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おたべさんはダンジョンマスター  作者: いきぬき
私はダンジョンマスターである。ダンジョンはまだない。
2/16

幽霊と水まんじゅう


 森の中を行くあてもなくさまよう。生身の身体だったら死に急ぐような愚行だが、体力もクソもない幽霊の身としては何の不利益もない行動だ。


(どこかで川か道路が見付かれば、そこを伝って人のいる場所に行けるだろう)


 正直言えば、なぜ自分の死んだ駐車場でなく見知らぬ野山で幽霊になっているのだろうか、という疑問がある。しかし来てしまったものは仕方がないし、ここが何処の県かも分からないのだから、分かる場所まで行くしかない。

 そして帰るのだ。帰って自分の遺産を妹と弟が争わずに分け合っているか、確かめてから成仏したい。自分は独身だったので、気にかけられる親族は妹や弟、甥っ子姪っ子に、その子供たちだけだった。


(去年当てた宝くじの三千万、一千万ずつを当たったこと秘密にして、孫たちの学費にしなさいねって現金で二人にあげちゃったけど、老後のために一千万は残しといたんだよなぁ。仲良く半分こしといてくれれば良いんだけど)


 この世で幽霊をやっているのだから、まだ四十九日は過ぎていないはずだが、自分の知らない間にどうなっているのかが心配だった。加害者の居る事故死だから、きっと普通の死に方より色々と面倒なはずだ。申し訳ないという気持ちもある。


(死んでるから手続きとかはどうにもできないが、何か伝えたいことができたら枕元に立つくらいはできるかもしれない)


 そんな思いで道無き道を進んでいると、真横の藪がガサガサと音を立てているのに気付いた。野性動物だろうか。しかし死んだ身からすれば怖いものではない。ついつい興味本位で藪に頭を突っ込んでみる。


(ん?)


 するりと藪を透過した先には、とんでもないものがいた。


 七色に光り輝く餡が入った巨大な水まんじゅう。


 それは2メートルほどもある水まんじゅうで、プルプルというかブヨブヨと震え、藪を掻き分けるようにしてこちらに突っ込んで来た。もちろん幽霊の私にはぶつからず、そのまま通り抜ける。

 しかしその異常さに、私はしばらく呆然としていた。


(何だアレは)


 我に返ると、辺りの異常な光景が目に入る。

 水まんじゅうが通過した部分の藪が、穴が開いたように消え失せていたのだ。地面を見れば下草は無くなり、土や石が剥き出しになっている。土には草の根が埋まったままで、まるで綺麗に草刈りをした後のようになっていた。木々ほどの大きな物は避けるようだが、雑草や小枝程度なら消しながら進んで行ったようだ。

 水まんじゅうの痕跡は、まるで線を引いたようにどこかから来ていずこかに続いていた。獣道にしては綺麗過ぎるそれを、私はつい追いかけてしまった。

 何せ生まれて初めて見た未確認生物(UMA)だ。このまま見逃したら死んでも死にきれない。


 誰にも聞かせられない幽霊ジョークをかましつつ、水まんじゅうの後を追う。駆け足ほどの速さで飛べば、やがて追い付くことができた。この水まんじゅう、なかなか速い。

 しばらく水まんじゅうについて行くと、流れの急な川に出た。やはり水まんじゅうに目はないのか、そのままザブザブと分け入り、どんぶらこどんぶらこと流されてしまう。私としては川を辿れば人里に出られるという考えもあり、喜んで水まんじゅうの追跡を続けた。


(あ、子どもだ)


 やがて水まんじゅうは木々の疎らな辺りまで辿り着き、同行していた私は川岸に小学生くらいの少年が座って居るのを見つけた。しかも良く見れば、その少年は茶髪に緑目の、彫りの深い白人少年である。着ている服は茶色っぽくて生地が荒く、縫製の悪そうな貫頭衣を着ており、踏み締められた草の間から見える足は靴どころか靴下すら履いていなかった。

 明らかに昔風の格好だが、映画の撮影でもしているのだろうか。しかし世界史系やファンタジーの映画を日本で撮影するなんて珍しい。マイクやカメラが見当たらないのも気になる。


「あ~~!!!悪魔!!!悪魔がきた!!!」


 さもありなん。川に向かって小石を投げていた少年はこちらを見ると立ち上がり、水まんじゅうを指差して叫び声を上げ走り去る。

 少年は日本語の発音が上手なので、外国人の子役が謎内容の深夜ドラマを撮っている説も浮上してきた。水まんじゅうはスタッフが仕込んだ……森からやってきたことを考えれば無理があるな。


 水まんじゅうは少年の声に反応したらしい。どうやって川の流れに逆らっているかは謎だが、すいすいと川岸に進み、陸に上がると少年の走り去った方向へ進み始めた。まさか水まんじゅうは本当に悪魔の類いで、少年を襲うために追いかけているのだろうか。


 疑いながらも水まんじゅうを止めることが出来ないまま付いて行くと、やはり私が予想した通りのことが起こってしまった。

 少年を追いかけた先には前時代的に文明が未熟で貧しそうな村があった。小さな村だ。村人は皆あのボロい服と似たり寄ったりの格好をしていた。

 そして村の入口では成人の男が木の棒の先に包丁をくくりつけた手製の槍を持ち、近付いた水まんじゅうを攻撃し始める。しかし水まんじゅうは怯む素振りもなく、突き込まれた槍をぐいぐい飲み込んで消し始めた。慌てて槍の持ち主が手を放す。いや、あれはもしや溶かしているのかもしれない。木の棒が破片になり、消えて行く様子は水中で溶ける氷を思わせた。

 水まんじゅうは木製部分を溶かしきると、包丁の刃の部分をぷっと吐き出した。金属は溶かせないのかもしれない。

 しかし動植物は大丈夫なようだ。

 水まんじゅうに槍を引き込まれてバランスを崩した男が、前のめりに倒れて水まんじゅうとぶつかる。すると男は酷い苦悶の悲鳴を上げた。シュウシュウと蒸気が吹き出す音がなり、男の身体は水まんじゅうに飲み込まれ、人体模型のように中身を晒しながら溶けていく。それはなんとも恐ろしい光景だった。


「村食いの悪魔め!!!」


 仲間が飲まれたのを見てヒイヒイと悲鳴を上げる村人たちの後ろから、勇ましい声が響く。声を発したのは他の村人よりも上等な服を着て、武器と防具を装備した体格の良い男が立っていた。ゴカンサマ!と村人から歓声が上がる。まるで騎士のようなこの男が村のトップなのだろうか。

 男は村人を下がらせると白っぽい金属の剣を抜き、水まんじゅうを切り付けた。先ほどと同じようなシュウシュウという音と煙が発生する。

 見ると男の剣で切り付けられた部分の水まんじゅうが傷付き、煙を上げていた。包丁ではなんともなかったことを考えれば、あの剣か金属が特別なのだろう。

 水まんじゅうは痛みのせいか怯み退き、ブルンブルンとその身を大きく震わせた。七色に光る餡がぐるぐると回り、赤い光を強く発する。ボッ!という音がして、水まんじゅうの上に火の玉ができると、それが男に向かって放たれた。男はそれを盾で防ぐと、再び村人から歓声が上がる。


「ゴカンサマ!ゴカンサマもマホウを!」

「いかん!シチヨウの悪魔にマホウを当てても餌になるだけだ!」


 何やら良く分からないことを村人と話し、再び男が水まんじゅうに切りかかる。すると水まんじゅう、かつてない素早さで剣を避けた。剣がよほど嫌だったようだ。

 水まんじゅうも逃げるばかりではない。何度か剣を受けながらも七色の餡をぐるぐる回し、火の玉だけでなく水の玉や岩、突風に雷、光の玉や真っ黒な謎の玉まで出し始める。

 他の攻撃はともかくとして、男は雷を避け切れずに何度か撃たれ、やがて全身から煙を吹き出し倒れ付した。何回も雷に耐えただけでもこの男、凄い。


「ゴカンサマがやられた!!!逃げろ!!!」


 最高戦力の敗退により、村人はパニックになり、蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。水まんじゅうは流石に疲れたらしく、のろのろと死んだ男を飲み込もうとして、その防具にやられる間抜けを晒している。防具も白っぽい金属で作られていたことを考えれば、やはりこの金属が水まんじゅうの弱点なのだろう。

 水まんじゅうが弱っている今、他の人間でもこの剣を振り回せば倒せるのかもしれないのに、村人は大慌てで逃げて行く。

 水まんじゅうはそれを追いかけようともせずに、その場でブルブルと震えていた。倒した男の死体が名残惜しいのかもしれないし、戦闘の疲労が凄いのかもしれない。


 明らかに人間の敵にも関わらず、私は触れられもしない水まんじゅうを撫でるように手を動かしてしまった。


『モンスター:七色スライムのHPが3割を切っているため、テイムすることができます。テイムしますか?』


 良く分からない声が聞こえた。


『モンスター:七色スライムのHPが3割を切っているため、テイムすることができます。テイムしますか?』


 意味が分からないと思った瞬間、再び同じセリフが聞こえる。まるで音声案内のようだ。しかし何度言われても良く分からない。

 まずモンスターってあのファンタジーなモンスターなのか?スライムやHPはドラ○エみたいなやつなのか?テイムって何だ?


『補助システムより■へ、対象:ノリユキ・オタベに基礎概念の重大な欠落が見られるため、第3種学習プログラムの適用を申請します』

『対象の霊体情報を取得。対象がR233用魂魄であることを考慮して第3種では不足と判断されました。同時に第1種学習プログラムの適用を申請します』

『第1種の不足分を補うため、第2種学習プログラムの適用が決定されました』

『2335の重複箇所を確認。調整します』

『第1種から第3種まで、適用を開始します。適用後、定着まで補助システムを続行します』


 途端に目の前が真っ暗になった。幽霊も昏倒するらしい。




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