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追証勇者

作者: 無限の地平はみな底辺

松本ゆうすけ(23歳)はゆうすけ界屈指の切れ者である。

灘高在学中に数学オリンピックで金メダル獲得。

京大在学中に起ち上げた学生ベンチャー企画では民生用ロボットに関する特許を取得。

関西IT界の寵児として大いにもてはやされている。


熱心に引き留められたが、大学院には残らない事に決めた。

己の優秀な頭脳は己が財を成す為にこそ使われるべきだと考えていたからである。


ビジネスプランは既に練り上げ済み。

ゆうすけの計算では成功率は8割を軽く超えている。

但し、プランの内容にやや難がある。

京大出身者特有のアクロバティックな思考法が前面に出てしまっているのだ。

ここがシリコンバレーであれば歓迎されたに違いないが、日本の金融機関では稟議が通らないだろう…


ゆうすけがFX取引を開始したのは、その様な経緯があったからである。

『樹海への一本道』と揶揄されるFX取引だが、ゆうすけの頭脳を駆使すれば、世間一般で言われる程の危険性は無かった。

少なくとも、ゆうすけにとってFXとは博打ではなく、投資に限りなく近い投機であった。

たったの1年で、100万円の元手を6000万円まで増やしたのだから、ゆうすけにはそちらの才能もあったのだろう。

勿論、ゆうすけは虚業で得た浮利に喜ぶような愚者ではなかった。


今日のこの最後の大取引で必要な資金は全て溜まる計算である。

米国の雇用統計の悪化・ランドの不可解な騰落・バルチック海運指数の急落、それらの全てがゆうすけにとっては想定内。

パニックを起こす愚民共を横目にゆうすけは淡々と作業を続ける。



「ふっ。 これで茶番は終わりや。 ようやくシリコンバレーとの真剣勝負に取り掛かれるわ…」



後は、『約定ボタン』をクリックするだけだった。



「ふっ。 勝利確定」



ゆうすけがマウスをクリックした瞬間だった。

兵庫県西宮市に突如巨大な特異点が発生。

松本ゆうすけは異世界に飛ばされてしまった。





気が付くと…

眼前には深夜アニメチックに半裸の美女。

何事かをゆうすけに訴えかけて来る。


どうやら、ここは異世界。

ゆうすけは伝説の勇者として召還されてしまったらしい。

そして、眼前の美女は色仕掛けでゆうすけを籠絡しようとしているらしい。

言葉こそ全く通じなかったが、美女の表情筋変化と眼球運動から、ゆうすけは事態を瞬時に把握出来ていた。

美女は艶めかしい表情を浮かべてゆうすけに迫る。

勿論、ゆうすけはゲイではない。

性癖は至ってノーマルであり、性欲だって人並みにはある。

だが、今は据え膳に食指は伸びなかった。


異世界に飛ばされる瞬間、確かに約定ボタンをクリックした。

経験則から言えば、取引はゆうすけの大儲けで手仕舞い出来ている筈だった。


…だが、確認画面を見れなかった。

何度思い返しても、クリックの瞬間に異世界に飛ばされた気がする。

ゆうすけの全身から脂汗が吹き出す…



「レバ1000倍やったんやぞっ!!!!」



万が一、クリックが無効だった場合。

ゆうすけは破滅である。



突然叫んだゆうすけに驚いた美女であったが、更に媚態を作って擦り寄って来る。

大きなバスト、潤んだ瞳。

ゆうすけ的にはストライクだったが、今はそれどころではない。

生きるか死ぬかの瀬戸際なのである。

擦り寄る美女を突き飛ばして、必死に記憶を辿る。


「いや、飛ばされる直前に画面が切り替わったような気がするんや。 恐らく、十中八九は手仕舞い出来てる筈なんや…」


だが、それを確かめる術がない。

そうこうしているうちに、美女の背後からサブヒロインの様なキャラデザをした女達が現れ、ゆうすけに媚を売り始めた。

どれも半裸の美女に優るとも劣らない美人揃いである。

どうやら、異世界側にも必死にならざるを得ない事情があるらしい。



FX取引の結果が気になるゆうすけであったが、1週間程で片言の異世界語をマスター。

現状の把握に成功する。

どうやらこの世界では強大な軍国国家である「帝国」が覇権を握っており、ゆうすけを召還した国も首都を陥落させられる寸前であるらしい。

地球からゆうすけを呼び出す事により、何とかこの国難を打開しようと目論んでいるらしい。

まあ、よくある話である。


どのみち、他にやる事もないので。

ゆうすけは彼らの祖国防衛とやらに付き合ってやる事にした。



異世界到着1か月目。

ゆうすけ、首都を攻撃する為に渡河中の帝国軍を堰き止めておいた河を決壊させる計略で壊滅させる。

アニメで言えば3話目くらいの話。


異世界到着2か月目。

ゆうすけ、寡兵を率いて国境に布陣していた帝国軍にスズメバチっぽい昆虫を用いた攻撃を仕掛ける。

この奇襲により帝国最強の武将が戦死する。

アニメで言えば4話目くらいの話。


異世界到着3か月目。

激怒した帝国皇帝が公称12万の大軍を率いて侵攻。

首席参謀に抜擢されていたゆうすけが6千騎で迎え撃つ。

誰もが帝国勝利を予想する中、ゆうすけは釣野伏+包囲殲滅戦法を用いて完勝する。

第一皇子と第三皇子が戦死、皇帝自慢の親衛師団も全滅。

皇帝は僅かな近習に護られ命からがら戦場を離脱。

アニメで言えば6話目くらいの話。



一連のゆうすけの劇的な活躍を見た諸侯は、それぞれ一族内から最高の美女を選りすぐって、ゆうすけの陣中に贈った。

追従者の中には帝国貴族も少なくはなかったというのだから、ゆうすけの勢威は余程のものであったのだろう。


異世界人を驚かせたのは、ゆうすけの対応である。

並み居る美姫には目もくれず、常に沈鬱な表情で何かを考え込んでいる。

このストイックな姿勢が更なる話題となり、ゆうすけの陣前は服属を願い出る者が長蛇の列を成した。


大勢を悟った帝国皇帝は退位を表明。

剃髪し謹慎生活に入った。

皇帝の代理職に就任したのは穏健派として父帝から遠ざけられていた第二皇子。

武断派の官僚を大量粛清した上で周辺国に和を乞い始める。

アニメで言えば7話目くらいの話。


異世界中がお祭りムードに包まれるも、ゆうすけの沈痛な表情は変わらず。

一人でブツブツ呟いている。



「…そんなんどうでもええねん。 問題は取引が成立したかどうかなんや!」



正直、他の世界が統合しようが分裂しようが心底どうでも良い事であった。

ゆうすけにとっては異世界の盛衰など、阪急電車のデザイン変更以下の些事に過ぎない。



そんな事よりも。

万が一、あの取引が成立していなかった場合…



「俺は破滅や…」



その後は消化試合。

帝国内の強硬派諸侯の城を数の暴力で落城させて行くだけの簡単な作業だった。

異世界全土から集まった反帝国連合の将士達がゆうすけを絶賛歓呼するも、ゆうすけは上の空である。

この姿勢が、『絶大な戦功を挙げながらも、僅かな野心すら持つ気配がない』と好意的に受け止められる。


いつしかゆうすけは異世界の反帝国連合の盟主として推戴され、全軍を率いる総司令官の立場になった。

破格の大出世である。



総司令官なのでセレモニー的な仕事にも顔を出さざるを得ない。

今までノータッチだった占領地の検分にも否応なく付き合わされる。


帝国首都(色々あって結局焼け野原になった)も検分させられる羽目になった。

まあ、仕方あるまい。

総大将が敵本拠に入城する事がこの世界の勝敗条件なのだから。


当然、首都なので敵残党はそれなりの数がおり。

破れかぶれでゆうすけ軍に突撃してきた。

しかし多勢に無勢とはよく言ったもので、帝国残党はゆうすけ軍によって瞬殺される。


ただ、残党が放った矢がゆうすけを直撃していた。

それは撃ち損ないであり、矢速は極めて遅く、軌道は間の抜けた放物線であった。

子供でも肉眼で躱せるような矢であったが、考え事をしていたゆうすけは避けられなかった。

FX取引中は誰だってそんなものである。



「レバ1000倍やねんぞ…」



が最期の言葉になった。

諸将はゆうすけを深く悼み、絶妙のタイミングで死んでくれた事に心から感謝した。


アニメで言えば7話目位の話。

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