第67話 VS安倍晴明
この事件の首謀者に巻き込まれたという安倍晴明との戦いが決まった浬達であるが、そうして戦おうにもどうするべきか全くわからなかった。
というのも、彼らには対人戦の経験なんぞまるっきり存在していないからだ。唯一詩乃が訓練形式でわずかに存在している程度で、世界大会出場者である空也でさえ、実戦形式での対人戦は経験した事がない。しかも詩乃の経験にしたって、魔術は無しの普通の戦いだ。応用は殆ど効かない。
だが、そんな事で晴明が配慮してくれるはずも無かった。なので彼は懐から12枚の札を取り出して空中に投げて浮遊させると、一向に動きを見せない浬達に問いかけた。
「どうした? こんのか? それともカウンター狙いか?」
「・・・え、っと・・・その前に作戦タイムなんかくれちゃったり・・・しません?」
「ぷっ!」
誰もが顔を見合わせてどうするか決めかねた所での浬の提案に、晴明が思わず吹き出す。敵を前にしてそんな事を言う馬鹿はそうそう居るものではない。そんなある種敵を前にして見せた浬の豪胆さに、晴明は逆に気を良くしたようだ。
「構わん。好きなだけ取れ・・・と言いたいのだがな。あまりこのままここで貴様らを拘束していると、厄介な雌狐が乗り込んでくる。5分だけだぞ」
「よっしゃ!」
晴明から引き出せた妥協案に、浬がガッツポーズを取る。それに、海瑠を含めた他の一同はある種の尊敬を浮かべた。
「・・・あんた凄いわ、ある意味」
「うん。あたしも素直にそう思う」
「うん? どうしたの?」
「あんたは凄い、って思っただけ」
こいつはもしかしたら大物なのかもしれない。そんな事を内心で考えながら、鳴海と侑子がため息を吐く。とは言え、得られた時間は有用だ。
まさかのステータスそのままにラスボスの中ボス化という非常に有り難くない状況において、戦闘前に作戦会議の時間が取れたのは状況を正確に理解出来ている煌士や空也にとっては、まさに僥倖だった。
「煌士。改めて聞かせてくれ。安倍晴明とはどういう人物なんだ?」
「ふむ・・・安倍晴明。平安時代の日本において最強の陰陽師にして、芦屋道満と並んで陰陽師の開祖の一人、と言うところか・・・ドーマンセーマンのセーマンとは、晴明殿の事だな。呪術戦を挑むのは圧倒的に不利か。熟練の陰陽師達が束になった所で、晴明殿に勝てるとは思えん」
「ということは、私と詩乃さん、侑子さんを主軸として、攻略を考えた方が良いかな?」
「うむ。たとえ天地が逆転したとて、我輩や海瑠らの遠距離武器が効果的とはならんだろう」
安倍晴明を相手に呪術戦を、というのは神童と呼ばれる煌士で無くても無理が理解出来た。なので取るべき作戦は、近接戦闘。それしかなかった。なので取るべき作戦は一瞬で決定する。
そうしてそれが決定すれば、今度はどうやってそこに持ち込むか、だ。なので改めて、全員の武器のすり合わせを行う事にした。
「ふむ・・・予想外に手数が多いのは天音姉の武器か・・・」
「いいなぁ・・・」
「何処が?」
「お兄ちゃんと一緒って、なんか良くない?」
「あ゛?」
海瑠の言葉に、浬が非常に嫌そうな顔をする。ド派手なのは良かったが、その点だけは、どうにもこうにも納得できていなかったらしい。兄がこんなカッコいい戦い方をしているのか、と少々納得が出来なかったようだ。
「海瑠さぁ・・・ちょっとお兄ちゃんに夢見過ぎ。絶対そこまで大それた事してないって」
「・・・いや、一応言っておいてやるがな? 俺よりも遥かに強いぞ、あの男」
丸聞こえだった姉弟の会話を盗み聞きしていたらしい晴明が、浬に対して苦笑気味に告げる。だが結局、兄は兄なのだ。その実力を見ない事には、信じられないのであった。
「まあ、確かにぶっ飛んでいる、と言いながら何もやっていないからなぁ、あの男。10%程度で茨木の奴を軽くあしらったりしてるんだが・・・」
「「・・・え゛?」」
浬と海瑠が思わず頬を引き攣らせる。浬でも茨木童子とは一番初めに海瑠が見ただけで顔を青ざめて怯える様な相手だ、とは理解していた。それを軽くあしらった、という兄の実力がこの時、初めて実感として見えた様な気がしたのである。
「茨木という鬼はお前らを使って、釣りをやっていたんだ。来るだろうおせっかい狙いでな。で、案の定インドラ殿やルル殿が来られて、それに対する攻撃をしようとした茨木を牽制、という流れか。まあ、それを読んだ上でのちょっかい、と考えるが吉だろうがな」
「えーっと・・・10%のお兄ちゃんと晴明さんだと、どっちが強いんですか?」
「貴様の兄だな。近接超特化の癖に遠距離までこなす化物相手に遠距離しか出来ん俺が勝てるはずがない。喩え俺が前鬼後鬼十二神将を全部一度に呼び出したとて、あれには勝てん」
海瑠の問いかけに、晴明が笑いながらあっけらかんと実情を教える。安倍晴明という陰陽師は、現代を含めても陰陽師としては歴史上最強の陰陽師だ。それをして、10%も必要が無いのだ。これは流石に全員カイトの力の基準が良く理解出来た。
「で、そろそろ時間が経過するんだが・・・作戦は決まったか? 5分を超えれば、こちらから行くぞ」
懐から何枚もの紙の札を取り出した晴明が、改めて一同に問いかける。なんだかんだと話をしながらだった為、そろそろ5分が経とうとしていたのである。と、どうやら作戦の方は会話に参加したい、と思いながらも我慢して作戦を立てていた煌士達によって、練り上がっていたようだ。
「うむ。これで行こう」
「うん・・・浬さん。皆さんも・・・作戦が出来ました」
「あ、うん」
空也の言葉を受けて、浬達は改めて会話の輪に加わる。そうして更に一分程で、どうやら相談は終わったようだ。全員が立ち上がる。ちなみに、実は5分をわずかにオーバーしていたのだが、お目こぼししてもらえた、とのことだった。
「・・・ふむ。では、来たまえ」
立ち上がって間合いを測り始めた浬達を見て、晴明が告げる。向こうが逃げるわけでもなく戦意を見せているのであれば、わざわざこちらから戦いを挑む必要は感じられなかった。そうして、浬達は晴明を取り囲む様に、移動を始める。
「ふむ・・・包囲する、か。敵が少数であるときの常道だな」
晴明は煌士達の考えを認めて頷く。彼は単独だ。数の利を得られている以上、包囲は悪い手段ではない。不意を突ける可能性がある。
そして彼は日本に名立たる陰陽師だ。陰陽師達の使う魔術であれば、大半を使いこなせると考えて良いだろう。であれば、一掃される可能性のある密集した陣形は悪手だ。なので逆に密集して一撃で壊滅されない様に、バラける意図もあったのである。
「さて・・・何をしてくるか・・・」
「・・・」
「・・・」
観察し続ける晴明に対して、一同が顔を見合わせる。どうやら、何かのタイミングを図っているようだ。ちなみに、陣形としては遠距離攻撃しか出来ない浬と海瑠、煌士を三角形になる様に配置していた。遊撃的に遠距離攻撃も出来る鳴海を含めると、四角形になる様な配置だ。その間に、近接戦闘が出来る空也、詩乃、侑子を配置している。
「ふむ・・・」
何かを狙っている。それは晴明でなくても気付けるだろう。とは言え、その意図する所は、晴明にもわからないし、包囲している浬達でなければ、わからないことだ。
「そのまま包囲するだけか?」
「・・・」
晴明の問いかけに、誰も何も答えない。何かのタイミングを待っているのだろう。そしてその何かのタイミングとは、と考えると、当然それは煌士の魔術の準備だろう。
彼だけは、その戦闘方法上どうしても、ワンテンポ遅れて行動に出なければならないのだ。晴明が少し目を凝らすと、煌士の額には珠のような汗が滲んでおり、まだ初心者の魔術師が身の丈以上の魔術を行使する時特有の魔力の集中が見えた。そしてそれを見逃してくれる晴明ではない。
「見逃して貰えると思うか?」
「カード!」
少し苦笑に近い呆れを浮かべた晴明が懐から呪符らしい札を取り出したのを見て、その背面に立つ事になった浬がカードを展開する。構成は『光』二枚に『銃』が一枚だ。それで放てるのは攻撃力の無い閃光弾だ。
「っ!」
さすがの晴明と言えども、目の前でいきなり閃光弾が放たれれば、一時的とて視界は奪われる。そうして晴明が再び眼を開いた時には、一同が少し回転して、目の前には魔銃を構えた海瑠の姿があった。
「ごめんなさい!」
「!?」
謝罪するやいなや引き金を引いた海瑠に、晴明が少しだけ目を見開く。とは言え、これは海瑠の攻撃が予想以上に強い、というわけではない。ただ単に魔銃の連射力が高く、その面での予想外があった、というだけだ。
そして、別にその程度であれば、この魔銃の開発者を知っている以上、不思議は無かった。なので晴明の対処にも澱みがない。
「なるほど。身に余る魔力を活かし、と言うところか。さすがはルル殿にアテネ殿。西洋に名立たる戦の名手だ。頼光殿にも勝る」
晴明は二人の手腕に感心しつつも右手を軽く振るい、戦闘開始と同時に投げておいた呪符12枚の内の5枚を海瑠側に展開する。描いたのは、セーマンと言われる五芒星――より正確には安倍晴明判紋――だ。
だが、晴明の防御が展開されてなお、海瑠は引き金を引きっぱなし――引くだけで連射が出来るタイプの魔銃らしい――だ。どうやら弾幕を作るのが目的なのだろう。
「であれば・・・」
弾幕は囮。晴明はそれを察すると、防御をそのままに後ろを向く。そこに居たのは、鳴海だった。彼女は与えられた教本を読みながら、筆を振るっていた。
それは今までの彼女が描いた物よりも、数小節分長い物だった。そしてどうやらそれは振り向くと同時に、完成したようだ。
「む?」
迸ったのは、無数の氷の礫だ。それも一度きりの単発ではなく、幾度も連続していた。こちらもやはり、弾幕を形成するのが目的なのだろう。とは言え、そんな事をしても晴明に無駄な事は、誰でもわかる。
なのでその意図を図りかねて、晴明は首を傾げた。が、わかる事がある。これは近接戦の援護の為の弾幕だ、ということだ。なので彼は次の攻撃者の方を向いた。
「であれば、だ・・・次は浬か?」
浬の方を向いた晴明は、やはりそれが案の定であった事を知る。浬はやはり晴明が振り向くと同時に、カードを展開する。組み合わせは『炎』二枚に『銃』一枚だ。
「ふむ?」
とりあえず、この程度であれば――と言うか彼らの攻撃全てが、だが――五芒星を生み出すまでもなく、手で作った障壁で防ぎきれる。なので晴明は左手をそちらに向けて、浬の攻撃を防ぐ。
「では、最後は・・・?」
最後は煌士だろう。そう思ってそちらを向いた晴明だが、煌士は何かの魔術を展開したらしいが、それだけで何も変化は無かった。なお、魔術については今も継続的に展開しているのか、彼は集中を切らすことなく、常にこちらを見続けるだけだった。
「ふむ・・・何を考えている・・・?」
煌士が神童と言われている事は晴明も把握している。それ故、その意図は警戒すべきもの、と捉えていた。それに、残る2枚の呪符が問いかけた。
『晴明様。意図を探りましょうか?』
『それとも、それとも攻撃を?』
「いや、どちらもするな。子供ら相手にお前らを解放しては安倍晴明の名折れだろう」
実は彼が展開した12枚の呪符は全て、彼の使い魔である十二神将、もしくは十二天将と言われる12体の式神達だった。ただ単にそれを魔術の補佐として、使っていただけである。式神なので当然、何らかの姿での実体化も可能だ。それをしようか、という提案だった。
「にしても、少し蒸し暑いな・・・」
悠々と攻撃を防ぎながら、晴明は蒸し暑くなっていく場に苦笑する。蒸し暑い原因は浬の炎撃と鳴海の氷の礫の衝突による水蒸気の発生だ。
「・・・む?」
と、蒸し暑い事に気づいて、それを感じているのが自分だけだ、という事に晴明が気付く。というのも、彼は額に汗を少し掻いていたのに対して、浬達は煌士を除いて誰も汗一つ流していない。そこから、何らかの手段が取られているだろう事を悟る。
「・・・なるほど。気流制御か」
妙に暑くなるのが早いな、と思った晴明だが、どうやら煌士がやっているのは気流を制御して、晴明の周囲を隔離していたらしい。そのせいで熱気が蓄積され、暑くなるのが早かったのだろう。
「・・・なるほど。狙いが読めたぞ」
晴明はその意図するところを悟り、煌士達に悟られない様に薄く苦笑する。とは言え、悟ったから、と言ってもそれに対処しようともは思っていない。最後まで見た上で、上回るつもりだった。そして彼の読み通りに、唐突に弾幕が止んで急速に湿度が増して、濃霧が生まれた。
煌士は今回、2つの魔術を同時に展開していた。片方は晴明がすでに言った様に、風属性の魔術で気流を制御する物だ。もう一つは、水属性の魔術だった。それで霧を生んだのである。熱気と水蒸気は霧を生み出しやすくする為の環境づくり、という所だ。
「っ!」
来る。晴明がそう思った次の瞬間、案の定一瞬だけ詩乃の姿が見えて、斬撃が繰り出される。
「防げ」
『『御意』』
晴明の言葉を受けて、残る二体の式神達が応ずる。言われなくても動くつもりだった。この程度、主の手を煩わせる必要がない。そういう考えだった。そうして、詩乃の斬撃を式神の一体が完全に防ぎきる。
「ヒット・アンド・アウェイか」
斬撃を繰り出した次の瞬間には居なくなった詩乃に、晴明が案の定、と隠すこともなくほくそ笑む。もはや一寸先も見えない程の濃霧だ。数多居る化物レベルの戦士ならばまだしも、煌士達に彼の笑みが見えるはずもなかった。そうして、しばらくの間晴明は式神達に詩乃と侑子による濃霧に紛れた攻撃を防がせる。
「・・・ここだ!」
ある時。詩乃と侑子が同時に攻撃を仕掛けてきたのと同時に、晴明は自ら両手を振るい、振るわれた刀を白刃取りの要領で掴み取る。そうして、敵の姿がはっきりと見えた。
「やはり、君を最後に持ってくるか」
「っ・・・」
白刃取りの要領で刀を取られ、空也の顔が歪む。そして決まった、と思い、晴明は彼の方からアクションを起こした。
「吹き飛ばせ」
晴明の指示を受けた十体の式神達が風を生み出し、煌士の操る気流と濃霧を完全に吹き飛ばす。が、そうして、晴明はやはり神童は神童だった、と思わされる事になった。
「なっ!?」
白刃取りの態勢のまま、晴明が目を見開く。そしてその驚きを見て、空也は顔に笑みを浮かべて、刀から手を離した。
「ふぅ・・・流石に晴明殿といえども、悪手を妙手とするとは思うまい」
煌士が汗を拭い、浬の横で防備に付いていた。実は、空也は見せ札だった。近接でも敵わない。それは始めからわかっていた事だ。ならば、普通は悪手と思われる遠距離攻撃を、切り札とする。それが、煌士の考えだった。
「連続カード! いっけー!」
浬は展開した9枚のカードに対して、一斉に指示を送る。展開しているのは、全て『銃』のカードを中心とした攻撃力重視の砲撃だ。そうして、その指示を受けて、火と氷、そして雷の砲撃が迸った。
「つ、疲れたー・・・」
上がった爆音と爆発に、浬が腰を下ろす。流石にカード9枚の同時展開は今の彼女には無茶な攻撃だった。なので些か限界が近かったようだ。
だが、そうして爆炎が晴れると同時に、笑い声が上がった。当然、笑い声の主は無傷の晴明だ。彼は遠距離攻撃を防ぐのに使っていた10体の式神達に命じて、砲撃を防がせていたのである。
「あはははは! なるほど! そこまでは読んでいなかったな!」
最後に空也が決めに来る。そこまでは晴明の読み通り、だった。だがまさか更にその後に本来は悪手であるはずの遠距離攻撃を決め技に持ってくるとは予想しておらず、晴明でさえ裏を掻かれた、というわけだ。勝ち目がない攻撃は決め手には使わないだろう。そう読んだ晴明のミスだった。
「む、無傷か・・・」
「おいおい・・・」
完全に決まった。そう思っていた為頬を引き攣らせた煌士の言葉に、晴明が呆れる。そもそも、この程度であれば攻撃を防ぐ必要さえなかった。彼が常に展開している障壁が完全に防いでくれるからだ。それだけの実力者が、本来は両者の間に存在していた。
「まあ、俺に対して一本取った、というのは良しだ。ラスボスに進め」
「ま、まだあったんだった・・・」
「こここ・・・そりゃそうよ。妾もまだまだ待機しておったのに」
晴明の言葉に頬を引き攣らせた鳴海に対して、一人の美女が現れる。風貌は何処か人型を取った玉藻に似ていた。耳はきつね耳で、しっぽが9本生えていた。それはこの一件の真の首謀者で、同時に晴明の母親でもある、安倍氏の陰陽師達の祖先にして祖狐と呼ばれる葛の葉だった。そうして、ついに現れた首謀者に対して、浬達は戦いを挑まされる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。次回は来週土曜日21時です。




