第634話 異なる星編 ――襲撃――
異なる世界の異なる歴史を辿った地球。そこに飛ばされてしまった浬達であったが、そんな彼女らは紆余曲折を経て元東京にて街を築いていた聖女とやらに保護される事になる。
というわけで、保護されてから数日。ある程度の自由が許された中で浬と海瑠の二人は街に来てから病院に運び込まれていた美里と再会。巨大ライフルの反動で身体中がボロボロになっていたという彼女を見舞うと、そんな彼女から聖女達の勢力がこの街だけに留まっているのにはなにかの理由があるのではないか、という話を聞く事になる。
「という話を聞いたんだけど……あんたはどう思う?」
各々が行きたい所に向かって暫くの時間を過ごした後。ひとまず夕食の時には集まろう、と決めていた事もあり、浬と海瑠は少し早めに部屋に戻り煌士と話を交わしていた。内容は勿論、先程美里から聞いた何かしらの理由に関する話だった。そしてこれに、煌士はため息を吐いた。
「やはり美里殿も同じ発想にたどり着いていたか」
「ということはあんたも同じ考えなの?」
「うむ……というより、明らかに聖女様の実力は我輩達……それも契約者の力有りきの我輩達に匹敵している。よしんば彼女を主軸とせずとも、騎士達とて十分な戦闘力は有していた。戦闘型の機械人形とて、彼らには到底敵うまい。であれば、何か別の理由により勢力圏を伸ばせない理由があるのだと察するのは容易だった」
どうやら煌士はこの結論に早々にたどり着いていたらしい。後に彼いわく、展望テラスのような見晴らしの良い場所に足繁く通っていたのはその何かの理由を理解できないかという理由もあったそうである。
「それが何かってわかる?」
「それはわからんが……少なくともこの街を攻め落とせる一手ではない事だけは事実だろう。でなければこの街は早々に壊滅しているだろうからな」
「そういえばこの街が出来て何年ぐらい、ってわかったんですか?」
「む? ああ、それか。一応、この街の議会の議長とやらに話を聞く事が出来た。それによると、およそ三十年前に聖女様がこの地にたどり着かれたとの事だった」
「「さ、さんじゅうご……」」
明らかに大学生程度にしか見えない聖女はその実最低でも五十年以上は生きているらしい。わかっていた事であったが、浬も海瑠も思わず頬を引き攣らせる。とはいえ、これぐらいの話は浬達も聞いてはいた。なので煌士は更に突っ込んだ話を聞いていた。
「その議長曰くなのであるが、それまで五年ほど掛けて聖女様はアメリカの西海岸からぐるりと地球を半周。ここまで避難民達を連れて旅をされていたそうだ。苦難の連続かつ何度も魔物に襲われる旅だったそうだが……」
「アメリカの西海岸から?」
「うむ……理由に関しては私からは語れないが、日本でなければ駄目だったのだという事だ。我輩が考えるに、聖女様の力に関する物があるのだろう」
「それでも西海岸からここまでって……」
物凄い執念というべきか、義務感というべきか。やはり聖女は伊達に聖女と言われているわけではないのだろう。浬はそう思う。
「まぁ、それはそうとしても……やはり何かしらの戦闘は警戒せねばならんだろうな。この街が攻め込まれる事は滅多にないとは思うが……我輩達が来た事で何かしらの変化があっても不思議はない」
「それ、最悪ね……」
自分達がここに来た結果攻勢が増したのでは申し訳無さ過ぎる。浬は煌士の言葉に盛大に肩を落とす。というわけで、この後は一通りの注意点などを話してそれを一同で共有する事になるのだった。
さて浬達が聖女達がこの街に勢力圏を留めている何かしらの理由の存在に気付いて翌日。この日も自由行動がある程度許されたわけなのであるが、一同は戦闘の兆しが見えた事もありムツミに許可を取って訓練場を借りていた。
「ふっ」
「おぉ! 見事な太刀筋だな!」
訓練場を借りる条件であるが、これは単純でムツミなりの騎士の同席を認める事であった。なので今回は初回という事もありムツミその人が同席してくれる事になって、空也と模擬戦をしていた。どうやらムツミは騎士というより剣士に近いらしく、得物も刀と騎士の装いとはちぐはぐだった。
「その太刀筋は見たことがない。やはり君たちは異世界の存在なのだろうね」
「これは我が一族が永きに渡って蓄えた物ですから……そちらは新陰流の流れですね。柳生新陰流とは少し違う様子ですが……」
「私も詳しくはないのだが、元々私の家は古武術流の指南をしていたそうでね。新陰流の流れだとは聞いている……にしても君はまるで私と戦った事があるような対応力だ」
素晴らしい。ムツミは自分の剣戟をまるで既知の様に対応する空也に称賛を口にする。これに空也は笑った。
「いえ……先にお話した浬さんのお兄さん。彼もまた新陰流の流れを汲む剣士でしたので。何度か手合わせをして頂いた事が」
「なるほど……そんな優秀な流派だったのか」
他の世界では伝説とまで言われた勇者さえ使う流派を自分が使っていたとは。ムツミは僅かに驚いた様に、そして嬉しそうに目を見開く。が、そんな彼はすぐに苦笑する。
「すまないね。なにせこんな状況なので自分の流派の情報もほとんど無いようなものだ……騎士を引退したら史家にでもなろうか」
「あはは……でもそれは」
「ああ。今ではない。今必要なのは知識ではなく戦う力だ」
空也の言葉に、ムツミもまた気を取り直して太刀を握り直す。と、その次の瞬間だ。一同が居る訓練場に、つんざくような大音が鳴り響いた。
「これは……」
「っ、砲撃アラート!? 奴らめ! ここ暫く大人しくしていたと思えば!」
どうやらムツミはこのアラートが何を意味しているかを理解しているらしい。腹立たしげな様子で盛大に顔を顰めていた。
「空也くん! 訓練は一旦終わりだ! 悪いが奴らの攻撃が、っ!」
「きゃあ!」
「何!?」
ムツミが言うが早いか響いた轟音に、一同が悲鳴を上げ困惑する。と、それとほぼ同時に騎士が部屋へと駆け込んできた。
「隊長!」
「わかっている! 第一種戦闘配備! 外周の砲台……いや、その前に敵の本隊の方角は!?」
「西です! 今回は陸路を活用している様子と物見台から報告が!」
「ならば砲撃は囮か! 聖女様にはすぐに大結界の準備をと!」
『もうすでに出来ていますよ』
「聖女様! 街をお願いします! 我らは外の敵を!」
『ご武運を』
状況がわからないのはどうやら浬達だけだったらしい。彼女らを無視して、ムツミや聖女、騎士達が慌ただしく動いていく。と、そこでようやくムツミは浬達の事を思い出す。
「君達は部屋で待機していてくれ! 私達はすぐに出ねばならん!」
「良ければご助力致します」
「それは有り難い申し出だが……流石に君たちは今何が起きているかわからないだろう? それにこの街で暮らすなら、これは一週間に定期的に起きるイベントのようなものだ。どういうものか見て、次につなげて貰えれば有り難い」
空也の申し出に対して、ムツミは社交辞令として許諾の意思を示しながらも今回は断ると口にする。と、彼が断りを入れると同時に、再度爆音が轟いた。
「っぅ! 奴ら、今回は張り切ってるな!」
「砲撃の頻度が短いですね! もう一台作ったんですかね!」
「有り難くない話だな! 行くぞ!」
「はい!」
これが日常茶飯事というのは事実らしい。ムツミの顔にも気負いはなかったし、彼を呼びに来た騎士もどこか荒々しい様子こそあったが特に気にした様子は見受けられなかった。というわけで慌ただしく去っていった彼らを見送って、浬が煌士に問いかける。
「ど、どうする?」
「どうするもこうするもあるまい。部屋に戻るか」
『もしあれでしたら、展望デッキで見ても良いですよ。あなた達なら大丈夫でしょうし、それに今後この街で暮らすならしっかり見て頂きたい事もありますから』
この口ぶりなら外に居ても大丈夫だと判断されてはいるのだろう。煌士は会話に口を挟んできた聖女の言葉にそう判断する。そして同時に、これが意味する所も理解する。
「……では、お言葉に甘えさせて頂きます」
つまり一度見てこの街がどういう街かを確かめて、その上で最終ジャッジを下してほしいという事なのだろう。煌士はそう理解して聖女の言葉に従う事にする。というわけで、一同はやむを得ず展望デッキに向かう事になるのだった。
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