知らない間に漂白済み
はなしはあまりすすまなかった
遍歴学生であるルフェの主な収入源は家庭教師の代金である。各地を旅して得た知識を売っていると言えば分かりやすいだろう。彼の場合はそれだけでなく、都市や町の外を独り身で旅ができるほどに優れた武力を見込まれて、そちら方面の教師を頼まれる場合もあった。
どちらの場合でも、人にものを教えるにはそれなりに時間が必要だ。当然、家庭教師の契約は基本的に期間と成果が条件になる。
ゆえにルフェがこの城塞都市を出発するためには、現時点で契約中の仕事にどうにかして片を付ける必要があった。各地を巡る身の上で、バックレるには惜しい依頼料だったのである。
「一週間くらいで片付けてくるから、その間は観光でもしといてね。助手の申請は寮がある攻略都市に行かなきゃできないから、今のところは身元の無い状態で衛兵に捕まらないように気をつけてくれればいいんで」
「分かった。とりあえず目立たないように服を変えようと思うんだが、一般的な服装は君の真似をすれば良いのか?」
「うーん……」
これからルフェの助手として長時間を実体で過ごすにあたり、さすがにストライプのワイシャツと黒の上下という現代日本の服は悪目立ちしてしまうだろう。着替えるにしても、目立たないという目的がある以上は基準が必要である。
しかし私にはいまいちその基準が分からない。こちらで初めて見た衣服はぼろぼろの貫頭衣で、この都市では服装も上質そうな物から作業着じみた飾り気の無い物まで幅広く目にしているため、自分の身分ではどのような格好が良いのか見当がつかなかった。そもそも今の私の身分って社会的に見てどの程度なのだろうか。
「目立たないのは無理だと思うよ。おじさん顔立ちとか肌の色が珍しい方だから…」
「そんなに珍しいのか?」
確かに私は日本人そのままの顔立ちで、白髪混じりだが黒髪に黒目だ。肌も普通に黄色人種のもの。だがここらで目にする人々の中にも黒っぽい髪色や暗い茶色の瞳を持っている者は居る。肌色も日焼けした男たちを見ていると、そこまで目立つとは思えないのだが。
「だって真っ白じゃん。服変えただけで目立たないわけ無いよ」
「は?」
真っ白?
意味の分からなさに首を傾げていると、ルフェが手鏡を見せてきた。思わず鏡をわしづかんでしまう。
「ちょっ!鏡は高いんだから乱暴に扱わないで!」
「これが…私?」
なんということでしょう……じゃねーよ何だコレ。
白髪混じりとはいえ黒髪だったはずの、そう、灰色じゃない。白髪染めシャンプー使ってたんだ私は。
……そんな努力の結果が鏡の中でコピー用紙みたいな白髪になっていた。
真っ白。嘘だろ。しかも髪だけじゃない。肌も真っ白。何コレ?ワイドハ○ターで漂白でもしたの?良く見たら手の甲も凄い白いな?何で今まで気付かなかったんだ?ほとんど霊体で過ごしてたからか?
うわっ白目と肌の色にあまり差がないんだけど。キモ。目なんか真っ赤じゃんキモ。
「気持ち悪っ」
美白に執念を燃やす今時の女の子ならともかく、良い歳したおじさんが乳白色のお肌になってどうすんのさ。若返ったわけじゃないから目尻のシワやほうれい線だってはっきり残ってるのに、日焼けやシミだけサヨナラしてるもんだから違和感が凄まじい。
あ!死んだ親父から遺伝してた首の立派なホクロまでない!ホクロもサヨナラしてたのか!
「だ、大丈夫?何かヤバいことあった?」
「……まあ、命に別状はない。メラニン色素に見捨てられただけだ…」
「うん…うん?…」
目が赤くなっているが、日差しが眩しいといった不便を感じなかったので、これは異世界特有の霊視できる者に有りがちな目の色だということは理解できた。目の前のルフェも同じ理由で赤い虹彩と赤褐色の瞳孔を持っている。色素が無いのではなく、赤い色素がある状態だ。地球のアルビノとは違う。
しかし髪と肌が漂白されている理由は分からない。疑問を頭に浮かべても知識の中に具体的な解答は無く、たまたまそういう体質のダンジョンマスターとして生まれた、という結論しか出なかった。
「無いものは……仕方がないか…」
「ホントに大丈夫?」
「ああ…とりあえず、この姿でも街で目立たない方法は有るか?」
「難しいと思う。白髪は爺さん婆さんにも居るから大丈夫だけど、肌がねー……弱いことにして厚着するしか無いかな」
「そうか…」
「着替えも全部、今着てる服みたいなやつしか無い感じ?」
「うーん…旅の最中に手に入れる機会があった衣類はこれらだが…」
かっぱらってきた衣類を保管機能から出して見せると、ルフェは難しい顔で唸り始めた。
「荷物持ってないなーとは思ってたけど、希少な収納スキル持ちかー……貴族にバレたら人形に加工されちゃうから、せめて鞄から物を出すふりくらいは覚えた方が良いね…」
あ、ついうっかりやってしまった…。
言い訳をするのなら、彼と会うまではこれからもずっと霊体で偵察するつもりだったので、そういう誤魔化しの類いは全く考えてなかったのだ。
というか「人形に加工されちゃう」って何?怖いんだが。
ダンジョンマスターの機能なので、正しく言えば収納スキルではないのだが、こういう鞄いらずな行動ができること自体、隠さなきゃいけない世の中とは…世知辛い。
しかもルフェの様子を見るに、どうやら他にも問題があったようだ。彼はベッドに積まれた服をじろじろと検分して、深いため息をついた。
「ねぇ、これ盗品でしょ。俺以外にこの服を見せたことある?」
「無い」
「良かったよ。この帽子とベストとベルト、あとシャツの襟の記章…護官の正装だもん。護官以外が着てるの見っかったら、最悪は死刑だよ」
「護官…ゴカンサマのことか」
「うん?あんまり知らない?村の責任者やってる騎士のことだよ」
「そうか」
勉強になるなぁ。何らかの紋章が付いてる服はみんな資材化したと思っていたが、襟のワンポイント記章とか、そもそもデザイン自体が身分を表している服とかはスルーしてたからな。危なかった。
「この中で使えそうな服はー…コレとコレと、コレかな?ちょっと着替えて」
「ああ…どうだ?」
「ブカブカ過ぎだね。おじさん貧弱過ぎない?」
「君に優しさは無いのか?」
「凄い世間知らずのおじさんのお世話してあげてる俺って、めちゃくちゃ優しさに満ちてるよね」
「……すまなかった。いっそ霊体のままで付いて行こうか?」
「そういう横着ばっかしてきたから世間知らずなんだよ」
「…そんなことより、この無駄にデカい服はどうすれば良い?このまま着ていれば良いのか?」
「あ、逃げた」
渡されたリネンっぽい感じのシャツやローブのような長い上着などを身につけてみると、骨格からしてサイズが違うらしく、肩幅から胴回り、袖や裾まであらゆる布が余り放題に余ってしまった。
もともと私は同年代の中でもやや痩身の部類に入っていたが、身長が170ちょいあったので決して小柄ではなかったのだ。
しかしこちらの人間は基本的にデカい。人種が違うのだから当然だが、栄養状態に問題があるような身分の者でも身長160は普通にある。女性なんかも170程度がスタンダードなものだから、私の体格では痩身矮躯の扱いだろう。目の前に居るルフェも確実に、私より頭ひとつ分はデカい。
悲しいかな、そんな私の体格と騎士の一種である護官を勤めるほどの者の体格は差が激しい。服を着れば何とも情けない布余りが発生するのは当然だった。
「少しサイズが合わないくらいならそのまま着ちゃえば良いけど、ここまで違うとなるとさすがにしっかり調整しないとヤバいよね。あ!裾上げとか自分でできる?というか針を持ったことある?」
「…ボタン付けくらいしかしたことがないな」
だって日本なら服は買った物をそのまま着られたし、裾上げとかも買うときに店任せにできたもの。そりゃあ独り身だから取れたボタン付けとか、ちょっとした傷の繕いくらいはしてたけど。
「普通の旅人なら女の人じゃなくても衣服の調整は必須技能なんだけどねー…仕方ないなぁ。俺が手伝うからやってみてよ」
「…すまんな」
「報酬は貴重な半精霊の生活記録ということで」
「ああ」
正直、彼が面倒見の良いタイプで助かった。
きっと私一人と水まんじゅう一匹で適当に活動していたら、実体化のさいに初っぱなからぼろを出して怪しまれ、トラブルを起こしていただろう。
じと目で私を見てくるルフェになんとも居たたまれない気分になりながら、私は使えない服を片付けた。
小田辺のおじさんが人間社会を知らないのは、それが文化的なものだからです。人間や他の生物の身体の構造について、などは知識がありますが、地名や貨幣制度などは、普通のダンジョンマスターという生き物(つまり引きこもり)にとって必要が無いため、知識は小田辺さん本人がもともと持っていたもの止まりです。
なお言語についてはダンマスに自動翻訳スキルがついてるかんじです。