光をする予定を取り消した理由と、次の約束をする為に。
「サーリアちゃんはアラガル家の子供達と友達なんだよね。」
「はい。数回しか会っていませんが、友達です。」
アラガル家の子供は、17歳の長女、15歳の長男、8歳の次男の3人で、君主時代の交友で仲良くなり、特に次男のサイラ君がサーリアちゃんにベッタリしていたと、ルシャーラさんから聞いていた。
「一日でも早く助けたいと思ったから、僕は明日、ファルザに向かうことにしたんだ。その後は、遅れた日程を考えて、すぐにアイザと次の街に行くと思う。なので、サーリアちゃんとの観光は、アイザを送り届けてからでいいかな?」
素直に頷くサーリアちゃんに、小指を見せる。
「じゃあ、僕の世界の約束の儀式をするね。小指を出してくれる。」
「ゆびきりげんまん。うそついたら、はりせんぼん、のぉうます。」
最初恥ずかしそうに指を出していたサーリアちゃんは、キョトンとした目で僕を見る。
「じゃ、指離すね。」
絡めた小指を離すと、いつも見せる少し俯いて僕を見る仕草になり、今は少し寂しそうに見えた。
僕を好きになったのは、僕が貰うと言ったからなのだろうか…
助けただけなら好意だけで、終わっていたのかもしれない。
助けた後、あまり話す事が無かったのは、サーリアちゃんの性格で、恥ずかしかったのだと聞いた時は、愛らしく見えて、そして、罪悪感も少し出た。
「それじゃあ、行くね。」
「はい。お気をつけて下さい。」
部屋に戻り、お風呂に入る事にしたのだけど、ライエさんが居ます。
「今からお風呂に入ります。」と言ったら、「はい。」と言って、脱衣所に一緒に居ます。
さて・・・これ、どこまで手伝って貰うのが正解なんだろう?
客人にどこまでの接客をしているのか、僕に判るはずもない。
「あの…着替えは一人でも出来ますので、ライエさんは外で待っていてくれますか?」
「そうですか。では、お召し物をこちらに置いてください。着替えを準備しますので。」
良かった。こっちの意思が通りました。
そうだよね。お客さんが嫌がることをするはずなんて無いよね。
なに変な展開を期待してたんだ俺。
お風呂に入って、僕は明日からの事を考えていた。
旅のガイド本には商業区しか地図がなく、アラガル伯爵が居る場所までの地図は明日までに準備すると言っていた。
アラガル伯爵の家族を、住まいから商業区まで誰にも見つからずに連れ出すなんて事、出来るのだろうか? 夜ならまだしも、昼間からだし…
変装する段取りだと聞いたけど、いまいち不安なんだよなぁあ。
入国審査で、傭兵の身分証明カードを見せるから、見つかると今後の事が面倒になりそうだし、係わるの、ミスったのかなぁあ…
まあ、僕はそれでもいいけど、マイジュさんを巻き込まないようにしないとか。
「んぅう~ん。細かい段取りは、明日から考えるかぁあ。」
湯船に深く沈み、腕を伸ばす。
「お背中を流させて貰いますね。」
ライエさんが、メイド服のまま浴室に入って来た。
「えっ! いや、そこまでしなくて結構ですよ。さすがに恥ずかしいですから。」
定番のイベント発生したよ。と思いながら、なんでメイド服のままなの?
と、少し残念になっている自分がいた。
「ですが、何もしないとなると、私の立場が…」
いや、そんな事を言われても、恥ずかしいのです。
「じゃあ別の事で、お願いします。そうだ、お風呂上りに冷たいお茶を貰えますか?
残念そうに「はい。」と、答えたライエさんが浴室を出て行く。
いったい、メイドの仕事ってどこまでするんだろう?
駄目だ。そっち系のイメージは童貞の僕には、無理だ。妄想が貧弱すぎる。
僕は、膨らむ妄想を祓うため、浴室が出て、急いで着替えを済ませる。
下着は自分のだったけど、服はバスローブ的な部屋着になっていた。
「お待たせしました。」
部屋に戻った僕に合わせるように、ライエさんがお茶を持ってくる。
「ありがとう。」
僕は火照った熱を冷やすために、一気に飲み干す。
冷たさで、僕の意識も冷静になり、落ち着きを取り戻した。
時刻は21時過ぎた頃か。
時計を見る余裕も戻り、僕はライエさんに早めに寝る事を伝える。
「はい。ベッドの準備をしますので、少しお待ちください。」
ライエさんが空になったコップを下げに待機場に戻る。
ベッドの準備ってなんだろう?
もしかして、添い寝の事だったり…駄目だ。さっきの妄想がまた始まった。
それじゃあ、ただの娼婦じゃないか。失礼だろ俺!
自分を戒め、冷静な気持ちに仕切り直す。
「お待たせしました。」
うわぁあああああ!
僕が着ている部屋着とほぼ同じ格好で戻って来たライエさんに僕は、声が出ない声を出していた。
ここで声を出したら、隣の部屋からアイザが飛んで来るだろうし、咄嗟の反応だったけど、『よくやった。』と、自分を褒める。
「ライエさん、その格好は?」
冷静な振りで、対応する。
「ハルトさんのお相手をするので、服を脱いできました。」
これ、良いのか?
ここまでしてる人に、僕はどうしたら良いのですか?
この世界のメイドさんって、こういうものなのですか?
「えっと、お相手というのは?」
ここで、僕の予想を裏切ってくれる回答がくることを、少し期待する。
よくある、期待させといてからの、空かしってやつを。
「もちろん。性的なお勤めを。」
そう言ったライエさんの恥らう姿に、僕の心臓が一段、加速する。
あ…これマジのやつだ。
どうするんだ俺!?
お風呂場での『私の立場』って単語を思い出す。
していいのか? しないと駄目なのか?
メイドを付けたって事はそういう事なのか?
僕は、王妃さんとルシャーラさんの顔が浮かんだ。そして、ある仮説が閃いた。
「もしかして、王妃様達の命令ですか? それとも、メイドの業務として普段からしている事なのですか?」
「あっ、えぇっと。それはその…」
戸惑いを見せるライエさんは、小さく答えた。
「私個人の意思です。メイド業務にそんなものは無いですし、王妃様達も関係ないです。」
はい? えっ? 完全に僕の仮説は消えました。
ライエさんとの既成事実で、ライエさんと結婚させられてかの、6年後のサーリアちゃんの求婚まで他の人と結婚させない作戦だったのかと、思ったけど違いました。
呆気に取られ中の僕に、
「ハルトさんなら、将来を約束された生活を送れそうだと思いまして、それに私の好みでもあるし、女性を大切にしている方なので、妻にしてくれるかなって。もちろん、こんな事するのは初めてですよ。私も勇気だしているのですから。…あの、それと、この事は王妃様には内緒でお願いします。」
ちょっ…怖いよ。
ライエさんの頑張りが怖いです。
もし、聞かずに受け入れてたら、ライエさんの思惑通りに結婚していただろう。
そして、そうなったら、王妃さん達は僕が思った作戦をライエさんに命令するだろう。
絶対に…
じゃあ、思惑に乗らずに、するだけする。なんて事をしたら…
アイザに殺されそうな気がする。
確実に…
アイザとは、そういう関係では無いけど、確実に殺されるのは判る。
「ごめんなさい。ライエさんは魅力的で僕の好みでもありますが、今は無理です。」
あぁああ…この状況を断る人生なんて! 人生なんて!!
アニメなら血の涙を流している場面です。
くっそぉおおおおおおお!
「そうですか…残念です。」
僕もです。
「じゃあ、いつなら良いですか?」
ライエさんは、諦めるつもりはまだ無いようです。
「えっと、アイザを送り届けてからなら?」
僕は釣られて、本音を口に出してしまった。
俺も諦めてなかったぁあ!!
「あっいや! 結婚とかじゃなくて、恋人として? お試しみたいな感じの付き合いみたいな? 」
駄目だ。これじゃあ、肉体関係だけを求めてるのと同じじゃないか…
理性が欲望に負けそうです。
「そうですか、判りました。約束ですよ。」
この約束に、『ゆびきり』は出来ないです。
「あっはい。よろしくお願いします。」
ライエさんの見せた笑みを、僕は直視出来なかった。
「では、今日は部屋に戻ります。」
待機場に戻ってメイド服に着替えたライエさんが、部屋の出口で僕に頭を下げる。
「それでは、また朝にお伺いします。おやすみなさい。」
そして次の朝、僕は寝不足の状態で、ライエさんに起こされる。
僕を見つめるライエさんの笑顔を、また僕は直視することが出来なかった。
朝食を済ませた僕は、アイザと皆に見送られながら、ファルザ公国に出発する。
馬車の騎手をマイジュさんが務めているので、僕は独り、車内の窓からアイザを見えなくなるまでずっと目を離さなかった。
そして、アイザの姿が消えた後、「いってきます。」と心の中で、呟いた。




