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勇者の弟妹 ~~Tales of the new Legends~~  作者: ヒマジン
第5章 藤原千方の四鬼編

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第81話 カイトと言う男

 千方達が浬達の拉致に向けた策略を練っている頃。一方の彩斗はと言うと、『最後の楽園(ラスト・ユートピア)』にて龍洞寺家当主の剛造という初老の男性と面会をしていた。


「そこらは、別に我らの知った所では無いな」

「はぁ・・・」


 またこの返答か、と生返事を返しつつも彩斗が内心で苛立ちを募らせる。基本的に、龍洞寺はこれが返答だった。欧州の情報を求めると、気にした事が無い、という一言で済ませられたのだ。

 だが、これをそのまま取る彩斗ではない。逃げた、ということはそれ相応に情報を持っているはずなのだ。明らかに彩斗が下に見られて、出し惜しみされていたのである。とは言え、何もかもを教えてくれないわけではなかった。


「まあ、厄介と言えるのは、ミカエル、ガブリエル、ウリエル、ラファエルの四人だ。俗に言う熾天使だ。我らもウリエルによって、住んでいた土地を追われた」

「熾天使・・・」


 またこの名前か。彩斗はメモに記載しながら、ここに逃げ延びて来た全員が出すこの四人の天使の名前を記憶に刻み込む。が、同時に、一つだけ気になる事があった。


「ですが、ガブリエルにだけはこの里は恩義を感じている、と聞いているんですが・・・」

「それか。その当時は居なかった我らは知らん。が、伝え聞く所によると、何らかの思惑で、ガブリエルはこの里をもともと支えていた飛空石(ひくうせき)という魔石を提供した、と聞いている。まあ、それはかつての狗神家の長であった凌牙という男によって、破壊されたがな」


 龍洞寺は言葉の端々に苛立ちを滲ませながら、少し前の出来事を語る。苛立ちは自分に対して、だった。これは彩斗達は初耳だった。なのでヘッドセットの先から、渚が疑問を呈した。


『破壊・・・大丈夫だったんですかね』

「それは・・・大丈夫だったんですか? 一応、私も夏はここらで生活していますから・・・」

「む・・・いや、これはすまなかった。実は大丈夫ではなかった・・・が、当時クーデターに偶然巻き込まれた覇王殿に救われたのだ。数年前、ニュースに謎の光を見た、というニュースが流れただろう? あれが、あの時にこの里を単身彼が支えた際の光だ」

『はい?』


 単身これほどの大きさの物体を支えきる。あまりにぶっ飛んだ返答に渚が信じられず呆然として、彩斗は内心で大いにツッコミを入れていた。無茶苦茶にも程があった。

 が、そんな一同の焦りや疑問はさておいて、この一件には龍洞寺もクーデター側として参加していたのだ。もしかしたら犠牲者の中に居たかもしれない彩斗に対して、少しの申し訳無さを感じたらしい。少しだけ、今までは固く閉ざされていた情報の紐が緩んだ。


「ふむ・・・そうか。よく考えれば、お主にも迷惑を掛けていた可能性があるのか。覇王殿が押さえてくれたが故に何事もなかったが、それは結果論。自らの不明は一生を懸けてでも償おう、と覇王殿に誓った以上、詫びはせねばならんか・・・」


 何より、彩斗はカイトの父親だ。それを考えれば、龍洞寺には恩義と詫びが二重の意味で存在している。そこらを勘案すれば、全面的な協力は面子から無理でも多少の情報の供与は彼としても仕方がない、と認められたらしい。


「少し待て」


 龍洞寺はそう言うと、執務室の本棚の中から一冊の本を取り出す。それはかなり古ぼけていて、ところどころ擦り切れていた。厚さもそれなりだ。


「それは?」

「当時の事を書き記した日記だ。我らの様に長寿の者達は忘れぬ様に記憶に処置を施すが、それでも即座に記憶を取り出せるわけではない。日記等の補助ツールは取っ掛かりになる。これは特に楽園・・・ここでは無く、先代の楽園が創設された頃の物だ。先代の創始者の情報も書かれている」

「貸してくださるんですか?」

「構わん。詫びの印だ。が、書いてあるのは当時の英語だ。解読はそちらでやれ」

「有難うございます」


 彩斗は持ってきていた天桜財閥が開発した特殊素材で出来たブリーフケースの中に、日記をしまい込む。これは思わぬ収穫だった。今の『最後の楽園(ラスト・ユートピア)』は名前に最後(ラスト)と入っている様に、実は二代目だった。

 その前の楽園は、なんとかの有名なエリザベート・バートリー、もしくはバートリ・エルジェーベトという女の近親者によって滅ぼされたらしい。どうやら里に潜んでいた魔女族と人魚達が狙いだったようだ。生き残りは、殆ど居なかった、と言う話だ。

 そしてその楽園の数少ない生き残りが、創設者の一人にして今の幹部の一人であるエルザ・ローレライという人魚だった。先代の楽園の創始者の一人である魔女の助手をしていた、との事だった。


「中にはエルザ嬢も知らない情報が記されているはずだ。何分彼女は楽園に居た期間は数十年と短い。先代の楽園について知っている事は殆どなかっただろう。リアレという魔女の生まれ故郷さえ知らなかった程だ。そこには、そこらの情報も記載していたはずだ」

「有難うございます」


 改めて、彩斗は龍洞寺に礼を述べる。先程までの内心の苛立ちは、雲散霧消していた。望外ではあったが、今回の訪問で最大の収穫と呼べる。当時の欧州の、それも異族達の情報は殆ど手に入っていない。大半が狩られたからだ。これは天道家でも入手出来ない様な様々な情報が山ほどありそうな貴重な資料だった。

 そうして予想外の収穫を得た彩斗だが、ここでようやく、今回の本題に入る事にした。実は情報収集の内、過去の事は話半分で収穫を期待してはいなかった。相手が龍族である為、侮られて情報が得られない可能性ははじめから考慮に入れていたのである。本当に聞きたかったのは、ここからだった。


「それで、もう一つよろしいですか?」

「なんだ?」

「いえ、<<深蒼の覇王(しんそうのはおう)>>・・・所謂ブルーの事です。貴方は彼と懇意にしていると聞いています。今彼を探している所ですが、なので彼の情報が少しでも欲しい、と・・・」

「ああ、あの御方の事か」

『あの御方・・・』


 ヘッドセットの先で、薫が驚きを露わにする。内心では彩斗も一緒だ。この傲岸不遜な龍族の長が、あの御方とまで畏敬の念を露わにするのだ。驚きに値した。


「奇妙な縁だ」


 龍洞寺は彩斗の問いかけに笑う。これはダブルミーニングだ。彩斗は龍洞寺とカイトの縁と受け取ったが、実際としては、今この場で行っている会合の事を龍洞寺は指していた。


「・・・一言で憚る事無く言えば、あの御方は化物だ。私では到底抗いきれん・・・神々とも友誼を結び、我ら龍をも遥かに超えた存在。それが、あの御方だ」

「名前とか、知っていないのですか?」

「・・・知っている。まあ、彼の腹心であれば全員知っているがな。が、教えられん。この身、我ら一族は彼に大恩がある。口が裂けても言えない・・・そもそも私が名を呼んだ所で、名前は聞こえないだろうが」


 やはりか、と彩斗は想定通りの答えに頷く。彼の腹心が<<深蒼の覇王(カイト)>>の本当の名を知っている事は、それなりには知られていた事だ。

 だが、彼が仕掛けた魔術により、正体を知る幹部らの放った彼の名は自動的に『ブルー』や『あの御方』、『覇王』等発しても問題無い名称に聞こえる様に設定されていた。これは浬達が使われている物と同系統の魔術だ。

 一度カイト自身が大ポカをやらかしてしまって以降、幹部達にも仕掛けたのである。別に日常生活に問題がある物では無い。単なる安全策だし、逐一偽名等を考えなくて済む。幹部達も受け入れたのであった。

 とは言え、ならばなぜ問いかけたのか、というと、腹心達ならばその妨害から除外されており、教えてくれるのでは無いか、という僅かな望みに賭けたわけである。

 いくらなんでも名前も知らない者を探せ、というのは難しい。彼のコード・ネームというのは所詮呼び方に困った陰陽師達が勝手に付けた名だ。が、この様子ではその望みは薄そうだった。


「では、姿形は?」

「それの問いかけは尚更、意味が無い。隠されている」

「はぁ・・・」


 笑みを浮かべた龍洞寺に、彩斗は無駄足だった、とため息を吐いた。これもまた、はじめから想定されていた事だ。カイトは本来の姿についても、隠していた。特に顔貌は見せていない。

 魔術により、正確な姿は隠していたのである。わかっているのは、浬達が見た通りに蒼眼蒼髪、並外れた美貌を有する、という事だけだ。背丈も顔貌の詳細も、体つきも全て、隠されていた。

 これがなおさら、彼の捜索を困難にしていた。特徴が蒼眼蒼髪の美丈夫、というだけだ。普通の人間にはまず有り得ない蒼眼蒼髪で動くとは誰も考えていない為、対象は全人類の半分から『秘史神(ひしがみ)』を除いた全員だった。


「・・・あの御方の度量は確かに並外れている。が、それ故に、あの御方はかなりの物を抱え込んでいる。王者故の軋轢故、彼の正体は真に頼める者にしか、明かされていない」

「はぁ・・・」

「わからんか? あの御方には、何も知らぬ家族がいらっしゃるのだ。それ故、正体は明かせん。誰が好き好んで家族を危険に晒す? 我らでもあり得ん」


 得心が行かない様子の彩斗に対して、龍洞寺は改めて語れる所を語る。これは覇王も把握している事だ。カイトに家族が居る事は、日本政府に対して自分を信頼させる為の手札として、明かしていた。勿論、誰かは明言していない。なので政府も覇王達もそれをエリザや蘇芳達と取っている。


「我らはただその庇護に頼み込んで加えてもらっているだけに過ぎん。であれば、我らにとってその家族とは我らの家族でもある。その正体を明かせぬのは道理。そう取ると良い・・・もしそれでも聞きたいのであれば、我ら楽園と紫陽。2つの里との全面的な戦争を考えよ」


 龍洞寺は手がかりを持っている事を明言した。が、それが決して明かせぬ事も、明言した。明かしたのは、絶対に言わない、という決意があればこそだった。そしてこれは、幹部全員の総意だった。喩え相手が『その家族(彩斗)』であっても、だ。


『無理そうですね』


 ヘッドセットからの薫の声に、彩斗は内心のもう少しだけ、という願望を押さえ込んでここが引き際と決める。これ以上は何があっても明かしてくれないだろう。今の龍洞寺の態度から、それが明白だった。


「そういうことでしたら、正体はもう問いません。では、人格はどうなんですか? 我々は彼を知らない。それ故、信頼出来るかどうか、イマイチ決めにくい」

「ぬ・・・確かに」


 彩斗の別方向からの問いかけに、龍洞寺は確かに、と頷く。カイトと直に接触した事があるのは、覇王と星矢ら日本国の上層部の極少数だけだ。それにしたって事務的なやり取りが大半。人格面で信頼出来るかどうかは、完全に判明したわけではない。


「人格面・・・はぁ。こればかりは、我らも呆れるしかない。天性の女誑しにして、天然の人誑し。一週間の間にあの御方に懸想する女を三人増やした時には、エリザ嬢もエルザ嬢も呆れるしかなかった、と聞く。他にも数多神々、果ては人類の開祖であるギルガメッシュ殿・・・そこらに認められる人格は、紛うこと無く人類でも有数の器だろう」


 今度は龍洞寺は呆れを隠す事も無く、カイトの人格面に論評を加える。器の形であれば、千方と正反対。罪と咎を許し、その類まれなる才覚を認める事で逆に他者から認められる覇者の気質。それが、カイトの一端だ。だが、これは一端だ。全てではなかった。


「そしてそれに加えて、類まれなる武勇だ。有事にそれを振るう事に躊躇いもない。神々にさえ自らが認められぬ事を憚ること無く認められぬと断言する度量もある。世界を敵に回す覚悟も備わっている。ただ一言、覇王。それで片付く」


 武勇、人格、度量、そして覚悟。それらの備わった者の事を、人は覇王と呼ぶ。等しくそれに惹かれている龍洞寺にはまさに、そうとしか言えなかった。とは言え、一つ気になった事があった。確かにそれは英雄らしいが、同時に少々人として憚る様な事だったからだ。


「女誑し、ですか?」

「結果論だ。が、狙ってやっていないのが、呆れる所だ」

「そうですか・・・」

『噂は本当、という所か』


 ヘッドセットから、遠く三柴の声が響いた。噂とは、エリザとエルザがカイトの情婦、ないしは愛人や恋人と言われている事だ。この言葉と龍洞寺の態度から、おそらくそれは本当なのだろう、と判断したのである。そしてそれはこの会談を聞いていた全員が一緒だった。


『ホストっぽい男、なんですかね?』

『俺は着物を着た豪快な大男、と思ったけどな』

『時代劇とかで出て来る親分さん、って所?』

『二人共、議事録は兎も角、録音にはこれも残る、ってわかってる? 場合によっては社長も会長も聞かれるわよ』

『『あ・・・』』


 天ヶ瀬兄妹が、甘粕の言葉に大慌てで口を閉ざす。ちなみに、甘粕が議事録の作成を行っていた。内海と桐ケ瀬は会談を天ヶ瀬兄妹に任せて、資料整理の最中なので会談はノータッチだった。


「くっ・・・結構、落としてるんですか?」

「結構、か・・・その一言で済むな」


 ヘッドセットの先の談笑に一瞬笑みを浮かべた彩斗だが、それを覆い隠して笑顔で問いかける。そしてそれは、同じく笑顔の龍洞寺に認められた。が、彼の内心としてはそれが自分の息子だ、と聞けばどんな顔になるだろうか、という事を想像しての笑みだった。


「下世話な話ですが、夜の生活は上手く行っているんでしょうね」

「本当に下世話だな。まあ、そうだろう。振り回される事に不満を抱いていても、そこらで不満を聞いた事は無い。英雄に相応しい性豪なのだろうな」

「そうですか」


 気を良くしたらしい龍洞寺は、彩斗の質問に答えてくれた。人誑しと言われた彩斗の本領発揮だった。普通こんな話は答えてくれるはずがない。ここら、親子が似ていた所だろう。

 ちなみに、勿論なんの意図も無くこんな事を聞いたわけがない。彼が聞いているとすれば、それは必然エリザやエルザだろう。先の噂に確証を出せたのだ。

 おまけに言えば、そこから今度誰か彼の女と思しき者に出会った時に正体を掴む取っ掛かりになれば、と思ったらしいが、この様子では無理そうだった。口が滑るのは不満故だ。満足していれば、惚気を聞く事はあっても口も滑りにくい。と、その話が終わった頃に、アラームが鳴った。それは龍洞寺の持つスマホからだった。


「む・・・時間か。悪いが・・・」

「いえ、有難う御座いました。こちら、後ほどまたお返し致します」

「頼む」


 アラームは会談の終了時間を告げる物だ。それ故、彩斗もこれで満足して、引き上げる事にする。そうして、彩斗は龍洞寺邸を後にして、一度エリザ邸へと歩を進める。合流して、全員で帰宅するのだ。

 と、そんな折り、庭に備え付けられた椅子に腰掛けて銀色の仮面を身に着けた少女と共に蒼い小鳥と戯れるエリザを見かける。


「仮面に鳥・・・?」


 鳥は自分を見ている様な気がする、と彩斗は思い、馬鹿な考えだ、と苦笑する。なので彩斗は首を振って、とりあえず挨拶に向かう事にする。家主に協力してもらっているのだ。挨拶の一つはしなければならないだろう。


「エリザさん、今日も有難う御座いました」

「ええ。今日はもうお終いかしら?」

「ええ。もうそろそろ、皆さん帰って来られる頃ですからね」

「そう。気をつけなさい。最近、少しうるさいわ」

「あ、申し訳ありません」

「いえ、貴方達では無いわ。関西全体で、という意味よ。何かが起きているわ。注意しなさい」

「はぁ・・・有難うございます」


 エリザからの忠告に、彩斗が生返事で返す。これは勿論、千方の事だ。千方とて『秘史神(ひしがみ)』・陰陽師の連合との全面抗争はまだ早い、と考えているだろうから彩斗の事を知れば彼の近くで攻撃は仕掛けないだろうが、それでも万が一はある。警戒させておいて損はなかった。

 そうして、そんなエリザの忠告を聞いて、彩斗は半ば意味のわからないまでも警戒する事にして、その日は家族の待つ生家へと帰宅する事にするのだった。

 お読み頂きありがとうございました。次回は来週土曜日の21時に投稿です。

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