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仕事に戻ろう(地獄の三者面談編)

 

 リワークへ行かない。図書館も平日ほぼ居られるようになった。体調も安定してきている。


 ここまで来て、やっと「じゃあ復帰に向けて頑張ってみましょうか。」という言葉が産業医から出てきます。といっても、会社が復帰用のプログラムを持っている訳ではなく、単に出勤のシミュレーションをしてみましょうか、という提案です。


 この出勤シミュレーションとは、『毎日』『始業時間』に出社するだけの話です。もちろん、仕事も出来なければ、お金ももらえないです。出勤先は産業医の部屋。「今日の気分はどうですか。」「昨日は何時に寝て、今朝は何時に起きましたか。」「昨日は何をしていましたか。」と尋ねられます。約5分で終わるのですが、終わったら即帰宅を促されます。それだけなのに、毎日1時間以上かけて通勤しなければいけないのは、僕にとって苦痛以外の何者でもないので、この出勤シミュレーションを機に僕は自宅へ戻りました。定期券の期限も切れていて、お金がもったいないというのもありましたが。


 出勤シミュレーションは『時刻通りに来れるか』『生活リズムは整っているか』を見るためのもの。僕から言わせてもらえば、『出勤が苦痛ではないか』の一言に集約されると思うんですけどね。この朝の超短時間面談は別に産業医ではなく、看護系スタッフでも問題ないとのことで、僕が出勤シミュレーションに慣れてきた頃、保健室スタッフさんに変更となりました。


 そして、出勤シミュレーションの最中に(地獄の)三者面談が設定されます。


 地獄というのは僕の感想ですので、他の方は感じないような気がします。ただ、自分の部署の部長と総務の方と、上層部の誰かが出席するとの事前情報がある場合、同じように地獄と感じていただけるかもしれません。


 お察しのことと思いますが、書き始めの時点で僕は“出勤シミュレーション”が何週間か始まった時点でした。重い腰を上げ、ようやく書き始めた翌日にあの「じゃあ、そろそろ日程調整するね。」の一言です。正直、どうしていいのか分かりませんでした。というのも、図書館に通い始めた頃からの疑問“復帰後の再発防止策”が全く思い浮かばなかったからです。


「とはいえ、すぐに日程が決まるわけでもなし。ゆっくりこれから考えよう。」とか悠長に構えていたら、本当に何も考えないまま前日になりました。


「あのう、こういうの聞くのもなんですけど…他の方って、どんな再発防止策を立ててました?」


 困ったときの、保健室スタッフ。前日なのに先生が出張という「おィィィ!」という状況でしたが、比較的話しやすいスタッフさんのチェック日だったので、雑談がてら聞くことに成功しました。


「そうですね…いろいろですよ?」

「再発防止策を視覚化するってどういうことですか?」

「あー、とある方は分厚い紙の資料を、とある方はパワーポイントでプレゼンをしてましたよ。」

 そういう意味ではなかったのですが、いい案を頂きました。パワーポイントをさくっと作ってしまえば問題ない。

 だがしかし。


 肝心の僕が、ダメなのである。


 いや、作業が遅いとか、全然手につかないとかではなく、資料作成が壊滅的に下手なのである。

 例を挙げる、というかそれしか例がないのですが、僕の会社では新人時代にOJT報告会なるものがあります。その年の新人のOJT状況を発表するというもの。発表、と書きましたが、正しくは事業部全体に向かって報告します。報告する、のですが、僕の事業部はそもそも全体的にゆるーい雰囲気なので、報告と言うよりも「今年はこんな新人が入ったよ!お仕事はこれができるよ!資格はこんなの持ってるよ!みんなこれからよろしくね!」みたいな発表会で終わってしまうのです。

 その資料でさえも、先輩から「ちょ…おまっ…色づかい…」とか「いや、もうちょい頭のよさそうな報告して?」とか「実績…えーウソだろ。今から作るぞ!」等々、1週間近く10版以上も改版して作成しており、「これ、先輩の作品じゃ…」と言いたくなるほど先輩が書き直し、その資料を僕が読みました。

 結果、上層部からは「発表中、倒れちゃうかと思った…。」と心配されただけの会。あれは一体何だったのかと言いたくなる出来でした。

 そんな僕が、資料なんて作れるはずがない。それに、僕がいない間に上層部が少し変わったらしく、初めましてな感じの偉い人も面談に参加するらしい。


 ダメだ、これは。馬鹿丸出しで解雇されかねない。いや、事実馬鹿だけども、ここで解雇は勘弁してくれ。僕はまだ100社近いお祈りメールを貰っても動じない精神なんてないのだから。


 そういうことで、僕の武器は言葉(口)のみとなりました。


 面談当日。普通に出勤シミミュレーションがあった。上層部の時間の関係で、出勤シミュレーションの4時間後に面談だったので、僕は自宅でのんびり過ごそうかな、なんて考えていたら。


「お、今日も早えの?」


 茶飲み友達の守衛さんが夜勤明けで帰るところでした。


 そう、僕は出勤シミュレーションの帰宅時間が見事に夜勤明けの守衛さんの帰宅時間とよく重なったんです。もともと守衛さんとは話す方なので、名前は知らなくても挨拶や世間話はしていました。出勤シミュレーションで帰宅時間が重なると、最寄駅まで話しながら歩いたりもしていました。その中で、僕の大先輩にあたる人が面白そうだという理由でお茶に誘ってくれるようになり、よく声をかけてくれました。

 まあ、相手は夜勤明けなのでお茶一杯だけではなく、ガッツリ食事するんですが。


 夜勤明けの守衛さんに連れられ、モーニングを食べに会社近くのファミレスに入ったため、特に練習もないまま、僕は面談を迎えました。


「あ、今日はお偉いさん来れないって。」


 ですよねぇぇぇ!なんて言葉は出しませんでしたが、心の中ではガッツポーズです。そりゃあ、上層部のお偉いさんが平社員の面談になんて来ないと思ってはいましたけど、もし来てしまった場合の緊張感といったらもう大変で。声が上ずったり、挙動不審になって再度休みを喰らう可能性も高かったので本当に上層部の繁忙に感謝しました。

 しかし、総務の方の顔を見て、絶望することになります。

 そう、休みの間に何度かやり取りをしていたあの総務の方、ではなく、総務部の課長でした。キャリア組で上層部の覚えもよく、絵にかいたような冷たい感じの視線を持つ女性で、たぶん、恐らく一生心の病気とは無縁そうな雰囲気です。一応、一言二言話したことはありますが、僕は審判として間違ってない?ねえ?と言いそうになりました。


「では、これから面談を始めます。」

 産業医の先生の声が、地獄裁判の開廷を告げる声に聞こえました。


 面談では、今までの経緯が書かれた産業医による診断書、心療内科医による職場復帰可能診断書を読んでの質疑応答がメインになります。産業医による診断書は当日の朝、事前に読ませていただいていたので、頭の中には入っていました。個人的にはおかしな部分は一つもなかったのですが。


「で、この○○はどういうこと?」


 産業医の先生による冷静な言葉が、総務の方の想像力を刺激したらしく、普段なら流してしまいそうな言葉についても質問が投げられます。


 言葉というのは、人によって様々な解釈が行われます。そのことを身をもって体験しました。


 僕らが肩でハアハアと息をしながら攻防をしていたら、総務の方から大きな一石を投げられました。


「どうしてリワーク、行かなかったの?」


 この話は以前も書きましたが、僕にとってあの場所は凶と出る場所だという直感があったからです。あの環境に身を置くと、僕は病んでいないのに病むことになると感じたからこそ、避けました。そのことを包み隠さず話したところ。


「リワークってさ、多面的に物事を捕える訓練をしてくれる、いい場所だと思う。価値観の違う人と話し合うことって大切だから。だからこそ、私は行くべきだったんじゃないかって思うの。」


 その意見は確かにそうです。自分の価値観と合わなさそうだったからといって、避けて通るのは逃げと同じで、何の解決にもなりません。だけど、僕はこの身体と価値観とは四半世紀以上、付き合ってきました。何をしたら自分がダメになるか、何が自分の地雷なのかというのは理解しています。いいえ、四半世紀以上の付き合いなのに理解できていないという方が問題です。

 僕にとって逃げに見えるかもしれないけれど、確実に地雷になると理解してしまったものを敢えて踏むなんて、弱い僕には無理です。逃げじゃありません、リスク管理です。


 リスク管理云々は僕の超個人的な話を詳しく話すことになりますが、あまり詳しいことは話さず「リスク管理」を強調して話しました。


「で、具体的な再発防止策は?」


 リスク管理の話が落ち着いた頃、やれやれというように総務の方が切り出しました。深呼吸をし、さあ、勝負と目を開けて言いました。


「何もありません!」

「は?」


「いえ、何もありませんと言うのは語弊で、可視化できる防止策はありませんということです。」


 僕の原因は、働き過ぎ。これは何か問題があった訳ではないし、誰かが原因だった訳でもありません。僕がプロとしての意識が低く、仕事の見切りや管理が出来なかったせいです。これを変える為に行動したり目標を掲げても、他人には見えない話です。だからこそ、見た目は「何もない。」この一言に尽きるのです。


 という話をしたら、産業医の先生も総務の方も、呆気にとられていました。顔に「馬鹿だ」と書かれているようでした。


 そんな空気を変えるように、産業医の先生から「最後に何かご質問はありませんか?」と質問が投げられました。

 僕が総務の方と激しい攻防をしている間も、やっぱダメだったかと若干諦めながら説明している間も、一言も発さなかった僕の上司ですが、ここでようやく言葉を発しました。


「仕事…嫌いなの?」

「嫌いなわけないじゃないですか!むしろ好きですよ!」

「じゃあ大丈夫だねえ。」


 その一言で、僕の復帰は決定しました。


 その日は週の後半で休みも近く、1日出社してすぐ休みもどうだということで、翌週の月曜日からの勤務となりました。


2019/10/06 出勤シミュレーションの説明を冒頭に追加(以前は唐突に出てきて読みづらかったと思います。ごめんなさい。)

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