第56話 敵と味方
訓練が開始されて、翌々日。どんなスパルタな特訓が施されるのか、と不安視していた浬達の予想に反して、幸か不幸かアテネの特訓はそこまで言う程辛い物ではなかった。なので拍子抜けをしてはいたが、思わず膝を屈したくなる様な辛い特訓を望まない浬達も文句を言わずに特訓に臨んでいた。
「じゃあ、これで普通に動き回れば良いの?」
「そういうことです」
「なんだ。じゃあ、簡単じゃん」
まだ魔力を使って身体を動かす事には慣れていないが、それでも想像以上に簡単だった為、そこまで運動が好きではない鳴海も乗り気で屈伸を行う。
ちなみに、昨日の内に基礎の基礎が出来た為、今日からは彼女らも煌士達と一緒に、であった。意外と早い様に思えるが、所詮煌士達が辿り着いていたのも初歩の初歩だ、という事の裏返しでもあった。
『まあ、そう思える内は、じゃがのう・・・』
「今のうち、せいぜい夢を見ていさせてやれ。どうせ今月末には地獄を見る事になる」
くぁー、とあくびをしながら呟いた玉藻に対して、フェルが読書をしながら告げる。そう、ここまで余裕でいられるのは、今の間だけだ。
まだ基礎の基礎をしっかりとする段階であるが故にあまりキツくないのであって、これが応用編に入れば、一気に難易度が困難になる。
未だスタートラインに立てていないからこそ、簡単なのであった。その基礎が身に付くとされているのが約一ヶ月程で、それからが、本番だった。と、そんな二人の所に、御門がやって来た。
「おーう。ちょっと良いか?」
「なんだ?」
「続報だ。今しがたイギリスから連絡が入ってな」
御門はそう言うと、フェルの対面に腰掛ける。どうやらアテネらには殆ど関係のある話では無いらしく、アテネを呼び寄せる事はしなかった。まあ、アテネの場合は聴覚を強化しているので、訓練をしていてもしっかりと聞こえているのだが。
「正式決定じゃ無いらしいが、夏休み入る頃にあいつらが帰って来る」
「ほう・・・」
『騒がしくなるのう・・・』
「おかげでこっちは仕事がやりやすくなるけどな」
どうやら御門は御門で、しっかりと働いてはいたらしい。とは言え、彼は本来は天神市の治安維持が主な仕事だ。教師としても、浬達の講師役も、どちらも滞在の為の単に体のいい方便にすぎない。
実は御門は全ての手筈が整うと同時に、自らが天神市に滞在していることは地球の裏社会に公表していた。あまりに天道家関連での揉め事が多い為、見るに見かねてインドラが乗り出した、としておけばよほどの馬鹿でも無い限り、表に携わる者達は天神市に関われなくなるからだ。
「ふむ・・・とは言え、よく戻ってくるつもりになったな」
「ああ・・・まあ、なんというか、今回の一件が漏れてるだろ? それで、らしいな。奴はかなり長い間教師として、働いてたんだ。教え子を危機は見過ごせなかったらしい。夏休み明けからは、俺を補佐も担任で復帰する事が決定した」
「そっちではない。二人の方だ」
裏事情を語ってくれた御門だったが、どうやらフェルが聞きたかったのは別の方らしい。今の言葉からすると、日本に来るというのは三人組なのだろう。それに、御門も頷いた。確かに言われてみれば、そちらの方は帰って来る理由がなかった様に思えたのだ。
「ああ、あいつらか・・・まあ、分からないでもないだろう?」
「・・・まあ、それもそうか・・・カイトが居ないからこそ、という所か。しかも奴らの場合、誰も止めにくい。大手を振って、日本に来れる」
フェルも御門に言われてみて、確かに、と納得する。カイトの知己であるその二人は、今まで各地の主神級が抑えている為殆ど姿を見せていないカイトの女、だった。それもカイトを語る上で欠かせない二人だ。それ故、向こう側の状況が許しさえすれば、こちらに来れたのであった。
「・・・アテネ。聞いているな?」
「何か?」
「ランスの予定が少々早まったらしい。訓練に奴も参加させろ。奴はお前以上に、浬達に目を掛けている」
「ああ、彼が帰還されるのですか・・・分かりました。彼の助力は私としても望む所。メールを送っておきましょう」
フェルの言葉を聞いて訓練を一時中座させたアテネは、フェルの言葉を聞いてスマホを取り出して即座にメールを書き始める。宛先は先にフェルが告げたランスなる人物だ。と、そんな会話を聞いていた煌士達が、誰が来るのだ、と首を傾げつつ、推測を始めていた。
「槍・・・?」
「そんな偉人が居るのか・・・?」
「ふむ・・・槍を代名詞にされる様な偉人は多いが・・・イギリスであれば猛犬の異名を取るクー・フーリンやフィアナ騎士団のディルムッド、クー・フーリンの師である女傑・スカサハも忘れてはならん。意外とアーサー王が最後の戦いで槍を使ったのは有名だな。おお、他にも名前であるとするのなら、湖の騎士と渾名されるランスロット卿も忘れてはならんな」
空也の問いかけを受けた煌士が、とりあえず思い当たる人物の名前を上げる。中学生なのにぱっとでこれだけ出るのは十分にすごいことだろう。
「誰が安牌かな?」
「さて・・・そこらは分からんが、先の扉を見ると、アーサー王かランスロット卿が最有力候補だろう。が、我輩はランスロット卿を推すな」
「その心は?」
「普通に名前と取る方が自然だから、だ」
詩乃の問いかけを受けて、煌士がとりあえず安牌な方を見繕う。正解かどうかは教えてくれないのでわからないが、とりあえずこれが今わかる最有力候補、だった。
と、そうしてランスなる人物にあたりをつけた煌士だが、次に浬から問われた問いには、流石に首を振るしかなかった。
「じゃあ、妖精は?」
「流石に我輩でもわからん。イギリスで妖精といえば多い。オベロン王に始まり、ニムエ、ティターニア、パック・・・無数に該当がある。天道の書庫には歴史で語らえていない者の名前も沢山あったからな!」
「・・・賢いって、時々別の意味で不便よね。私達だったら決め打ちできちゃうから」
名前の半分以上が理解出来ず、鳴海と浬が密かに頷き合う。彼女らが分かったのは、講談などでよく妖精の女王の代名詞として使われるティターニアだけだった。と、そんな話をしていると、アテネのメールは終わったようだ。再びこちらに戻ってきた。
「休憩はこれで終わり。では、特訓を再開しましょう」
「はーい」
アテネの言葉に従って、再び一同が魔力をジャージに通す。やることは単純で、これを使って普通に運動や読書、果ては書道等もあった。とりあえず日常生活に近い事を延々と、というわけである。
が、これでも十分に特訓になっていたのだから、魔術とはやはり超常の物、という所なのだろう。そうして、この日もまた、特訓をして一日は終わるのだった。
そんな特訓も土曜日は朝から昼までで、日曜日は普通に休日が設けられていた。というわけで、煌士は土曜日の午後に入ると予てからの予定通り、敵の情報を仕入れる事にした。
「さて・・・書庫に来たは良いが・・・詩乃、何処まで読んだ?」
「はぁ・・・とりあえず、他国の事についてが大半でした。ですので、日本国内については些か・・・」
煌士の問いかけを受けて、詩乃が首を振る。煌士は護衛が付けられている事からもわかる様に、万が一が起こり得る立場だ。
とは言え、それは国内の別組織からの刺客では無く国外からの刺客だ、という事は覇王や果ては総理大臣である星矢からも言い含められていた。
なので詩乃が調査するのは敵として考えられた日本以外の異族や英雄が大半で、味方と教えられた日本内の異族達についてはあくまで、もし出会った時に失礼にならない程度にしか把握していなかったのであった。
「ふぅむ・・・では、やはり我輩から通して大学の民俗学の教授にアポイントを取っておくか」
「それがよろしいかと。資料を送って頂きましょう」
煌士の言葉を詩乃も認める。まさか日本の異族達が敵――と言っても厳密な敵では無いが――に回るとは思っていなかったが、同時に同じ日本だ。民俗学や歴史学の教授ならば、資料は持ち合わせている。
そして幸いな事に、煌士にはそれに当たりをつけられるだけのコネクションがあった。使わない道理はなかった。更に幸いな事は、煌士の性格がそれなりに有名だった事だ。覇王達にしても異族の存在を知った為、興味を持っただけだろう、とスルーしてくれるだろう事は明白だった。
「では、とりあえずここの資料をまとめる事にするか。もう少しすれば、空也も来る。それまでに、我輩達だけで調べられる事を調べておこう」
「はい」
煌士の言葉を開始の合図として、詩乃も天道家が保有する書庫の資料を漁り始める。流石に事実に基づいた物の中でも知られては困る物については覇王達が閲覧の許可を出さない為に見れないが、それでも一般に出回る民俗学の教本程度の物や異族の存在や魔術の知識を前提とした物であれば、揃っていた。下手な図書館よりも蔵書数も多い。というわけで、暫くの間二人は書庫に篭って調査を行うのであった。
作業の開始から、一時間程。その頃になり、空也が二人の所にやって来た。横には護衛兼執事の雷蔵も一緒だった。
「おお、来たか! 待っていたぞ!」
「やあ、煌士。久しぶりだね」
一応、二人は数日ぶりに出会った、というのが表向きの設定だ。よもや今朝も一緒だった、なぞとは言えない。なので二人は演技として、そう挨拶を交わしあった。
と、そうして書庫で挨拶が交わされたのを受けて、雷蔵が首を傾げる。何時もは応接間等で二人は会っていたのである。書庫で合流するのは初めてだった。
「珍しいですね。空也ぼっちゃんがこちらに、とは・・・」
「ああ、ほら、この間の一件がありましたからね。私も少々、日本の妖怪・・・いえ、異族については興味を持ったんです。それで、煌士と一緒に、と」
「ああ、そういうことでございましたか。でしたら、私もお手伝い致しましょう」
空也の言っている事は、筋が通った。彼はこの間のゼウスの試練をきっかけとして、塚原卜伝と遭遇している。そこから他にも生きている英雄や妖怪と呼ばれる異族達に興味を持っても不思議はない、と雷蔵は思ったのである。
そうして、更に雷蔵と空也を加えて、日本の大妖怪や生きている可能性のある偉人達についてを、調べていく。
「・・・妖刀村正・・・天下五剣・・・やっぱり、良い刀は美しいですね」
「あー・・・空也? ズレて居ないか?」
「あ・・・っと、そういえば・・・面白い記述を見つけたよ」
「ふむ?」
当たり前といえば当たり前であるのだが、重要書類は見せてもらえないだけで、ここには一般に知られていない様な情報を収めた書類の様な物もあった。そんな一つを見ていた空也であるが、どうやらその中の一つに、興味深い記述があったらしい。
「ほら、東京の美術館で見た事あっただろ? 天下五剣の展示会」
「ふむ、そういえば・・・」
空也は剣道で世界大会優勝、という功績を為している。その前にも全国大会優勝はしていた。それ故、東京の美術館で天下五剣という日本で最も優れているとされた5振りの刀を集めた展示会をやろう、となった時にゲストとして呼ばれた事があったのだ。
煌士はその際に一緒に幼馴染だし日本に帰国してまだしばらくの頃であったので調子を取り戻す為にもどうだ、と誘われたのである。空也の持つ書類には二人が見たその5振りの刀についての記述が、そこには書かれていた。
「あれ、全部レプリカだったらしい」
「レプリカ?」
「ああ。レプリカ。と言っても、多分美術館の職員達も知らない様子だけどね・・・」
自分の持つ書類を覗き込んだ煌士に対して、空也がその記述の部分を指し示す。
「100年以上前に付喪神化して、行方不明・・・? 付喪神・・・そういう物が実在しているのか?」
「はい、煌士ぼっちゃん。この世界には、そう言った特殊な種族も存在しております」
煌士の問いかけを受けて、雷蔵が認める。何処まで隠すのか、というのは覇王と星矢から指示を受けており、それ以外の基本的な範疇であれば、答えてくれたのである。
「ふむ・・・意外とこういう線からも情報が得られるのか・・・これは全体的に資料を見る必要がありそうか・・・」
自分が関係無いだろう、ということで除外した武具の欄から見付かった予想外の情報に、煌士がため息を吐いた。ここらは、妖怪だけを調べていてば見つからなかった可能性があった。そうして、煌士は新たに他の部分の資料を見ることにして、調査を再開するのだった。
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