表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おたべさんはダンジョンマスター  作者: いきぬき
私はダンジョンマスターである。ダンジョンはまだない。
3/16

ダンジョンマスター


 ブラックアウトってああいう感じなのだろうか。

 目が覚める、というか意識が戻った感覚でまず思ったのはそれだ。現実逃避であることは分かっている。何せ幽霊になるというとんでもない出来事が自分にふりかかったと思っていたら、事態はそれ以上にヤバいことが判明したからだ。


 どうやら私は異世界に来たらしい。


 いや、認知症ではない。まだ60代だし。60代はおじさんとお爺さんの中間だし。どちらかと言えばギリギリおじさん……。


 ええと、とにかく私は死んだ後に幽霊状態でこの世界にヌルッと滑り込んだそうだ。すれ違い通信でデータを交換するように、この世界の幽霊と(ゆうれい)の位置が入れ替わってしまった結果らしい。

 なので私はもう親族には会えないし、お気に入りVTuberの動画を見ることもできないし、行き付けの和菓子屋さんの草餅も食べられないのだ。悲しい。


 さてこの知識はどこから降ってわいたかと言うと、ダンジョンマスター用調整プログラムとやらが授けてくれたのである。そう。さっきの良くわからん音声案内だ。

 ただの野良幽霊だった私だが、こちらに滑り込んださいに魂魄の規格とやらが違ったせいか、成仏できずに今後ずっと幽霊である運命だったそうだ。その場合は幽霊のままで擦り切れるまでさまよって、いつか消える。

 しかしこの世界では自然の力の流れに魔力とかいう要素があり、その魔力の流れを司る存在がダンジョンマスターである。そしてハグレ幽霊だった私はなんの因果かそのダンジョンマスターに抜擢され、先ほど究極の詰め込み教育を施されたわけだ。

 ちなみに私がやってこなければ、私と交代して地球送りになった幽霊が担当していたようだ。向こうではダンジョンシステムが無いので、きっと大自然に溶けるまでさまようことになるだろう。何だか申し訳ない。何もできないが。


 気を取り直して、ダンジョンマスターの基本的な能力であるモンスターのテイムをしようと思う。なぜテイムするかと言うと、損が無いからだ。

 テイムは疲弊したモンスターであるほど成功率が上がるので、この機を逃すと次は自力で弱らせたモンスターを用意せねばならなくなる。ダンジョンマスターとしてまだ何の活動もしていない私はレベルが上がるまでお預けになってしまうだろう。テイムしたモンスターを使えば自身のレベルも上がるので、今このスライムを確保すれば今後のためにもなるというものだ。


 それが例え、目の前で人間を殺したモンスターであってもだ。


 私の意識は変容していると言って良いだろう。それが死によりもたらされたのか、異世界に滑り込んだことによりもたらされたのかは分からない。

 しかし人が亡くなるニュースで顔をしかめていた私はもう居ない。先ほどの戦闘でも、蟻が死んだのを見たときのような感覚で人死にを見ている自分が居たことを自覚したときから、私は自身の変容を受け入れた。それすらも抵抗を感じることはなかった。


 これはきっと、もう私が生きた人間ではないからだろう。

 幽霊となった挙げ句に迷宮主(ダンジョンマスター)というものに変わってしまった私は、魔力を食んで生きながらえる存在となった。それは人間すら糧にする可能性があるということだ。

 だからこれで良かったのだと思う。どうせこれからそうやっていくのなら、何かと気楽な方が良い。


『モンスター:七色スライムのHPが3割を切っているため、テイムすることができます。テイムしますか?』

『テイムが選択されました』

『テイムが成功しました。個体名は随時変更可能です』

『モンスター:七色スライムの個体名【】が【水まんじゅう】に変更されました』


「これからよろしくな」


 初めて触ったスライムは、柔らかなゼリーのようにひんやりぷるぷるしていた。


 そう。触っている。実体化しているのだ。

 ダンジョンマスターになったことで、幽霊ではなく半精霊という種族に変わっていた私は、霊体と実体を切り替えることができるようになっていた。

 ……という説明がすぐ頭に浮かぶあたり、先ほどの詰め込み教育の成果と言えよう。


 とにもかくにもこうして無事お供を手に入れたので、これからダンジョンを作る場所を探しに行こうと思う。ダンジョンの無いダンジョンマスターなど殻の無いカタツムリとかヤドカリみたいなものだ。

 と、私に詰め込まれた知識が警鐘を鳴らす。つまり今の私はダンジョンマスターとしてとってもひ弱なのだ。生まれたての赤ちゃんみたいなものだからね。仕方ないね。


 本来、ダンジョンマスターはその名の通り生まれてすぐダンジョンマスターになる。ダンジョンを作って初めて生まれた扱い。つまりダンジョンは産声みたいなものだ。

 ではなぜ私がこうしてのんべんだらりとしているかと言うと、私がコア融合型のダンジョンマスターとして生まれたからである。


 普通はダンジョンができる場所にコアが発生し、そのコアからマスターが生まれる。それはコアの近くの生物やモンスター、または霊系モンスターから作り出したり、そのまま肉体(または霊体)ごと生み出したりされるのだが、共通するのはコアとマスターが物理的に別々の存在だということだ。つまり離ればなれになれる。距離に限度はあるが、コアを離れた場所に隠して敵と戦うことができるのだ。

 そしてコアさえ無事ならば、マスターは魔力のある限り何度殺されても復活できる。コアそのものが命であるダンジョンマスターは、コアが壊されなければ延々と生き続けるのである。例えるならコアはソウル○ェムでマスターは魔法少女。なお白いアレは居ない。


 じゃあ融合型って何だよという話だが、簡単だ。ダンジョンマスターとコアが合体している。マスターが殺られたら同時にコアもおしゃか。ダンジョンコア兼マスター。

 普通の生き物と同じである。心臓を刺されたら死ぬ。当たり前。そんな状態なのが融合型のダンジョンマスターである。

 デメリットしか無いじゃないか、と思うだろう。

 しかし普通の、つまり分離型ダンジョンマスターにはできないことが、融合型にはできる。どちらにもきちんとメリットとデメリットがあるのだ。

 融合型のメリットはダンジョンごと移動できることである。つまりヤバいと思ったら逃げられる。

 分離型はコアさえ無事なら死なないが、ダンジョンの移動ができない。コアはダンジョン内のどこにでも置けるが、ダンジョンそのものは動かせないのだ。出入口を遠隔地に移動させることはできるが、それにも相応の魔力が必要になる。対して融合型ならばそれより低コストで移動ができる。

 まあその他にも双方に違いはあるが、大きな部分はそんなところだ。


 なのでコアでもある私はその場でダンジョンを作らざるを得ない分離型と違い、自分の意思で居を構えることができる。そうなれば、いくら貧乏そうな村とは言え人間社会に認識されているこの場所でダンジョンを作るなんていう、ハイリスクでローリターンなことなどしないのが当然だ。

 ということで、私の真横で震えている水まんじゅうを連れて出発だ。




 意気揚々と出発しようとしたが、その直後に村でやっておきたいことを思い出す。


「こら、触ったもの全て食べちゃいけません」


 ちなみに水まんじゅうは食べられる物なら何でも溶かして食べてしまう習性があったため、早速注意した。スライムは食べることで身体を維持するが、その余剰で身体を無制限に大きくできるし、分裂もできる。現時点で2メートルもあるのに、これ以上でかくなられては面倒だ。分裂も同様。

 食事は現状維持ができる程度にしてもらおう。とは言え先ほどまでゴカン様に散々ぼこぼこにされていたので、何か食べさせて回復させた方が良いだろう。


「じゃあ逃げ損ねた村人や家畜が残ってたら食べておいで。私の姿を見ている可能性があるから逃がしたくないんだ」


 水まんじゅうは嬉しそうな思念を発しながら、のろのろと食事に向かった。


 その間にちょっくらゴカン様の家を漁ってくるとしよう。何せ私には先立つ物が何もない。

 半精霊である私は霊体ならばそこら辺の僅かな魔力を食べて生きれば良いが、実体化したならば何かしらの物質を食べた方が圧倒的に体の維持が楽である。 今のところずっと実体化しておくつもりはないが、念のために備えが欲しい。かさばる物でもコアの機能として物の保管ができるため、荷物の心配はない。


「ここだな」


 明らかに他の家より立派な石造りの家が村の真ん中に建っていた。比べてしまえば普通の村人の家が納屋や掘っ立て小屋に見えてくるレベルの格差だ。霊体化してドアを通り抜け、そのまま家捜しを開始する。

 時おり逃げ遅れた村人が水まんじゅうに襲われて上げる断末魔が響くなか、私は良さそうな物を片っ端からコアに放り込む。貨幣、食料、衣類、雑貨、家具、家紋らしきものが付いている物は除外、衣類は…機械による大量生産が始まってなければ高価なはずだから、根こそぎ回収。同様に家具や雑貨も回収。いっそ家ごとやるか。土台から回収すれば…できたな。内容物をリスト化して要らない物は資材(マテリアル)化しとこう。


 さて一通りの作業が済んだ頃、水まんじゅうの方も食事を終えて帰還した。どうやら家屋に隠れてやり過ごそうとした村人以外にも、老いや病などで逃げられる身体ではなかった村人が見捨てられていたらしい。そういうのはほぼ無抵抗で食べることができたと、水まんじゅうはかなり満足そうだった。

 大型の生物を複数食べてきたからか、心なしか先ほどより大きくなったような気がしなくもない。これからはダンジョンができるまでサイズに気を付けてやらないと。




ダンジョンマスターものでありがちな、女の音声ガイドと脳内イチャイチャみたいなものは無いので、今のところひたすら孤独です。ヒロイン……水まんじゅうかな?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ