『迷いの森での大宴』
「あーこのポンコツ地図が!!」
俺はそう叫んで、地図を地面に叩きつけた。
「ちょっとマサヤ、うるさいわよ?
森の中はあたしの聖域なんだから、
あんたの汚い声で汚さないで頂戴。」
「てめぇ放っておけば調子に乗りやがって!
じゃあお前出してくれや!俺をこの森から出してくれや!!」
「そんな事言ってもねぇ……
妖精王に許可取らないと……」
「あーもう!お前あれか!めんどくさい日本企業か!連絡したら誰々に連絡して下さい、
次に連絡したら誰々に連絡を、また誰々に、また誰々!お前めんどくさいだけだろ!!」
「なんでそうなるのよ!あたしは日本企業の事なんて知らないし!関係無いから!」
ああ、そうだ。俺は今、絶賛遭難中だ。
地図では、このベッタベタな名前の森、
迷いの森を抜ければ、第二の街アールクラフトに到着するらしい。しかしだ、この地図に書いてある迷いの森の解説が雑すぎるのだ。
『右行って左行って、まっすぐ行って次左。』
わかるわけないわ。これで理解できる奴がいたら、俺はそいつを神と呼ぼう。
「あ、見て見てマサヤ、あそこに家があるわよ?」
「お、確かにあるな……道聞いたりできるか……?」
「ちょっと待ってマサヤ、その前にひとつ、こんな話はどうかしら……?」
※
ある深い森の中に、ある魔法使いの一族が暮らしていたそうだ。
その時まで、一族は慎ましく生き、自然と共に暮らしていた。しかしある日、弟夫婦から、大量かつ、質の高い魔力を持った女の子が生まれた。弟夫婦は大変喜んで、その女の子を育てた。また、同時に兄夫婦にも、男の子が生まれた。しかし、兄夫婦の間に生まれた男の子は、大した才能はなく、多少頭が良いくらいであった。もちろんの事、二人は比べられた。
ほとんど同時期に生まれ、ほとんど同じ環境で育てられたのだから、魔力量は違っても、同じ魔法の技術を持った子供に育つはずだ、と。
しかし、何をやっても兄夫婦の息子は従兄弟である、弟夫婦の娘に勝つ事はできなかった。
当然、兄は息子を何度も叱りつけた。
そして兄は、いつも弟の娘を、そして弟を憎んでいた。息子は賢かった。親の考えなど全て知っていた。そして知っていた上で、兄の息子は自殺した。自室で首を吊ったのだ。
しかし、それで一族や、屋敷に使えるものたちはホッとした。もう比べるものがないのだから、兄は理不尽に怒鳴り散らしたりしないし、
弟の娘が肩身の狭い思いをしなくて済む、と思ったからだ。ただ気がかりだったのは、弟の得意とする魔術が、死霊系統の魔法だったことだ。死ぬ直前に、何らかの契約を交わした痕跡は無かったが、万一何かあっても困る。頭首は、一族の上級司祭に、兄の息子の部屋で清めの儀を行わせた。
息子の死から、何日かたった後、特に何事も起きないので、おそらく大丈夫だろうと誰もが思った矢先、清めの儀を行った上級司祭が突然、出血多量で死亡したのだ。
誰もが呪いを疑ったが、兄の息子が上級司祭に呪いをかけるいわれは無かったため、推測ではあったが、呪いに関わったものが死ぬという事になり、息子の部屋は開かずの間となった。
しかしある日、弟の娘は好奇心に耐えられず、息子が死んだ2年後、16歳の時、開かずの間へと足を踏み入れてしまう。
その後、娘はやはり出血多量で死んでしまった。そして弟夫婦も、後を追うようにして自殺した。
恐怖した兄は、自室へと引きこもってしまった。しかし、聞こえてくるのだ。
『お父様、僕、できました。褒めてください。
褒めてください。褒めてください。』
その声は毎日毎日、兄の脳内に聞こえてきたという。いつしか精神的に壊れてしまった兄もまた、自室で首を吊って自殺した。
それ以来、使用人達も次々と辞めていき、最後にはその館は廃墟になり、未だ兄の息子の霊が、辺りをうろついているという……
※
「それがあの館なんじゃない?ってこと。どう?怖いでしょ?」
アイラは純粋無垢な子供のような顔で言う。
うん、ごめん。こいつは知らないかもしれないけど、俺この手の話マジで無理。
そんな一家心中があったかもしれない家なんぞゴメンだ。道聞くだって?聞きませんよ、そんなもの。ていうか人いないだろ。
「ふ、ふーん!そうなんだ!じゃ、じゃあ先を急ぐぞ。」
「ちょっと待って、マサヤ。」
場に不穏な空気が流れる。
「な、何だよ……」
アイラは一息溜めて、重苦しく言った。
「もしかしてさぁ……怖いの?(笑)」
懐かしい嘲笑の顔だ。
とりあえず言わせてもらうと、すごく腹立つ。
しかし、俺も大人。怖いということが悟られないよう、落ち着いた対応を見せるべきである。
「こ、こここ怖くねーし!?
お前あれだし?俺古族特攻持ちだし!?
そ、そそそんな霊なんぞぶっ飛ばしちゃうし?」
「ふ〜ん、なら道聞きに行こうよ。
私もこの辺わかんないし。ぷっ(笑)」
はい、ダメでした。尊厳もクソもありませんでした。
という訳で実力行使だ。
というか、ぷっ(笑)が異様にウザい。
「おい、俺をとりあえずこの森から出せ。
つねるぞ。」
「ちょちょちょもうつねってる!!
でも甘いわねマサヤ!
あたしが毎度毎度そんな攻撃を食らうもんですか!『減衰:力』!」
「何ィ!?」
全力でつねっている、その筈なのにだ、
何とアイラの表情は余裕そのものなのだ。
「くそっ!どうなってる!?」
「マサヤ、あんたのステータス、覚えてる?」
未だ余裕を見せるアイラは言った。
たしか冒険者カードを発行した時に……
俺のパワーは……まさか……ッ!
「そう、あんたのパワーはEランク!
つまり最低値よ!そして最低値のここからさらに下げれば、パワーはゼロにほぼ等しくなる!
これでどれだけ倍率が掛かろうとも、ゼロはゼロ!あたしに攻撃は効かないわ!」
「こんのクソフェアリーッ!!」
やってくれた。いつデバフ系の魔法を使われるか心配はしていたが、よりによってこのタイミングで思いつきやがるとは。
「さぁ〜、あの館に道を聞きに行きましょ?
亡霊とか出てちゃうかもしれないけどね〜♪」
そう言って、アイラは俺の襟首をがっちりと握りしめた。
「やめろっ!俺を引きずっていくな!
嫌だ行きたくない!怖い怖い怖い!!」
※
「すみませ〜ん!!誰かいませんかー!!」
呑気にもこのバカは、屋敷の大扉の目の前で叫んでいる。アレでしょ?こういうことしてる人から死んでいくとかいうアレでしょ?
「ほ、ほら!だだ誰もいないみたいだし、帰るぞ!おい!」
あまりの焦りに声が上ずってしまった。
自分で言うのもなんであるが、非常に情けない。
「あっれー?おかしいなー……」
「だから誰もいないって!な!?早く行こう?
っていうか早く戻って来てくださいお願いします。」
「鍵はついてないのに門も開かないし……」
「お前話聞けよ!」
べしっ、といい音でしばきが決まる。
「痛ったーい!!ちょっと、何すんのよ!
クルス!!」
「お前!よくも俺の黒歴史を!
わざと言いやがったなこのバカちんが!!」
「あ、あぁ……そ、そうよね、
悪かったわ。」
一瞬アイラはビクついたが、なぜかそのあと少し肩を落とした。
「まさかお前から謝るとは……明日は槍でも降るかな。」
「ちょっ!?マサヤ!?どれだけあたしのことバカにしてるのよ!?」
「いや、バカにはしてないよ。
舐めた態度とるクソフェアリーだと思ってるだけだし。」
ギギギ……
「え?」
「え?」
口論の最中、なんと軋んだ音とともに、目のまでの鉄の門が開いたのだ。
まるで、入って来いとでも言わんばかりに全開で。
「ま、マサヤ、あんたに先を譲るわ。」
アイラは顔を真っ青にして言う。
「いやお前が行くって言ったんだろ!
お前行けよ!」
「だ、だってほら!あんたってば男でしょ?
リードしてよ!女の私をリードして!」
「お前さっき『もしかして……怖いの?(笑)』とか言ってたじゃねぇか!!
ちなみに俺は女性至上主義者なので女性の方が立場が上です、だからお先に入っていってください!!」
「嫌よ!私だって入りたくないわ!」
「え?今なんて?」
「だから、私だって入りたくないわよ!行くならマサヤ一人で行ってきてよ!」
「ええい黙れ!俺も入りたくないわ!
だったらもう二人とも入らなければ良いじゃねぇか!」
「それもそうね。帰りましょ。」
そしてこの即決。まあいい。このまま何事もなく帰れる……わけがなかった。
なんと、後ろを向いて門から出ようとした時、門は既に、俺たちより後ろに存在し、固く閉じられていたのだ。俺が何を言っているかわからねぇと思うが、俺自身も自分が何を言っているのかわからねぇ。魔法とか、魔法(物理)とか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねぇ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……
「おい……クソ妖精……どうすんだこれ……」
フリーのホラゲじゃないんだから、
こんなベタな展開ほんとやめて!
俺こういうの一番嫌いだから!
「え、えっと……あ、あたしは先にテレポートで次の街に行ってるわね!」
「させるかこの野郎!」
「あ、あの……」
「「へ??」」
屋敷の方から、突然声がするのだ。
驚いて振り向くと、そこにはいかにも魔法使いといった風貌の少女、それも中学生くらいの少女がおどおどと立っていたのだ。
「あ、いえ、怪しい者ではないんです!
ただ、私はこの屋敷の主でして……」
「や、屋敷の主!?」
まさかこんなボロ屋敷に人が住んでいたとは。っていうかよく住もうと思ったな。
「はい。昔から伝わってる怪談、ありますよね?」
そういえばさっき長々と話してたな。
最後の方怖くて聞いてなかったけど。
「あ、あぁ、あるけど……」
「ってことはあなた、その怪談の……?」
「そうです。私はキリカと申します。エルドラート家47代目の当主です。」
「「はぁーーーー!?」」
※
「そうなんです!実は最後まで残った執事にもこの間見捨てられまして、今はもう私しかいないんですよ〜。」
「え〜!ホント〜!?私ならその執事ぶっ飛ばしに行くけどな〜。」
うむ、なんだかよくわからんが、例の怪談の屋敷で現在お茶をしている。というか、何か物騒な話が聞こえたが気のせいだろうか。
屋敷の中は案外清潔で、多少ホコリが積もっている程度。お化け屋敷みたいな状況ではなかった。
「あ、そうだ!怪談に出てくる家なら、アレ!
アレがあるでしょ!」
アイラは楽しそうに言う。
おい、頼むからやめてくれ。
「開かずの間!」
はい、でしょうね。そうでしょうね。
「あ、あるにはあるんですが……あの部屋はちょっと……」
少女は、なぜか少し頬を朱に染めながら言った。
怖いのでやめておきましょう。そうしましょう。
そんなことして呪われでもしたら……うん?何かおかしい。
「ほ、ほら!キリカさんも嫌がってるし、
早くお暇しよう!な!?」
「えー!!でも、見てみたいんだけどなぁ……」
「い、いえいえ!見られたくないとか、そういう訳では……なくてですね……」
何故かキリカは身体をくねらせる。
うん、やっぱりおかしい。
しかし怖いので早く出ていく方針で。
「ほら!彼女もこう言ってるんだし、せっかくだから見せてもらおう?」
「そ、そうですね!案内させていただきます!」
ダメだ。嫌な予感しかしない。
おそらく結果は二通り。普通に呪いで死ぬか、あるいは……
※
「こちらが、開かずの間です。」
キリカが案内したのは、重厚で、長年使われていなさそうな観音開きのドアが備え付けられた部屋だった。
アイラは顔を輝かせているが、やっぱり僕には無理です。いざここまで来ると、非常に怖いです。
「へぇー、こんなのなんだ……
ねぇ、あたし入ってみてもいい?」
「馬鹿!入ったら死ぬって話だったろ!」
この妖精は馬鹿なのだろうか。
自分で言っておいてこれですか。
すると、アイラは小声で耳打ちする。
「大丈夫よ。あたしは『古代妖精』よ?その程度の呪いで死ぬとでも思ってるのかしら?」
いや、まぁそれはそうなんだけどさ。
男の子としてはさ、ここは女の子に怖がっといて欲しかったんだけど。
「待て待てだからって……ってお前!何ドア開けてんだコラ!」
怖すぎて後ろを向く。しゃがみこんで耳をふさぐ。
絶対何かあるでしょ。呪いとか、なんかそんなの。
「え……?何、この本……?」
アイラが頓狂な声を上げる。
「『メイドは見た!お嬢様の淫らな……』」
「待て待て待て!それ以上言うなよ?絶対だぞ!?」
あまりの驚きに、恐怖を忘れて思い切り振り向いた。
振り向いたのだ。それが、ーーもともとぶち壊れているーー雰囲気をさらにぶち壊した。
部屋の四面に据え置かれた本棚には、
ちょっとお見せできない、ピンク色の本がずらりと、
並んでいたのである。
「あぁ……ッ!見られちゃいました……ッ!!」
キリカはその場に泣き崩れた。顔を真っ赤にして、である。
「他にも色々あるわよ?『ヤンキー×パンピー、魅惑の……」
「あーー!だから待てって言ってるだろ!
って言うかこの本、俺が元いた世界の本じゃ……?」
確かにそれらの本は、日本語で書かれていた。
明らかにこっちの世界のものではない。
「おい!そこのお前!この本どうやって手に入れたんだ!?」
「そ、それは私がやったんじゃありません!
じ、実は怪談に出てきた男の子は、『死霊』の素質以外に、異世界との交信が可能だったんです。
その技術を応用して、色々取り出していたら……」
「こんな本の存在を知り、取り出すようになったと……?」
ああ、わかった。やっぱりダメだ、こっちの人達。
というか、ちょっと待て。
「おい、お前、確か怪談に出てくる奴らの死因って、この部屋に入ったやつは全員出血多量だったよな?」
「はい、そうですよ。だから、刺激が……」
「はいストップ。刺激が強すぎて、鼻血を出しすぎて失血死、なんてバカなことじゃないだろうな?」
頼むから違っていてくれ。俺の異世界観が崩壊しちゃうから。
しかし、そんな俺の願望とは裏腹に、キリカは笑顔で言った。
「よくわかりましたね!凄いです!!」
もう、なんかすみません。
と、その時だった。
突如、屋敷がグラグラと揺れ出したのだ。
「な、何だ!?」
「っ……!もしかしたら……!」
少女は窓際に走り寄ると、
「やっぱりです……!!」
「何?どうかしたの?」
アイラが少しも心配してなさそうな顔で言う。
屋敷揺れてんだぞ!動揺しろよ!
「トレントです!それも、大量です!!」
「トレントぉ!?」
トレントと言えば、そう、ゲームとかでは木の妖精的なアレである。そのトレントが、大量。
窓からちらっ、と外を覗くと、
それはもう見事に、何十メートルとある大樹が、二本足で立ち上がって歩いていたのだ。
「な、何じゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
文才がほしい(切実)