エピローグ
どのくらいたったのだろう、どのくらい深く眠ったのだろう。
気がついてみると、僕は、砂漠にいた。
夜だった。濃紺の空に月と星が光り、風が砂をさらさらと動かしていた。乾いて、ひんやりとした風だった。
ゆるやかな起伏が果てしなく連なり、遠くには、岩だけでできた山並みがあった。
どのようにしてこんなところに来たのかわからない。あの熱帯林から歩いて来られるはずもなかった。
見回してみると、少し先のほうに川があった。それはゆるやかに湾曲し、水面は緑色で、鏡のように静まり返っていた。それは、以前僕が密林の中で見た川と同じようだった。あんなに鬱蒼と茂っていた熱帯樹がいつのまにか枯れ果てて、そのまま砂漠と化してしまったのだろうか。
僕は、何が起こったのかまったく理解できなかった。疲れていて動くこともできなかった。
もう一眠りしようと思ったとき、何度か肩の辺りをつつかれているような感じがして、目を覚ました。
そこには、金色のたてがみをしたライオンがいた。
あまりのことに、僕は身動きもできずに、そのままそのライオンと見つめ合った。たてがみが月明りに照らされて、不思議な光を発しているように見えた。
僕のからだは、深い疲労感に隅々まで支配されていて、まったくいうことをきかなかったが、ようやく辺りを見回すように首を動かすと、そのライオンは低く唸った。
僕は慌てて目を閉じた。ライオンの鼻息が、すぐ耳元まで迫っていた。
このまま、このライオンの餌食になって一生を終えるのだろうか。
僕は、自分が置かれている状況がまったく飲み込めないままに、こうして誰にも見とられずに死んでゆくのは、とても不合理な気がした。しかし、それならば、望ましい死に方とはどのようなものなのかと考えてみると、そんなものはあり得ないことに気づいた。どうせ再び楽園に辿り着くこともできず、あの女に再会することも果たせず、食べる物もないままに行き倒れになって朽ちていくのならば、むしろ僕はこのライオンに命を与えて、そうしてこのライオンの中で生き続けよう、と思った。
でも、それならば最後に、僕の今までの人生に区切りをつけようとしているライオンの顔を、せめてもう一度見てみようと思い、薄目を開けた。
そうしたら、そのライオンの顔が、ほんの一瞬だけ、妻の顔に見えたような気がした。 (了)