赤い瞳の青年
ルフェ。青年はそう名乗った。
まさか霊視スキルの持ち主と本当に遭遇するなんて。そう思い、驚きの視線で見つめていると、何故か向こうもびっくりした顔で私を見つめてきた。
「もしかして、俺の声が聞こえてる?」
何言ってるんだコイツ。
もしかしてコイツも霊体なのか?それなら今まで誰とも話ができなくて、同じ霊体と話ができたことに喜ぶのも無理はない。
いや、違うか。コイツには明らかに肉体がある。
「あの、おじいさん、俺とお話できる?」
(せめておじさんと呼んでくれおじさんと)
「おお!聞こえてる!幽霊と会話ができる!おじさんもしかして死にたて?それともめちゃくちゃ未練があるタイプ?あ、ここじゃ何だから俺ん家に来ない?」
(は?あ、ちょっとお前、何で俺が掴めるんだ!)
虚空に話しかける不審者として通行人の視線を集め始めていた青年は、急に私の腕を掴んで走り出した。
霊体を掴めるなんて霊視スキルじゃできない芸当だ。もっと珍しい霊媒スキルを持ってるのかもしれない。それなら機能として霊視を内包しているし、熟練すれば霊体を掴めるようになるはずだ。
じゃあなぜ私を捕まえたんだ?何に驚いた?もしかして服装か?服はワイシャツに黒の上着という一般的なもののはず…ではないな。ここ異世界だもんな。
誰かに拉致られるという珍しい経験を積みながら考え事をしていると、やがて集合住宅の一室に連れ込まれた。内装はテレビで見たことがあるような、ヨーロッパの古くともお洒落なワンルームを思わせる良い部屋だ。家電の類いが無いことだけが、軽く違和感を抱かせる。
言葉通り相手のホームまで連れ込まれはしたが、まあ大丈夫だろう。逃げようと思えば逃げられるはずだ。
「よし!ここならじっくり話せる!」
部屋に一つしかない椅子を霊体の私に勧めてベッドに腰掛けたルフェは、まるで空腹に耐えかねた犬が餌に食らいつく勢いで質問を投げてきた。
「名前は?」「死んだのいつ?」「死因は?」「自殺?他殺?」「他殺なら犯人は知ってる?」「もしかして寿命?」「どうして幽霊なのに心が壊れてないの?」
ぐいぐいくるなぁ。
「まあ待て。私は幽霊じゃない」
ルフェはベッドから転げ落ちた。
「え?え?えっ?いきかえった?」
幽霊ではないことを示すために実体化して見せたのだが、彼には刺激が強すぎたようだ。しかし話の主導権が欲しかったのだから、これで良い。
助け起こして座らせて、今度はこちらから質問した。
「私は小田辺だ。よろしく」
「よ、よろしく…」
「霊体化していた私を見つけて掴まえられたということは、君は霊媒スキルか、それに類似するスキルを持っているということだろう?」
「あ、はい、霊媒スキル持ってます」
「そうか。じゃあ君が最初に私を見て驚いた理由を教えて欲しい。そうしたら、私について話しをしよう」
驚かせただけなのに、何だかさっきよりしおらしい。存外、繊細なタイプなのかもしれない。
話を進めた結果、ルフェ君は大層な「幽霊好き」ということが分かった。好きが高じて各地に残る幽霊や精霊の類いを訪ね歩くため、遍歴学生なんてものをしているらしい。それをたった一人でできるあたり、彼は相応に強いのだろう。
そんな彼の前に、見たこともない衣服を着た霊体の私が現れた。しかも普通の幽霊ならば少なからず正気ではないはずなのに、私は何の問題もなく受け答えができる。
幽霊好きか夢中になるのも納得だ。というか幽霊が正気を失うことを初めて知ったのだが、自分がダンジョンマスターに採用されてなかった場合のことを思うと、ぞっとしない話だ。
プログラムはダンジョンマスターに幽霊の知識など必要ないと判断したようで、どうやら「死後、霊として地上に残った者はやがて磨耗して消える」くらいの、必要最低限の知識しか寄越さなかったようだ。
頭の中を漁れば霊体を持つモンスターや種族の知識なら腐るほどあるのだが、なるほどそれらは全て『生物』の知識だ。幽霊が大量に人を殺す力を得ても、それ単体で環境そのものであるダンジョンを害する可能性はほぼ無い。そんな無害な存在の枝葉にあたる知識など、些細なことだと切り捨てられていてもおかしくはなかった。
「それで、服も変…不思議な感じだし、良くみたら見たことがない顔立ちだから、遠い国からここまで来て、亡くなってすぐの人かもしれないと思って…でもおじさん幽霊じゃないし…?」
「そうだな。私は半精霊種だ」
「うそ!?精霊とか半精霊って西大陸の樹海山脈にしか居ないって聞いたけど!?しかも純粋人と全く同じ姿形だなんて…もしや半霊人?伝説の?いや、半精霊の半霊人ってことはもはや精霊人と似たようなものでは?そもそも精霊人も精霊と木漏れ日の民の間に産まれた子らを祖とする説が一般的だから、おじさんは第二の精霊人と言って良いんじゃ…」
あー…研究者気質の知人がこういう感じだったなぁ…。
そもそも私はダンジョンマスターなので、半精霊と言ってもこの世界で進化適応してきた種族とは違うのだ。例えるなら、普通の人間と同じ構造を持つ人造人間とを並べて、どちらも結果としては人間の機能と構造を持つので種族は同じ人間!と判断しているようなものなのだ。人の社会で分類学がどこまで発達しているかは知らないが、そういうわけだから私を普通の半精霊と比べるのは意味がないというか。
とりあえず、適当に誤魔化すか。
「半精霊は身体の一部に何かしらの異形を持つと聞くが、私には無い。いわゆる奇形というやつだろう。このなりだと故郷にも居づらくてな、今ではずっと放浪している。だから私は世にも珍しいハーフとかではなく、ただの半精霊に過ぎない」
「…なんか、すみません」
「かまわない。君が気になっていたことは全て分かっただろうか」
「あ、はい、大丈夫です」
「では私からも質問をして良いか?」
ちょっと人間のダンジョンに対する認識とか、教えて欲しい。あと今後のためにもここらの貨幣制度とか社会構造とか、知りたい。
特にダンジョンに関してはド直球で聞くわけにはいかないため、他の質問に混ぜ込んで聞かないと。
「だから俺はサジフ火山の攻略都市で探索者の幽霊を探すのが目的なんすよ!もしダンジョンが気になるならおじさんもサジフ火山まで一緒に行きません?」
で、いつの間にか一緒にダンジョンへ行かないかと誘われていた。
何故だ。としか言い様がない。
ダンジョンに対する世間の認識を聞くことはできたが、それは予想の範囲内だった。為政者から見れば一種の鉱山であり、同時に災害の原因にもなるダンジョン。その攻略拠点たる都市にはどこの村にも、都市にも住むことができない根なし草たちが腕っぷしだけで己の居場所を作るために、命をとしてダンジョンアタックを繰り返しているという。
そんないかにも治安が悪そうな場所に行くのに、どうして彼は会って半日も経っていない、実力も知らない、いかにも怪しい風体の男を誘っているのだろうか。
「君、警戒心って知って言葉は知ってる?」
「世にも珍しい半精霊の生態をこの目に焼き付けるチャンスの前には些細なことなんで」
「えー…君が良くても私はねぇ」
「おじさんにもメリットはあるんだよ?おじさん、攻略都市はともかくこの都市に入るときは門を霊体で通過したでしょ」
「良くわかったな」
「だっておじさん放浪してるって言ってたけど、商人にも職人にも、ましてや巡礼者にも見えないし。そうなるとただの旅人だろうから、本来なら入れるのはせいぜい宿場町とか村なんだよね。でもここに居る」
「そうだな。通報でもするか?」
「違う違う。おじさん、俺の助手になってみない?そしたら大手を振って普通の都市にも入れるし、攻略都市でも学生の助手ってことで寮に入れるよ?ずっと霊体化してるわけにもいかないでしょ?半精霊種、定期的に実体でご飯を食べなきゃならないよね?だから霊体でスルーできないときなんか、俺の助手の立場なら便利なんじゃないかなぁ」
確かに。ダンジョンさえ作ってしまえば実体でも魔力で維持できるけど、今の私は普通の半精霊とあまり変わらないもんなぁ。だから最初の村で食べ物を漁ったんだし。
「とりあえず、お試しで攻略都市までどう?で、良さそうならその後も一緒だと、俺すっげぇ嬉しいなぁ」
そんなにか。野郎に身を乗り出して上目遣いしてまで一緒に行きたいのか。
まあ、彼と居れば安全に攻略都市の様子を偵察できるだろうし、話に乗るか。
「あー、わかった。とりあえず攻略都市まで」
「やっっった!!!ありがとうおじさん!!!」
「改めて言うが、私の名前は小田辺だ。よろしく」
「俺はルフェ!よろしく!」
こうして私は年若い男の同行者を得た。
後で水まんじゅうと引き合わせないと。