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おたべさんはダンジョンマスター  作者: いきぬき
私はダンジョンマスターである。ダンジョンはまだない。
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Side:ルフェ

ルフェ君からはどう見えているのか。


(ルフェ視点)


 目の前を歩く小柄な老人…自称おじさんは、キョロキョロと物珍しそうなそぶりで街並みを眺めている。帽子の隙間からはみ出した、晴れた日の雲みたいな色をした髪が風に吹かれて揺れていた。

 通行人の中にはその色が髪だけにとどまらず、鼻先まで巻いたストールの間から覗く肌にまで及んでいることに気付き、ギョッとした顔で見てくる者も居る。

 それほどまでに、彼の姿は珍妙だった。精霊(エルテル)種に連なる種族にとって、異形や特異な色合いなどただの個性に過ぎないが、この都市に居るほとんどの者は王国人として普遍的な純粋人(ピュリア)だ。獣相人(アニマリア)もここらではやや珍しいほどで、つまり市民は異人種に慣れていない。視線を集めてしまうのは当然だった。しかも彼はこの暖かな時期に合わない厚着をしているのだから、その姿を隠していても目立つものは目立つ。


「着せといて何だけどさ、春先にその格好は暑くない?」

「そうか?普通だが…まあ半精霊だからな」

「ふぅん。実体でも暑さに強い種族なんだ。炎天精(カルシシ)系の間霊人(ヒュムリスタ)かな?それとも炎霊人(カヴォリスタ)の系譜?まさか精霊人亜種(パネマ・エルフィア)炎精人(カヴォルシア)じゃないよね?彼ら完全実体だし」

「単語の意味がほとんど分からん。ルーツなんて学者(オタク)じゃないんだから知るわけないだろう。そもそも故郷を離れたのは幼い頃だ。記憶も薄い」

「残念。故郷の人の異形って覚えてる?」

「特定の異形の集まりではなかった。半精霊は交雑が激しいからな。雑種(ハーフ)の集まりだったのかもしれん。それに、私は異形無しだ。他の者と体質が異なっていても不思議ではない」


 そう口にするおじさんはどこかばつが悪そうな顔だ。きっと俺にまだ話していないことがあるのだろう。その身の上から考えて、デリケートな問題であろう彼の秘密にこちらから踏み込むつもりはなかった。貴重な観察対象(サンプル)に逃げられては困る。


 彼が通り過ぎた店の前で立ち止まり、呼び戻す。


「ここが靴屋か?」

「うん。旅には良いブーツが不可欠だからね」


 おじさんの持っていた盗品と思わしき物の中には、明らかに騎士階級が持っていそうな革のブーツが数点含まれていた。衣類のサイズはもう自分たちの手で調整済みだが、革靴はそうはいかない。

 質の良いブーツの中でもギリギリ旅人が持っていそうな質の物を選び、こうして靴屋(プロ)にサイズ調整を依頼しに来たのである。


「らっしゃい」

「旅靴の調整を」

「靴出してソコ座んな」


 めったに買い換えることなどない靴を扱う店が平日の昼下がりに繁盛しているはずもなく、入った店に他の客は居なかった。新品より低価格で一般的な中古品の木靴や布靴、安い革が僅かに使われたサンダルなどが積まれたカゴの向こう、カウンターの奥でなにやら作業していた店主がそれを中断し、カウンターの近くにある椅子を指差す。

 良く分かっていない様子のおじさんを椅子に座らせて、店主にブーツを出して渡せば、まじまじと眺めて頷いた。


「小さくするってんなら手間賃だけで済むぜ。端材(はざい)はどうする?ウチで引き取るか?」

「良い革でしょ。手間賃で相殺しといてよ」

「チッ…大銀貨3枚だ」

「大銀貨1枚くらい負かんない?端材けっこう出るっしょ」

「そうだなぁ大銀貨2枚と銀貨8枚だな」

「ケチぃな。大銀貨2銀貨1」

「アホか大銀2銀7」

「う~ん2、2」

「2、7」

「2、2」

「……2、6」

「2、3」

「2、5!コレ以下ならほか行きな!」


 端材とはいえ革は新品のサンダルなどに利用できるだろう。あのブーツをおじさんの足のサイズに直すにはかなり切るだろうし、それをゴミ扱いしてタダでくれてやるつもりはない。

 サイズ調整の段階で、乳白色を通り越して骨体魔(スケルトン)みたいな色の素足を晒したおじさんに店主がおったまげたこと以外は、何の問題も無い買い物を済ませる。三日後に靴を引き取りに来る約束をして店を出た。


「で、次はどこに向かってるんだ?」

「昼飯」

「そうか」

「今日は屋台飯じゃないよ」


 さしたる興味も無さそうなおじさんを連れて、行きつけの食堂へ。中流階級(ミドルクラス)のエリアにあるちょっとお洒落な店に、それまで無表情だった彼が「お!」という期待の表情になる。


 思うにこのおじさん、なかなか良い暮らしを長期間してきた経験があるのではないのだろうか。

 俺が借りている部屋、持っている手鏡、今から向かう行きつけの店…自分で言うのもなんだが、普通なら遍歴学生(よそもの)が手を出せない中流階級(ミドルクラス)の物だし、手鏡なんかは上流階級(ハイクラス)に片足突っ込んでなきゃ手にできない代物だ。俺はそれを学校名と家名のコンボ、そして遍歴学生の中でも上等に入る稼ぎ、それとちょっとした副業の稼ぎで賄っている。手鏡は家から持ち出した物。

 それらを目にしても当たり前のような顔をして、それより下の生活を見て「不便そうだなぁ」という顔をするあたり、彼の「普通」の基準がうかがえるというものだ。


「イグドリのバリバリ焼き、焼き野菜スープ、粉ふき芋とバター、林檎酒…あとオススメのチーズ」

「私はボンチ茸とイグドリの煮込み、パン、それと……麦茶があるのか。ならこの大麦茶(バルテア)を」


 ほらね、やっぱり。おじさん、こういう店に慣れてる。

 普通の市民生活してたら「メニューを注文する」なんて体験しないはず。屋台で一品だけ、または食堂でも二品だけのメニューを口頭で紹介されて購入するのが世間一般の外食だ。そもそも普通はいくつものメニューが書かれたカードを見ても字が読めないだろう。

 しかし彼はそれを当たり前のようにこなしている。


「旨いな。特にこのキノコの食感がなんとも」

「ここらの名産だからね。ボンチ茸を生で食べれるのここら辺だけで、ほか行くと乾燥キノコで扱われてるよ」

「へぇ。しかし本当に旨い。久しぶりにまともな物が食えて嬉しいよ」


 おお、このレベルをまともな飯と言うか。俺だって行きつけとはいえ少し奮発する気分で通っているというのに。


 この店に連れてきたのは俺なので、ここはさすがに俺が支払おうとしたのだが、おじさんが顔色ひとつ変えずに大銀貨2枚を支払ってしまった。


「世話になりっぱなしだからな」

「ゴチになりまぁーす…ていうか今さらだけど、おじさんがまともにお金持ってることにびっくりしてるわ…だってお金無くても霊体化して好き勝手やってそうだし」

「酷いな。金は好き勝手やったらいつの間にか懐に入っていただけだ」

「あ~なんか分かったかも。服とか靴とかもそういう感じね…まあいいや。おじさんあとどんかいお金あんの?怪しまれないように旅行用具も揃えないとならんから気になるんだけど」

「うーん…金貨が3枚、大銀貨は15枚、銀貨28枚に銅貨が6枚だな」

「おー!なかなかだね」


 うん。俺も自分が真面目な人間とは思っていないけど、このおじさんは俺と同じくらいはモラルがゆるそうだ。これは良い。いくら研究対象でもクソマジメな相手とずっと一緒なのはしんどいからな。

 ああ、もしかしたら精霊やそれに連なるものは自由奔放な気質があるものだし、彼のそういう面がこれなのかもしれない。


「そういえば、仕事は大丈夫なのか?止めるんだろう?家庭教師」

「うん大丈夫。そろそろ契約終了なやつは予定詰めてもらって、どうしても進捗が途中になるやつは交渉しまくったら半分もらえたし、他のも片付けてきたからね」

「片付けるのに一週間かかる、みたいなことを言ってたが、早いな」

「そりゃ俺、王立学院の学生だもん。研究優先するって言ったら商人程度じゃ食い下がれないもんよ。貴族の客も居たけど、話がわかるタイプだったからあっさり辞めれたってのもおおきいかな」

「王立学院。コクリツダイ…いやガクシュウインみたいなものか?それともトウダイ?」

「コクリ…ガク、ダイ?」

「独り言だ。気にするな。王立の学校に入れるのだから、君は優秀なんだな」

「まあね」


 自慢じゃないが叡智(えいち)の都と名高い王都(アーネリアン)の最高学府なのだ王立学院(アルネラ)は。自慢じゃないが。貴杖学園(サシュルエ)みたいな子息令嬢なら脳味噌が森人魔(トロル)でも入れるような場所とは違う。自慢じゃないが。


「ちゃんと学徒証明もあるんだよ。俺の身分証」

「ほぉ、そうなのか」

「ほら」

「あ」


 首から外し、おじさんに見せようとした学徒証明(ペンダント)が手の中から消えた。

 遠ざかる足音。ひったくりだ。


 クソ!大通りは中流階級地区(ミドルクラスエリア)より治安が悪いんだった!油断した!


「待て!!!」


 ボロ布を着た貧しそうな男の後ろ姿を追いかける。

 学徒証明は本人確認用の仕掛けが施されているため悪用される可能性は低いが、アレが無いと俺が困ることに違いはない。再発行してもらうとなると、かなりの面倒とお金と時間がかかる。それだけは勘弁して欲しかった。

 体力や足の速さには自信があったが、向こうも常習犯なのか逃げ慣れていてなかなか追い付くことができない。通行人などの障害物の使い方が上手いのだ。

 引き離されはしないが距離が縮まない。

 やがて曲がり角を上手く使われて、犯人を見失ってしまった。


「ああ…………クソ…」


 ものすごくショックだ。

 学徒証明は身分証だ。アレがなければかなりの不便が発生する。

 この都市に学徒寮は無い。失効手続きと仮発行手続きをするとなると、学徒寮があって入るのに楽な攻略都市に行くしかない。それは良いのだが、それまでは身分証無しだ。しかも仮の学徒証明から正規の学徒証明に切り替えるには、一度学院に戻らなくてはならない。つらい。


「おい」


 気が重くなってきた。とりあえず一度アパートに戻ろう。おじさんを置いてきちゃったから回収しないと。


「おい、受けとれ」

「へ?」


 肩を叩かれて振り向くと、おじさんがなに食わぬ顔で立っていた。こちらに差し出された手には見覚えのありまくるペンダントがぶら下がっている。


「え、え?!」

「取り返してきた」


 え!?!?!?……どうやって?!




作者すらダンマス物と忘れそうになる。

きちんとダンジョン構えるところは考えてあるんですけどね。

小田辺さんのモラルがゆるゆる(家ごと盗んだり殺人を厭わなかったり)なのは、やはり無意識から自身が人間じゃないと思ってるからですね。蟻が運んでるミミズの死骸を奪ったり巣穴を埋め立てたりしても、病むほどの罪悪感に苛まれる人はそうそう居ない…みたいな感覚。


■今のところ出てる貨幣はこんな感じ

・銅貨→10枚集めると銀貨に進化できる。

・銀貨→10枚集めると大銀貨に進化できる。


大銀貨も10枚で金貨に進化できます。

ちなみに銅貨の下には、流通している間に勝手に半分に切られた銅貨「半銅」や、もっとバラバラにされた「銅片」がありますが、ここまでくると貧民の世界です。

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