はじまり
導入なのでこのページはかなり短いです
いつからここに居るのかは分からない。
気が付いたらここに居た。ぼんやりとたゆたう意識を引き寄せる。瞳が焦点を結ぶように、目の前がはっきりする。
(木だ)
木が見える。というか、木しか見えない。
森のなかだった。振り返っても木しか見えない。
木の向こう側は木がある。それが延々と続いていた。森の深いところのようだ。見たことのない背の高い草が足の踏み場もないほどに繁っている。
とりあえず周りを少し歩いてみたいと足を踏み出して気付く。足がなかった。足どころか、全身がなかった。ふわふわと浮かんでいるのが今の自分だった。
(幽霊?)
手も足も、胴体もない。さっきから口に出したつもりの声も聞こえないから、きっと顔だって無いはずだ。聴覚と視覚だけが存在する。耳や目玉のみが浮かんでいるはずもないのだから、自分はきっと幽霊になってしまったんだろう。
意識すれば暑さや寒さ、空気の動きも感じられなかった。それどころか、皮膚感覚自体が皆無だ。
木々の葉や草が擦れる音はするから、風は吹いているはずなのに。テレビ画面を見ているかのような感覚だ。
幽霊とはこんなにも刺激に乏しい存在だったのかと、死んでからの新発見に少々興奮する。
そう、自分は死んだ。
小田辺紀行は死んだのだ。
スーパーの駐車場で、前進のつもりで全力バックしてきた車と電柱の間に挟まれた66歳は、育児で忙しい姪っ子に頼まれて購入した赤ちゃんの紙オムツを抱えた状態で、その生涯に幕を閉じたのだった。
………えー……なんか気の抜ける死に方だなぁ。