第605話 異なる星編 ――祝い――
全ての大精霊との契約を果たし、ついに鬼の呪いの解呪が可能な段階にまでたどり着ける様になった浬達。そんな彼女らは三月を準備期間に充てる事にすると、満月の夜に解呪の練習を兼ねた流れの確認を行っていた。
というわけで、満月が中天にたどり着いた頃に光と闇の大精霊の力を使って本人さえどちらが本物かわからないほどに精巧な分身を生み出すとそのコントロールを学んでいた。
「……こんなもん?」
「そんなもん」
浬の問いかけにカイトもかなりいい加減に頷いた。なんとか夜通し訓練を行った結果、ひとまず自分の意思に無関係に動く事はなくなっていた。まぁ、自分の意思に無関係と言うは良いが端的に言えば本体の動きをトレースしてしまうことなく、という所だろう。自由自在に操れるわけではなかった。
「でも動かない様には出来たけど……これ、どうすれば良いの?」
「ああ、分身に関しちゃ別にそんなもんで良い。単に動かなきゃ良いだけの話だからな」
「そうなの?」
「ああ。分身は呪いを押し付けて呪いを殺すためだけの入れ物だ。入れ物としての体裁さえ整えば良いだけで、お前が動かす必要はない。というより……あまり密接にリンクしてもな」
「うひゃあ!」
分身の自分の頬にカイトが触れると同時に感じるむず痒い感覚に、浬が思わず悲鳴を上げる。
「リンク率の制御がまだ出来ていないな。まぁ、そこまで手が回っていないんだから仕方がないが……」
「なななな、何?」
「分身の感覚が本体にフィードバックされてるんだ。双子の共感覚、という所に似ているが……このリンクが強ければ強いほど強力な力を分身が扱えるが、同時に強ければ強いほど本体へのバックロードも強くなってしまう。そこは良し悪しだが……」
強い力を手に入れようと思えば、デメリット覚悟で繋がりを強くする必要がある。カイトはむず痒い様子の浬へとそう語る。
「加護による分身より遥かに強いフィードバックがあるから、使い方には注意しろ」
「そんなのに呪いを押し付けて大丈夫なの?」
「ああ、リンクはほぼ無い状態にするから問題無い。ただ本体とのつながりが無いと呪いに本人と誤認はさせられないからな」
「ふーん……」
確かにまるで自らの身体のような感覚さえ得るほどに精巧な分身なのだ。呪いに本人と誤認させる事も不可能ではないかもしれなかった。というわけで、専門家であるカイトが言うのだから大丈夫なのだろう、と浬は納得。この話はこれで終わりとなる。
「よし……ひとまずリンク率を下げる事。それを今月いっぱいの訓練目標として訓練すること。まぁ、実際の儀式の折りにはリンク率を下げられる様にこちらからも補佐はするが、限度はあるからな。終わった後に痛い思いをしたくないなら、できるかぎりはコントロールできる様になった方が良い」
「はーい」
泣いても笑っても後一ヶ月なのだ。浬はカイトの言葉に素直に頷く。これで今日の浬らの通しの訓練は終わりだった。
「おう……あ、そうだ」
「ん? どうしたの?」
「すっかり忘れてた……ほれ」
「何、これ」
カイトから差し出されたのは長方形の小箱だ。が、何か渡されるということは聞いていなかったらしく、浬は小首を傾げていた。
「進学祝い。卒業おめでとう、そして進学おめでとう」
「え、あ……うん。ありがと……」
まさかそんな物を用意していたなんて。浬はカイトから渡された進学祝いに顔を真っ赤に染める。恥ずかしかったらしい。というわけで、なんと言えば良いかわからない彼女が問いかけた。
「えっと……開けても良い?」
「ああ」
カイトの許諾を受けて、浬は小箱を包んでいた包装を解いて中身を取り出す。どうやら小箱の中身は品の良い箱で、更にその中がプレゼントというわけなのだろう。というわけで、更に中を開くとその中には小さな装飾が取り付けられたネックレスがあった。
「わ……ネックレス?」
「ああ……知り合いの細工師に腕の良い奴が居てな。なーんかねぇ? って相談したらストレス解消に作ってあげるわって。ちょっと副業が忙しくてストレス溜まってたみたいだから丁度よい、って言ってくれてな。向こうで有名なデザイナーなんだが……材料はこっちが出したから、原材料費も安上がりに済んだんだ」
「へー……」
これはかなり腕の良いデザイナーなのだろう。かなりネックレスはかなり品の良い品で、小ぶりで可愛らしい印象もあるにも関わらず決して少女らしくなく、大人の若い女性が身に付けていても邪魔にならないオシャレなものだった。そしてどうやら、この少女っぽくないネックレスはだからこそ浬のお気に召したらしい。かなり興味深い様子で問いかける。
「デザイナーなんかに知り合い居るの? お抱えってやつ?」
「いや、昔からの知り合いだ。魔道具……海瑠の魔眼みたいなのを作ってる奴なんだが、それが高じてデザイナーをやってる奴でな。ああ、海瑠の魔眼封じはあいつの作じゃないけどな」
「へー……どんな女の人なの?」
「ん? 女? いや、普通に男だが」
「え゛」
まさかこの女性向けのネックレスを作ったのが男性だなんて。浬はネックレスを改めて見て目を見開く。と、そうして先のカイトの言葉を思い出して、疑問を呈した。
「でも確かさっき作ってあげるわって……」
「ああ、あいつ口調は女っぽいんだよ。デザイナーとしての仕事も女性向けだしな。よくバイセクシャルとか間違えられるけど、普通に男だ。結婚もしてるし、なんだったら友人代表で結婚式出たし」
「そ、そうなんだ……」
「おう。でもあいつのデザイナーとして、細工師としての腕は超一流だ。マジ凄いのよな、こいつ。ああ、当人は一応男性向け雑誌でモデルもやってるから、かなり美形だな」
「へ、へー……」
どうやらこの友人のデザイナーとやらとカイトはかなり親しいらしい。どこか誇らしげに語る兄の姿を見ながら、浬はそう思う。と、そんな事を考えて彼女ははたと気付いた。
「……あれ? そんな人のオーダーメイド……? しかも素材はお兄ちゃんが出した……?」
「おう。バーで一杯引っ掛けながら話してたら作ってくれるってなった。まぁ、実際の作業は大半が見習いの子の練習がてら、だそうだけどな。でもデザインや術式の工面はあいつが一からやってくれた物だし、素材はウチで用意したから良いものだぞ?」
「……値段、聞かない方が良い?」
「え? あ、あー……」
せっかくの節目のお祝いなのだし、とカイトは全く何も考えていなかったらしい。浬に言われ頭の中でそろばんを弾いた結果、もしかしてこれは少しやりすぎたのかも、と今更ながらに思ったようだ。視線を逸していた。
「えーっと……そうだな。まぁ……クズハとかアウラに誕生日で渡す物よりはかなり安いかな。あいつらのだと時と場合、品によったら桁が一つか二つ上になるし」
「……五?」
「……七。流石にあいつらにオレが渡す誕生日祝いなんかは七桁後半超えないと方々から怒られる。それは原材料費を含めても、流石に七桁後半は行ってないぞ?」
「……」
とどのつまりこのネックレスは最低でも百万円ですか。そうですか。浬はネックレスを持つ手が僅かに震えていた。そんな彼女に対して、その気持ちがわからないでもなかったカイトが少しだけバツが悪い様子で一応教えてあげた。
「ま、まぁ……その、なんだ。宝石が高いのはそれはそうなんだが、宝石やら金属細工が傷が付かない様に、傷が付いてもある程度自己修復出来るするための術式とか、盗まれても戻ってくるような術式の細工が結構手間になってるから、手間賃が高いんだ。だから普段遣いしても問題は無い……よ?」
「出来るかぁ!」
いくらなんでも百万円以上もの物を普段遣い出来るような金銭感覚は浬にはなかった。というわけで声を荒げる彼女に、カイトもそうだろうと納得する。
「……すまん。いつものノリでやってたら金銭感覚がバグってた」
「一体どんな金銭感覚なのよ……」
「しゃ、しゃーねーだろ。桜とか瑞樹とかそれぐらいの値段でも普段遣いしてくれてるんだから。二人とかに送るノリで作って貰ってたわ」
「それぐらいって何!? というか、その二人と一緒にしないで!?」
どちらも日本有数の財閥のご令嬢である。普段遣いに気後れしなくても不思議はなかったが、それを求められる一般家庭の身にもなってほしかった。
「い、いや。一応弁明しておくが、この二人も何百万円単位の物ばっかり使ってるわけじゃないぞ? 普通に数万単位の物でも喜んでくれるし……」
「それでもぶっ飛んでるわよ!? 一般家庭は普段遣いにウン万の物なんて使わないよ!?」
兄は異世界に行った事でやはり兄ではなくなったかもしれない。浬は素直にそう思いながら、声を荒げる。そうして、一気におっかなびっくりという塩梅になった彼女が問いかける。
「はぁ……というか、原材料費が安いって言ってもどんぐらいなのよ」
「え? いや……わからん。オレが鉱山で拾った宝石とか使ってるから……金属の方はティナがそれなら余がオリハルを出そう、って出してくれたものだし……」
『ああ、金属は余の研究開発で余った余り物じゃからロハで良かろう。宝石は浬のはアレキサンドライトじゃのう』
「……名前は聞いた事ある」
どうやら結界の中の会話を聞いていたらしいティナの発言に、浬は名前ぐらいなら聞いた事はあると告げる。
『じゃろう。アレキサンドライトは宝石の王様とも言われる希少な宝石じゃ。そいつは確か前にカイトがアウラの誕生日プレゼントを拵えるのに取ってきた物の余りじゃから、さほど高くはない』
「ティナちゃんの高くないは多分信用できない」
『なんでじゃ』
「勘」
正解だ、妹よ。浬の発言にカイトはそう思う。というのも、彼女は根っからの王族だ。金銭感覚はカイトよりぶっ飛んでいた。実際、アレキサンドライトを高くないと言っている時点で信用出来るわけがなかった。
ちなみに、アレキサンドライトは高い物では1カラット一千万する事もある。今回はそこまで大きくはないが、原材料費も含めればそれ相応のお値段になるのであった。
『まぁ、それはともかくじゃ。せっかく貰ったのじゃから使ってやって良かろう。普段遣いにも良い小ぶりな物じゃ。ミカヤの奴も良いストレス解消になったわー、とか言っておったらしいからのう』
「え、ああ、お前最近会ったの?」
『いや、奥方の方と最近お茶会やっての。そこで聞いただけじゃ』
「ああ、そういう」
それで伝聞だったのか。カイトはティナの言葉に納得を示す。そんな二人に、浬が問いかける。
「というかティナちゃんはこんなもの普段遣いしてるの?」
『いや、余は自分で使う魔道具を兼ねてオーダーメイドする事が多いから、普段遣いは少ないのう。パーティなどじゃと当然専門のデザイナーに拵えさせるから、それ相応のお値段になってしまうしのう』
「作れるって便利ね……」
ちなみこいつのお手製魔道具なので逆に桁が二つほど上に行くというのは言わない方が良いのだろうな。カイトはティナの返答にそう思う。言わぬが花であった。というわけでしばらくのやり取りの後、浬は渋々ながらも受け入れる。
「……まぁ、何かあった時には使う様にする。盗まれるとか壊れるとかは問題無い……んでしょ?」
『それは余が保証しよう。ミカヤの腕は余も認める確かなものじゃ。魔術のみなら余が上じゃろうが、装飾品としての一面も含めれば余も遠く及ばぬ。かく言う余もカイトも夜会などでの装飾品はよく依頼するしのう』
「ペアルックとかも得意なんよな、あいつ」
『じゃのう。だからか婚約者のおる者とかが、それを示すために工房に依頼する事も少なくない』
どうやら本当に超一流のデザイナーが作ってくれたものだったようだ。カイトとティナの称賛に浬はそれを改めて理解する。
そうしてその後は流石に浬だけに渡すのも、となんだかんだ全員分持ち帰っていたカイトから全員が同じぐらいの価格帯――流石にエリナやエレン、海瑠はワンランク落ちるが――のネックレスやらの装飾品を貰う事になるのだった。
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