仕事に戻ろう(午前勤務編)
仕事に戻ってまず感じたのは、変わらないなということです。
相変わらず皆忙しく、席に居ない。「長めの出張だったね。」というニュアンスで「久しぶりじゃん。」と声をかけてくれるこの職場は、僕が休む前と全く変わっていないように感じました。
しかし、月日が流れるというのは着実に変化ももたらしているということです。
僕が休む前、年度頭に新しく課長に任命されて、仕事が多すぎて休みがちだった上司が、普通に働いていました。僕が休んで少しして、上層部に新しい方が入りました。僕が休んだせいか、残業時間の取り締まりが厳しくなっていました。
そして何より、後輩が休む直前の僕の状態になっていました。
もともとルールや規則に緩い職場とはいえ、取り締まってる最中にまた休職者を出すなんて、笑えません。
僕がいない間に、優秀な後輩は優秀な実績を上げ、仕事量が増えていました。自慢でもないし、貶しでもないのですが、僕も後輩も、自分のできる仕事量というのを自覚しています。その仕事量は、他の人と比べて“少ない”と評価される量です。後輩は他の人には無いちょっと特殊な技能を持っており、少ない量でも実績を上げます。逆に言えば、少ない量だからこそ、負担が少なく実績も上がる。積み上げられた仕事は、後輩にしかできないと言って回されていましたが、負担が大きくなれば、僕のように少し壊れるしかありません。
僕は、後輩にはあんな日々を過ごしてほしくはない。
復帰した僕は、組合の仕事から外されていましたが、組合の偉い人に「また被害者が出るから何とかしてくれ。」とお願いしました。
組合はすぐに動いてくれましたが、後輩は仕事が来た理由を知っているので、仕事を減らしたがりませんし、話もしたがりませんでした。
後輩にとって、“頼まれていた仕事をできないと言う”ことは他人に知られたくないことでした。
僕は、その考慮が出来ていませんでした。
本当はいけないことですが、本音ではなく、建前(「ここで采配が変わってないと訴えないと僕の完全復帰が遠のくので、協力してほしい!」)を後輩に話して、話すようにお願いしました。
結果として、現場は目に見えて変わっていませんでしたが、何かしら一石を投じたとは思いたいです。
さて、そんなヘビーな変化もありましたが、一番の変化は僕の仕事が終わっていたことです。
僕の仕事は、僕が休んでいる間にすべて完了しており、僕は復帰してから新しい仕事に取りかかるとのことでした。
そして紹介された、先輩のお仕事の内容。既視感もありましたが、要は新しいシステムを作るけれど、まだ方針が固まっていないので、準備のお手伝いに投入されるとのことでした。
僕は休んでいた間に溜まった5千通近いメールを振り分け、お世話になった人や同期に復帰の挨拶をしながら、復帰1周目を終えました。
「順調そうですね。来週からは時短勤務にしましょうか。」
先生が忙しく、なかなか時間が取れないということで、2週目にちょっと早い面談がありました。(通常は2週間経過した後なので3週目にあるそうです。)
午前勤務だし、残業もあっても十分回復できる程度だったので、特に問題ないと返したら翌週の提案をされました。
僕の会社の時短勤務というのは、俗にいうフレックス出社に似ています。コアタイムだけ仕事をする人。コアタイムといっても定時より大分早いので問題ないと思い、了承しました。
その時まだ、僕の身体に変調はありませんでした。