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太一大いに困る

エドガー公爵本隊を確実に逃がすため、エリザベート旅団の残り2200名は4倍以上の亜人師団との対峙を余儀無くされた。

カズイチの編み出した「科学」を用いた魔法と、日本で自衛隊指揮官をしていた山下太一の采配で敵の騎馬部隊と食料物資を焼き払い敵師団を撤退に追いやる事に成功したのだ。

だが、本国との距離は未だ遠く、更には多くの難民を抱え残り少ない物資を何とか食いつなぎながら本国へ帰還の途についた。


そして、山下太一は困っていた。

第12章『太一、大いに困る』


山下太一は困っていた・・・・・・


先の局地戦での勝利で山下太一は副旅団長となり、実質旅団全体の指揮を任された。

兵たちは彼の采配を目の当たりにしており、全幅の信頼を寄せている、異を唱える者など誰もおらず、みなすんなりと受け入れた。


カズイチは魔法兵団総長を打診されたが、指揮官というよりはやはり技術者としての側面が強く指揮官職を固辞したため、臨時編成の魔法開発部の部長という事で収まった、そこではあらゆる魔法を開発しスクロールと言う形で精霊たちに実行させる。


水の生成から、医療魔法、更には雷の精霊を利用した電探までをほぼ科学知識をもって成功させている。特に開発部のメンバーには民需、医療、生活向上に役立つ魔法を教え、そして科学を学ぶ者の精神を説いた。

そして、軍事利用可能な魔法技術は絶対に一人で開発し、他人に教える事はなかったのだ。



「ん〜困ったなぁ・・・」

太一は今日もミントの葉っぱを苦々しい表情で噛んでいた。


「タバコ止められたのはいいけど、今度はミントの葉っぱが手放せなくなりましたね」

「ところで、どうしたんですか?太一さん、見た所お困りのご様子で。」

カズイチは困り顔の太一にニヤニヤとした顔で話しかける。


「ああ、何ていうか雑務が多くてな、副官が欲しいのだが適当な人材が見当たらないんだ」

太一はカズイチを見ながらボソボソと漏らす。


「そんな目で見ても、僕は事務仕事とか苦手ですからね!!」


「ちぇ」

太一は短く残念そうに答える。


「で、どんな人材がお望みですか?」

「ん〜よく気がついて、細かい数字に強くて日本語が堪能で可愛い子がいい・・・」


「日本語が堪能とか既に人材僕意外にいないじゃないですか!しかも可愛い子とか、どんだけ条件狭めてるんですか」

僕は太一の冗談だと思い苦笑しながら答えた。


その時、天幕にお茶を持って一人の女性が入って来る。

その娘はヒト種ではなく、バニーピープルと言う種族である、ウサギのような耳を持ち、クルッとした目にふっくらした体格、そして思わずモフりたくなるような毛並み。

見た目はすごく可愛らしい子だ。


「タイチさん、お客さんね?お茶ば持ってきたばぃ」


僕は太一の顔をみて「誰?」と言う表情を作った。


何というか、見た目の可愛さと話し方にギャップがある、出身地の方言丸出しの彼女は名前をノヴァ・フロウと言う年齢は不詳だ。

「ああ、紹介するよ彼女はノヴァ・フロウ、難民の中にいたようで・・・なぜか最近ここによく出入りするようになったバニーピープルだ」


太一に憧れて、最近司令部に出入りしてる難民の娘だそうだ。

トレイの上にはお茶が3つ用意してあった


「誰かの声がしたけん、人数分もってきたとよ、難しい顔ばせんと、茶いっぺ飲んで落ち着くとよかよ」


太一が言うには、この種族はあまり表情がない、だから表情から感情が読みづらいとの事であるが


「嬉しそうだなノヴァ」

太一がボソリと呟く。


「え!!嬉しそうなんですか?全然顔に出てないですよ!!」


「最近太一さん、難しい顔ばしとるばってん、カズイチさんが来て嬉しそうな顔みてたら、こっちまで嬉しくなったとよ」


お茶をテーブルに置いて、トレイを両手でつかみ、耳をピクッピクッと動かした。


「ありがとう、ノヴァ、君の分もあるんだろ?一緒にいただこうじゃないか。」

そういって太一はノヴァの頭をモフモフと撫でる。


クルッとした目を細めて、今度は嬉しそうと言うのがかろうじて分かった。


太一はモフモフしながら緩みきった表情でカズイチの方をみる。

「このモフモフが堪らんなぁぁぁぁ〜」


太一は小動物系が好きなんだなぁと意外な一面をみた。

いつまでもモフっている。


ノヴァは目を細めて顔を赤らめ呼吸が荒くなっている。


「た・・太一さん、お茶ば冷めるとよ・・・・んっ・・・」

「ああ、悪い悪い、ついモフってしまった」


太一は苦笑いしながら席について、僕にお茶を勧めた。

僕はお茶を飲みながら、表情を出さず日本語で話した。

「太一さん、思いっきり内通者っぽいじゃないですか、難民の中から今頃接触してくるなんて・・・・」

「この前のニセ情報で内通者が居るのは確信できたんでしょ?」


ノヴァはカップに両手をそえお茶を少しすすると、あちっ!と言う仕草をする。

その光景を横目でみて僕と太一は思いっきり和んだ。


太一も日本語で返してくる。

「そこは考えなくもなかったよ・・・・・でも・・・・」

そこで太一は一旦言葉を切る。


そしてだらしなく緩みきった表情で答えた。

「なぁ、カズイチ君、和むだろぉ〜?」


初めてみる、知将タイチ・ヤマシタのだらしない一面だった。


「思いっきりハニートラップ臭がプンプン漂ってるじゃないですかぁ!!」

「そう言えば、以前自衛隊幹部が思いっきり隣国のハニートラップに引っかかったニュース流れてましたよねっ!」

和むと言う一点は同意しつつ、僕はノヴァに対して疑心の念を抱いてしまう。

太一はただ、ニヤけた顔で後頭部をポリポリと掻いている。


まぁ、太一さんの事だ、手は打った上でのことなんだろうけど・・・・

日本語で会話する、二人をみて、ノヴァはカップに両手を添え、肘をつき軽く首を傾げた。


それを見て太一はもちろん、どうやら僕も緩みきった顔をしていたようだ。


ーーーーかわいい!!俺もモフりたいっ!!


それはそうと、副官問題はまったく解決していない。

そして太一は大いに困っている。



第13章『副官のお手伝いさん、ノヴァ・フロウ』


それから、2日後ーーーーー

太一の天幕に報告に訪れた僕は想像の斜め上から来る光景を目にした。


ノヴァが太一の横のテーブルでせっせと書類を書いている。


「・・・・・太一さん?・・・・それは何ですか?」

僕は日本語で話しかけた。


太一は書類に目を落とし、サインしながら日本語で答える。

「これは、ノヴァだ」

そういって、サインした書類をノヴァに手渡す。

受け取ったノヴァは、無表情で目を通し、テキパキと書類を綺麗に分類して分かりやすいように印をつける。


「分かってますけどぉ!!なんでノヴァがここで重要書類扱っているんですか?!」


「いやぁ〜、物資のチェックとか振り分けとかお願いしたらさ、事の他有能でさぁ」

「和むし、モフれるし、有能だし、秘書官って事で登用しちゃった、ヘテペロ」


ノヴァが立ち上がり、無表情で出て行く。


「登用しちゃった、てへペロじゃなぃっすYO!」

「ハニートラップかもって言ってるじゃないっすか!」


「まぁまぁ、カズイチ君、短気は損気ですよ」

太一さんは人を怒らせるのが非常に上手だ・・・・


いや、状況に応じて相手の感情をコントロールし心理誘導しているのかもしれない。

そう考えて、僕も一旦落ち着く、そして太一に日本語で問い正した。


「何か考えがあっての、登用なのですね?例えば逆手に取って偽情報を掴ませるとか・・・・」


顔を上げた太一は答えた。

「それは、接触してきた当日からやったよ、で・・・僕の見立てじゃ、シロだ」

「白ウサギだけにね、キラッ!☆」


ーーーーキラッ!☆ぢゃねぇYO! オッさんがやっても気持ち悪いだけだよっ!


その時、背後から声がした。

「作った・・お茶・・・・休む、飲む」

「みんな、なる、シアワセ」


え?日本語?


その声の主はノヴァだ。

「ノヴァ・・・今の日本語?」


僕の問いに無表情でコクっとうなづく、太一はノヴァの頭をモフりながら言う

「なぁ、すごいだろ?日本語少しずつ覚えてるんだよ!」


モフられると目を細めて、嬉しそうにする。

「ま・・まだ少しばってん、頑張っち覚ゆるとよ・・・異国の言葉、面白か〜」


ーーーー方言と見てくれのギャップもまた・・・か・・・かわぃぃ!!


「太一さん、折り入ってご相談があります」


「何だね?カズイチ君・・・・」


少し間をおいて僕は続けた。

「僕にもモフらせて下さい!」


間髪入れず太一が答える

「だめぇぇ、これは俺んのだ!」


「ケチ・・」


「君はノヴァの事、内通者って疑ってるじゃないかぁ」

「普通疑うでしょ・・・・タイミング良すぎますもん・・・」


そこにゆるりと割って入り、無表情ではあるが僕に良い香りのするお茶を差し出し日本語を積極的に使う。

「飲む、落ち着く、争う、ダメ」


一気に和んだ僕と太一

ーーーーこの子、間の取り方とタイミングが絶妙だ・・・かわいいっ!


「所で太一さん、随分ノヴァとスキンシップ取ってるようですが、サラさんは怒んないのですか?」


お茶をすすり、香りを目一杯楽しみながら、太一は答える。

「今、ノヴァはウチで面倒みてるよ」


「へ?」


「サラは歓迎してるけど?」

「一緒に料理したり、娘の面倒見てくれたり、結構助け合って仲良くやってるよ?」


「マジですか?・・・ウチのエリーとは大違いですね、サラさんは随分大らかなんですね」


「そりゃぁ君ん所は、何ていったっけ、衛生部隊のヒーラーの子」

「アリビアールですか?」


「そうそう、その子、エリザベート旅団長と修羅場になるそうじゃないか、2000そこらの連隊だから、みんな知ってるぞ?」

ーーーーええええ!まじですか?


「英雄色を好むと言うが、刺されないように気をつけてくれよ?」


「いや、いつもエリーに刺されかけています・・・・それに好んでいません」


「まぁ、日本じゃ重婚で法律違反だが、こっちじゃ貴族様は2号3号は当たり前なんだろ?」

「実に羨ましいねぇ〜」

太一は皮肉たっぷりにお茶を飲みながら他人事で、自分には関係ないと言った感じで答える。


実際、アリビアールの積極攻勢は未だに続いており、すでに彼女は2号であると言うのが隊全体の共通認識となっている。


エリザベートは夜になると僕の天幕の中で剣を地面に突き刺し、その上に手を添え仁王立ちにて厳戒態勢を取っているが、実のところエリザベートとアリビアールはそんなに仲が悪いと言う訳ではない、実際にエリザベートに妻とはどうあるべきか?正妻とはどういう心構えか?可愛く男を魅了する方法など、割と真面目に教えている。


エリザベートもいつの間にかメモを取りながらアリビアールの話を聞いたり、手料理を習ったりしているのだ、僕がその場にいなければ、結構二人は仲良くやっている。


多分エリザベートには今まで対等に接してくれる同性の友人など居なかったので、友達が出来て嬉しいのではないだろうか?


プロポーズ時の命令通り、「朝も、昼も、夜も、寝る時も常に」〝エリザベート″が側にいる。


あれ?あの命令は〝僕″がエリザベートから離れる事を許さないって話だったはずだが、今は完全に逆になっている。・・アリビアールの襲撃を警戒しての事だとは思うが。


第14章『亜人特区構想』


その後は小さな200ほどの中隊単位の戦闘を繰り返し、我々はじわじわと本国へ向け後退して行った。

直接戦闘、遭遇戦、伏兵など散発的な抵抗は通常魔法でしか即応できず、少なからず犠牲者も出る。

我々は、侵攻作戦のおり一番最初に解放した村まで後退する事に成功した。


村の入り口には大きな川が流れており、橋がかかっている。

我々は村を背にして、橋を渡った所に陣を築いた。文字通り橋頭堡である。

本国までは目と鼻の先、一応侵攻作戦と言う事で敵国に侵攻した以上それなりの成果は必要である、それが銃後で元老院を説得し奮戦しているエドガー公爵が使える交渉材料となるのだ。


侵攻初期に解放した村であったため、住民感情は悪くない。村はずれの荒れ地ではあるがそこに難民を受け入れてくれた、エリザベート旅団はやっと重荷を下ろす事ができたのである。


戦闘で村が破壊されてしまったら目も当てられない。


「え?なんで村を破壊されたらダメなんですか?」

僕は太一の戦略の回答を見出せなかった。


「そうだねカズイチ君、ここで村を破壊してしまったら、また一からインフラ整備をしなくてはならない、そこには労力と資材と補償と予算が必要になってしまうだろ?」


「ああ、だから今ある村は無傷で手に入れて、この村までを侵攻作戦の成果としようと言うわけですね?」


「久しぶりにご名答!」

「ノヴァ!お茶を煎れてくれないか?もちろん君の分もだ」

振り返るとノヴァは居ない、居ない代わりに言葉も終わらぬウチにお茶を運んできた。


「太一さん、ノヴァすごいっすね、よく気がつくって第一条件は軽くクリアしてるじゃないですか?」


「な?良い人材だろ?」

「否定はしません」


「君も素直じゃないなぁ〜頑固さとプライドは選択肢を狭めてしまうよ?」


「あっ!それは同意します、じいちゃんが、とにかく頑固で公的介護を全部断るんですよ。おかげで母は一人でじいちゃんの介護してましたから、身にしみています」


「とにかく、この村で難民を正式に住民にして開墾し産業を興し、ここを大きくしたい、そしてこの村を亜人特区に出来たら良いと思ってる。」


「その為には、カズイチ君、君の力が必要だと思ってるんだ。」


「太一さん、もうそんな構想まで考えてるんですね」


ノヴァと3人でお茶を飲みながら太一の構想を聞いていた。

テーブルの上にはカップが4つ置いてある。


「ノヴァ、カップが一つ多いようだが?」

するとノヴァは天幕の入り口を指差して言った。


「もう一人、外に居る、多分旅団長・・・・」

日本語が流暢になってきた。


「それじゃ、お招きしてくれないか?」

太一がにこりとノヴァに命じた。


「エリザベート様、副旅団長が一緒にお茶ばどげんね?ち、言うちょるばぃ?」

少し照れたようにエリザベートが入ってきた。


「私も招かれて良かったのですか?タイチ副団長」


「招いたのは僕じゃありませんよ、あなたに気がついたノヴァですよ」

「良い子ねこの子、副団長も良い人材を登用なさいましたね」


「ありがとうございます。ささ、冷めないウチにどうぞ」

そう言ってお茶を進める。


エリザベートは香りを楽しんでお茶を口にした。

「やだ!何!これ美味しい!この子が煎れたの?」


「はい、最近のお気に入りですよ」


エリザベートはお茶を飲み干しため息を一つついた。


「エリザベート様、お代わりば、どげんね?」


「あら、ありがとう、もう一杯頂くわ・・・・しかし、この子方言きついわね・・・」


「まぁ、そのギャップが良いんですけどね、ご褒美に頭をなでであげてください。」

太一に促され、ノヴァの頭を撫でてあげた、ノヴァは目を細めて気持ちよさそうになでられている。

「いやぁぁぁ!かわいい!!!」

エリザベートもノヴァの可愛さにメロメロになったようだ。


「なぁ?カズイチ君、ノヴァの破壊力は男女問わないだろ?」


「ええ・・・確かにそうですが・・・」

カズイチは言葉を詰まらせる。


「太一さん・・・・それはそうと、最近モフり方が大胆になってませんか?」

ノヴァは太一の膝の上で仰向けになり、お腹をモフられて、体をクネらせながらハァハァと荒い息を立てた。


「そうかな?バニーピープルはここが気持ち良い、ってサラが教えてくれたんだけどね?」

「毎日サラも同じ事してるよ?」


「その・・・ノヴァ、女の子になっちゃってませんか?」

「え?そうかな?ウチでもこんなモンだけどな?」


僕にはノヴァが頬を染めて恍惚の表情になってるように見えて仕方がない。

耳をピンと立てて軽く痙攣し、そしてぐったりし肩で息をしている。


ーーーーあ・・・やっぱり?


そして、無表情であるがそれはもう嬉しそうに髪を整え、お茶のカップを下げていった。


「ふふ、かわいいわね、彼女・・・和むわぁ・・・」

エリザベートまで、初孫を見るような目つきでノヴァを見送った。


え?・・・俺の目だけがオカシイの?明らかにそうだったでしょ?

僕はウサギの耳をもつ、二人目の太一の子どもを想像してしまったのだ


ーーーー太一さん、いったい何処まで種を超えて行くんだろう・・・・

僕はそう思わずにはいられなかった。


太一はエリザベートが目の前にいるので、亜人特区構想を話した。

要するに、偏見や差別のない他種族が自由に交易できる特別区域にして、この地を交易の要とし国境の町として大いに発展させたいと言う構想だ。


その中には僕も勘定に入っている、科学を使い工業や産業を興し皆が豊かで平和で安定した地域を作りたい、そういう事だ。

もともと亜人たちは手先が器用で工芸品や優れた加治技術などの加工技術を持っている、これとカズイチの知識が融合すれば、非常に魅力的な環境が生まれるというのだ。


「僕がここに留まる事をエドガー公爵やエリーがどう思いますかね?なぁ?エリー」


エリザベートが答える。

「まだ式もあげてないのに、別々に暮らすとかいやよ?言ったわよね?私の側を離れる事を許さないと」


僕は太一の顔を見て答える。

「だそうです」


いつになく真面目に太一が問う

「僕は、カズイチ君がどうしたいか?が知りたいんだ」


「僕ですか?もともと異世界の人間ですし、この世界に根本的な居場所はないですからねぇ、お互い・・・実際はどこでも生きてはいけるという事ですか・・・」


「ちょっ、カズイチ・・・・くん!」

珍しく太一が焦ったような声を上げて視線を逸らした。

何事かと思ってそれを追いかければエリザベートが優雅にお茶を飲んでいるところで。何かあったのかと太一に問いただそうと口を開く前に、ほぅ、という小さなため息が彼女からこぼれ落ちた。

「一つ聞きたいのだけれど」

足をゆったりと組み替えてから、彼女は驚くほどさわやかな笑みを浮かべて言い放った。

「異世界ってどういうことですの?」


「ぶーーーーーーっ!!!!」

そこで僕はようやく自分の失態に気がつく。自分では日本語を話しているつもりが、ヴェレーロ語で話してしまったのだ。太一が焦った理由も理解できた。ついでにたった今、もう一つの失態を作り上げてしまったようで、ギネスもびっくりの勢いで噴き出してしまったお茶を、エリザベートが青筋を浮かべながら手の平でぬぐっている。

「ちょっと!何するの!汚いわね、婚約者の顔にいきなり浴びせるなんて、どこの変態!?」


「ごめんなさい!」

ハンカチを探しポケットに手をいれてあたふたしてる間に、ノヴァがすでにエリザベートに布を手渡していた、中途半端に浮かせた腰を椅子に再び落ち着ける。


「婚約者なんだから、秘密は無しにして欲しいわ・・・これからずっと一緒に居たいんですもの・・・」


「どうしましょう?太一さん」

僕は今度こそ確実に日本語で聞いた。

「ん〜・・・・言った方がいいんじゃない?この際だから?」


「それで婚約破棄とかありませんかね?」

「そしたら、君は自由の身だ、ローディの元へ戻るなり、衛生部隊のあの子と一緒になるなり、好きなよう出来ると思うが?」


「僕はエリーの側に居たいと思ってます。たとえ日本に帰る方法が見つかったとしても、ここに、死ぬまでエリーの側に居たいと思ってます。」


「じゃぁ答えは出てるじゃないか?」


エリザベートは不機嫌そうに答える。

「またお国言葉で内緒話ですの?男同士大変仲のよろしいこと・・・・私がわからないと思って、どうせ不埒な相談なんでしょ?ローディとわたくしの名前は出ましたわよね?」


「あ・・・えっと・・・」

僕が言葉を詰まらせていると、ノヴァが横から言葉を挟む。


「カズイチ様は、たとえ国に帰る方法ば分かったとしてん、エリザベート様の側におるち、言いよったばぃ」

「良かね、エリザベート様はこんなに愛されちょって、男が国ば捨てて、好きなヒトん所で死ぬまで暮らす言うちょる・・・ロマンチックな話たぃ」


方言が全然ロマンチックではないが・・・・

「カズイチ・・・・そうなの?」


僕はエリザベートの目を見て答えた。

「本当だ、僕はエリーと添い遂げたいと思ってる、いつまでも一緒に居たい」


「だったら、尚更秘密は無しにして!」

「エリーが受け入れてくれるのか、不安で、心配で、怖いんだ・・・・」


「そんなの・・・聞いてからじゃないと分からないわ!私だって怖いの・・・」


事の顛末をニヤニヤ見ている太一にノヴァが言った。


「タイチ様、向こうの天幕で私をいっぱいモフっていただけませんか?」

普通に標準語で話せるんじゃないか・・・ノヴァは・・・・


「お!いいねぇ!んじゃモフり倒しちゃうゾ〜」

そう言って、タイチとノヴァは天幕を出ていった。ノヴァが入れ直してくれたお茶の香りと、お菓子の匂いと気まずい空気で天幕が満たされた。



第15章『異世界、日本』


僕は、お茶を一口飲んでエリザベートの目を見て話を切り出した。

「エリー、落ち着いて聞いてくれ、僕が今から話すのは全て事実だ、信じるかは君次第だが」


エリザベートは無言で僕の目を見つめ返す。

「僕の故郷は、この世界の何処にもない、どう言う経緯でここに来たかは僕も分からないが、異世界と言っていい」


「そこは、この世界より数百年は進歩した世界なんだ、時々話に出る、ニホンと言う名の小さな島国だ、その世界でも科学技術が発達した先進国と呼ばれる国だ」


「例えば、人々は小さな道具を用いて、国を超えて話をしたりする事ができる、ヒトの頭脳を模した機会も作られている、油を使って馬の数倍の速さで走る乗り物、空を飛ぶ乗り物、巨大な蛇のような乗り物で一度に数百人を遠くまで運ぶ事ができる。」


エリザベートは信じられないと言った表情で答える。

「随分と便利な国です事、にわかには信じられませんわ、空飛ぶ乗り物や国を超えて話ができる道具なんて・・・・」


その問いをあえてスルーして僕は続けた。

「僕はそこで、アカデミーに通う学生だったんだ、何を学んでいたかと言うと、機会仕掛けの人間を動かすためのプログラムと言う言葉の技術だ。」


「僕がここで使う魔法は知ってるね?」


「ええ、確かに常識を超えた魔法や、理屈が全く分からない魔法を使うわね」


「あれは、すべてそれらの応用なんだ。」


エリザベートはまだ信じられないと言った顔で答える。

「つまり、私たちも学べば同じ事ができるとおっしゃるの?」


「ああ、基礎理論さえしっかり理解できれば、君達でも使う事ができる」

「ただ、それを自分たちの力で考え出すには、あと3〜400年はかかるだろう」


「つまり、カズイチの知識は私たちより数百年進んでいて、そういう世界からやって来たと言うわけね?」


「そうだ」


「何の目的で来たの?この世界を破壊でもなさるおつもり?それとも神になろうというのかしら?私を・・いえ、私たちを騙し、上から見下し支配なさるおつもりかしら?私に近づいたのも、我が家の財産を使って、より早く支配階級に登ろうという算段からよね?」


「それは、ない」


「信じられませんわ!」


「エリーの事を一番愛してる僕でもかい?」


「ええ・・・今の話が本当なら、ここに来た目的は我々未開民族の神になる事位しか思い付きませんの・・・」


「エリー・・・僕はニホンと言う世界で一度死んでるんだよ・・・」


「え?カズイチは生きてるじゃないの?」


「僕は岩ほどもある大きな乗り物に轢かれて死んだんだ・・・確かに死んだと思った。」

「そして、気がついたら、ヴェレーロにいた」


「そんな事・・・信じろと言うのが無理な話ですわ。」


「僕の国では、何処にいってもお金さえあれば、困る事はない。人気のない街道ですら、自動で飲みもを売る機会が置いてあり、一定距離ごとに食品、薬、日用品が買える店が配置してある。」


「お金さえあれば、どこに居ても飢える事はない、そんな便利な世界で育った人間がこの世界にいきなり、何の知識も言葉も習慣も分からずやって来たら、君だったらどうする?」


「・・・・・」

エリザベートは無言で目を伏したまま黙っている。


「さっきまで見慣れた風景の中にいた僕は、気がつくと草原に倒れていた、何日も食べ物も行くあてもなくさまよって、空腹のあまりキノコを食べたら毒キノコで、ああ、僕はここでも死ぬんだな・・・って思った。」


「やっと街道に出て、商人に助けを求めても、言葉は通じないしヴェレーロ硬貨は持っていない、それでそのまま奴隷商人に売り飛ばされたわけさ」


「ああ、それでカズイチは奴隷だった訳ね、奴隷にしては随分高度な算術を使うと不思議に思ってました事よ、それは話のつじつまが合うわね」


「あれ、ローディ校長に買われてなければ、僕はここにいて、エリーと知り合う事はなかったよ」


「僕が学校で奴らにボコボコにされてる時、君が助けに入ってくれたね」


「ええ、あのような振る舞いは貴族にあるまじき行為です。」


「君は、君の思う貴族の責務を全うしただけだろうが、僕はあの時・・・・」

そこで僕は一旦言葉を切った…………と言うより感情が湧きあがって言葉に詰まったのだ


「あの時なんですの?」


「僕は、あの時初めて君に恋をしたんだ」


「!!!!」

エリザベートは顔が真っ赤になったのを両手で覆い隠した。


そして、その手を握りまっすぐにエリザベートの目をみて続けた

「あの後、何かと僕を気遣って語学や歴史を教えてくれたね、僕にとってあの時間は本当に素敵な時間だった、僕のような奴隷が想いを寄せてはいけない存在と言い聞かせながらも、僕はエリーに魅かれて行ったんだよ。」


「視察旅行の時のあの小高い丘での事、侵攻作戦の馬舎での他愛のない会話、その時見せてくれた君の涙、どれもが僕の宝物なんだ…………、あの時間も僕が君に近づくための謀だったと思うのかい?」


エリザベートは照れ隠しからか?目を伏して真っ赤になりながら茶化してきた。

「お風呂…………覗いた時の感想も聞かせてよ………」


ーーーーこの感動的な場面でそこ突っ込んで来る?!!!


「言うの?」


「聞かせて欲しいものね!」


「湯気でよく解らなかったけど、この世にこんな美しい人が居るんだ、女神かと思いました、本当に美しかった……です……」


エリザベートは上機嫌になったようで、素敵な笑顔で僕に微笑みかけてくれた。

「よろしい!」


「それで………」

次の言葉を言いかけた僕の唇をひとさし指でそっと押さえ、今度はエリザベートが話始めた。


「貴族のバカ息子共があなたを寄ってたかって苛めてたのを許せなかったわ、そしてなすがままになっていた奴隷根性丸出しのあなたにも憤りを感じてた。」


「私は民の範たる行いをするため、あなたに気をかけてあげたの…………嫌な女でしょ?」


「でも、驚いた、奴隷の身でありながら、あなたは素晴らしい知識と学識を備えていたわ、私の知らない話、科学って言ったかしら?神の所業をあなたは一つ一つ分かりやすく話してくれた、本当に不思議な人…………、いつしか私もあなたの話を聞くのが好きになっていたの」


「シュクヴァールを折伏した時の事、覚えているかしら?」


「ああ、覚えているよ」

「私は、焦って自分の手に負えない精霊を召喚してしまったわ………、私に言いよって来る貴族のバカ息子共もただ遠巻きに見てただけ、『君の為ならこの身を賭してお守りする所存』って言った奴は一番最初に教室から逃げて行ったわね。」


「でも、あなたは私にそんな事一言も言ってないのに、自分の身を賭してシュクヴァールとの間に割って入った。シュクヴァールに切り刻まれ、それでもまだ私の前に立って居たわね、あの時もよく解らない魔法だったわ、そしてシュクヴァールの刃に貫かれた。」


エリザベートはお茶を一口含み、香りを楽しんで話を続けた。

「意識を失ってもおかしくなかったのに、『いまだ!折伏しろ!』ってこのわたくしに命令なさったのよ?今思うと可笑しくって」


口に手を添えクスクスと思い出し笑をする。

「あの時、わたくしの心の中で何かが弾けましたの、あの時はそれが何か分かりませんでした、でもあなたをわたくしの側に置きたい、そう強く思うようになりましたのよ?」


「だから、あんなに私の奴隷になれと…………」


「ええ、わたくしは欲しい物を手にいれる為にはいかなる努力も惜しまない主義なの」


「ほら、見てシュクヴァールを封じてある、宝石………あなたからの初めての贈り物よ、わたしの宝物なんだから♡」

そう言ってネックレスにして持ち歩いてるシュクヴァールの封印石をうれしそうに見せてくれる。


「侵攻作戦以降は理由を作ってはあなたに会いに行ったわ、奴隷出身の者にわたくしは想いなど寄せてはいないと言い聞かせながらね、わたしも結構ズルい女ね」



キラキラした表情を一変させてエリザベートは続けた。

「だけど、あの惨劇の亜人の村で走り去って行くあなたを見た時胸が張り裂けそうになりました。」

「その後の話は皆から聞きました、わたしを救うため、命の灯火が消えかけるまで援軍を呼び誘導なさったそうね」


「それを知らなかったから、わたしは自暴自棄になってましたの、ポッカリと胸の中の何かが抜け落ちてしまったような、その穴は埋める事は決してできなかった、それでもまだわたくし確信が持てなかったのよ、おかしいでしょ?」


「そして、あの………思い出したくもない出来事……」

「敵に捕らえられ、わたしの兵の前で着衣を引き裂かれ、汚い手がわたしの身体中を………」


そこまで言いエリザベートは涙をいっぱい浮かべた。

僕はそっと彼女の体を抱き寄せた、僕の腕の中で彼女は続ける。


「最期に心に浮かんだ人の名を、思いっきり叫びましたの………」


「お芝居みたいなタイミングでしたわね、あなたが先頭切って飛び込んで来たのは」


「カズイチ、あなたタイミング計ってたでしょ?普通服破かれる前に来るわよね?なんか思い出したらだんだん腹がたってきましてよ?」


ーーーーこの理不尽さ!これこそ僕の愛するエリザベート!

僕は抱きしめる腕に力を込めた、エリザベートはその力に身震いして、より深く僕の胸に顔を埋める。


「でも、あの時分かったの、カズイチ、あなたが好きよ…………わたしはずっとあなたに恋をしてたの、3つも年下の男の子にね」


「エリー…………」

「キスしてちょうだい、女はそれで本当か嘘かわかるの」


僕は愛しいその人を力一杯抱きしめ、エリーに唇を重ねた。

エリザベートも僕の体に腕を回しそれに応える、長い長い口づけだった。


隙間から太一はそれを見て、安心したように微笑んで、さらに観戦するスタイルでミントの葉をもう一枚口に放り込み、腰を落ち着けようとした所を、ノヴァが太一の襟首を掴み、外に連れ出して行ったのだ。


「不思議な人…………それもそのはずよね、この世の人ではないんですもの…………その不思議さ、それよりも何よりもあなたと言う人間が大好きですの!」


「だから…………許しません事よ…………」


「え?!何を?」

僕は不安になって聞いてしまった。


「朝も、昼も、夜も、ベットで眠る時も、わたしの側を離れる事を許しません」

「分かった、太一さんには申し訳ないけど、僕は君と共に本国に戻るよ」


「んっ……」

エリザベートは安心したように僕の腕の中を堪能した。


「日本語一つ教えてよ、この気持ちを伝える言葉」

「『愛してる』……だよ」


「うん……、アイシテル、カズイチ」

「ねぇ、通じた?」


「ああ、通じたとも、心に染み渡るほどに、エリーの口から日本語で聞けるとは思わなかった、最高のプレゼントだ」


お互いに微笑みあって、見つめあう、そして磁石が引き寄せられるように目を閉じて唇を寄せる。


天幕の入り口が勢いよく開き、変なしゃべり方する女が入って来た

「ぁぁ〜みぃ〜つけた!ずる〜ぃ、私にもおすそ分けくださぁ〜ぃ!」


アリビアールがズンズンと遠慮なく二人の間に土足で踏み込んでくる。

「アリビアール!!!いつからそこに!」


「カズ君がぁお茶吹きの新記録を樹立したあたりからぁ〜」


ーーーーそれ一番最初ですからぁ!!!!


「ねぇ、エリザベート様ぁ?私が言った通りでしよ?カズ君チョロいんだからぁ〜もぉ」


ーーーー何を吹き込んだ?エリザベートに何を吹き込んだんだぁ!


「あ、どうぞどうぞ!お気になさらず続きを!私は今夜ゆっくりカズ君いただきますからぁ〜」


顔を真っ赤にしてぶるぶる震えるエリザベート、わなわなと腰の剣に手をあてギラリと抜刀する


「ムキィィィ!殺す!もう!アリーとカズイチ殺して私も死ぬ!」

そう言うと勢いよくアリビアールを追いかけて走っていった。

「いやぁ〜ん、エリザベート様、御乱心〜♡でもぉ〜私のアドバイス通りだったでしょ〜?」


「キィー!!だから余計に腹がたつのよっ!ガズイチは私だけのものなんだからねっ!」


僕はその光景を唖然として見送ったが、可笑しくて笑いがこみ上げてきた。


その時、今度は反対側の幕を勢いよくめくり、太一が帰り支度を済ませて入ってくる

「いやぁ〜カズイチ君、ごちそうさま!実に感動的だったよ!いいものを見せてもらった!」

僕はあっけにとられて呆然とした。


ーーーーアンタも覗いてたんかい!!


恥ずかしくて真っ赤になって、怒って良いやら


「おかげで無性にサラの顔が見たくなっちゃったよ〜、という訳で今日の仕事はこれで終わりにする」


「帰るよ〜ノヴァ!」

ノヴァはこくりと頷いて、太一と一緒に帰っていった。


そして振り向きざまに不敵な笑を浮かべ僕にこういった。

「今回は残念だけど、心配してないよ、どの道君はここに戻って来る事になるだろうから」


僕は、本国に帰還すると言った、ここに戻るつもりはないが、一体どういう意味なのか、その時はまだ太一の思考を理解することができなかった。


「二人の日本人、撤退戦を戦う」第4話 終わり


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