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勇者の弟妹 ~~Tales of the new Legends~~  作者: ヒマジン
第20章 最後の契約編

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第613話 異なる星編 ――始まり――

 ニャルラトホテプ達が裏で暗躍を終えてから、暫く。地球時間にしておよそ100時間。ニャルラトホテプ達の暗躍なぞ露知らずな浬達は呪いの解除の練習をしながら次の高校入学と新学期に備えて日々を過ごしていた。


「ふぅー……あー……今日も一日頑張りましたー、と……」


 どさっ。一日を終えた浬は疲れたのかベッドに倒れ込む。当たり前だが春休みだからと惰眠を貪るような日々は浬達には無い。少しでも訓練を怠って儀式に失敗すればその時点で死は確定するのだ。しかも残り時間が一ヶ月ほどと、やり直す機会もない。気合を入れてやっていくしかなかった。


「……なんか見慣れたけど……これとももうお別れかー。いや、全然悲しくないんだけど」


 浬は遂に自らの腕から胸のあたりまで侵食していた呪いを見ながら、深くため息を吐く。最初の間はこれを見るたびに顔を真っ青にしていたが、解除もほぼ確実に出来るとわかってからは特に気にする事も少なくなっていた。


「……っと。そうだ。こいつは忘れない様に……というか、今更だけど相変わらずティナちゃんって天才っていうかなんていうか……」


 そう呟きながら、浬はここまで持って歩いたスマートウォッチ型の魔道具を腕に装着する。先程までお風呂に入っていたため、その間は外していたのだ。

 一応防水加工はしているとの事だったが、それでも嫌は嫌だった。が、寝る前には装着しておくように――今後万が一夜も襲撃に警戒しなければならない場合に備えて――と言われていたのでそれを守っていたのである。


「ふぅ……」


 疲れたなぁ。浬はベッドに再び倒れ込み、大の字になって大きく息を吐く。そうして彼女は今日一日を思い出した。


「えっと……朝から魔力増大の訓練やって……あ、それは一日中か……とりあえず走り込みやって……昼食べて戦闘訓練やって……おやつ食べて……今度は魔術の勉強やって……」


 あれ、これ確定で普通の学生より大変な事やってないかな。浬は一日の行動を見直してそう思う。なお、おやつというがこれは小休止。午後の訓練と訓練の合間に設けられている大休止だ。

 無論これ以外にも適時休憩が設けられているので、内容としては部活動よりも厳しいが部活動よりも休憩は多いというのが彼女の印象だった。


「ふぁー……ねむ……あー……健康的な日々を送ってるなぁ……」


 やはり睡魔に負けつつあるからだろう。浬は殆ど何を言っているのか自分でも理解できていなかったようだ。


「あ……う……駄目だ……せめて布団には潜り込まねば……」


 このままでは寝冷えしてしまう。浬は必死に布団をめくって、その中へと潜り込む。そうして、彼女の意識は自然と闇の中へと落ちていくのだった。




 さて翌日の朝。やはり早い時間から寝ているからだろう。浬は元々部活動の朝練の時もそうであったが、今も日常的に午前6時30分には起きるような習慣が出来ていた。


「ふぁー……んー! よく寝たぁ……ん。ちょっと早かったかな……?」


 ギリギリ目覚まし時計が鳴るか鳴らないかの頃に目を覚ました浬は、どうせだからと目覚まし時計のアラームをオフ。更には万が一に備えて点けておいたスマートフォンのアラームもオフにしておく。


「よし……とりあえず下降りよ」


 何をするにしても朝ごはんを食べるなりしてからにするか。浬は今日の朝はどうするか考えながら、下へと降りていく。というわけで下まで降りたリビングであったが、そこには誰もおらず雨戸も閉じられたままだった。


「あれ……お母さん……はまだ寝てるかな……?」


 基本浬と綾音のどちらが早起きかというと、お弁当の関係で綾音の方が早かった。が、春休みに入るとお弁当もなかったし、何より年に数回は綾音も寝坊をしてギリギリのタイミングで起きるという事もある。彼女も人の子なのだから仕方がないだろう。

 というわけで、浬は特に何か気にせず母も寝ているのだろうと判断。一旦洗面台へ向かって顔を洗って、その間に綾音が起きるのを期待する事にする。


「んー……」


 駄目だったか。顔を洗い終えた浬はその数分の間に綾音が起きてこなかったので、少しだけ残念そうに肩を落とす。

 とはいえ、彼女とてもう良い年頃だし、何でも母親にしてもらわねば出来ないわけでもない。単に面倒なのでやってほしいな、という甘えがあるだけである。というわけで、彼女は諦めて自分で冷蔵庫を開いて中を物色する。


「とりあえず……牛乳で良いかな。あ、そういえばお兄ちゃんがポン菓子買ってたっけ……」


 ついでだから自分のも買って。浬は兄が精神的な回復のために買っていた――買い物に同行して貰った時に買った――ポン菓子を一緒に購入して貰ったのを思い出し、それに牛乳を掛けて和風シリアルとして食べる事にする。


「ふぅ……テレビ点けよ」


 やはりほぼほぼ無音のリビングというものは物悲しいものだったらしい。浬は仕方がないのでテレビのリモコンを手にして電源を入れる。が、電源は入るがどうしてか映像は何も映らない。


「あれ……嘘……マジ?」


 何度か電源のオンオフを繰り返してはみたものの、待てど暮せど映像は何も映らない。そんな状態に浬は若干の苛立ちを募らせる。そうして何度かやって映像が映らない事を受けて、彼女は盛大にため息を吐いた。


「マジか……はぁ……最悪……とりあえずさっさと食べてお母さんに言うか……」


 これは壊れたのだろう。浬はため息混じりにスプーンを再度牛乳に沈める。壊れたものは仕方がない。そう判断したようだ。と、そんな彼女の眼の前に。黒猫が一匹飛び上がった。


「え?」

『い、意外と浬ってズボラなんだね……』

「キャ、キャルちゃん? どうしたの、朝から……」


 猫にも関わらず人語を話す猫に、浬はこれがキャルである事を理解したらしい。若干驚きながらもニャルラトホテプなのでそういう事もあるか、と特に気にした様子もなく朝食を食べ進めていた。


『……凄いね、浬』

「何が?」

『いや、普通の人だと私が出てくると警戒してご飯食べるのやめたりするんだけど……』

「だってお腹空いてるし。腹が減っては戦はできぬ、って言うじゃん」

『そうだけどね……』


 それにしたって状況に慣れすぎているのかもしれない。キャルはそう思う。とはいえ、そんな場合ではないぐらい、彼女も理解していた。


『まぁ、私も状況確認で一旦浬の所を離れていたからこのぐらいのんびりしてくれていて助かったんだけどね……とりあえず浬。ご飯食べたらまずは雨戸開けよっか』

「? まぁ、元々そうするつもりだったけど……あ、それより。お母さんまだ寝てるっぽいから良いけど、起きてくる前には出てってよー」


 くるくるとスプーンで牛乳とシリアルをかき混ぜながら、浬は適当に返答する。というわけで状況を全く理解していなかった彼女であるが、そこに大声が響いた。


「お姉ちゃん!」

「ふぇ?」

『ああ、あっちが先に気付いたんだ』


 響いたのは言うまでもなく海瑠の声だ。そんな彼の声には困惑や焦燥が滲んでおり、ただ事ではないと察せられた。そうして二階で扉を慌ただしく開く音が鳴り響き、更にそのままドタドタと海瑠が一階まで降りてくる。


「っ、居ない……お父さん! お母さん! っ、違う……お兄ちゃん!」

「ちょっ、海瑠! あんた朝から何やってんの!?」

「お姉ちゃん!? どこ!?」

「リビング!」


 事もあろうに兄を呼ぼうとするなぞ何事か。流石に兄を呼ぶ声を聞いては浬も困惑しているだけでは居られず、何事かと声を上げる。そうして、海瑠がリビングに駆け込んできた。


「お姉ちゃん!」

「ど、どうしたの、そんな慌てて……」

「逆だよ! どうしてお姉ちゃん、そんな呑気にしてるのさ! 外見たの!?」

「へ?」


 どうやらこの姉は外を見ていなかったらしい。間抜け面を晒す姉に海瑠はそう理解する。が、同時にそれ故にこそ海瑠はこれが嘘偽りなく自身の姉だと確信して、僅かに安堵した様にその場にへたり込む。


「はぁ……うん。その図太さはお姉ちゃんだ……」

「どういう意味よ」

『とりあえず浬はご飯食べるのやめて、雨戸開けよっか』

「……嫌な予感……」


 どうやら現状はろくでもない状況らしい。浬は朝一番でのキャルの来訪と海瑠の慌てようから、僅かな不安を胸に抱く。そして窓を開けて雨戸を開いて、浬は外の惨状を目の当たりにした。


「なに……これ……」


 見えた光景は一言で良い。廃墟だ。碌な建物は一軒も残っておらず、逆になぜ天音邸は無事なのかと疑わしいほどである。


「何よ、これ!? キャルちゃん達の仕業!?」

『残念ながら、今の私達にはこれほどの事は出来ないはずだよ。お兄さんの帰る場所だからね。私達の本業の関係で絶対出来ないの』

「ということは……何、これ……」


 前々から言われていたが、カイトが居ない限りニャルラトホテプ達は試練を再開出来ない。故に彼らもまたカイトの帰還に対しては前向きで、浬達に敵対しているか否かという点は別にしてもニャルラトホテプ全体がカイトの帰還をせねばならないで一致している。これに対する妨害行為は許可されておらず、万が一の場合はナイアが始末を行うとも明言していた。


『うん……それで私も見て回ったんだけど……ごめん。正直何が起きているかわからない』

「どういうこと?」

『私もリンクを外されちゃってる。それが出来るとすると統率役とかナイアぐらいだけど……』

「っ、そうだ! ナイアちゃん!」


 こういう時こそナイアを呼ぶべきだろう。そう思った浬は呼べばすぐ出てくるだろう彼女の名を呼ぶ。が、反応はなかった。これに、キャルもまた首を振る。


『私もネットワークを使って呼びかけてみたけど、駄目だった……彼女とも繋がらない。この事態で彼女が姿を見せないという事は、少なくとも答えは一つしかなかった』

「「……」」


 どんな結論だろうか。浬と海瑠はキャルの言葉に意識を集中する。


『……ここは、地球のある世界じゃない。多分、エネフィアとも全く違う別の異世界。そしてこの家があるという事は……』

「っ……まさか、お母さん達は……」

『それは違うと思う』

「そっか……」


 戦闘訓練を積んでいる彩斗は兎も角、綾音が異世界で生き延びられるとは思わない。浬も海瑠もそう思えばこそ、母までこちらに来ている可能性の否定に安堵する。というわけで、否定したキャルに海瑠が問いかける。


「でもそれなら何なんですか?」

『……多分、お兄さんの敵だと思う。そうでなければ私までこちらにに連れてこれる存在が私達……ううん。今はもう私だけど、私にも思い浮かばない』

「「っ」」


 浬も海瑠も同時に、あの契約者でさえ遊ぶ様に蹂躙できる道化師達の存在を思い出す。そして同時に、兄が彼らが復活した事を述べていた事を思い出した。これは可能性の一つである事は二人にもわかるが、同時にそれなら納得も出来た。


「でも何が目的なの?」

『わからない……っと、そうだ。そんな場合じゃなかった。浬、海瑠。腕を』

「「え?」」

『良いから。呪いのある方』


 浬と海瑠は言われるがまま、キャルへと腕を差し出す。そうして次の瞬間。二人の腕にキャルが噛みついた。


「きゃ!」

「え? んぎゃ!?」


 浬が素っ頓狂な悲鳴を上げるのを見て困惑した瞬間に走った僅かな痛みに、海瑠もまた悲鳴を上げる。


「な、なにすんのよ!」

『一時的だけど、呪いをループさせて進行しない様にしてあげたの。戦闘面で手助けは出来なくなっちゃうけど……お兄さんの敵なら、救援が何時来るかもわからないから……』

「「っ」」


 あの世界最強を謳われる兄をして、強敵や難敵と言わしめるのだ。即座の救援があり得ない可能性は高かった。


「……海瑠」

「うん……キャルさん。お父さんもお母さんも居ないんですよね?」

『うん。半径100キロに渡って確認してきたから確実だよ』

「よし……海瑠。一旦着替えて再集合。まさかサバイバル訓練がこんな所で活きるとは思わなかったけど……」

「うん」


 とりあえず着替えて、状況を精査せねば。浬と海瑠はそう頷き合う。そうして、二人は一旦準備を整えて行動を開始するのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

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