『アウトな魔女とアウトな異世界』
執筆期間:約5ヶ月
5ヶ月でこのクオリティである。
おそらく、一部のトレントが屋敷に体当たりでもしているのだろう。未だ衝撃は止まず、屋敷は揺れ続けている。限界がくるのも時間の問題だ。
「くそっ……!なんとかしなきゃ!!
アイラ!お前なら何とか……」
叫んで、アイラの方に振り返ると、妖精様は、それはまるで少年に捕らえられるのを嫌がるセミの様に、屋敷の柱にへばりついていたのであった。
「何してんの……?」
いや、本当に。
「イヤよ!あたしは戦わないわ!」
「ちょっ、何言ってんの?」
「あたしが今トレントを攻撃したら、同族である木の妖精を攻撃した、ってことになって絶対降格させられるじゃない!せっかく手に入れた古代妖精の位を誰がこんなしょうもないことで明け渡すもんですか!」
「コイツ自分の地位のためにいろいろ捨てやがった!!」
態度の反転やら、天使殺しやら何やらでゲスい奴だとは思っていたがゲロ以下の匂いがプンプンするレベルでゲスい妖精だった。むしろ下水妖精でいいかもしれない。
ズドオオオオオン!!と轟音を響かせて
再び屋敷が大きく揺れた。
「きゃっ!?」
キリカの足腰は振動に耐えられず、バランスを崩してしまう。
「大丈夫か!?
くそっ……何か手を打たないと……!」
「マサヤー、ガンバレー。」
アイラからの薄っぺらい声援が届く。
あいつはあとで木の根元に埋めておこう。
「私が……私がなんとかしますっ!!」
キリカがすっくと立ち上がる。
「なんとかするって言っても、どうするんだ?
相手はあの巨体だぞ?」
「実は私も多少の魔法は使えまして……
一応、『黒魔道士』ですから!」
「『黒魔道士』だって!?」
なにそれ。めちゃくちゃかっこいい役回りじゃん。
「いきます……っ!!」
キリカがひとつ深呼吸すると、その周囲には異世界初心者の俺でもわかるほど、魔力が集まっているのがわかる。
「赫い太陽、闇き深淵、ニ双の槍となりて、常世に響かせ……『死滅槍』!!」
詠唱の後、キリカの手には紅い光を纏った、影のように黒い槍が握られていた。
「おおお……っ!!」
そしてそれを投擲……!!
「……」
投擲……
「……」
キリカは食い入るように真っ黒な槍を見つめる。
投げろよ。
「あの……大変申し上げにくいのですが……」
「ん?」
キリカは深刻そうな顔でこっちを見る。
「よろしければ、これ、投げてもらってもよろしいでしょうか?」
「はい?」
「いえ、実は私のパワー、Oランクでして……
この魔法、使うことはできるですが、多分投げても届かないんです。」
と、顔を真っ赤にして言うのだ。
「ええ!?」
おいおいマジか。パワーなんてEランの俺が最弱かと思ったが、案外そうでもないらしい。
Oランクってなんだよ。というか魔法なんだから筋力とか要求しちゃダメでしょ。
「すみません、お願いできますか……?」
「あ、ああ、じゃあ投げてみるけど……」
正直俺も届くかどうかわかんない。
キリカから槍を受け取ったその瞬間、
また屋敷が大きく揺れた。
「どわぁっ!?」
「ひゃっ!?」
その拍子に二人ともバランスを崩し、
槍をそのまま後ろに放り投げてしまった。
「って、しまった!槍が!」
そしてその方向には、未だ柱にへばりついた蝉……もとい、アイラが。
「ちょっ!?アイラ!危ない!」
「へ……?って待って待って待ってなにこの槍!?」
アイラは槍に気づくと、すぐさま魔法で返す。
「『魔導反射壁』!!』」
「おおっ、ナイスだ!アイラ!」
『魔導反射壁』、これは自己に放たれた魔法に対して作用するもので、その魔法を放った対象にその威力をそのままにし、さらに追尾機能をつけた上で返すというものだ。上級魔法の一つで、習得にはかなりの時間が……って、ちょっと待て。
「あれ?これまさか……」
アイラの『魔導反射壁』で『死滅槍』は、ぐにゃりと軌道を変える。
「おい……そこのバカ……」
「え?それってあたしのこと?」
アイラがとぼけたように言った。
そしてとうとう、『死滅槍』は完全に軌道を変え、発射された。
「あとで思いっきりしばくからな……
しっかり覚えとけよッ!!」
そう、他でもない俺と、最後まで触れていたらしいキリカに向かってである。
「走れっ!」
掛け声とともに廊下へと飛び出し、全速力で走り出す。マズイことになった。
「あんのクソフェアリー……
次から次へと問題起こしやがって!!」
「あの、わた、わたしに、ひと、一つっ、提案が……」
キリカの息はすでに絶え絶えだ。
まだ20メートルも走ってないのに。
「何か策があるのか!?」
「はひぃ、わたし、わたしが、まじっ、まじっく……」
「『魔導反射壁』?」
「はいぃ、それで、あのや、やりを……」
「槍をはね返して?」
「それ、それで、あの、ちょっ、ちょっと休憩を……」
「できるか!」
だめだ。コミュニケーションが取れない。
いや取れないことはないけど遅すぎる。
この体力で今までどうやって生活してきたんだろうか……
「あーもう!仕方ない……!」
今まで女の子に触れたことなど一度もない俺だが……命の危機、背に腹は代えられない。
「ほら、おぶってやるから早く乗れ!」
急停止して腰を落とす。
「で、でも、そんなことしたら……」
「いいから早く乗れ!時間がないんだ!!」
「い、いえ、しかし……」
「だー!もうわかったよ!」
あまりにもキリカが渋るもので、もう時間が本当にない。
「っしょい!!」
「ひゃっ!?」
なので、無理やり背負ってしまう事にした。
「ほら、これで少しは楽になるから、
今の内に魔法の……準備……を……?」
なんだろう。おかしい。背中からものすごくヤバい気配を感じる。恐怖ではない。何かもっと、狂気じみたものをだ。
そっと振り返って、今自分の背中に乗っているものをみる。するとだ。
「うっ!?」
「マサヤさんったらぁ……私の胸なんか背中にくっつけてどうしようって言うんですかぁ〜?
もう……変態さんですねぇ……」
キリカが顔を真っ赤に染めて、身体をくねらせているのだ。
「ちょっ、何言ってんだお前!?」
「何って、マサヤさんから襲って来たんじゃないですかぁ〜……やっぱり変態さんです……」
「待て!違うから!配慮だから!!
てか、早く!早く『魔導反射壁』使ってくれよ!?」
キリカはさらに悶々として、
「そんなぁ〜……こんな状況でそんなこと言われましてもぉ……」
あれだ。この子、関わっちゃダメな子だ。
しかし後ろからは、ぐいぐいと迫る死滅槍。
「あーもうどうしろってんだ!!」
キリカは呪文を唱えられないし、おろしたところで呪文が唱えられる保証はない。
逃げるしか選択肢は残されていなかった。
すると、再び屋敷が大きく揺れた。
すぐ近くでミシミシと木造建築が悲鳴をあげる。
「お、おい、この屋敷大丈夫なのか……?」
『ロ…………ン……』
「ん?なんだこの声??」
低く、腹に響くような声がどこからともなく聞こえる。
『エ……ホン……』
「まさかこの声……トレントの声か!?」
真偽の確認のため、急いで窓を開ける。
すると飛び込んで来た声は、またしても俺の異世界人生観をひっくり返すものだった。
『エ……ロ……ホ……ン……』
「おおい待てぇ!!」
『アール……ジュウハチ……!!』
エロ本、R18。もうだめだこの世界は。
なんかもう、すごいめちゃくちゃなんだもん。
未だにキリカを背負いながら深くため息をつくと、
ベキッ、と嫌な音が響く。
「ん?」
どうやら音の主は、片手を置いている窓のサッシの部分だった。
うん、これはあれだ。あのパターンだ。
気付いた時にはもう手遅れ。
次の衝撃とともにあたり一帯が大きな音とともに崩落した。しかも運の悪いことに、後に着弾した
『死滅槍』の風圧で俺とキリカはそのまま屋敷の外に放り出されたのだ。
悠長に語っているように見えるかもしれないが、
だいぶ焦ってます。ええ、非常に。
「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
「マサヤさんのエッチぃぃぃぃぃ!!!」
「おい待てなんでそうなる!?」
というか、コレホントにやばい。俺……死ぬか?
異世界に来て2日で?俺死に戻りなんて持ってるの?
それともギャグ補正とかあったりする?異世界だし、そのくらいあってもいいよな?
順調に重力の波に呑まれかけた時、俺は死を覚悟した。いや、覚悟なんて大層なものではない。
自分が死ぬ、そういう漠然とした事実を、ただ認識したに過ぎなかった。
「『泡財回収!!』」
ただ、幸運の女神様、いや、妖精様は俺を見捨ててはいなかった。
突如、俺とキリカの周りに分厚いシャボン玉のような球体が出現したのだ。
「うおっ!?」
勢いよく球体の底の部分に叩きつけられるが、性質もシャボン玉に似ているのか、弾性でほぼ痛みは無い。
「まさか……アイラか!?」
遥か屋上近く、おそらく開かずの間らしき部屋からドヤ顔がしっかり覗いていた。うん、腹が立つ。
「こ、これは……『泡財回収』!?
陸上で使える人間がいるなんて……!」
キリカは驚嘆の声を上げる。
さっきまであんなのだったのに。
「とりあえずナイスだ!アイラ!!
とりあえず安全なとこに……」
そこまで言いかけると、シャボン玉が突如横方向に動いた。当然、中にいた俺とキリカはバランスを崩して倒れこむ。
「ま、マサヤさんっ!?
やめてくださいっ!こんなところで……」
キリカはまたしても顔を赤らめる。
「わ、悪い……あ、やっぱりもう謝らなくていいや。」
うん、めんどくさいからね。
で、それより問題は……
「おーい!アイラ!何やってんだ!早く安全なところに……」
「ちょっと!マサヤ!後ろ後ろ!!」
「へ?」
言われるままに振り向くと、このシャボン玉に向かって真っ黒な何かが高速で飛んでくるのを目で捉えた。
それと同時にまたシャボン玉は大きく上昇する。
「お、おい……これもしかして……」
説明しよう。『泡財回収』とは、対象の周囲に分厚いシャボン玉を出現させ、対象を保護、または輸送する魔法である。また、対象となったものはシャボンが破れない限り外部に影響を与えることはできず、シャボン玉は詠唱した者のみ操作可能となる……うん、ちょっと待って?
そして背後には、察しの通りギラギラと殺気を放つ『死滅槍』。
「おい、キリカ。なんで槍消えてないの?
さっき床に直撃してたよな?」
「一撃くらいじゃ消えませんよ……
私の『死滅槍』……狙った獲物は絶対に仕留めますから。」
「おいおい……」
ということは、つまりだ、うん。小さい頃ジェットコースター乗っといて良かったわ。
「あ、アイラ様……?安全運転で頼みますよ……?」
「あっ、うん!頑張るわ☆精一杯、できる限り、
善処致します☆」
「アイラ様ぁ……」
だめだこれ。だって滅茶苦茶いい笑顔してるんだもん。なにあれ、見たことないわあんな笑顔。
そして俺は、自分の半規管と前庭に全てを委ねた。
頼む、鈍感であってくれ、と。
「助けてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
シャボン玉は無慈悲にも、操作しているのはアイラだが、高速移動の一歩目を踏み出した。
右へ、左へ。かと思ったら今度は斜め。
背中から真っ逆さまにも落ちる。
シャボン玉は順調にスプ◯ッシュマウンテンしていたが、もう一つの恐怖が俺の心を侵食し始めたのはその時だった。
「マ゛、マザヤザン……」
「どうしたぁぁぁぁ!?」
「ぢょ、ぢょっとやばいがもでず……」
「何ぃぃぃぃぃぃぃ!?!?」
ヤバい。この一言で全て察することは容易いだろう。
そうだ。このままではキリカの口という名の噴水から、キラキラという名の汚物が撒き散らされると言うのだ。
何がマズイかというと、この『撒き散らす』という部分なのだ。この狭い密閉空間で撒き散らすというのがどういうことかお分かりだろうか。
当然のごとく、梨汁ブシャーである。いや梨汁では無いんだけども。
ただもしかすると、幼女のキラキラなら喜んでキャッチしますなんていうロリコ……
「あ、もうムリです。大変申し訳ありませ……」
「待てやめろ!大声で音をかき消すからぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
叫ぶ。かつてないほどの全力の叫びだ。
流石に音を聞くわけには行かない。
だってホラ、まだほぼ初対面なわけじゃん?
なんで初対面の人のキラキラ被んなきゃいけないかわかんないけど。
一通り治まったのち、俺たちの体は、テレビにでも映れば全身モザイクは免れないような状態になっていた。
やりました……神様……僕は耐えきりました……!
現状、人生最大のものかと思われる危機を……!!
しかし、状況は一切改善しない。それどころか、またもや悪化への歩を進めることになる。
ミシッ、と嫌な音が屋敷から十数メートル離れたシャボンの中まで聞こえたのだ。
「えっ?えっ!?ま、マサヤー!!
今屋敷どうなってんのー!?」
おい、これはシャレにならないぞ……?
「ちょっと!速く答えなさいよ!!
どうなってるのってばー!!」
いやもう明らかに、もう明らかに……
「思いっきり!!
傾き始めてるんだよッ!!!」
「へっ?」
アイラは素っ頓狂な顔で答えた。