『自堕落フェアリーと神々の黄昏』
確かにさっき俺はトイレに飛び込んだはずだ。しかしおかしい。トイレってこんなに深かっただろうか。ちょっと足がつかないので誰か助けてください。自分泳げないんですが。
「ごぼぼっ!?(うおおっ!?)」
泳げないながらも必死で浮上しようとするが、
なんとかして上を見上げたところ、
既に自分が飛び込んだはずのトイレはおろか、
そもそも上には自分がさっきまでいたはずの空間までもが消失しており、真っ青な世界が続いている。
「ぶごぼぼ!?(嘘だろ!?)」
息が苦しくなってきた。そもそも運動など碌にしていない俺に水泳なんて無理に決まっている。それ以前の問題として、360°を見回しても酸素が補給できそうな場所は無い。
これがお察しという物なのだろうか。
「ぼぶばぼぼぼべびぶぼば……
(こんなところで死ぬのか……)」
絶望したそのとき、突然俺の背後で何かが光りだした。せめて最後は光に抱かれて死のう、
とだけ思い、水をかいてなんとか体の向きを反転させた。するとそこ、光の中心には
背丈が30センチほどの、ヒトによく似た、
俗に言う妖精、と呼ばれるものが、薄緑の髪をなびかせ、どこぞの案内人のような服に身を包み、ちょこんと立っていた。
そうか、ついに俺は幻覚を見だしたか。
そろそろこの空間ともおさらばできる、
と思った矢先、妖精はゆっくりと目を開き、
こう、言ったのだ。
「異世界へようこそ!
来栖 雅也さん!!
私はアイラ。古代妖精のアイラです!この異世界で、貴方をサポートさせていただきますっ!」
今、確かに異世界と言った。
ということは、ここは既に異世界ということなのだろうか。いずれにせよ、異世界で死ねるなら本望である。さようなら尊き命。
「って、なんで死にそうになってるんですか!?」
妖精が焦るので、最期にこの質問に答えて、
我が生涯に幕を閉じることにしよう。
「そりゃ、空気がなかったら人間は生きられないけど……」
そう答えると、
「いえ……ここ、普通に呼吸できますけど……?」
妖精は怪訝そうな顔で、ポツリと言った。
「へ?」
試しに深呼吸をしてみると、
確かに、普通に呼吸ができる。
あれ?普通にできちゃってますねこれ。
というかさっき普通に喋れてたし。
「まさか、さっき苦しんでたのって……
呼吸ができないとおもって……ぷっ(笑)」
「笑うなよ!俺としてはかなり深刻な問題だったんだぞ!?」
妖精が噴き出したのち、笑いを止めない。
なんだろうこれ。すごくムカつく。
※
一通り笑い通した後、妖精は語り始めた。
「ここは言うなれば、そっちの世界とこっちの世界との中間地点なんですけど、それはわかりますよね?」
「はぁ……そうなんですか。」
ということは、さっき死んでたら
異世界でも元の世界でもない場所で死んだのか、と胸をなでおろしながら相槌を打つ。
「ではでは、早速こっち側の世界の説明をしますね!」
「お、待ってました!」
一応、自分から異世界行きを望んだのだ。
この説明を聞くのが楽しみの1つでもある。
「端的に言いますと、現在、人類は滅亡の危機にあります。」
そうだ、この展開を待っていたのだ。
きっと魔王軍が攻め行ってきているのだろう。
そうに違い無い。というか、そうであって欲しい。
「それでそれで!?
もしかして……魔王軍!?」
「いえ違います。」
「え?魔王軍じゃ」
「違います。」
謎の間が空く。
では、誰が人類滅亡の危機を引き起こしているのだろうか。
「な、なら誰が人類を……?」
「神です。」
「……もう一回言ってくれます?」
「神です。」
再び開く謎の間。しかし、神が人間を滅ぼそうとしているというのもおかしな話だ。
普通、神というのは人間を救ってくれるものではないのだろうか。
「じゃ、じゃあなんで神は人間を滅ぼそうとしてるんです……?」
う〜ん、と妖精は首を傾げた後、
「趣味ですかね?」
「いや違うでしょ!ていうか俺に聞かないでくださいよ!?」
そして、急にパッどひらめいたように目を輝かせて、
「そういえば最近、人々に魔王への信仰者が増えてるからですかね?」
「ダメじゃねぇか人類!神を信じろよ!」
「あ、他にも人間が酒池肉林の限りを尽くしているから、とかもありますよ!」
「本格的にダメじゃねぇか!!」
あぁ、ダメだこっちの人類。
魔王信仰して酒池肉林の限りって、
それ悪魔じゃね?むしろ悪魔じゃね?
もう人間やめろよ。
「あ〜、でも、人間が魔王を信仰するのにもちゃんと理由があるんですよ。」
「へぇ、理由?」
なんと、ちゃんとした理屈があったのか。
なんか厨二心をくすぐられるから、とかかと思ってた。ごめん。
「はい!実は、この間サタンさんが急病で寝込んでしまいましてねぇ……」
「サタン寝込んでんの!?冥界の王だよ!?」
「はい……初代のサタンさんは、しっかりと魔族の領地拡大とかしてまして、美しい人間の娘をさらったりとかして、まぁ、ちゃんと魔王やってたんですよ。」
「ふ〜ん、確かにそれは人間としては怖いなぁ。」
魔王やってるってのがイマイチよくわからないが、まあ仕事してるってことでいいのだろう。
「ただ、二代目サタンさんがちょっと問題なんですよねぇ……」
魔王って代替わりするんだな。初めて知った。
「で、何が問題なんです?」
「それがですね……」
妖精が余りにも深刻そうな顔をするので、
ゴクリと唾を飲んだ。
「めちゃくちゃイケメンらしいんですよ……
二代目。」
「…………へ?」
俺の緊張を返してくれ。
なんか結局すごい禍々しくて厨二心をくすぐるとかかと思ってた俺に謝れ。
「それでいて、すごく優男なんです。
だから、人間の女性にモテモテだそうです。
ちなみにこの間、『月刊アストレア』の
『今攫われたい男性ランキング』で、初参戦にして堂々の一位でしたよ。」
「いや、それはどうでもいいんだけど……」
「あと、あんまり侵略とか、人攫いとかが好きじゃないそうで、口癖は『僕は……普通の恋がしたいんだ。』だそうです。
ちなみに、最近の悩みは人間の女性が自ら攫われに魔王城近くまでやってきて、どう対応したらよいかわからないことだそうです。」
あぁ、心底どうでもよくなった。
早くも異世界での暮らしに挫折しそうだ。
肝心の異世界にまだ一歩も踏み入れていないのに。というかそういえば一歩も踏み入れてなかった。
「そういえば俺、いつになったら異世界に行けるんだ?」
「そうですね。細かい説明とかめんどくさいんで。それじゃあ、行きますよっ!」
妖精が手をかざすと、俺の足元にブォン、という起動音とともに白色の魔法陣が展開される。
あぁ、俺はこれを待っていたんだ。この
ファンタジーっぽい奴を。
そして今度は、視界は真っ白に染まった。
※
気づけば、俺の足は地についていた。
辺りを見回すと、どう見ても日本には存在しない、カラフルな家々が並んでいた。
人々の服も、元の世界のそれとは全く違う。
そうだ。ついに来たのだ。
「ついに来たぞっ!異世界に!!」
いち早くダンジョンとかに潜ってみたいものだが、まずはギルドだ。おそらくクエストとかも
そこに貼ってあるはずだ。
「それで妖精、ギルドはどこに……ってえぇ!?」
振り返るとそこには、
先程の親切感満載の妖精、アイラの姿は消滅し、空中で、あの世間的な親父が良くやるような寝方で、なんと俺がいた世界のポテチ、それもミニチュアサイズをもぐもぐやっていたのだった。
「あ、あのぉ……妖精さん?」
今までの丁寧さは何処へやら、
俺への興味など微塵もないといったご様子だ。
「へぇ?なにぃ〜?」
「えっと……あの……ギルドの場所を……」
あまりの変化に対応できず、取り敢えず
ギルドの場所を尋ねる。
突っ込みたいのは山々だが、有無を言わさぬ貫禄がそこにはある。
「え〜?そんなの知らないしぃ、
っていうかなんで私がそんなことしなきゃいけないの〜?めんどくさいんですけど〜。」
だがしかし、ここまで言われては俺も我慢ならない。確かにこいつは、さっき
この世界で貴方をサポートする、と言ったはずだ。ということは、こいつはゲームによくあるサポートしてくれる奴なのだろう。
というよりさっきの態度はなんだったのか。
「あ、あのぉ……さっきまですごく丁寧だった気がするんですが……」
あまりの驚きに、思わず敬語を使ってしまう。
「へぇ?あぁ、あれは接待モードだから、
もうやんないけど。」
「接待モード……って、はぁ!?」
接待モードだと!?
ということはさっきまでのアレは、
言って仕舞えば作り笑顔だったわけか。
「そ、それじゃあ初期装備とかお金とかは!?」
「ん?ないわよ?そんなもん。」
「えぇ……」
さすがにこの対応はひどすぎるだろう。
世に言う塩対応を通り越して、もうクエン酸対応とでも言ったところか。塩っぱすぎる。
しかし、この妖精は案内係はずであり、
俺に反逆したりとかはできないはず。
というかしないのが当たり前である。
ここは強気に出ても死にはしないだろう。
「ちょっとあんた、一応案内係なんだろ?
だったらもうちょっとマシな対応を……」
と口走った瞬間、妖精が指を鳴らした。
同時に、耳の横を弾丸のように何かが飛んだかと思うと、俺の背後にあったはずの小高い丘が綺麗な更地に変化していたのだ。
そして妖精は言うのだ。
「次あたしに舐めた口聞いたら……
あれみたいになると思いなさい♪」
「ひゃ……ひゃい……!!」
ちょっと待って、この案内人怖すぎやしません?あれとは、吹き飛んだ丘の事だろうか。
これは死ねる、と言うよりは消えれる。
「という訳で、あんたの後ろを付いていくけどいないものだと思っていいわよ〜。
案内とかめんどくさいしぃ、てへっ☆」
てへっ☆じゃねぇよ!お前舐めてんのか!!
確かに、自己紹介の時に古代妖精とか名乗っていたような気がする。
『これ』ではあるが、もしかするとそれなりに位は高いのかもしれない。
※
四苦八苦して、なんとかギルドへたどり着いた。途中、制服のせいか、『ママ〜、あの変な人何〜?』『しっ、見ちゃダメよ!』というベッタベタな会話をされたのは秘密です。絶対に秘密です。
「なぁ、妖精さん。」
「妖精……さん?」
「妖精……様……」
この野郎!こっちが下手に出ればいい気になりやがって!!
「は〜い!何かしら?あ、あと、あたしの事は、アイラ『様』って呼んでくれて結構よ♪」
頼むから神よ、こいつにバチ当ててくれ。
もうなんか、すんごいのを。
あーでもあれか、
そういえば神って人間の敵なのか。
「あ、アイラ……様……」
「何かしら?できれば手短に頼むわ。
早いとこじゃ◯りこ取り出したいのよ。」
「いや、じゃ◯りこって……
そんなに人間界のもの持ってきていいんですか……?」
「いいのよそんなもん、あたしクラスのフェアリーともなれば、守護天使に見つからずに持ち出すなんて朝飯前よ!」
「は、はぁ……」
ふふん、と得意げに花を鳴らすアイラだが、
どうもフラグがビンビンに建っている気がする。
「ギルドって、ここで合ってるんですか?」
そういった俺の目の前には、いかにも、『ギルドです』と言わんばかりの装飾が施された建造物がどっしりと建っていた。
「あってんじゃな〜い?あたし知らないけど。」
はぁ、と異世界に来てから何度目かわからないため息をつき、仕方なく目の前の重い扉を開いた。ギギィ、という音とともに、目の前に広がったのは赤青黄色、その他にも色とりどりの防具を身につけた人々で、不思議なことに、すべての人間がそれぞれの色の場所で固まっており、綺麗に分かれている。
「な、何か異様な雰囲気だな……」
中央では、ゲンナリとした受付嬢が空を見つめてカウンターに座っていた。周りのウェイトレスの人達も、もはや死んだ魚のような目をしている。
「ふ〜ん、ギルドってこんなのだったんだ。」
そんな重苦しい雰囲気の中、呑気な妖精は余裕の表情でギルド内へと踏み入る。人々の視線が痛い。他の人間は防具や、魔道服など、ファンタジーチックな服装に身を包んでいる中、一人だけ制服。場違いにもほどがある。
仕方なく、通路のど真ん中を歩き、カウンターへと向かう。
「あ、あの、冒険者になりたいんですが……」
「あぁ……はい……加入ですね…………
少々お待ちください……」
なんだこれ。テンションが低すぎる。
あれでしょ?ここって一応始まりの街みたいなとこでしょ?歓迎ムードとかゼロなんだけど。
「では……こちらのカードを御自分の心臓に当ててください……お名前は……クルス?
カッコいい名前ですね……」
「いえ、マサヤでお願いします……」
中学校の頃、中二の病で自分のことをクルスとか名乗ってたあたり、黒歴史以外の何物でもない。相変わらず顔の死んでいる受付嬢は、
鋼色のカードを差し出した。
「まさか……!?これって冒険者カード!?」
「はい……そうです……
それを心臓部に当てると……自動であなたのステータスと、運が良ければギフトスキルが印字されます……」
「ギフトスキル?」
「ああ、ギフトスキルと言うのは、
その人本来に宿っている特殊な体質が現出したものでして……えぇ、はい。そんな感じです……」
ざ、雑だ……
まあ、ゲームで言うところの特性というヤツだろう。
「よし……」
言って仕舞えば、このステータス登録で全てが決まると言っても過言ではない。
ここで高ステを叩き出し、超強力なジョブに就き、美味いものを食い美味い酒に酔う……
じゃなくて、魔王……でもないのか……んじゃ取り敢えず神を倒して女の子にチヤホヤされるのだ。
胸元で一瞬だけカードが強く光ったかと思うと、次の瞬間には自分のステータスと思わしき数字がくっきりと浮かび上がっていた。
「え〜と、何々……?
知力A、体力D、パワーE、スピードD、魔力C、運……C。」
なんだこれ。クソステじゃん。
まあ考えてみれば、元いた世界でも勉強は自分で言うのもなんだけどそれなりに出来てはいた。もちろん、運動は全くできなかったが。
つまり、元いた世界のステータスがほぼそのまま持ち越されているのだろう。
「ん……?なんだ、これ?」
六角形の評価の右上に、四角い枠があり、その中に『古族特攻 V』とだけ書かれていた。
「古族特攻……?
あのー、受付嬢さん、これなんのスキルですかね?」
改めて受付嬢を見ると、さっきまで死んでいた顔は、真っ青に豹変していた。
「こ、こここここここ、古族特攻ですかっ!?」
そう叫ぶとともに、俺の冒険者カードをふんだくると、それを食い入るように見つめて言った。
「はぁぁぁぁ……また、片付けが……
うぅ……」
大きなため息をついたあと、受付嬢は冒険者カードを投げ出し、フラフラと倒れ、気絶してしまった。
「ちょっ!?大丈夫ですか!?
だ、誰か!!急に受付嬢が……?」
大急ぎで振り返ると、
そこには先程まで椅子について酒を飲んでいた大男達が数十人、カウンターを、と言うより俺を取り囲むようにして立っていた。
「あ……えっと……」
怖えぇぇぇ!無理無理無理!殺される!
俺なんかしたか今!?
あまりの威圧にビビりまくっている中、
中央に立っている世紀末チックなモヒカンの男が口を開いた。
「お前……今、古族特攻と言ったか?」
あまりにも低い声で、常人なら漏らしてしまってもおかしくない恐怖だ。
しかし俺はそんなことはしない。
だだだって、ぼぼ、僕つつつ強いもん!
ビビったりなんかしてないし!絶対してないし!
「え、えぇ……はい。いいい言いましたが……?」
冷たい空気が漂う。
アニメかマンガなら、ここで
ゴゴゴゴゴゴっていう字幕が出るだろう。
そうに違いない。
「なら、俺たちのギルド、
『レッドリザード』に入隊しないか?」
男は、さっきとは打って変わって優しい声と顔で言った。
なんということでしょう。世紀末モヒカンが優しいおじさんに早変わり。
ってそうじゃない。ギルドってあれか、全員参加必須の巨大組織かと思ってたけど、
そういう感じだったのな。
というかそういうことはあの妖精が教えるべきじゃないのか。
辺りを見回すと、アイラは忍び足で俺から離れようとしていた。
「お〜い、どこ行くんですか〜!」
「ひぐっ!?」
何かがおかしい。なんだ今の声。
しかも、汗をダラダラ垂れ流している。
おかしい。
「い、いやいやちょっと妖精王からの収集が……」
「おい兄ちゃん!本当に古族特攻だったら凄えぞ!何てったって、そのスキルは相手が永く生きてれば生きてるほど攻撃が効きやすくなったり、相手からの攻撃が痛くなくなったりするってスキルなんだぜ!!」
という事はだ、長生きしてるヤツに強くなるということか。特攻と言う名だが、どうやら今の説明だと防御にも倍率がかかるということだろう。
「ほう。」
無表情で、逃げ出そうとするアイラの服の首元に手を引っ掛ける。
「あわ……あわわわわわわわわ!!」
おそらくこの時、俺は人生で最も清々しい笑顔で言っただろう。
「アイラさん、ちょっとお話を聞かせてもらうね☆」
※
「ご……ごめんなしゃいでした……」
「おい!そんなもんで誠意が伝わるとでも思ってんのかこの野郎!土下座だよ土下座!
ジャパニーズ・DOGEZAが基本じゃないのかねぇ?」
ちょこんとテーブルの上に正座するアイラの上には、大きなたんこぶが出来ていた。
「それとも何か?妖精業界では、土下座もできないってかぁ!?」
「何よ!この私に低級な人間ごときに土下座しろっていうの!?」
目を少しだけ潤ませて反論される。
泣かれるとやりにくいが、俺はそんな事では許しはしない。
「おい、今低級と言ったな、訂正しろ。」
「嫌よ!低級は低級だものっ!!」
「コイツもう一発食らわせてやろうか!!
……っ!?」
そこまで言ったところで察した。
周りの視線が非常に冷たいのだ。
「どういうことだ?別に変な行動はしていない……ということは……まさか……っ!?」
「ふひひっ♪今頃気付いたみたいね。」
コイツは俺以外の人間には見えていない、
ということか。つまり周りからすると、
俺が一人で喋って拳を振るっているだけだという事になる。これで、あの『変な人』と言われた理由にも納得がいく。あれは制服のことを『変』だと言っていた訳ではなく、
一人で意味不明なことを口走っている俺に対して『変』だと言っていたということだ。
「おい……あいつさっきから一人で喋ってるけど大丈夫なのか……?」
「病院とか、連れて行ったほうがいいんじゃないかしら……?」
「放っとけ放っとけ、関わらないほうがいい。」
マズい。これは非常にマズい。
「さぁ、どうするのかしら?
このままだと貴方は頭おかしい認定されて、
どこのギルドにも入れないんじゃな〜い?」
これまた嘲笑を大いに含んだ言い方だ。
自分の言ったことは聞こえないからって調子に乗りやがって……!
しかし、ここで一つの名案が思い浮かぶ。
「おい、お前。人間に変身しろ。できるだろ?」
「ふんっ!誰が自分から人間になんて……
っていだだだだだだだだだ!!!」
頬を思い切りつねる。相手が古族なだけあって、これだけでもかなりの威力になっているようだ。
「やれ。」
「ひゃい……」
アイラが一瞬だけ白い光に包まれたかと思うと、目の前には先程の状態からそのまま巨大化したような、あくまでも『見た目は』良い美少女がスラリと立っていた。
不覚にも可愛いと思ってしまった。
中身はアレだが。
「はい、これでいいでしょ?」
「よし……成功したッ!!!」
「は……?」
「皆さん!見てください!
私は今、魔女の召喚に成功しましたッ!!」
建物中の人々がどよめいた。
「ま、魔女の召喚だって!?
そんなもの聞いたことないぞ!?」
「でも現に召喚は行われているわ……!
どういうこと!?」
「ということは、さっきブツブツ言ってたのは詠唱だったのか!?」
「それよりあの魔女、かなりの魔力を持ってる……!!もしかしたら過去の英雄か何かかもしれない……!」
「も、もしそうだとしたら、あの召喚した男、
かなりの戦力になるんじゃ……!?」
「っていうかあの人、さっきギフトスキルで
『古族特攻 V』を持ってた人だわ!」
「そ、そんなんチートやチーターや!」
よしよし、上手くいった。
ここで何も無いところからアイラを出現させた事で、俺がさっきまで詠唱をし、あたかも召喚したかのように見せかける。推測だが、立場上アイラは自分の地位を明かせないはず。
この完璧な作戦により、俺の信頼が回復することは明白だ。
「ちょ、ちょっとあんたたち!
私は魔女なんかじゃなくて……!!」
「おいおい、立場が逆転しちまったなぁ。
妖精さんヨォ。ほれほれ、何か反論してみろよぉ。おっと、もちろん妖精の姿に戻るなよ?
今度は腹の肉つねるから。」
「ぐっ……このぉ……っ!!
ていうかお腹の肉なんて無いからっ!!」
くくく、ざまぁみろ。(一応)主である俺の事をバカにするからこうなるのだ。
と、愉悦に浸った直後、複数の大男たちが
こちらに駆け寄り、
「おい兄ちゃん!やっぱうちのギルドに、
『レッドリザード』に入ってくれよ!
待遇は保証するぜ!」
「おいおい抜け駆けはズリィぞ、トカゲ野郎!
そんな事よりうちの『ブルースネイク』はどうだ?今なら駆け出し冒険者のお悩み、生活保障も完璧だぜ!!」
「攻撃しか能の無い雑魚どもは黙ってろ!
そんなクソギルドより『グリーントータス』はどうだ!?安全保障にかけちゃあ他の奴らより百倍、いや、一万倍は下らねぇよ!!」
「小動物どもがグチャグチャうるせぇ!
うちの『ホワイトホエール』に入れば
なんと家一軒をプレゼントしちゃうぜぇ!!」
「んだとこのクソ野郎!」
「やる気かクジラごときが!」
「ドン亀は黙ってろ!」
「爬虫類とか陰湿なんだよ!暗いわ!」
「おいおい、ヤバイんじゃないか……?」
受付お姉さんが言ってた、というより死にかけていたのはこれか。
新人冒険者の取り合い。
おそらく大手のギルドじゃない限り、
自分から入りに行くようなモノ好きはいない。だからこの街では、この四つのギルドが新人の取り合いのため、乱闘を繰り返しているのだろう。
「おめぇは黙ってろよ!!」
「痛ってぇ!やりやがったな畜生クジラが!」
そしてついに、罵り合いは暴力の喧嘩へと発展した。さらには、場外の各ギルドから五人ずつほど参戦し、二十人強での大乱闘に発展した。
ついに始まったか。ま、俺はこの辺で失礼しよう。
「おい、アイラ!ズラかるぞ!急げ……」
「う、うん……って、後ろ後ろ!!」
「へ?」
走り出そうと後ろを向いた瞬間、
背後から頭を鷲掴まれ、そうして俺は、大乱闘に引きずり込まれたのであった。
「痛ッ!あっちょっ!ダメダメダメそれはマズいって!アカーン!!痛い痛い痛い!
誰か!誰か助けごふっ!!
アイラ!アイラ様っ!!助け痛だだだだだだだだ!!アカン!痛い!いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
※
あれから数十分、大乱闘はやっと終了し、
後に残ったものはぐちゃぐちゃに乱れたテーブル、ひっくり返った皿、それに乗っていた食べ物、放心した受付嬢、そして、体のいたるところを骨折し、力尽きた俺だけだった。
アイラが俺に治癒魔法をかける為、腕を触りながら言った。
「……うん……さっきはあんたの事すごい嫌いだった……でもさ、今はね、」
まあ、さすがに怪我人には同情するか。
全身粉砕骨折どころの騒ぎじゃないかもしれない。
「やっぱりウザい奴がボロクソに殴られてたからスッキリしたわ♪」
「同情しろよ!!」