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5、食虫植物

 しばらくしてスコールは上がり、ぎらぎらとした太陽が照り付けてきた。

 僕はまだ疲れていたし、それに眠かった。

 しかし、どうせなら日陰で休みたかったし、それよりも、とにかく何か食べ物を探さなければならないと思い、再び熱帯林のなかを歩き始めた。確かに僕は空腹だった。いったんそのことに気がついてしまうと、もう疲労よりも睡魔よりも、まずは食事だった。

 ところが、このようなところで僕の食べられる物を探すというのは、思った以上に至難の技だった。動物などは最初から諦めて木の実や根に絞ってみたのだが、それでも、どれが食べられるのか、毒がないのかというようなことは見当もつかない。

 どのくらいの時間そうしていたかよく分からないが、かなり疲労するほど歩いたにもかかわらず、収穫はまったくなかった。そのうえ、こんな無防備な姿で、息詰まるほどに植物が密生した中を掻き分けながら歩いているのだから、足といわず手といわず、全身が傷だらけだった。

 僕は気が遠くなりかかっていた。

 考えてみれば、こんなジャングルの中なのだから、猛獣や、毒を持った虫がいたるところに息を潜めているに違いない。痛い思いや苦しい思いをするのはいやだが、いっそひとおもいに殺してくれるならばそれでもいいか、などと僕は絶望的な気分になっていた。それでも何とか落ち着いて休める場所を探そうと、僕は朦朧となりながら歩いていた。


 すると、突然視界が開け、円形の広場のようなところに出た。

 そこだけは、周囲の密林と違って太い樹々もシダ類の植物がなく、その代わりに、緑色の柔らかそうな草だけが一面に生えていた。

 そこは、明るい光に溢れていて、見上げると、樹々の枝に遮られない広い空が青々と広がっていた。地面には、赤や黄色の鮮やかな色の花も幾つか咲いていた。

 よかった、ここならば少しゆっくりと休めそうだ………。

 そう思ってその広場に足を踏み入れて見回すと、そこには先客がいた。

 それは、色の黒い、若い女だった。

 女は、僕と同じように一糸まとわぬ姿で、草の上に横たわっていた。


 眠っているのだろうか。

 僕は一瞬どうしたものかと思ったが、恐る恐る近付いていっても女はまったく気付く素振りもなく、目を閉じたまま身動きもしない。からだを横向きにして、一方の手を枕のようにしてその上に頭を載せ、あとはほとんど自然にからだを延ばして安らいでいた。

 真っ黒い髪は立ち上がれば腰の辺りまで届きそうなくらいに長く、肌はすべらかで張りがあるように見え、全身が黒光りがしていた。腕も足も、そして腰も、黒檀のように丹精に締まっていて、その無駄のない研ぎ澄まされた形象が美しかった。二つの乳房さえも、はち切れんばかりの硬質な艶があり、神々しく輝いていた。


 この女は何者なのだろう。

 僕と同じように、いつのまにかここに迷い込んでしまったのだろうか。ゆうべ、僕と同じような奇妙な体験をしたのだろうか。そうだとしたら、是非一緒にここから逃げ出す方法を考えなければ………。

 しかし、こんなにも落ち着いた風情でまどろんでいるのを見ると、どこかからやって来たよそ者とも思いにくい。むしろ、この女の黒い肌はこのようなジャングルにこそ相応しそうだ。この近くに住んでいるのだろうか。それならば、どこかここから外に出る道を知っているかもしれない。それに、何か食べるものを分けてくれるかもしれない。

 いずれにしても、僕はこの女を揺り起こそうと思った。

 しかし、女はあまりにも気持ちよさそうに眠っていて、そこには何か近寄り難い気配が漂っていたから、僕は彼女の眠りを破って覚醒させるきっかけを掴みかねた。

 あたりは何の物音もせず、湿気をたっぷりと含んだ重たい空気がゆるやかに移動していた。太陽はちょうど真上から熱っぽい光を降り注いでいた。

 僕は、仕方がないので、この何も纏わずに全裸で眠っている女が自分で目を覚ますまで、その広場で待つことにして、草の上に腰を下ろした。

 わずかに聞こえてくる女の呼吸はものすごくゆったりとしていて、一度吸い込んだ空気は、彼女の逞しいからだの隅々を巡り、細胞の一つ一つに生気を与えてから初めて吐き出されているように感じられた。それは、周囲に繁茂している樹々の葉が、女の吐く息を吸い込んでまた酸素に変える周期と完全に呼応しているように思われた。

 そして、その呼吸に合わせて、女の下腹部はゆるやかに脈打ち、その度に固く密生した陰毛がわずかに動いていた。

 女の横に寝転んでそのゆるやかな動きを見ているうちに、次第に僕のからだの中にも、そのゆったりとした呼吸のリズムが流れ始め、そうして、僕は疲労を感じて、いつのまにか眠りに落ちていった。


 眠りの中で、僕はその女とからだを交わしていた。

 女の黒い肌は物凄く弾力があり、その腕や足がいったん僕のからだに絡み付くと、もう自分の力では二度とそこから抜け出すことはできないと思われた。そしてしばらくの間の動物的な愛撫を経て、目の前で女の両足が大きく開かれた。

 女の性器は、その肌の色からは想像がつかないくらいに明るく鮮やかな色をしていて、それはまるでジャングルの地面近くに咲く熱帯植物の花のようであった。その濃密な花びらは、食虫植物のように僕をしっかりと捕らえて離さず、全身を麻痺させたまま、一方的に消化作用へと入っていくようだった。

 僕は恐怖を感じて、思わずからだを捻って寝返りを打ち、その食虫植物からの脱出を試みた。

 その瞬間に目が覚めたのだが、女の方を見ると、彼女はまったく同じ姿勢で目を閉じ、まだ深い眠りの中にあるようだった。もちろん両足は閉じられていて、熱帯植物の花びらはまったく見えない。が、その表情は、気のせいか、少し微笑んでいるようにも見えた。

 僕は、この女を起こして何か話しをすることはできない、と思った。もしも今の夢が現実になったとしたらどうなるのか、とにかく、疲労と睡魔と空腹で、僕は限界状態だった。

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