第66話 陰陽少女との戦い
母が急に訪ねてきたのは、昨日の事だ。それを、少女は戦いを繰り広げる少年少女達を見ながら、思い出す。少女は浬達よりも少し年上程度で、大体高校生ぐらいの年齢だった。顔立ちは綺麗で、美人と言って良かった。
『こここ・・・のう、旅行へ行かぬか?』
『母上とですか?』
『そうよそうよ。たまには自由気ままに二人で東の都にでも行くのも良いと思ってのう。ほれ、それに幸いな事に身分証や金ならばあの者よりもらっておる。たまには母孝行してくれても良いではないか』
『はい!』
母親の言葉にそう笑顔で頷いてその日の内に大急ぎで用意を整えて、懇意にしている者に頼んで宿を用意してもらって、とその日の内に東京にまで出て来たわけであった。が、そうして彼女が今やっている現状に、彼女がため息を吐いた。
「良いのかな、こんな事して・・・安倍や土御門の面子丸つぶれにしちゃってる様な気がするのよね・・・」
浬達を襲撃している式神達を全て操っているのは、彼女だった。彼女は東京に到着してその日は夜だという事で眠りについたのだが、朝起きるやいなや、母から襲撃に手を貸せ、と言われたのだ。で、始めは渋った彼女であるが、まんまと口車に乗せられて、襲撃に加担する事になったのであった。
「うーん・・・でも母上のお願いだし・・・一応、バレる様な事は無いよね・・・うん、無いよね・・・」
どうやら少女はこの襲撃の主犯である母親とは違い、色々な方面への罪悪感が物凄いあるらしい。ブツクサと問題がない、と自らに明言する。そんな様子の少女だが、式神達を操る手には一切のよどみが無く、そして間違いもなかった。
「母上だからいたずらで終わらせると思うけど・・・終わらせるよね?」
「終わらせてもらわないと困る」
少女は横に座った蒼眼蒼髪の男に問いかける。それは言うまでもなく、本来の姿を取ったカイトの使い魔だ。なにせ少年少女は浬達だ。いたずらで済まなければ彼が出る事になるのであるし、認めてもいない。と、そんな話をしていると、フェルが戻ってきた。浬への教授を終えたのだ。
「お、帰って来たな」
「ああ、戻った。次の部屋に入ったようだな」
「うん」
フェルの問いかけを、少女が認める。今回の襲撃に際して、実は脱出までに部屋を3つ作っていた。一番初めが最初に浬達が居た部屋で、最後は、彼女らが今居る部屋だった。そうして、それを横目に少女が問いかける。
「良いの? 妹さんと弟さん」
「・・・はぁ。良くは無いさ。良くはない。下手な事に首を突っ込む事になりかねんからな」
「とは言え、鍛えねば死ぬ。死ねばその後が無い。後先考えず、ではなく、後先を考える前に今を考えねば、というだけだ」
カイトに続けて、フェルが首を振る。当たり前であるが、本来は魔術なんぞ今の世界では公には存在してはならない力だ。であればこそ、本来ならば知らない方が良いし、関わらない方が良いのだ。
だが、そうしなければ今の彼女らは死んでしまう。それだけは避けねばならない。致し方がない、と諦めるしかなかった。
「そもそも、命を懸けた呪いを、なんぞ馬鹿げている。何処まで『月影山の人喰い鬼』は人を苦しめるつもりだったのやら」
「あそこの鬼は強い癖に人を餌としか考えていなかったっけ・・・あれは流石に私でも解呪は難しい」
何処か怒りを滲ませたカイトの言葉に、陰陽少女が何処か悲しそうに首を振る。実はインドラ達であっても、多少なりとは呪いの解呪については学んでいる。神様だからと言って解呪を出来ない、というわけではない。確かに学んでいるのだが、残念ながら鬼の呪いは強力だったのだ。それ故、権能として出来ない領域だったのであった。
「やるなら?」
「まず世界樹の朝露で身を清めて、更に一流の鍛冶師が打った退魔刀を使って呪った相手との縁を切る。そうして呪いの術式を孤立させて、解呪を試みる、かな」
「だろうな」
呪いは相手があってのものだ。そしてそれは恨み辛み等の所謂負の感情が強固であれば強固であるほど、術者が強ければ強い程、呪いの効力として強固になっていく。
その点で言えば、そいつらに殺された、という恨みは最上の感情だろう。鬼の強さにしても、悪くはなかった。その時点で、呪いは神様さえも手こずるレベルに到達していたのである。
「お前で難しい、か。陰陽師は壊滅だな、こりゃ」
「もし私以外で人間で出来るとすると、後はメデイア王女ぐらい、かな。私半妖だけど」
「メディアは最後の手段、って所か。人との関わり合いを嫌うからな、あいつは。説得出来るかどうかが微妙だ。多分オレでも無理」
王女メデイア。それはギリシアのアルゴナウタイで語られる王女の名だ。女神アフロディーテの魔術によって偽りの恋心を植え付けられ、その結果色々な者に裏切られて裏切って、最後には魔女と言われる事になった哀れな王女の名だった。
それだけの道筋を歩んだ彼女にカイトはとある縁で出会ったのであるが、辿った道筋故、彼女の人間不信は酷いものだった。仕方がないだろう。好きでも無い男に惚れさせられて子を産まされて、果てはその子も名誉も何もかもを喪って不死身になったのだ。人間不信の一つにもなる。
出会った時の経緯から唯一カイトに心を開いてくれるぐらい、だったのである。カイトの妹達だから、と解いてくれるかどうかは微妙だろう。
「流石に私が言っても聞きませんからね、彼女は」
「そりゃ、アルゴナウタイに祝福授けてんだから当然だろ」
「別にイアソンに何かしたわけではないのですが・・・いえ、助言は与えましたが・・・」
ギリシアの関係者の一人であるアテネが、ため息を吐く。彼女はメディアに関わりが深いアルゴナウタイに祝福を授けた神だ。だからといって彼女はイアソンに何か縁があったわけではなく、助言を与えただけだ。が、そもそも彼女が助言を与えなければ、アルゴナウタイは存在していない。そもそもの原因の一人、とも言える。嫌われても致し方がなしだろう。
「そもそも、私は戦女神。英雄達が旅に出るというのですから、祝福を授けるのも助言を与えるのも当然と言うもの。そこの所を理解して・・・」
「それ、当人に言ってやれよ。やった方は良いだろうけど、やられた方は無茶苦茶トラウマになってんぞ。特にアフロディーテなぞ恨み骨髄に徹する状況だぞ。他にもイアソンのイの字でも出してみろ。精神崩れかねんぞ」
「うっ・・・」
正論を説いていたアテネの言葉を遮って、カイトがずばり、とこれまた正論を告げる。どうやらアテネの反論は無理だそうだ。アテネが落ち込んでいた。そんなアテネは気を取り戻して、カイトに告げる。
「そもそも、心を開けた貴方が可怪しい」
「女一人の為に死地に赴き、果ては土下座してみせた事は信用に足りたらしいな」
「うるせ」
フェルの言葉に、カイトが照れ臭そうにソッポを向く。出会った時の経緯とは、まさに彼女の語った通りだった。ある少女の呪いを解くために、カイトは王女メデイアの下に向かったのだ。
あのカイトの必死さにほだされて、王女メデイアはカイトの事を信用したのである。そんな様子に、陰陽少女が笑って、ある事に気づいた。
「あはは・・・あ、二つ目の部屋が終わる。じゃあ、私も行くね」
陰陽少女はそう言うと、その場を後にして最後の部屋に入る。最後の部屋の試練は彼女がやる事になっていたのだ。そうして、カイト達もまた、戦いの観戦に戻るのだった。
フェルの転移を受けて再度帰還した浬だが、着地すると同時に、密かに考えていた事を実行に移した。
「いっけー!」
この程度ならば問題は無い。そう考えた浬は『炎』二枚『銃』一枚の組み合わせでカードを投げて、炎の砲撃を放つ。それは紙で出来た式神達を綺麗に塵にして吹き飛ばした。
「ドヤァ」
「一番凄いのじゃん・・・」
ドヤ顔の浬の砲撃を見て、鳴海が思わず唖然となる。どこからか帰って来るなり、一発で敵の総兵力の2割程を削ったのだ。驚くのも当然だった。そしてこれだけの戦果だ。浬がドヤ顔したくなるのも無理はない。
「むぅ! ずるいぞ! 我輩もそういうのが欲しかった!」
「あげないから」
煌士の称賛と言うか嫉妬に、浬が嬉しそうにカードを収納する。殲滅速度であれば、圧倒的だった。が、同時に消費量も段違いだったが。
「でもこれ、疲れるのよね。幾つかはフェルちゃんから使うな、って禁止されたし」
「ど派手さに見合った消費量、というわけか・・・うむ、ではやはり我輩はこちらの方が良いな。詠唱して魔術行使。なんとも魔術師っぽいではないか! 惜しむ楽は今の我輩の姿がいつもの服ではなくジャージという所か!」
「喋ってないでさっさと走れ! まだ敵は居るんだから!」
敵を圧倒出来たのを見て満足気だった二人に対して、近接で敵を防ぎ続けていた侑子が怒鳴りつける。倒したのは2割と少しで、これで終わりではなかった。そして次の部屋もある。ドヤ顔晒されている暇も、どの武器が良かったか、だのという談義をされている暇は無かった。
「あ、ごめん!」
「うむ!」
友人の怒声を聞いて、浬が走り始める。そうして、再び浬が『雷』『銃』の組み合わせでカードを投げた。目標は目の前。扉の方向だ。
「道出来た!」
「わ、我輩の出番が!」
あっという間に道を創り出した浬に、煌士が目を見開く。とは言え、これは良い発破になったようだ。彼も即座に負けじと魔術を展開する。
「<<炎撃>>!」
今度は煌士の前面に魔法陣が生まれて、そこから火炎放射が迸る。どうやら慣れてきたらしく、魔法陣の構築速度から魔術の展開速度に至るまで、この短時間で段違いに速度が上がっていた。やはり訓練を積んだ上での実戦は良い経験になったのだろう。
「いけー!」
「<<炎撃>>!」
浬と煌士が二人で、交互に道を作っていく。本来はこの組み合わせでひっきりなしに道を切り開く事で前進するのを考えていたわけであるが、フェルがやっちゃった所為で出来なかったのであった。と、そうして本来の連携になれた事で、進軍速度は一気に加速して、見る間に扉の前にたどり着いた。
「着いた! 扉を開けます! 皆さんは先に! 殿は私が!」
「ゴール! ここで終わって!」
空也に促されて、一同が扉の先に進んでいく。本来ならば扉の先を確認してから突っ込むのが良いのだろうし、扉の先から攻撃が来る事を警戒出来ていれば良かったのだろうが、実戦経験ゼロの彼らにそれを期待するのは少々酷だろう。そうしてその先に居たのは、先ほどカイト達と笑い合っていた陰陽少女だけだった。
「女の子・・・?」
「巫女服に似た服の様だが・・・」
入ってただ一人立っていた陰陽少女に、一同が首を傾げる。少女は端的に言って、美少女と呼ぶに相応しい少女だった。そして何処か刀花に似た雰囲気があった。
違いといえば少女の方には柔和と言うか柔らかさがあり、また静謐さに関しても少女の方が上に感じられた。容姿に関しては好みの問題だろうが、身に纏う雰囲気等を統合すれば、総合的に刀花よりも格上と思える少女だった。
「えーっと・・・貴方が、この騒動の主犯・・・ですか?」
「・・・そう見えるよね、やっぱり・・・」
浬の問いかけを受けて、少女ががっくり、と肩を落とす。と言うかこの状況でそうではないのならなんなのだ、というのが、素直な浬達の感想だ。
「あの・・・違うんですか?」
「違うというかなんというか・・・一応、式神達を操っていたのは私なんだけど・・・えっと、その・・・」
少女は非常に言い難そうに、もごもごと口籠る。実は、少女は人見知りの気が少しだけあった。今まではカイトやアテネらという見知った面子だったのでそんな気が無かっただけだ。
と、どうやらやはり話そうとして、恥ずかしくて出来なかったらしい。ぽん、と音が鳴り響き、少女の足元から煙が上がって身体を覆い隠した。
「いや、すまんな。何分俺の本来は人見知りがちでな。一方的とは言え見知っていた者は兎も角、見知らぬ者を相手にはどう話せば良いかがわからんのよ」
現れたのは、美少女を正反対の性質にしたような男性だ。優雅ではあるが、同時に何処か人をからかって遊ぶ様な狐の様な切れ長の目に、口元に浮かぶいたずらっぽい笑みを扇子で覆い隠していた。
更には服装も先ほどの巫女服から変わり、白色を基調とした狩衣と呼ばれる中世日本の貴族達が着る様な服を着ていた。
「如何せん、貴族暮らしの時には流石に女の身では宮仕えがし難いと少々術を凝らして性格と性別を偽ったものだから、尚更女の姿では話し慣れん。我が事ながら、呆れ返るばかりよ」
こここ、と少し狐っぽく男が優雅に笑う。そうして、そんな男の姿を観察していた煌士が、ふと、その男の正体にたどり着いた。
「もしや・・・御身は安倍晴明殿か!?」
「む? おぉ、そういえば名乗っていなかったか。然り。我が名は安倍晴明。陰陽師の開祖の一人、と言われる男よ。何分半妖でな。これこの通り、今でも生きているというわけだ」
「おぉ! まさか貴殿があの安倍晴明殿か!」
「うっそ! こんなイケメンなの!? 映画よりずっとイケメンじゃん!」
安倍晴明という名前は玉藻の前の名とセットで映画で語られていた――実は主人公が彼だったらしい――ようだ。なので鳴海が一気に興奮しだす。なにせ真実としては、思わず目もくらむ様な美丈夫だったのだ。些かミーハー気味な彼女であれば、当然だろう。
「ああ、あれか。それは嬉しいな。何故か俺と共によく語られる浮名を流す男や頼光の総大将等とは共に酌み交わしたが・・・あれも今で言えばイケメンと言える風貌だったぞ」
「うっぐ・・・理想郷は平安時代だったのか・・・」
こここ、と笑いながら答えた清明に、鳴海が遥か過去の宮中の意外なイケメン比率に臍を噛む。どれだけ頑張っても、彼女は過去には行けない。イケメンが居るとわかっていても、そこに手を伸ばせなければ居ないのと一緒だった。と、そんな清明に対して、煌士が先ほどから疑問だった事を問いかける。
「いや、少々お待ちを・・・女の姿は如何に?」
「ん? ああ、俺は本来は女でな。人付き合いが苦手な小娘が宮中で気後れせん様に、と苦慮した結果が、世に伝えられる安倍晴明、という男の姿だ。宮中では誰も知らんがな。ああ、絵巻に残る姿は・・・まあ、気にするな。所詮は創作物。あの当時の技法に従っただけだ」
「んがっ!?」
改めて提示された事実に、鳴海が顎が外れんばかりに口を開けて、肩を落とす。残念ながら彼女には同性愛の気は無かった。それに清明が笑って、そろそろ本題に入るか、とぱたん、と扇子を閉じた。
「いちいち反応が楽しい少女だな。まあ、良い。とりあえず、ここの中ボスは俺だと思え」
「・・・中ボス?」
聞きたくない言葉だ、と言わんばかりに、浬が頬を引き攣らせる。安倍晴明といえば、日本人なら大半が知っているだろう陰陽師の開祖だ。もし敵として出ればラスボスを飾るに相応しい相手と言える。それが、中ボスなのだ。嫌な気持ちは誰もが共有していた。
「ラスボスは母上だ・・・いや、これがなんというか母には口では勝てん。あれよあれよと乗せられて、ここに来る様に命ぜられた、というわけよ。で、母もさっさとしろ、とあちらから急かすからな。そろそろ始めるとしよう」
母、と言った清明は遠くを指差す。どうやら浬達からは何も見えていないが、清明には何かが見えているのだろう。そうして、浬達はこの訓練の中ボスを名乗る安倍晴明との戦いを始めるのだった。
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