第55話 訓練
アテネの指導の下始められた訓練だが、何か特段変わった事をするわけではなかった。基本に従って、魔力の扱いを覚える事が最初だった。
「・・・これで、とりあえず身体全体が魔力に覆われてると思うんだけど・・・どうかな?」
「・・・そうですね。つま先から頭のてっぺんまで、きちんと纏えています」
アテネは浬の全身を見て、全てがきちんと魔力の光に覆われている事を確認する。基本的には手のひらから魔力を出す事と一緒で、その感覚さえわかっていれば問題もなく全身から出す事が出来たのだ。なので浬達でも簡単に、その感覚を体得する事が出来たのである。
「さて・・・では、これでようやく、次の試験に入れるでしょう。とは言え、やはり少々魔力を浪費していますね。これを飲みなさい」
当たり前だが、魔力を全身から放出すればその分身体の中に保有している魔力は一気に減少する。使えば減るのは当然だ。なので減った分を補給する為に、アテネがアンプルを取り出した。以前に刀花が空也に渡した回復薬だ。
と、少しの疲労感があった為、浬達は何ら疑問も無く、それを口にする。が、そうして、全員が一様に、顔を顰めた。
「・・・美味しくない」
「うぇ・・・」
「・・・まあ、薬臭いとかよりは良いんだけどさ・・・」
「何、このハッカ味を薄めまくったようなの・・・」
一気飲みして全員、苦言を口にする。味としてはかなり薄くなったハッカ味、という様な感じだ。飲めないわけではないが、美味しいとは思えなかった。そんな四人に対して、アテネがため息を吐いた。
「諦めなさい。所詮は薬。良薬口に苦し、という事の無いだけ、良い方でしょう」
「そりゃ、ね」
浬もアテネの言葉を認める。訓練の度に何時もこんな美味しくもない薬を飲みたくはなかった。が、それでも苦くてクソ不味い薬よりは、マシだった。薄味でも飲めない程では無い。そんなアテネに対して、フェルが呆れ返る。彼女も当然、この味については把握していた。
「・・・味の改良はしろ、貴様ら・・・」
「所詮は薬。そこまで味にこだわる必要は無いでしょう」
「食にこだわりの無い奴らめ」
アテネの返答に、フェルが何処か呆れを滲ませつつもそう吐いて捨てる。彼女は先の一件を見てもわかる様に、味には結構うるさい。こだわる方だ。なので当然、回復薬の味にもこだわりを見せていた。
「今度は私から渡してやる。味にも改良を加えた物だ」
「ご自由に」
フェルの申し出を、アテネが受け入れる。回復しさえすればそれで良いのだ。なので効果さえ出ればそれで良いアテネにとって、興味のある所ではなかった。それに、浬達が使う様な低品質の回復薬は貴重なではない。どちらが渡そうと問題はなかった。
「・・・まあ、それはそうとして・・・とりあえず魔力は回復しましたので、次の訓練です」
「うっ」
全員の魔力補充が終わるや否や、アテネが再びジャージの機能をオンにする。問答無用だった上に何ら前言もなくだったので、その瞬間、全員が膝を着く事になった。
残念ながら彼女には雑談に興じてくれる様な甘い心は無い。雑談をしてくれていたのはただ単に、魔力の補給をしても身体に染み渡るまで少し時間が必要だったのである。
「あ、あのアテネさん・・・これでどうしろって・・・」
「魔力を全身に漲らせなさい。気合です、気合。魔力で身体を動かすのです」
「えっと・・・さっきの感覚を・・・」
アテネの言葉を受けて、四人が総身に魔力を漲らせる。何はともあれこれをしない事には始まらない。とは言え、その次が問題だった。これで動けるようになるわけではなかったのである。
「・・・あれ?」
「言ったでしょう? 魔力を使って、身体を動かしなさい、と」
ただ単に魔力を総身に漲らせただけでは、動ける様にはならない。これはただ単に総身に魔力を漲らせただけだ。何かをしているわけではなく、単に放出しているにすぎない。現にジャージにはなんの変化も無い。
「そのジャージは魔力を使わなければ、どれだけ力を入れようと動きません。魔力を通す感覚を得なさい」
「・・・ということは、魔力で動けない限りは永遠にこのまま?」
「ですね」
浬の問いかけをアテネが認める。と、それに鳴海が更に問いかけた。
「おトイレとかは?」
「我慢しなさい。特訓とはそういうものです」
「いじめでしょ! わざわざ飲み物飲ませといてそれとか!」
明らかに狙っているとしか思えない処遇に、鳴海が声を上げる。当たり前といえば当たり前の話であるが、誰だって、それこそアテネだって飲み物を飲めば生理現象としてトイレには行きたくなる。それは致し方がない。
それを見越した様なやり方が悪辣だった。が、これは狙ったわけではない。なのでアテネが少し呆れ気味だった。
「我慢しなさい・・・と言うか、トイレぐらい特訓前にしておきなさい・・・と言うか、行きたいのですか?」
「いや、そういうわけじゃないけど・・・」
アテネの問いかけに、鳴海が口を尖らせながら告げる。別にいますぐトイレに行きたいわけではない。行きたくないわけでも無いのだが。そこは女子中学生としての色々、という所だろう。
「まあ、行きたくなる頃には、せいぜい動ける様にはなっていると思います」
「ホントでしょうね・・・」
鳴海が訝しげに、アテネの言葉に従う。とは言え、此処から先は、流石に浬達にはわからない。なので、次に従うべき指針を、アテネが示した。
「ジャージに魔力を通わせなさい。それで、動けるようになります」
「どうやって?」
「自分で考えなさい」
幾らなんでも全てを教えてくれるわけではないらしい。なのでアテネは指針だけは示しておいて、後は自分で考える様に告げる。
そうして、アテネは一瞬で消えて、煌士達の側に移動する。どうやらあちらは動けるらしく、向こうの指示に回ったようだ。
「あ、ちょ!・・・行っちゃった・・・魔力を通せ、って・・・」
「海瑠くん。何かわかんないの?」
「え・・・えーっと・・・って、わかるわけないです」
鳴海に問いかけられた海瑠だが、魔眼があるからと言ってもどうすれば良いかわかるわけではない。見えるのにしても、ただ単に魔力が蠢いているぐらいだ。そこまではっきりと繊細な流れが見えるわけではなかった。
「とりあえず、あいつがどうやってたかを思い出してみるか・・・えっと・・・」
「確か、全力で魔力を漲らせてた?」
「だよな・・・じゃあ、とりあえずやってみるか・・・ん!」
侑子はそう言うと、自分でも試しに魔力を全力で放出してみる。先ほどまでは全力では無く、お試し程度だ。煌士が全力で魔力を漲らせる事で動ける様になっていたのを見ていたので、とりあえずそれを試してみる事にしたのだ。
「ゆ、ゆっくりとだけど・・・動ける・・・後もうちょい・・・!」
かなり必死になりながら、侑子がゆっくりと腕を上に上げる。まずはスイッチを切ろうというのだ。が、それも触れる直前に、息切れに陥った。
「あ」
「はぁ・・・はぁ・・・やっぱり無理・・・なんであんな動けるの・・・」
「海瑠、あんたならできるんじゃないの?」
「僕? どうして?」
浬から水を向けられた海瑠が、首を傾げる。彼は自分でも情けない事とは思うが、この中で一番体力が無い、と自覚している。侑子はそれに対して最も体力を持つのだ。それで無理の時点で無理だ、と思ったわけである。
「いや、あんたなんかMPむっちゃ持ってるじゃん」
「MP多いのって関係するの?」
「わかんないけど・・・一番持続力ありそうじゃん。それにあんたよく思えば一番始めにできてたんだし、出来そうだから」
「うーん・・・ん!」
弟が姉に勝てないのは、何処の世界も一緒だ。というわけで海瑠はしぶしぶ、魔力を総身に漲らせる。そうして、海瑠も必死になって腕を上げていく。
「む、むむむむむ・・・!」
「おぉ!」
「行け!」
「もうちょっと!」
ゆっくりと海瑠の腕が上がっていき、ついには先程侑子が達した高さ以上に腕が上がる。それに、浬達の声援が飛ぶ。が、やはり情けない事に海瑠は結局は海瑠だ。なので最後まで辿り着く事はなく、後は本当に小指程度の距離という所で、息切れを起こした。
「も、もう・・・むりぃ・・・」
「あ・・・」
「はぁ・・・」
どさり、と地面に落下した海瑠の右腕を見て、浬達が残念そうなため息を吐いた。
「気合、足りてないんじゃない?」
「必死でやったよ!」
姉からの呆れ混じり不甲斐ないという情けなさ混じりの一言に、海瑠が動くことも無く怒声を上げる。一応、補足しておけば海瑠は確かに彼の持てる全力でやった。必死で絞り出したと賞賛出来る。が、姉なのでそのがんばりは認められなかった、という事であった。
「・・・ねえ、見てて思ったんだけど、可怪しくない?」
「は?」
「いや、海瑠くんMP私らの5倍ぐらいあるよね? なんでスイッチまでたどり着かないの?」
鳴海の呈した疑問に、一同も同じ疑問にぶち当たる。そもそも、海瑠が選ばれたのは自分達の数倍という魔力保有量であるが故に、だ。
なのに結果としては侑子よりも少し近づいたかな、ぐらいだったのである。これは可怪しいだろう。そうして辿り着いた疑問に、一同は一つの結論を得た。
「もしかして・・・これ、力技じゃ無理なの・・・?」
「よくわかったな。正解だ」
答えを口にした浬に対して、足を組んで読書をしていたフェルがそれを正解と認める。
「それはスイッチに腕が近づけば近づくほど、消費する魔力が増大する。力技では何時までたっても、スイッチには触れられんぞ」
「え・・・じゃあ、どうすればいいの?」
「自分で考えろ・・・が、まあ、少しはアイデアをくれてやろう。向こうの小僧共は出来ている。観察も訓練の一つだ、と理解しろ」
フェルは一同には目もくれず、ただ指だけで煌士達の方を指差す。彼らはなんとか、ゆっくりとではあるが動ける様にはなっていた。彼らも魔力を総身に漲らせているが、浬達とは何かが、違うのだ。その何かこそが、動けるか動けないのか、の差なのだろう。
「海瑠、観察。さっき情けない所みせたんだからね」
「あ、うん・・・って、あれ、僕のせいじゃないよ」
姉から気合を入れろ、と言われた海瑠は口を尖らせるも目に集中して、観察を開始する。魔眼を使えるとは思わないが、頼るぐらいは出来るかな、という考えだった。そうして集中したからか、少しだけ、繊細な流れが海瑠の目に見え始める。
「・・・あ・・・なんか・・・ジャージに魔力が・・・入ってってる・・・?」
「入ってってる?」
「はぁ・・・貴様らも少しは努力しろ。その程度ならば、魔眼なぞ無くても出来る。目に集中しろ。目に魔力を集めて、見たい物を拡大する様なイメージをしろ」
完全に観察を海瑠頼みにしていた浬達に対して、フェルが呆れながら更に少しだけヒントをくれてやる。魔眼はまだ活性化していない。なので海瑠がやっている事は普通に浬達も出来る事、だった。
「えっと・・・目に集中して・・・」
「・・・あれ?」
「ほう・・・どうやら、身体能力の向上に関しては、貴様が一番適性があるか」
侑子の浮かべた訝しげな表情に、フェルが少しの意外感を滲ませて呟いた。と、そんなフェルを他所に、鳴海が問いかける。
「どうしたの?」
「なんか・・・無茶苦茶遠くまで見れてる様な・・・いや、魔力の流れとか見えないんだけどさ・・・あっちの木の葉っぱが数えられる・・・」
煌士達では無く、更に遠くに見える木の方を見ていた侑子が、訝しげな表情で答える。距離としてはおよそ500メートルという所だ。生半可な視力では見える距離ではなかった。
「うそ・・・どういうこと?」
「わかんないって・・・でも、はっきりと見えてる・・・」
「はっきりと見ようとした事により、貴様の視力が増強されているだけだ。魔術でもなんでもない単なる身体能力の向上の一環だ。魔力とは意思の力。貴様が遠くを見たい、と思った事に影響されて、魔力が魔術紛いの事をしてくれた、というだけにすぎん」
困惑を浮かべる侑子達に対して、今度はフェルが本から顔を上げて答える。これは片手間にやることではなかったらしい。
「が、所詮それはただ単に意思を得て少しだけ強化されているだけだ。魔術の様に洗練されているわけでもないし、効率も悪い。いわばホースの口だと思え。今の貴様らがやっているのは、そのままの垂れ流しだ。魔術とはその口を絞って勢い良く噴出させているわけだ」
「へー・・・」
そんな事がすごい事が出来るんだ、と浬達は少し意外感を滲ませながらも納得したように頷く。彼女らのイメージとしても、魔術師とは何らかの詠唱を行い、超常の現象を起こす物だ。運動が苦手なイメージがあったのであった。
「魔術師が運痴だと思うなよ。超級の魔術師はそれだけで近接戦闘でも使える戦力だ。魔術師とは謂わば魔術を使う者だと考えろ。上位の奴らがその気になれば、普通に超音速で移動するぞ」
「マッハでって・・・それもう魔術師じゃないじゃん・・・」
どう考えても近接戦闘重視の戦士だろう、と浬が頬を引き攣らせる。とは言え、所詮身体能力の向上を行っているのも魔術なのだ。戦士と魔術は切っても切り離せない。魔術師だから超高度な魔術を使えない、というわけではないのであった。
「とは言え、今気にするのはそちらではない。どうすべきかは、見えたのだろう? ならば、それをやれ」
「え?」
「魔力をジャージに込めているのが見えたのだろう? そのやり方は貴様らで考えろ」
「あ・・・そっか・・・」
フェルの言葉に、一同も再びどうすべきかを思い出す。海瑠がすでに答えは言っていたのだ。ならば後は、それをやってみるだけ、だった。そうして、この日はなんとかジャージに魔力を込められる様になって、終了したのであった。
お読み頂き有難う御座いました。次回は来週土曜日21時です。




