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第7話 カウント・ワン

 御門が教師として赴任してきた日から数えて、丁度一週間後。ついにその時がやって来た。


「おーう、お前ら。最後じゃ無いんだから、挨拶ぐらいはきちんとやれや」

「・・・はい」


 少しだけ沈んだ声が2年A組に響く。そう、今日で亜依が産休の為、休職に入るのだ。そうして、少しだけ沈んだクラスに、亜依が優しく微笑む。


「まあ、別に今生の別れとかじゃ無いんだし、そんなに落ち込まないでよ。産休明けたら帰って来るんだしさ」

「・・・そうだよね。よっしゃ! じゃあ、先生! お産、頑張ってね!」

「赤ちゃんの写真、送ってね!」

「お見舞い行くからね!」


 そんな声に見送られ、亜依が産休前最後の勤務を終えるべく、最後の引き継ぎを行う。


「じゃあ、御門先生。後のことはよろしくお願いします・・・って、言ってもまあ、御門さんは先生なんですから、あまり要らない事をしないでくださいね」

「おーう。竜馬にもよろしく言っといてくれー」


 ひらひらと気だるげに手を振って、御門が亜依を送り出す。そうして、亜依は一礼すると、今度こそ、教室を後にする。まあ、実際には職員室で最後の引き継ぎ作業があるので職員室に向かうのだが。


「さーて・・・じゃあ、お前ら。最後の連絡やんぞー」


 そうして、亜依が去った後。御門が後を引き継いでホームルームを開始する。既にこの遣り取りも一週間程度になっているので、既にこの気だるげな口調にも慣れた物であった。


「でだ・・・出会いあれば別れあり。つーことで、急だが明日から転校生がやってくる。喜べ、男ども。美少女だ」

「・・・なん・・・だと・・・」

「おう、ノリがいいやつは好みだ。女なら特にな」

「で、せんせー! まじっすか!」

「写真見るか?」

「うっす!」


 個人情報等はいいのだろうか、と思う浬達女子生徒一同だが、こんな遣り取りも慣れたものだ。亜依とは別に、御門は男子生徒から人気が非常に高かった。

 まだ赴任して一週間程度だが、御門には気さくな中に女好きの一面があり、それが中学生の男子生徒のノリと合致したらしい。更には男子生徒達が調子づいてやるおふざけにもきちんと乗ってくれるので、なおさら評判が良かった。


「ドンッ」

「おぉー! って、すげぇ! すげえ美人!」

「銀髪美少女! めちゃくちゃ可愛い!」

「だろ?」


 御門が少しだけドヤ顔で胸を張る。御門の開いたスマホの画面を見て、御門の前に集合した男子生徒一同が歓喜の声を上げる。

 聞こえてきた銀髪という言葉から、もしかしたら外人なのだろうか、と思う浬だが、それは他の女子生徒達も同じであった。と、そうして尚も延々と続く馬鹿話に、ついに女子生徒の一人が怒鳴る。


「先生! いい加減にホームルームを続けて下さい!」

「おっと、わりぃわりぃ・・・さて、つーことで、明日から美少女来る」

「先生、一ついいですか?」

「おう」

「外人さんなんですか?」


 どうやら、浬が抱いた疑問は美少女云々に興味が無い多くの女子生徒でも抱いた疑問だったらしい。とある女子生徒が挙手して尋ねると、御門が顎に手を当てて思い出し始めた。


「おう。あー・・・どこだっけ?あのアニメ。ほら、あの・・・女の子が箒に跨って飛ぶ奴・・・大昔のアニメで・・・なんか宅配するやつ・・・そのモデルの国の子」

「ああ、スウェーデンですか?」

「お、それだそれ」

「何? そのアニメ?」

「あー、何回かテレビでやってた様な・・・」


 どうやら答えた生徒が少しだけ博識だったようだ。まあ、2020年後半では既に公開されて30年以上も経過しているのだから、確かに映画が好きでもなければ詳しくは知らないだろう。


「というか、先生って世界史の教師じゃないんですか・・・?」

「一応今は日本史だ。だいじょーぶだって、そんときゃそん時で覚え直すから。世界史にしても専門はインドとかの中東だしな」


 いい加減だが、これが彼の味として既に定着しているので良いのだろう。そんなおちゃらけた彼だが、そんな彼の短所は、脱線すると延々脱線しかねない、という事だった。


「まあ、あそこの国も結構きれいな人多くてな。いや、ウクライナのバーで出会った大学生程度のお嬢さんとかももすっごかったけどな。あれは良い」


 何処かうっとりとした様子の御門に、男子生徒が興味満々で問いかけた。


「せんせー、何がっすか?」

「あぁ? んなもん決まってんだろ。胸だよ、胸。すげえぞ、あの国。めちゃくちゃでけえ」

「おぉー! センセ! 他になんか無いんっすか!」

「他にもミニスカの気象予報士とか胸を完全に露出したアナウンサーとかが平然とテレビに・・・おいおい、んな目で見んなよ。じょーだんだって。いや、アナウンサーとかの話はマジだけどな。ウクライナ、良い国だぞ。一度行ってみろ。マジ美女多いぞ」


 男子生徒の賞賛の声に調子よく話し始めようとした御門だが、先に怒鳴った女子生徒からの視線が痛かったので、切り上げる。男子生徒達は少し残念そうだったが、御門が切り上げてしまった為、どうしようも出来ない。


「まあ、今の話は置いとくか。あ? 聞きたい? 男バスの奴には後で話してやるよ」

「しゃぁ!」


 別に亜依が男子バスケットボール部の顧問というわけではない――亜依は歴史研究会の顧問――のだが、丁度他の部の顧問と兼任の教諭が受け持っていた為、御門がそこに割り込んだのだ。

 ちなみに、男バスと女バスは時々合同で訓練を行っており、その際に二十代中頃の少し美人の女性顧問も一緒に運動するのだが、その乳揺れを堪能する為に御門が男バスの顧問を引き受けたのは秘密である。


「んでだ、名前は明日のお楽しみとして・・・とりま席決めるぞ」

「先生! ここでお願いします!」

「こっちっす! こっちでお願いします!」


 御門の言葉に、男子生徒達が各々の周辺の席を指名する。当然だが既に美少女であるのが確定しているので、大乗り気だ。とは言え、そんな希望だけで席決めを行えば、禍根になる。というわけで、無視するのは、当然だった。


「あー・・・ここは公平に行くぞ」


 御門は黒板――と言ってもホワイトボードだが――に何本もの線を引いていく。その下には、クラス人数分の番号だ。そうして、更に一本一本に横棒をランダムに引いていき、それが終わると同時に口を開いた。


「おっしゃ。右端から1,2,3な。さて・・・挙手が一番早かった奴に場所を決める権限をやる! 決めるタイム・リミットは3秒!」

「はい!」


 御門の唐突な発言だったが、男子生徒達の反応は素早かった。おそらくコンマ数秒も無いうちに、興味があった生徒全員が挙手し終えた。だが、先着は一人だけだ。なので、御門がその生徒を指さす。


「よし! 阿久根!」

「うっしゃー! って・・・・ラッキーセブン!」


 一瞬指名された事で忘れそうになった阿久根という少年だが、大慌てで番号を告げる。じっくり見ている余裕がなかった上に持ち時間がなかったので、とっさに口をついて出た番号だった。


「じゃあ、それ以外は消去な。さて・・・当たりは・・・24番。そこだな。おい、悪いがそこ一個ずらしてくれ」

「おっしゃー!」


 周辺の男子生徒達の喜びの声がクラス中に響き渡る。そうして決定した場所は、なんと浬の右横の席だった。そこに居たのは男子生徒で、場所があたった瞬間に非常に嬉しそうだった。そうして、彼は嬉しそうに机を後ろにずらす。それに合わせて、後ろの生徒達も席をずらした。


「じゃあ、横の天音。世話よろしく」

「え!?」


 何の因果か、御門はその逆隣の男子生徒では無く、件の転入生から見て左隣の浬を指名する。だが、当然これには近くの男子生徒――特に右隣の――から不満が上がる。


「せんせ! 俺やります!」

「俺も!」

「あぁ!? 俺がやる!」

「じゃあ、俺が!」


 乱立する男子生徒の右腕だが、ここで往年のギャグの様に『どうぞどうぞ』とはならない。ある男子生徒の発言に少しだけそれを期待した御門だったのだが、彼らは本心から望んでいるし、年代的に知らなくても無理は無いだろう。

 少しだけ勝手に気落ちした御門だが、ここで道理を解いた。彼も何の考えも無しに、浬に命じたわけでは無かったのである。


「おーい、ストップだ、野郎ども。お前ら男共だと、揉めんだろ?」

「い、いや、揉めませんって!」

「ほう・・・じゃあ、今の醜態は何だ? んな醜態を美少女の前で晒すか?」

「うぐっ・・・」

「おい、野郎ども。女の前では紳士で行こうぜ、紳士で。それがモテんだよ。大人の余裕って奴を学べ」

「・・・うっす」


 人生の先達かつ明らかに若い頃、というか今もかなり遊んでいそうな見た目の御門に言われ、男子生徒達は揉めて醜態を晒してマイナスを得るよりも、何処かでライバル達を出し抜いて高評価を得る方を選んだ。


「つーわけで、天音。お前な」

「・・・あ、はい」


 私の意見は無視ですか、という疑問は口に出さなかった。どうやら流れが変えられそうに無いからだ。御門の謎理論によって説得された男子生徒と、その勢いに呑まれた女子生徒達の誰からも異論は出なかった。

 そうして、その日のホームルームは亜依が産休に入って当分会えない寂しさよりも、新たな仲間の加入というビッグ・ニュースによって、上書きされたのであった。ちなみに、これが亜依のいなくなる寂しさを打ち消すためを御門が狙ったのかどうかは、永遠に謎である。




 同時刻。浬の父彩斗は天道財閥本社の地下にある、とある特別な部の一室に居た。その顔は一仕事終えた男の顔であった。まあ、それもその筈で丁度外での一仕事を終わらせた所なのだが。


「おーう、三柴さん。交渉なんとかなりましたわ」

「お、さすが<<誑しの天音>>だな。わざわざ大阪支社から引き抜いた甲斐あったぜ」


 そんな少し嬉しそうな彼を出迎えたのは、彩斗よりも一回り程年上の男だ。彼はこの臨時編成された部の部長だった。

 彼も言っている様に、元々大阪で営業をしていた彩斗を引き抜いて本社に栄転させたのが、この三柴という男だったのだ。


「あはは、そんな変な事言わんといてくださいよ。一度うっかり嫁さんに聞かれて気まずくなったん、覚えとりますやろ?」

「あはは! あのお嬢ちゃんか! いや、あれはほんとに驚いたな!・・・と、そういえば、大丈夫か?」


 数週間前に倒れた事を聞いていた三柴が、その後の容態を心配して問い掛ける。それに、彩斗自身も少し心配ではあるが、なるべく重くならない様に心がけて気さくに答えた。


「なんとか、ってとこです。まあ、今回の事で朗報持ち帰りたいとこです」

「だな・・・皆頑張ってくれてる」

「まあ、ガキのために親が頑張るのは当たり前ですから」

「ああ、そうだな」


 小さく、何処か照れくさそうに呟いた彩斗の言葉だが、そこに秘められた決意は固く、そして、それを聞いていた周囲の人間達の思いも一緒だった。


「っと、すまん。少し出る」

「はいはい」


 と、そこで丁度三柴の自席に据え付けの電話機に着信が入る。どうやら何かの報告だったらしく、真剣に話を聞いていたが、だんだんと顔付きが険しくなっていく。それを見て、彩斗の部下の一人が彩斗に問いかけた。


「三柴臨時部長、何かあったんですかね?」

「あー、あの顔やと、多分荒垣んとこやろ」

「あぁ・・・またやちゃったんですかね?」

「ちっ、後で尻拭いさせられる身にもなれ、っての」


 数人の部下と共に待っていた彩斗だが、その場の誰しもの顔に三柴と同じような表情が浮かんでいた。そうして、話していると、三柴が溜め息と共に、受話器を下ろした。

 ちなみに、本来天道財閥では部長等の日本語名での役職は使われず英名が使われるのだが、それも人によってそれぞれである。なので、人によっては日本人として馴染みが深い部長と呼んだり、逆にきちんとマネージャーと呼んだりしているが、誰も気にしていなかった。

 そうして、受話器を置いて再度の溜め息の後、彩斗が問いかけた。


「荒垣のとこです?」

「ああ・・・またやったらしい」

「またか・・・子供が可愛いのは分かるけど、もう少し穏便に済ませてくれや・・・」

「分からないでは無いがな・・・」


 二人共、心情が理解できるだけ、止めにくかった。この場の面々は、誰しもがある一つの共通した目的のために動いていた。それは、行方不明になった自分達の子供の行方を突き止める、ということであった。

 最終目標は当然、子供達をどうやってか取り戻す、ということである。その為にはまず、行方を知らない事には始まらないだろう。今はその下準備、という所だった。

 つまり、天道財閥本社地下に新設された特殊な部とは、謎の消失を遂げてしまった天桜学園高等部の行方を突き止め、尚且つ帰還させる為の部署だったのである。

 ちなみに、彩斗はその中でも目的のために必要な道具を日本各地から手に入れる為の課である『材料調達課』と便宜的に名付けられた課の中の一つ、『近畿担当係』の係長である。

 本来の彼は交渉部副部長なので地位的に見れば左遷とも取られかねないのだが、この部にはそれこそ本来は常務等の重役級も課長や平役として所属している。三柴もそうだ。彼は本来の階級は専務であるが、この部では、部長であった。他にも会長が本部長であった。

 だが、誰も異論は出ない。元々この部署では彼らの家族の生活費さえ天道家から――更にはその裏の日本政府から――保証され、現状は給料も殆ど出ていない。

 それに、階級は殆ど意味を成していないのだ。単にこの部の存在を突き止められた時に備えて、便宜的に割り振っただけだった。


「で、次は何をやらかしたんです?」

「何処かの封を解いたらしい。荒れ狂う風から脱出困難になって、迎えをよこせ、だそうだ」

「はぁ・・・まーた無茶苦茶な・・・死んだらどないするつもりや・・・」

「帰って来て孤児は子供が可愛そうだろう、と何度も言っているんだがな・・・まあ、あいつは奥さんを亡くして、男手一つで育ててきたらしいからな。託された、と思って必死なんだろう」


 二人はその心情を理解出来るからこそ、苛立っていても同時に羨ましくも思う。この部の仲間達の中でも、最もがむしゃらなのが、件の荒垣、という人物だったのだ。彼らもあそこまでがむしゃらになれれば、とは思わないでもないのだ。だが、他の家族の事も考えれば、それがためらわれたのである。

 とは言え、それと同時に、頭が痛い話でもあった。この部に所属している面々は、誰もが我が子が可愛いのだ。それ故、中にはなりふり構わず必要な道具の調達に乗り出し、その道具の本来の所有者や管理者達と揉める事も厭わない者は少なくないのだ。

 というわけで、彩斗が再び口を開く。そうして出したのは、最近になってなりふり構わず情報収集を行った結果得られた、あるとんでもない情報だった。


「わかるっちゃあ、わかるんですけどね・・・何や無茶苦茶やばい奴がおるらしいやないですか」

「<<深蒼の覇王(しんそうのはおう)>>、か・・・」

「千年姫もあの蘇芳村正も両方知っとるくせに、一切情報が出てこん。そのくせ、ここ数年の話には確実にそいつが絡んどる。聞いた話やと、あの二人が下手したら傅いとる相手かも知れん、つー話やないですか」

「少し危なすぎる、か?」

「最悪、そいつの悋気を買って、両方の里を相手取って戦うハメになるんとちゃいます? ただでさえ、バケモンの親玉、や。見るに見かねりゃ出てくる可能性は無くはない。地球上で最もやばい奴、つー噂の・・・まずいんちゃいます?」


 今の所、彩斗が出した名前の三者が手を結んでいるという情報は無い。その動きはあっても、三者共に否定している。だが、近年になって交流があったとされる情報が出て来ているのだ。警戒するに越したことはなかった。そして、そこに思い至った三柴も少し考える様にして、口を開く。


「比較的穏健な紫陽はともかく・・・武闘派揃いの楽園は特にまずいな。分かった。帰って来たら荒垣にも少し強く言っておこう。さっきの電話にも<<深蒼の覇王(しんそうのはおう)>>がどうとかと言う話があったからな」

「言って聞くとは思えんのですけどね・・・」

「まあ、それでも言わんよりマシだろう。お前らも今日ぐらいは早めに帰れ。天音はここ5日ぐらい家に帰ってないだろ」

「倒れたら荒垣に何も言えん、か・・・そうさせてもらいます。おい、今日は早上がりや」

「うーす。偶には家でゆっくりしますかー」


 元々一仕事終わらせたのは終わらせたのだ。この後出かけるにも既に夕方だし、あまり根を詰めすぎてもミスの元だ。なので、三柴は彩斗が率いる係の者を早めに帰らせる事にしたらしい。そうして、その日は彩斗は早めに帰宅するのであった。

 お読み頂き有難う御座いました。次回はまた、来週です。

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